文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

「戦場のエロイカ・シンフォニー」私か体験した日米戦…朝日新聞10月9日17面より

2011年10月11日 12時44分46秒 | 日記
ドナルド・キーン、小池政行〈著〉
Donald Keene 22年生まれ。日本文学研究者 ▽こいけ・まさゆき 51年生まれ。

巨大な悲劇の中の一滴の救い 評・後藤 正治 ノンフィクション作家   

文中黒字化は芥川。

日本文化と文学の世界への伝達という功績により、ドナルド・キーンに文化勲章が贈られたのは3年前である。
先頃は日本国籍の取得および日本永住も話題となった。本書は、キーンヘのインタビューをもとに構成されているが、その「原点」と「いま」を伝える書となっている。

コロンビア大学生だった若き日、キーンはニューヨークの書店で『源氏物語』を手にする。ここに美のために生きている民族がいるーーそれが日本との出合いだった。

戦争がはじまり、米海軍の将校となり、アッツ、沖縄戦も体験するが、「筋金入りの反戦主義者」、発砲したことは一度もない。やがてハワイの捕虜収容所で通訳や翻訳などに携わる。死に直面した日本兵の遺稿日記には、もはや戦争の狂気は消え失せ、「どんな文学をも凌駕する」深い内面の葛藤が記されていた。それが原点となった。


表題は、収容所で流れたぺートーべンの交響曲3番「英雄(エロイカ)」より採られている。音楽好きの一捕虜の所望に応え、キーンはシャワー室に蓄音機とレコードを持ち込んだ。協力要請のためではない。単に彼を喜ばせたいと思ってである。

キーンと日本とのかかわりは他の著作でも散見できるが、あらためてキーンその人が浮かび上がってくる。それは、多彩多層なアメリカ社会のなかでも、おそらく最良の層に属するであろうヒューマニストの像である。

戦争を憎んだ一学徒に、戦争は生涯の道を開いた。後年、それは日米両国に大いなる利益をもたらした。巨大な悲劇のなかの、一滴の救いのしずくというべきか。

憎しみ合う関係性もいつかは変わる。人間存在のありようは国境によって区分されない。「私はもう民族という言葉や観念を嫌うようになりました」とも口にする。米寿を超えた日本学の泰斗は、いま遠くを見詰めている。


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