じょいフルデイズ

おいしいとか、いい匂いとか、手作りとか、覚悟とか

発酵のロマン

2011-02-27 11:07:46 | じょいフルの台所
実家で居候の間も、ぬか漬けを作り続けています。
ぬか漬けを食べ始めてから、妊娠中困っていた便秘が劇的によくなって、
これもぬか漬けの乳酸菌の効果だなぁと思うと、
ぬか床の中で乳酸菌が増えていく発酵反応が起きているということが
面白くてしょうがなくなってきました。
漬かりが遅いのはぬかを足したばっかりだからかなとか、
熟成が進んでちょっと酸味が強くなってるぞとか、
あれこれ考えながら、せっせと野菜を仕込んではぬか漬けを食べて、
無精ながらぬか床の世話を続けています。

そうして、発酵ワールドにはまっている最中、
楽健寺酵母という天然酵母を作っている人の本の、
「パンは本来、酵母の働きによって発酵して
別の化合物として生まれ変わったものである」という記述を読みました。
おおそうか、パンというのは、味噌とかぬか漬けと同じ発酵食品なのかと、
発酵という部分に大いに心惹かれて、
天然酵母なんて一生手を出さないと思っていたじょいフルが
初めて、楽健寺酵母なるものを作ってみました。
人参、リンゴ、長芋、玄米を発酵させて作るもので、
酵母を少し残しておいて、また人参やリンゴを足して発酵させれば
いつまででも種を継ぎ続けることが出来るというのが
まるでぬか床みたいで面白そうです。
本では一晩で出来ると書いてあったけど、実際は3日くらい放置して
ようやく甘いアルコールのような匂いがしてきたところでパンを焼いてみました。
と言っても、焼いたのはホームベーカリーなのだけど。
本によると、ちゃんと酵母の発酵で熟成されたパンには
酵母菌が醸し出した栄養とか風味とかうまみがぎっしりつまっていると書いてあります。
天然酵母だからなのか、もともと人参とかリンゴとか
色んなものが入っているからなのかよく分からないけど、
たしかに複雑な味わいでとても美味しいパンでした。

ドライイーストなら袋から出してサラサラ入れるだけだし、
ドライイーストのパンでも充分美味しいと思うのに、
この酵母でパンを焼こうとすると、まず材料を揃えるところから始まって
気長に酵母を育てないといけない。
ただただ手間がかかるし、パンの焼き上がりにもムラがあって、
でもその手間とかムラこそ、発酵食品の魅力です。
ぬか漬けにしろ、パン酵母にしろ、
今ごろあの中で野菜の何やらが反応して
乳酸菌やら酵母菌がもじゃもじゃ増えているのかなぁと
想像するところにロマンがあります。
相変わらずの面倒くさがりなので、パンならイーストで
簡単に焼いちゃえばいいと思うのに変わりはないのだけど、
酵母を育てるという手間のかかる作業が
ロマンチックに思えてしょうがありません。










くらしき朝市 三斉市

2011-02-23 00:11:40 | 岡山らぶ
じょいフルが中学生の頃までは、倉敷センター街というと
お店がたくさんあっていつも人がいて、何となく楽しいところというイメージでした。
それが大学を卒業して、岡山で就職してたまに実家に帰ってくると、
センター街を通ってもなんだかひっそりとして、
ああこのお店も潰れたんだと分かるシャッターばかりになっていて、
三越は撤退したし、チボリ公園もなくなったし、
これから倉敷は衰退の一途をたどるのかと寂しく思っていたら。
じょいフルが結婚して京都に行っている間に、
なにやら倉敷の街中が変わってきていたみたいです。
毎月第3日曜日の、「くらしき朝市 三斉市」。
初めてポスターを見たときは、何だこれはと思っていたけど、
だんだん地元で話題になって、テレビでも取り上げられて、
じょいフルも倉敷に帰ったらぜひ行ってみようと思っていました。

