はぐれ遍路のひとりごと

観ながら歩く年寄りのグダグダ紀行

山伏から大谷崩

2015-05-26 17:10:15 | 低山歩き
歩行記録                                                          H27-5-23(土)
歩行時間:6時間05分   休憩時間:1時間45分   延時間:7時間50分
出発時刻:7時45分     到着時刻:15時35分
歩  数: 20、535歩(推定距離14.4km)    GPS距離12.9km
行程表
 西日影沢P 0:45> 大岩 0:45> 蓬峠 1:20> 山小屋分岐 0:10> 山伏 1:10> 新窪乗越 0:40> 扇の要 0:15>
 大谷崩P 0:40> 大谷崩・山伏分岐 0:20> 西日影沢P

                                 山伏観歩記


 山伏(やんぶし)の標高は2014m2013mで、最近では富士山以外では経験した事のない2000m越えへの挑戦です。
尤も北八の横岳(2473m)には登っているが、あの山はロープウエイで2237mまで上がる事ができ、実質標高差は236m
しかなく、私の歩く低山より楽な山でした。
その前と云うと2千米より若干低い、四国の石鎚山(1982m)があるが、ここも中腹にある土小屋(1492m)から登ったので
標高差は490mと、高草山とどっこいどっこいの山でした。ただここは鎖場に雪や氷があって怖くて泣きたくなった記憶がある。

 一方山伏は登山口の駐車場の標高は約933mなので、山頂との標高差は1080mと1000mを越えている。
果たして単独行の老人が初めて歩く山伏を完歩出来るか、若干の不安がつきまとっての出発です。
そのため行程には余裕を持たせ、駐車場から山伏までの上りを3時間。山伏から新窪乗越までの尾根歩きを2時間。そして
大谷崩れのガレ場の下りと駐車場までの林道歩きを3時間とみて計8時間とした。
ゴールの駐車場には遅くても4時までには帰りたいので、出発を7時として1時間早い3時にゴールと計算した。

実はこのコースやタイムは 「大人の遠足」 のあやさんのブログを参考にしたもので、あやさんはこのコースを7時25分に出発して
2時10分に到着しています。しかも山伏山頂では1時間も休憩しての時間です。
とは言え、あやさんのタイムをそのまま適用はできません。何故なら彼女の大崩山塊を歩く速度と云ったら、私より数段の速さ
なのです。そこであやさんが6時間45分で歩いたなら、私には8時間として、昼飯の1時間の休憩時間を半分にすれば何とか
なるのでは、それに8時間が無理としても、4時着ならまだ1時間の余裕があるので多分大丈夫だろうと判断しました。

 家から西日影沢の駐車場までは大井川から静岡を40分、静岡から駐車場までを2時間とみて4時に出発としました。

 
          西日影沢(山伏)・大谷崩分岐                        西日影沢駐車場
         分岐点の場所
 4時に家を出て新東名を利用して駐車場に付いたのは5時20分だった。予定より1時間半も早く着いてしまったが、早い分なら
何ら支障はない。予定外だが、若し大谷嶺の登り口の新窪乗越に12時前に着いたら大谷嶺に登るのもいいだろう。

オットその前に、この駐車場に来るには、梅ヶ島に向かう県道29号の赤水の滝を過ぎた所にある分岐を左に曲がります。
確か角に 「大谷崩」 の標識があったと思いました。。
そこから約5分で西日影沢への分岐に出るが、左折する道は無舗装の道だった。心配になり草に隠されていた標識を車を降りて
確認すると、間違いなく 「山伏」 とあった。舗装された道側は 「大谷崩」 となっていた。
分岐から無舗装の道を1.5km 約7分ほどで道の左側に 「登山者用駐車場」 の案内板と登山ポストがあります。

        
              沢越えの橋                           登山道入口

 駐車場を出発したのは7時45分。7時出発予定を45分も遅くなってしまった。
エッ! 5時半に着いたのに出発が7時過ぎ?? マーその説明は後日として、ともかく7時45分に駐車場を出発しました。
林道を約5分ほどで簡易な橋を橋を渡ると、左側に目立つ赤い色の 「山火事用心」 の垂れ幕と、登山道入口を示す茶色の
道標が建っている。ここさえ見落とさなければ後は山道で間違う所はありませんでした。

 
               沢越えの橋                              ワサビ田跡

 西日影沢の支流と思える沢伝いに登って行くと、木造の頑丈そうな橋があった。登山道のためにこんな立派な橋を造って
くれるなんて静岡市も中々粋なところがある。
登山口から40分も行くと石を丁寧に積んだ石垣の棚田が出てきた。どうやら山葵を栽培していたワサビ田の跡のようだ。
こんな山奥に昔の人は本当に働き者だったと感心してしまう。当時は林道だって有ったかどうか分からない。周りを見ても
モノラックのレールも無い事から、栽培は大分前に止めたのだろう。勿体ないな。

