守田です。(20140515 23:30)
『美味しんぼ』応援記事の第三弾です。
今回、問題にしたいのは、初めに社会的な関心を集めた鼻血についてです。被曝によって鼻血が出たという経験については、僕もたびたび耳にしてきています。しかも「これまで経験したことのない鼻血」と語る方が多い。だからこそ、多くの人々が不安を感じてきたわけです。
ところが医師や科学者の多くが、「鼻血は高線量でしか起こらない」と何らの調査も経ずにこれを否定してきました。つまり、低線量被曝で鼻血を出るメカニズムが証明されてないからと、多くの人の被曝によると思われる鼻血を否定してきたのです。
重要なことは、こうした多くの医師や科学者の見解にひっぱられる形で、マスコミの多くも「被曝による鼻血は証明されていない」という立場に与してしまっていることです。
マスコミだけでなく、脱原発を目指す人々の中にも、低線量で鼻血が出るメカニズムが解明されてないからと、鼻血と被曝を結びつけることに慎重になっていることも多くみられます。
しかし、メカニズムが解明されていないので、低線量被曝と鼻血の関係は証明されないというのは、科学的に言ってまったく間違った立場です!
にも関わらずこの非科学的な見解が大手を振るっており、多くのマスコミをも規定している。いわゆる「進歩的」な人士の中にもこの呪縛の中にいる人がたくさんいます。ここに現代の日本の医学や科学の大きな限界が現れているとも言えます。
実はこのように「大多数の医師たちの非科学性」を指摘している僕自身、少し前までこの点がよく分かっていませんでした。放射線の害がメカニズムの解明によってしか科学的には証明できないようにも感じ、市民的立場ではとてもではないけれど設備などなく、実験室的な検証などできないので、何とも悔しい思いを感じてもきました。
僕が取材してきた実感として、低線量放射線による健康被害は間違いなく起こっている。しかも深刻に起こっている。しかしそれを科学的に証明する手立てがない・・・と苦々しく思い続けてきたのです。
そんな僕の目からうろこをボロボロと落としてくれたのが岡山大学の津田敏秀さんでした。津田さんは疫学の専門家ですが、そもそも日本の医学者、科学者の多くが、欧米などでは定着している疫学そのものに無知であり、そのために非科学的な見解が横行していると指摘されています。
このことが日本の中で、水俣病が大きく広まり、たくさんの犠牲者を出してしまったことや、さまざまな薬害が繰り返されてきた根拠でもあると津田さんは鋭く指摘しています。
同じ過ちが、低線量被曝問題でも繰り返されつつある。その結果、「低線量被曝で鼻血が出ることなどありえない」という大合唱が「科学」の名を僭称しつつ、なされてきています。
注目すべきは、実際に「起こったのだ」と叫んでいる人に対して、疫学的な研究に基づいて「起こってなかった」と証明している実践的な調査など一つもないことです。すべて「そんなことはメカニズム的に起こりえないのだ」と「起こった」という人を頭ごなしに踏みつけているだけです。実はそこには科学的証明などない。
どういうことでしょうか。
津田さんは、これまで医学界には病を捉える時に、あるいは何をもって科学的というかという場合に、伝統的に三つの傾向があったと言います。
一つは「直感派」です。医師が長年の経験に基づく「勘」によって病や治療法を判断していくことを支持するものです。もう一つは「メカニズム派」です。動物実験や臨床試験などを通じて、病の発生根拠と症状の因果関係を証明するものです。
そして三つ目が数量化派です。症例や治療例を数多く把握してデータ化し、その中で確率論などを駆使しながら「真実」に近づいていく方法を採るものです。
歴史的には前二者が先に定立し、後から「数量化派」が登場してきた。統計学などができてくることとパラレルにです。ところが当初、「直感派」は「統計は現実の人間を診ずに人間を平均化し、抽象化している」として受け入れなかったのだそうです。
これに対して、より科学的な志向性をもって登場したのが「メカニズム派」でした。代表的な人物は、フランスの生理学者、クロード・ベルナールです。ベルナールはメカニズム決定論(デテルミニスム)を主張した。確実に再現されるメカニズムをつかむことこそ科学であり、確率論は不確定的だと数量化派を退けようとしました。
では現代においてはどうなのか。実はこの三者の論争は海外ではすでに決着がつき、第三の数量的な考え方を採用したものこそが科学であるとされ、「科学的根拠に基づいた医療、Evidence-Based Medicine(EBM)」が叫ばれています。もちろんこのもとに第一のものや第二のものもより生きてくるとされています。
ところが日本の医学界、科学界では、この点の主体的把握が極めて遅れており、未だに第三の数量的な考え方、したがって疫学を踏まえることのない「直感派」や「メカニズム派」が幅を利かせてしまっている。その結果、真に科学的な論議が進まず、水俣病や放射能被害などの「公害」にストップがかからない現実が続いていると津田さんは指摘しています。
もう少し具体的に言いましょう。鼻血が出るメカニズム、これは高線量被曝下では科学的な合意ができているわけです。大量の放射線をあびて造血機能を担う造血幹細胞が損傷を受け、血小板の供給ができなくなるなどして起こってくる。この場合、鼻血だけでなく下血なども同時に起こるとされています。