とても寒い朝だったので、じょいママは
「こんな日に朝から来る人なんているのかな」と言っていたけど、
実際に来てみると、よくまぁこんなに人が集まったわというくらいの盛況ぶり。
それこそ、この近くに住む倉敷市民は全員ここにいるんじゃないかと思うくらいの。
野菜とか魚介とか味噌とかジャムとかスイーツとか、
地産地消をテーマにしたお店がたくさん並んでいて、
リンスケを見失わないように派手な黄色のジャケットを着せていたけど、
少し離れるとすぐに分からなくなるくらいの活気と人混みで、
リンスケの手を引いているじょいママの背中に、旗でも立てたいくらいでした。
食べ物ブースが集まった広場で、じょいフルは倉敷バーガー、
ブリちゃんは旅館くらしきが出している鯛茶漬け、
じょいママは笠岡ラーメンと、地元一色の朝ごはんを食べて、
野菜とか豆とかいかなごとかイイダコとか、
地元産のものを山ほど買って帰りました。

衰退の一途かと思っていた倉敷は、
何だかまた元気になってきているみたいです。
11月にはアウトレットもできて、巷では
これから人は岡山から倉敷に流れるという説もあるし、
もしもこれから倉敷の町が栄えていけば、
ブリちゃんが手掛けたお店が繁盛して、
ブリちゃんの事務所も評判になって、
倉敷に家を建てる人から注文が殺到して、
いずれはじょいフル一家も億万長者…
に、なるかも知れない。
もしも倉敷の町が栄えていけば。
楽しみだなぁ。
それまでじょいフルも、
三斉市に足を運んで倉敷バーガーを食べて、
我が町倉敷を応援します。








ザリガニ始めました

2011-02-20 00:50:48 | こんな親でも子は育つ
柔らかい虫系が嫌いなのは昔からだけど、
大学時代に医動物の実習で、メダカのしっぽの寄生虫を観察して以来、
水中の生き物もどちらかというと苦手でした。
水族館の、ヒトデとかカニとかに「触ってみよう」コーナーでも
触るなんてもってのほか、ヒトデのいる水に手を入れるのも
抵抗があるくらいのじょいフルですが、
そんなじょいフルのところに、げんみきちゃんから
「ザリガニいらない?」とメールが来ました。
ザ、ザリガニ…。
たしか幼稚園の頃は、無邪気に家族でザリガニ釣りに行ってたのも憶えてるけど、
それ以降のザリガニというと、クラスのガキ大将みたいな男子が捕まえてきて
女子を脅すのに使っていた印象しか…。
げんみきちゃんに「男の子ってこういう生き物飼うの好きだから」
「成長の過程が見れてリンスケ君も喜ぶのでは」と言われて、
そうか、じょいフルは苦手でもリンスケは喜ぶのかと、
今まで自分が好きなことしか一緒にしてこなかったことに気が付いて、
ここは一念発起、ザリガニを迎えることを決意しました。

ザリガニを受け取りに行った日、
あのハサミを振りかざす真っ赤なザリガニを持って帰る覚悟でいたら、
げんみきちゃんが持って来てくれたのは、
小さな容器の水に浮かぶ、灰色をしたザリガニの赤ちゃんでした。
水の中でサカサカ泳いで、こんなメダカくらいの迫力しかないザリガニなら
じょいフルでも大丈夫かもしれない。
げんみきちゃんの話では、これから脱皮を繰り返して
だんだん赤くなって大きくなっていくらしいけど、
成長を一緒に見ていけば
じょいフルもうまくやっていけそうな気がします。
持って帰ってリンスケに見せると、喜んで興奮して
反応は上々でした。
げんみきちゃんの言う通り、
これから脱皮とかだんだん大きくなっていくのとかを見れば、
自分で色々考えたり、生き物の生態について
興味を持つようになるかも知れない。
勇気を出してザリガニを迎える決意をしてよかった。


げんみきちゃんの家では、
今は息子のユウタンのために、ザリガニの他に
バッタの卵とかフナも飼っているのだとか。
そんなことは、もともと生き物を飼うのが趣味の人が
することなのかと思っていたけど、
げんみきちゃんの話では、男の子はある時になると
必ず昆虫とかの生き物に興味を持って、飼いたいと言い出すものらしい。
じょいフルが、いつの間にか消防車の車種を言えるようになっていたみたいに、
男の子を育てるにあたっては、昆虫とか水の中の生き物とか、
もしかして柔らかい虫系にも親しくなることが
避けては通れないことかも知れません。
落ち着きがないとか、いらないことばかりするとか、目が離せないとか、
今までの男の子育ての中で大変だと思ってきたことはたくさんあったけど、
そうなるとこれは、そのどれよりも、
じょいフルにとっては大変な試練かも知れません。










