さむらい小平次のしっくりこない話

世の中いつも、頭のいい人たちが正反対の事を言い合っている。
どっちが正しいか。自らの感性で感じてみよう!

インド放浪 本能の空腹③ 『市街へⅡ』

2019-11-05 | インド放浪 本能の空腹


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『インド放浪 本能の空腹 ③ 市街へⅡ』をお送りいたします

その前に、インドの最もポピュラーな乗り物をご紹介します



サイクルリクシャ

3輪自転車に座席をつけた乗り物です

『リクシャ、リキシャ』と言われ日本の『人力車』が語源だと聞いております

リクシャにはこの他文字通り人力のみで引くものもあり、カルカッタではよく見かけました



その他バイクに屋根つき座席をつけたオートリクシャもあります

街には非常にたくさんのリクシャが走り回っているのをイメージしながらお読み頂けると幸いです


では、日記より

******************************

 日本を発つ前に、成田で空港職員から、外務省からの注意書きのような書面を渡された。

 『インドを渡航する際の注意事項』

 ・カシミール地方では宗教上の対立が続き、テロなどが頻発しており、渡航は自粛してください。

  このことはおれもすでにわかっていた。だから行くつもりもない。

 ・カルカッタ、サダルストリート付近ではドラッグ、売春などの勧誘が多くそれに関連したトラブルや詐欺などが頻発しており、多数の邦人旅行者が被害を受けておりますので注意してください。

 大体そんな内容だった。

 『サダルストリート(Sudder Street)』
 
 は、さほど広くも長くもない小さな通りだが、激安の宿泊施設が多数ひしめいており、インドを旅する各国のバックパッカーにはちょっと有名な通りなのだ。
 おれがK君と待ち合わせを約束したSホテルも、地図によればこの通りから路地を少し入ったところにあった。

 外務省の注意書きを見るまでもなく、このサダルストリートには、マリファナ、売春、怪しげなホテルなどのポン引き、の他、物乞いも多数いることはガイドブックにも出ていた。だが、それを注意しろと言われても、なにしろ初めての街だ。タクシーでサダルストリートまで行ったとして、どこで降ろされたのかがわからなければ、そんな連中の蠢く場所で迷子になる危険がある。だからおれは、付近の地図を食い入るように見つめ、いきなりサダルストリートの中へは入らず、通りの入り口付近で降りられるよう、何か目標物にできるようなものを探していたのだ。

 『インド博物館』

 サダルストリートを縦線に、T字に交差する大通りに面してインド博物館がある。地図からでもなかなかに大きな博物館であることがわかる。
 これだ、このインド博物館を起点に歩き出せば、Sホテルまでは途中一度右に折れるだけでたどり着ける、ここしかない!

 そう考えておれは、タクシーの予約所の男に

『Indian museumまで』

と言ったのだ。
 なのに男は
『Indian museum?、OK、Sudder Street… 』
そう言って予約票のような紙切れに『Sudder Street』と書き込んだ。
『No,No,No,No…, I'd like to go to Indian museum 、Not Sudder Street!』
『Haan!?、Indian museum on Sudder Street!!』

 そんなことはわかっているのだ。わかっているが、サダルストリートの深いところではなく、入り口付近で降りたいのだ。

『I, I…、 get out of a taxi…、entrance of Indian museum.』

 予約所の男は、呆れてめんどくさそうに、入国審査官と同じようにアゴをぷいっと横に振り、『Sudder Street』と書かれたままの予約票を脇にいた若い男に渡し言った。

『60rupie!』

 おれは諦めて60ルピーを支払った。
 おれが金を支払っている間に、予約票を受け渡された若い男は、おれの荷物を肩に担ぎ、ついて来い、と言う仕草をしてさっさと歩きだした。

 空港の出口から外へ出る…。
 いよいよおれのインドの旅が、いやおうなしに始まるのだ。

 空港の前には多くのタクシーが列を作り…、いや、列なんか作っていない、たくさんのタクシーがそこに、無秩序に群れている…、そんな感じだ。
 若い男はその群れの外側の方に停車していた1台の黄色いタクシーまでおれを案内し、荷物をトランクに入れるかを尋ねてきた。おれはその必要はないことを伝え、荷物を受け取り、開けてくれた扉からタクシーに乗り込み運転手に告げた。

『Indian museum…』
『OK、Sudder Street』

 無駄なようだ。

 開け放たれた窓の外から、たった今荷物を運んでくれた男がニコニコしながらおれを見つめている…

 『Hey,President…、Chip…、Please…、』

 やはりそう来たか…、まあ、荷物を持ってくれたのだから仕方ない…、勝手にだけど…。
 おれはどうもこのチップというのが苦手だ。いくら渡せばよいのかわからない…。少な過ぎてケチな日本人だと思われるのも少し嫌だ。おれはたった今両替したばかりの紙幣から20ルピーを取り出し、窓の外の男へ渡した。