しかしこれは大量の放射線を浴びたときのことだから、低線量では起こりえないとされているのです。鼻血が出るメカニズムが高線量下のもとでしか解明されていないことが分かりますが、しかしなぜそれが低線量下では鼻血がでないことの根拠になってしまうのでしょうか。
ここがおかしい。このメカニズムの解明はあくまでも高線量で鼻血が出てくることを明らかにしたものです。低線量下で鼻血が出ることの解明にならないことはもちろんですが、しかしそれだけでは実は「出ない」ことの何の証明にもなっていない。
決定的に欠けているのは疫学的な発想なのです。低線量下で鼻血が出るのか出ないのか、それは本来、低線量被曝にさらされた多くの人々を調査し、鼻血の実態をデータ化し、数値化することによってのみ見えてくることなのです。
反対のことも真なりです。低線量下で鼻血が出ているという証明は、疫学的な調査によって、放射能を浴びた地域の人々と、浴びなかった地域の人々を対象比較する調査をすれば見えてきます。それで十分に低線量被曝と鼻血の関係は証明しうる。
大事なことは、鼻血が出るメカニズムの解明はさしあたっては必要はないということです。ここがキモです。まずはデータ的に低線量下で起こっているかどうかを確かめた上で、メカニズムはそれから解明していけばいい。数量化によって、低線量被曝と鼻血の因果関係は十分に証明できるのです。
では実際にそうした研究はないのかと調べてみて、他ならぬ津田さんも関わっているデータ、しかも双葉町のデータがあることが分かりました。以下の論文に記載されています。重要部分を抜書きします。PDF版18ページからです。
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「水俣学の視点からみた福島原発事故と津波による環境汚染」中地重晴著 大原社会問題研究所雑誌 №661/2013.11
http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/8738/1/661nakachi.pdf
岡山大学大学院環境生命科学研究科の津田敏秀氏,頼藤貴志氏,広島大学医学部の鹿嶋小緒里氏と共同で,双葉町の町民の健康状態を把握するための疫学調査を実施した。
福島県双葉町,宮城県丸森町筆甫地区,滋賀県長浜市木之本町の3か所を調査対象地域とし,事故後1年半が経過した2012年11月に質問票調査を行った。
所属する自治体を一つの曝露指標,質問票で集めた健康状態を結果指標として扱い,木之本町の住民を基準とし,双葉町や丸森町の住民の健康状態を,性・年齢・喫煙・放射性業務従事経験の有無・福島第一原子力発電所での作業経験の有無を調整したうえで,比較検討した。
調査当時の体の具合の悪い所に関しては,様々な症状で双葉町の症状の割合が高くなっていた。
双葉町,丸森町両地区で,多変量解析において木之本町よりも有意に多かったのは,体がだるい,頭痛,めまい,目のかすみ,鼻血,吐き気,疲れやすいなどの症状であり,鼻血に関して両地区とも高いオッズ比を示した(丸森町でオッズ比3.5(95%信頼区間:1.2,10.5),双葉町でオッズ比3.8(95%信頼区間:1.8,8.1))。
2011年3月11日以降発症した病気も双葉町では多く,オッズ比3以上では,肥満,うつ病やその他のこころの病気,パーキンソン病,その他の神経の病気,耳の病気,急性鼻咽頭炎,胃・十二指腸の病気,その他の消化器の病気,その他の皮膚の病気,閉経期又は閉経後障害,貧血などがある。
両地区とも木之本町より多かったのは,その他の消化器系の病気であった。治療中の病気も,糖尿病,目の病気,高血圧症,歯の病気,肩こりなどの病気において双葉町で多かった。更に,神経精神的症状を訴える住民が,木之本町に比べ,丸森町・双葉町において多く見られた。
今回の健康調査による結論は,震災後1年半を経過した2012年11月時点でも様々な症状が双葉町住民では多く,双葉町・丸森町ともに特に多かったのは鼻血であった。特に双葉町では様々な疾患の多発が認められ,治療中の疾患も多く医療的サポートが必要であると思われた。
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ここにはっきりと、「双葉町・丸森町ともに特に多かったのは鼻血であった。特に双葉町では様々な疾患の多発が認められ,治療中の疾患も多く医療的サポートが必要であると思われた」とあります。疫学的調査によって、低線量下での鼻血やさまざまな健康被害の発症が証明されていたのです。
繰り返しますが、疫学はメカニズムの解明までを求めたものではありません。まずは病が起こっているかどうかを把握すること、それが重要なのです。メカニズムが把握されないと病が認定されないだとしたら、病への対処は決定的に遅れてしまうからですが、事実、福島では対処が圧倒的に遅れています。
そのために大量の人々が、すでにさまざまな病を発症しながらも放置されている。こんなにひどいことがこの国の中でまかりとおっているのです。あんまりです。
『美味しんぼ』はその事実の一端を勇気を持って公表したのであって、その行為は英雄的です。このような提言の中でのみ、隠された、あるいは無視された健康被害に光が当たり、病に苦しむ人々へのケアが始まるのだからです。まさに『美味しんぼ』こそが福島の人々と決然と守ろうとしている!