今年のバレンタイン

2011-02-14 23:50:22 | 手作りが好きなのよ
「チョコレート+お酒」味が大好きなブリちゃんのために、
バレンタインは毎年、ウイスキーボンボンを探します。
今の流行ではないのか、最近はバレンタインにも
ボンボンを出すお店があまりなくて、倉敷の天満屋にはもちろんなし。
岡山の高島屋のバレンタインフェアで
ようやく見つけて買ってきました。
バレンタインならやっぱり何か自分でも作りたいけど、
実家に居候中の今は、型とか道具とかが何も揃わない。
さてどうしたものかと岡山からの帰りに考えて、
一番道具がいらない生チョコを作ることにしました。
クーベルチュールと生クリームだけを買って帰って、
流す型はアルミホイルを折って作りました。
ブリちゃん好みの、お酒たっぷり生チョコにするために、
じょいパパのカクテル棚からダークラムとコアントローを拝借。
夜のうちに型に流して、朝、ブリちゃんが出勤する前に
大急ぎでココアを振って箱に詰めました。
ブリちゃんにはボンボンを渡して、
生チョコを詰めた箱は、ブリちゃんの両親へ。
ブリちゃんは今、ブリちゃんの実家でお昼を食べていて
じょいフルはお弁当を作らなくてもよくなったので、そのお礼も込めて。
製菓のプロを娘に持つブリちゃんの両親に
じょいフルが作ったお菓子なんて心苦しい限りだけど、
そもそもこの生チョコも、ブリちゃんのお姉さんに手ほどきを受けたもので、
自分で型を作ればちょうどいい大きさに出来るというのも
お姉さんから教えてもらったやり方です。
残念ながら、お酒たっぷり過ぎて今のじょいフルは食べられないので、
残りの生チョコは、実家に来るお客様の御茶請けにしてもらおう。
ちなみに、じょいフルが子どもの頃は、
毎年じょいパパが病院でチョコレートを沢山もらって帰るのを
子ども達が楽しみに待っているという構図だったので、
父親にチョコレートをあげるという習慣はありません。
今年はたまたま、じょいフルがココアを振っている前で
じょいパパが朝ごはんを食べていたので、一つだけお裾分けをしました。
リンスケにチョコレートをあげるのは…
まだ何年も先のことになりそうです。










この時期の白衣についての問題

2011-02-10 23:49:20 | お仕事ですよっ
京都の病院を退職して、
あとは岡山で数回の仕事が残るのみになりました。
この日は引越しも落ち着いて久しぶりの仕事で、
大いに迷ったのは、おしゃれ白衣Mサイズを使うか、
病院で貸してくれる業務白衣Lサイズを使うかということ。
岡山の病院へは、いつも通販で買ったこだわり白衣を持参していたのだけど、
おしゃれ白衣と言っても、滑らかな生地の感じと身頃のすらっとしたラインが
お気に入りだったので、このお腹ではラインもへったくれもありません。
ボタンが留められたにしても多分きちきちだろうから、
それよりはおしゃれでも何でもない
Lサイズの白衣を着てた方がよっぽどスマートかな。
でもLではお腹が出ているのが分からないかも知れないから、
この先生は何でこんなガボガボの白衣を着てるんだろうと
患者さんに思われれたら、それもイヤだし。
と、ブツブツ考えながら、結局病院でLサイズを出してもらったら、
お腹がきつくないから超音波のプローベに手を伸ばした時とか、
診察台から戻って椅子に腰掛けた時に、
白衣が全然邪魔にならなくてとてもスムーズでした。
今まですでに、きちきちの格好で仕事をしていたみたいです。
そういえば、最初の妊娠の時もちょうど同じ頃に、
看護婦さんがELのズボンを出してきてくれたのでした。