 『Thank you President! Have a nice travel!』
 
 男は嬉しそうに去って行った
 この時渡した20ルピーというのが、チップとしてはかなり高額である、ということがわかるのはまた先の話である。

 いよいよタクシーは走り出す。
 空港の周りは、まだダッカで見たような喧騒も混沌もなく、だだっ広い空き地に、煤けて今にも朽ち果てそうなビルがぽつぽつと建っている。インドでもバングラデシュでも、およそ近代的な洗練されたようなビルは見かけない。大体が煤けて朽ち果てそうなビルばかりである。
 走り出すとややも経たないうちに辺りは暗くなった。
 夜だ。
 暗くなるのに合わせ次第に人や車が増えてくる、ビルなどの建物も増えてくる、増え始めたかと思うと、あっという間にダッカで見たような、いやそれ以上の喧騒と混沌の世界へ包まれていく。

 人!車!バイク!
 人!車!バイク!
 人!車!バイク!

 おそらくは3車線ほどの幅の道路に、次々と車が、バイクが、けたたましいクラクションを鳴らしながら割り込み割り込まれを繰り返し、無理やり5列ほどになって今にもぶつかりそうになりながら走っている。
 こんなにも無茶苦茶な交通量でありながら、信号一つ見かけない…、大きな交差点では車やバイクが警戒しながら、徐々に進出し、右へ左へ曲がって行く。
 道の端には多数の人、歩いている人、寝ている人、しゃがんで何かを煮炊きしている人、人、人、人!煮炊きしている煙と匂いが街に満ち溢れている。

 人!車!バイク!
 人!車!バイク!リクシャ!
 人!車!バイク!リクシャ!

 喧騒と混沌はとどまるところを知らない…

 人!車!バイク!リクシャ!
 人!車!バイク!リクシャ!犬!
 人!車!バイク!リクシャ!犬!

 薄汚れて痩せた野良犬もさまよっている…

 『うおーーーーーん…、うおーーーーーん…、うおーーーーーん…、』

 なんだ?

 何か怪物のうなり声のようなものが空から聞こえてくる。いくらインドだからと言ってそんなことはあるはずもないのだが、確かに聞こえてくる。

 『うおーーーーーん…、うおーーーーーん…、うおーーーーーん…、』

 あちこちの店や屋台から、独特の音階のインド音楽が大音量で鳴り響いている、それらの音楽が、ひとまとまりになって、まるで空から響いているように聞こえているのだ。

 人!車!バイク!リクシャ!犬!
 人!車!バイク!リクシャ!犬!羊!牛!
 人!車!バイク!リクシャ!犬!羊!牛!

 
 夥しい数の車やバイク、リクシャが行き交う大通りを、腰に布を巻いた羊飼いの男が、やはり薄汚れた十数頭の羊を引き連れ横断している。

 もう滅茶苦茶だ…。

 けたたましいクラクション、大音量のインド音楽、人々の大声、さまざまな音までもが、人、車、バイク、リクシャ、犬、羊、牛、それらとともに入り乱れている。

 ある人が、このカルカッタの街を評して言った言葉が地球の歩き方に出ていた。

 『都市文明化の失敗作の街』

 きっとそんな言葉も生ぬるい…。

 おれはなんだか頭がくらくらしてきた。

 あと十数分もしたら、おれはこの喧騒と混沌の渦の中に放り出されるのだ…。

 『無理だ…、この街を一人で歩くのなんて、今のおれには無理だ…。』
 
 ガイドブックには、初めてインドに行く日本人で、このカルカッタから入るとあまりの衝撃にホテルから一歩も外へ出られないような人がいる、と出ていた。おれもきっとそうなるに違いない…。

 おれはなぜだか謝りたくなった…。
 誰彼かまわず謝りたくなった…。

 ごめんなさい…

 ごめんなさい

 ごめんなさい、ごめんなさい!

 もう言いませんから…

 二度と言いませんから…

 インドへ行きたいなんて、そんな生意気なこと、二度と言いませんから!

 帰らせてください…、日本へ!

 後部座席の日本人が、今にも泣きそうになりながらそんな意味不明の謝罪を心の中で繰り返しているなどとは露程も思わず、おれをカルカッタの奥深くで放り出すために、ちょび髭のタクシー運転手は鼻歌を歌いながら車を走らせるのであった。


***************** つづく


※注Calcutta(カルカッタ) → 現Kolkata(コルカタ) 記事は30年近く前のできごとです。また、画像はイメージです

これまでこの旅を20数年前、と言ってましたが、自分の歳を考えると『30年近く前』と言った方がより正確でした。ある程度歳を重ねますと自分が何歳かすっかり忘れてしまうことがありまして(笑) 


コメント (6)
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