    
            大きな岩                     大岩                   沢越えの橋 

 大きい岩が見えてきたが、あれが大岩か。岩の下には何本ものつっかい棒があり、あれで岩を支えていると言いたいのだろう。
何となくニヤリとしたくなる風景だった。
しかしそれは大岩ではなかった。最初の大きな岩の奥にはさらに大きな岩があり、そこには 「大岩」 の案内もあった。
この岩の下にもつっかい棒があり 「これらの棒は大岩が倒れてこないように支えています。あなたも1本ご協力願います。
私が立てたこの棒は、こんなに撓ってきました(笑)」
と書いてあった。
 真ん中の大岩の写真の下に2人の人が写っているので、岩の大きさが分かると思います。岩の下には無数のつっかい棒も。

 大岩の少し上にある3個目の木橋の辺りまでは、沢沿いの左程きつくない気持ち良い道だった。しかし道が林の中に入ると
傾斜がきつくなり、道が小さな崩れで塞がれていたり、歩きやすい所を歩くので、あちこちに踏み跡がついていた。
そんな場所を過ぎ1ヶ所目、2ヶ所目と稜線に達するのだが、その先にはまた稜線が現れる。さすが2千米級の山だと内心辟易
しながらも感心して登って行くと、前方上に赤いドラム缶が見えてきた。無意識にそのドラム缶を目指して登って行き、フト下を
見ると違う方向の木に赤い目印が巻いてあり、その下には道も見えていた。
自分の立っている所にも踏み跡はあるのだが、下の道に比べればはるかに薄い。戻るのは嫌だったが “急がば回れ” だとか
“後悔先に立たず” と言い聞かせて目印を目指して下って行った。
そして正規な道を歩いて行くとドラム缶の上に出た。あーあぁ “骨折り損のくたびれもうけ” だ。

         
                          蓬峠                                大谷嶺か

 蓬峠の簡易ベンチにドカッと腰を落としての休憩。駐車場に5時半に着いて、出発が2時間20分遅れになった疲れが出てきた
ようだ。駐車場から蓬峠まで1時間40分。予定では山伏まで3時間とみていたのでまだ半分残っている。
大丈夫かな? 少々弱気な心も出てきたが兎も角山伏までは登ろう。例えそこから引き返したとしても。とカツを入れる。

 ともかく蓬峠からの道は近年稀にみる大変さで、まるで富士登山のように足を動かさなければ頂上には着かないのだからと、
強引に一歩一歩歩く始末でした。
そんなとき簡易ベンチのある木陰から何とも悪相な山が見えてきた。斜面に木などは生えてなく崩壊して泥色をしたその斜面は
今も崩れているようだった。あれが大谷崩れ? いや違うだろう大谷崩れは日本三大崩れの一つなのだから、あんな物ではない
筈だ。ではあそこは大谷嶺に至る尾根か? となると新窪乗越に行くにはあそこを登らなければならないのか。
急に恐怖心が湧きあがったが、あやさんのブログにはこのコ-スは一般ルートで危険個所は無いと書いてあった。例えあの山に
登るとしても、崩れの端ではなく巻道があるのだろうと自分を安心させるのだが、あの急坂を登るのにも不安を感じた。
お蔭で疲れは肉体的だけでなく精神的にも感じるようになってしまった。

        
              1800m越え                             山小屋分岐

 フーフー言いながらも1800mの表示あるロープのヵ所に出た。このルートには所々にロープがあるがロープ場と言った
感じではなく、あれば助かるが無ければ無いで済みそうなロープですので特に危険は感じません。
この1800mを越えると道の傾斜は緩くなり、山道の周りにはコバイケイソ(小梅草)と思われる葉があちこちにある。
この葉は竜爪の山頂でも見た事があるが花は見た事がない(多分)。ネットの植物図鑑を調べると
「湿地に生える高山植物で和名は、花がウメ、葉がケイランに似ていることに由来する。バイケイソウという似た姿の高山植物が
あるが、 それより小さいことから 「小梅草」 となった。」
のだそうです。
湿地? この斜面が湿地? とも思うが残雪が遅くまで残っていて水気が多いのかもしれないな。それにしても柔らかそうな
葉を何故鹿が食べないのだろうと思ったら、この植物には毒が含まれているそうです。多分馬酔木(あせび)と同じように鹿は
毒のあるコバイケイソウは食べないのだろう。