看護婦さんがマタニティー用のナース服を着ているのを
見たことがあるけど、あれはあれですごく可愛いものでした。
妊娠した医者がLとかLLサイズの白衣を着ると、お腹はよくても
上半身がブカブカだったり肩が下がっていたりで
ちっともサマになりません。
医者の白衣にもマタニティー用が出ればいいのに。
多分全然売れないんだろうから、そんなものが出ることはなくて、
これからも、妊娠する度に同じ問題に直面するんだろうな。
これから何回妊娠するつもりかは知らないけど。
と、またブツブツ言いながら、
白衣のお腹がきつい以外は何の問題もなさそうなので、
37週に入るまで、今の調子で仕事を続けようと思います。 



   





みんなを巻き込んで始まりました

2011-02-09 15:58:52 | じょいフルな日々
倉敷に引越して、段ボールの山の中で
荷物の整理に大わらわ…かと思ったら、
実は今は、じょいフルの実家でのんびり過ごしています。
まだ入居予定の家が建設中で、完成を待つ間の2ヶ月、
3人で実家に居候中です。
段ボールの山はひとまず放置して、
最小限の着替えだけを持ち込んで
じょい両親とじょいフル達の5人暮らしが始まりました。

初めての2世帯生活はどんな風になるのかと思ったけど、
それなりにリズムもできてきました。
朝ごはんは、それぞれが今まで食べてきたものを
そのまま続けているので、
じょいフル達3人は玄米、じょいパパはパン。
3人のお味噌汁とおかずはじょいフルが作って、
じょいパパの分はじょいママが用意をします。
京都にいた頃は、これだけの簡素な朝ごはんだったけど、
やっぱり実家というのはいいもので、後からじょいママが
果物やら特製酒粕ドリンクやらを出してくれるので
倉敷に来てからというもの、午前中はずっとお腹いっぱい。

ブリちゃんの新しい設計事務所は
ブリちゃんの実家の離れに設立したので、
朝ごはんが済むと
ブリちゃんは自分の実家に出勤して行きます。
お昼は、ブリちゃんはブリちゃんの両親と一緒に食べて、
夕方またじょいフルの実家に帰って来て晩ごはん、という生活。
リンスケも、両方の家を行き来しては
みんなに遊んでもらって機嫌良く過ごしています。

期間限定とは言え、妙と言えば妙な生活だけど、
今まで京都でずっと3人で暮らしていたじょいフルにとっては、
身近にブリちゃんとリンスケ以外の家族がいて
みんながリンスケを見守ってくれるのは
こんなに安心できるものなのかと思いました。
両方の両親を巻き込んだ、
賑やかな2ヶ月間を過ごします。












サヨナラ京都

2011-02-02 22:38:25 | 京都らぶ
4年近く暮らして、その間に新米主婦デビューと新しい職場と出産と育児とを経験して、
思い出たくさん、思い入れもたっぷりのはずの京都の生活は、
そんな感慨に耽る間もなく、風のように早く過ぎてしまった1月であっけなく幕を下ろして、
エンヤエンヤと倉敷に移ってきました。
今でも京都に行けばあのままの家があって、また京都の日常に戻りそうな気がしてしまうけど、
ちゃんと空っぽになった家にサヨナラを言って玄関を閉めてきたし、
それに何か心残りがあるかと言われたら、
リンスケと神社や御所にはたくさん行ったし、
宝泉も進々堂も錦市場もふたばも手作り市も一善やのケーキもたま木亭のパンも、
その他のたくさんの京都のお気に入りも、そこから離れるのが寂しいと言うよりは、
もう全部楽しんで思い残すことはないという感じ。

そんなことより、社会に出てから1年毎の転勤で
引越しを繰り返していたじょいフルにとっては、京都の生活を最後に
これからは一生涯倉敷という町で暮らしていくことになるということの方が
ずっと信じられないと言うか、戸惑いがあると言うか。
でもまぁ、岡山とか香川とか広島とか神戸とか、あちこちの町の暮らしを経験して、
倉敷というホームタウンに行き着く前に、最後に経験できたのが京都でよかった。
今のじょいママがそうみたいに、きっとじょいフルも
何十年経っても、京都は寒かったとか紅葉の時期はすごい人よとか
そういうことを子ども達に何度も聞かせて
京都の暮らしを懐かしむのだと思います。