文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

日本の時間、世界の時間。
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日々嘆息ばかり のっけから私事で恐縮だが、この7月で産経新聞政治部に配属されて丸20年が経過した。

2019年07月15日 17時18分13秒 | 日記

以下は月刊誌正論今月号に数少ない本物の新聞記者である阿比留瑠偉氏が「政界 なんだかなあ」と題して開始した連載コラム第1回からである。

日々嘆息ばかり 

のっけから私事で恐縮だが、この7月で産経新聞政治部に配属されて丸20年が経過した。

橋本龍太郎内閣の末期から小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦、そして再びの安倍の各内閣を、ずっと比較的間近でウオッチしてきたのである。 

一度の異動もなく同じ部署にとどまり続けることは、サラリーマン記者としては珍しいことだが、とにかくたまたまそうなった。 

その間、自民党から民主党への政権交代もあったし、また自民党による政権奪還もあった。

政治家の人間ドラマも、権力をめぐるはかりごとも、執念も愚かしさも忠誠も裏切りも見てきた。

たくさんの政治家や官僚と知り合い、強く共感したこともあれば、反目し合ったことも少なくない。 

全く予想できなかった展開に目を見開いたことも、予定調和的結末にほっとしたこともある。 

政治はもともと、人間社会の営みの権力闘争の部分を拡大、強調したような世界である。

剥き出しの権力欲・権勢欲、また自己顕示欲を、日常的に見るのは気持ちがいいものではないが、それが仕事だから仕方がない。 

前置きが長くなった。

何が言いたいかというと、私は日々、嘆息しているということである。 「なんだかなあ……」「やっぱりこうなるか」「また同じことをやっている」 

そして、最近とみに思うことは政治家は「引退後の身の処し方が

難しいのだろうな。それにしても……」ということである。


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