 緩やかな道が続きホッとしながら歩いていると前方に標識が見えてきた。多分あれが山小屋分岐だろう。あと一息だ。
標識といえば、ここのルートは余り標識は無かったが、コースに入ってからは困る事は無かった。分岐も少なく踏み跡も濃いので
特に標識の必要さも無いのだろう。
 標識には左折側を 「百畳峠・山伏小屋・県民の森」 とあり、更に別の案内板には 「牛首から西日影沢のコースは非常に危険
です。」
とあった。百畳峠も牛首も知らないので今度調べてみよう。



 分岐から3分ほど進むと、山伏からの富士山の写真で何度も見た風景が広がっていた。
最近は晴れていても顔を出してくれない富士山が珍しく見えていた。左右に大きく裾を拡げ雄大に見える富士山は、写真下手の
私が写しても、それなりに写ってくれる。その右の裾野には見慣れた愛鷹山も見えいた。
それと木陰に隠れているが、あの禍々しい悪相の山も茶色の肌を見せていた。折角忘れていたのに嫌な奴だ。

 
                ヤナギランの保護                          新しい山名表示

 平坦な山頂はヤナギラン(柳欄)の群生地で、その保護のためにネットが張ってあった。その群生地の周りは木道が設けられて
いて周回が出来るようだ。ヤナギランは8月に咲くそうなので一度来てみてもいいな。しかし真夏だと暑いだろうな。                     
 新しい山名表示と古くて朽ち始めている山名表示が並んでいた。その後ろには南アルプスが見えるのだが、ここからは少々
無理で笹の中の小径を少し入ると聖や赤石が見えてきた。


                                       南アルプス

               
             富士山側の山名表示                     二等三角点

 山名表示板は富士山側にも建っていて、こちらはお馴染みの団子型だった。後ろに富士山が見えていたのでもっとしっかり
入れたかったが、表示板の下は昼飯を食べている人がいて、どうしてもその人達が入り込んでしまうので諦めた。
よく見るとこの表示は山の名前が 「山伏岳」 になっている。新しい表示板は 「山伏」 だけだが。
そうかこれが山伏の下に 「岳」 が付くか付かないかの論争の元になった物なのか。そこで一番古い表示板を見てみると
残念ながら山伏の文字はは見えるが、その下は丁度朽ち落ちていて岳が有ったか無かったか分からなかった。
では地理院の地図(コース概略図参照)はどうかとを見てみると、こちらは 「山伏」 となっていた。

 さらに新しい表示板の下に二等三角点があったので、三角点の正式名称を調べてみたら 「山伏峠」 となっていた。
どうもこの三角点の名前の付け方は面白くない。地元の人がそう呼んでいるなら良いが、何か見当違いの名前もある。
いやそんな事より面白い事を見つけた。この山伏の標高は表示板には 「2014m」 とあるが、国土地理院で案内する
「基準点成果情報」 には、なんと!なんと!「2013.15m」 になっている。これなら四捨五入すれば2013mになる。
慌てて地理院の地形図を見ると、さすがにこちらも 「2013.2」 になっていた。

    
            国土地理院三角点成果情報                         地理院の地形図

 そうかこれは去年、山の標高を変更した際、ここも訂正されたのだろう。とさらに調べてみた。
だがこの時の改定は全国で39山の標高が低くなっていて、静岡県では金時山だけがその対象だった。

      

 と、なると山伏の標高は何時変更されたのか俄然興味が湧き、家にあった2009年発行の昭文社の地図を見ると
 「2013・7m」になっていた。ならばここにある標高はその当時の高さを表したものだろう。
更に追っかけてやっと見つけました。
   
 こうなると執念ですね。でもこれでスッキリした。今回調べていて更にスッキリした事があります。それは金時山の呼び方で、
私の故郷の金時山は子供の頃からズート 「金時ざん」 と呼んでいました。それがいつの間にか 「金時やま」 になってしまい、
今では地元の人も金時やまと呼ぶようになってしまいました。
私には金時やまでは何故か幼児語のようで、しかも低山のように聞こえる(実際低山ですが)のが好きではないのですが
多勢に無勢で何とも旗色が悪い状態です。更に金時山の山頂に建つ大きな塔のような山名表示には、ご丁寧にも
  「きんときやま」 とルビまでふってあります。
こうなると金時ざんは、私の記憶違いなのかと思わざるを得ないのですが、どうか上の三角点成果情報を見てください。
そこの金時山の “さんちょうめい” は 「きんときざん」 になっていました。
マダマダ私はボケていないのかと思いたいが、ボケた人は古い事は覚えているとか、矢張りヤバイかな。

 全く私の話は何処へ飛ぶか分からなく、自分でも呆れています。

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