すべてのマスコミ人、医学者、科学者に問いたい。なぜ多くの人々が「鼻血が出た」「体が異様にだるい」「さまざまな不具合がある」と苦しみの声を発しているのにそれを無視するのでしょうか。
なぜこれらの人々の声を、何らの調査もなしに「誤解」だとか「ウソ」だとか決めつけるのでしょうか。それ自身が重大な人権侵害ではないでしょうか。なぜ「それならば調べよう」という立場に立たないのか。そこが決定的に間違っています。
そもそも放射線が人体を傷つけること自身は世界の常識なわけです。ただしどれぐらいの量でそれが起こるのかははっきりしていない。いやそもそも誰がどこでどれだけの放射能を浴びているのかもはっきりしてないのです。だとしたらあれだけの事故を起こした東電と政府に実態調査をする義務があります。
少なくとも福島全域に、いや、放射能が流れたすべての地域に、鼻血があったかどうかの問診票を配るべきなのです。「身体にだるい感じはないか」と聞くべきなのです。そうした調査をしないことそのものが大きな罪です。
もし「低線量下で鼻血は出ない」というのであれば、ぜひともそれを疫学的に証明して欲しい。それは可能なことなのだから。しかし医学界からそうした声はついぞあがってこなかった。ここに私たちの国の危機の一端があります。
水俣病もそうだったのだと津田さんはいいます。水俣病は水俣湾の魚介類を食べて発生した食中毒だった。原因が魚であることはすぐに判明していたのです。だったらすぐに「魚介類を食べるな」という命令を出せば良かった。そうすれば圧倒的な数の人が水俣病を免れえたのです。
にもかかわらず実際の水俣病対策は、メカニズム論の迷宮にはまってしまった。水俣病を起こしている物質の追及が始まり、なかなか水銀までいきつかなった。その間、魚は食べ続けられてしまったのでした。あまりにもひどい話です。
さらに食中毒なら、水俣湾の魚を食べたすべての人の健康被害が「水俣病」としてカバーされたはずなのに、身体に起こっている被害を水銀が引き起こすメカニズムが分からなければ水俣病は証明されないことにされ、多くの被害者が被害認定すら受けることができなかった。本当にあまりにひどい事件でした。
今、福島で起こっていること、いやこの国の中で起こっていることもそうです。実際にたくさんの人が鼻血を出した。何度も言いますが僕はその話をたくさん聞いています。
いやそれだけではない。先に示した調査の中にも上がっているように、本当にたくさんの健康被害を耳にしています。その多くがチェルノブイリ周辺で起こったことや広島・長崎で起こってきたことと符号しています。
だからこそ、当事者も僕も、被曝の影響を強く疑っているわけですが、そんなこと、メカニズムを解明せずとも、問診による数量化を行えばもっと実態が見えてくるはずなのです。
その中で「どうもこの病は放射能とは関係ないみたいだ」ということだって見えてきて欲しい。それ自身も大きな役に立つのです。それらを含めた大規模調査こそが私たちの国に必要なことです。
そうでないと「メカニズム」が証明されないあらゆる症例がまたも無視されてしまう。そうして多くの人々が原因がよく分からない病に苦しみ、悩みながら、捨てられていくことになってしまう。
そんなことはもう絶対にあってはならない。私たちの社会は、福島原発事故で被曝したすべての人々を救わなければなりません。健康被害を最後までカバーしていく必要があります。だからこそ、どんな被害が起こっているのかからまずは調べてデータ化しなくてはならないのです。
最後に、現代を生きる上での必読書である津田敏秀さんの本を紹介しておきます。
一押しは『医学的根拠とは何か』です。岩波新書から出ています。次に読んでいただきたいのは『医学と仮説』です。岩波科学ライブラリーから出ています。
現代に必須の良書を紡ぎ出してくださった津田敏秀さんと岩波書店への感謝を添えて、今回の記事を閉じます。
↓
http://blog.goo.ne.jp/junsky/e/cdf584843381e4430b3fbcba46670016
(書店協会がおいしんぼ掲載のスピリッツの販売規制か?)
この騒動はウォールストリートジャーナルでも取り上げられているそうです
政府などから小学館に相当の圧力が掛けられたのでしょう。
一出版社がその圧力に抗う事などできません。
また一つ良心がこの国から消されました。
福島県の県民健康調査の調査方法からこの問題を検討した記事を読んだので貼ります。守田さんの記事と併せて読むと良いと思いました。
http://tokyopastpresent.wordpress.com/2014/05/14/
このなかでブログ主は、今福島県で実施されている「健康診査」について、避難区域外の住民については「血算」検査(赤血球数、ヘマトクリット、ヘモグロビン、血小板数、白血球数、白血球分画)が除外されていることと、避難区域の住民には実施されているはずの「血算」検査を含んだ健康診査も、その結果が公表されていないことを指摘しています。
もしも風評被害なるものがあるとすれば、福島県のこのような隠蔽体質こそがその風評を煽っているのだと言えます。
弾圧とは一切関係ありません。
小学館の公式を確認しましょう。