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氷見市内へ

2017-07-02 21:06:02 | 氷見に椿古木を訪ねる

 

 高岡で気多(けた)神社に寄り道してから氷見へ向かうことにしました。


 気多神社は勝興寺から北西へ車で5分ほどもはしった二上山の山裾に鎮座し、静かな境内には人影もありませんでした。




 境内の石段の脇で、ショウジョウバカマが桃紫色の花を掲げていました。


 ショウジョウバカマに会うのは久しぶりの気がします。

 



 境内の片隅には、大伴家持が「二上山」「布施の水海」「立山」をモチーフに越中三賦という長歌まとめたことを顕彰する三石が設けられていました。

 



 このようなモニュメントを見れば、この地の人々の大伴家持に対する敬意と郷土愛の深さが分かりました。


 予想以上に、この地の人々の心に秘めたマグマには熱いものがありそうです。


 気多神社から海岸線の国道を氷見へと向かいました。


 氷見市で最初にたずねたのが手向神社です。


 菅原道真が古今和歌集で「このたびは幣もとりあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに」と詠んだ、あの手向山と何か関係があるのでしょうか。




 境内に古木が聳え、社殿に風格をもたらします。

 

 


 目的とするツバキは地上50㎝程で二幹に分かれ、今回の旅の契機となった氷見市の丸山さんの資料に由れば根元周り140㎝だそうです。

 

 境内の片隅で、さりげない風情に紅色の花を散らせていました。 


 


 今回の旅の目的とする、氷見の古木椿との初対面を無事に済ませ、安堵の気持ちで次の椿を訪ねることにしました。


 次は気多神社からほど近い氷見市園334の高木家墓地の椿です。

 

 ナビが目的地に到着しました、と告げた場所にそれらしき椿は見当たりません。

 



 周囲に人影はなく、問い合わせる人も見当たりません。


 周囲の様子を窺っていると、民家の脇道の奥に椿が花を咲かせていたので、そちらへ向かって歩を進めました。

 



 花咲く椿まで進むと、その先の斜面に椿の古木が見えてきました。


 この辺りはどなたか個人の所有地のようです。


 すぐ近くのお宅のドアをノックしてみましたが、お留守だったので、あまり路地の奥には入らず、ほどほどの場所からそれらしい椿の写真を撮って、早々に退去しました。

 

 

 

 確認はできませんでしたが、多分写真中央に写っている一番太い木が高木家墓地の椿だと思うのですが、自信はありません。
 
 高木家墓地を去る時に時間を確認すると17時を過ぎていました。

 今日はこの場を最後に、氷見の椿に関する資料を提供してくれた丸山さんに御礼のご挨拶に伺うことにしました。


 丸山さんは、氷見市内で著名な大規模小売店に務めておられますが、職場に伺うと、お忙しい時間を割いて頂き、氷見の椿に関する情報などを提供して頂くことができました。


 丸山さん、その節はお世話になりまして本当にありがとうございました。


 そして、丸山さんがお勤めの店で買い求めたのが、氷見地酒の曙です。

 


 今夜は氷見市内の道の駅に泊り、一緒に買い求めた幕の内弁当を夕食にして、これで旅の疲れを癒すことにします。

 


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椿の花に包まれる勝興寺

2017-06-30 16:24:36 | 氷見に椿古木を訪ねる

 

 高岡古城公園を出て高岡市伏木古国府にある勝興寺へ向かいました。


 朝出発する時に、ナビへ目的地を入力してあるので、エンジンをスタートさせれば、ナビのおねえさんがすぐに道案内を始めてくれます。


 高岡市内で銭湯やイオンなどのスーパーの位置を確認しながら、目的地へ車を進めました。


 車に寝泊まりする旅ですから、宿泊地や食糧などの買い出しの当たりを付けておくことは旅を心地よくする必須条件です。


 ナビが目的地到着を告げた場所に「越中国府関連遺跡(御亭角廃寺跡)」の解説が建てられていました。


 その標示には「この付近には御亭角【おちんかど】と称される勝興寺御亭があったため、この地名がついた。・・ 御亭角廃寺跡は福井県越前市の深草廃寺とともに北陸では最古の寺跡とされる。・・・」と記されていました。

 



 しかし、周囲に寺らしき建物がみえません。


 周囲に見えるのは、背高く咲き誇るヤブツバキの花群れだけです。


 今日の目的はツバキですから、それで問題はないのですが、本当にここが勝興寺なのでしょうか。


 実は、十年ほど前に私は一度勝興寺を訪ねているのですが、その時の記憶と様子が異なります。

 



 少し歩くと、「椿の道 入口」の看板が見えてきました。




 そして、その「椿の道」が秀逸だったのです。


 土塁に見事な椿の古木が連なり、遥か先までの行く手を赤く染めています。


 以前訪ね来た時も歩いたはずなのですが、その時は時間に追われていたからでしょう、同じ景色も異なって見えていたように思います。

 

 


 
 静寂に包まれた木々の梢から、照葉を褥に寛ぐ真紅の花が顔をのぞかせていました。

 

 


 
 昔訪ねた三ヶ日町の姫街道のヤブツバキも見事でしたが、その風景を想いださせました。


 最近行く先々で、いつかの日のその時々が連想ゲームのように脳裏に浮かびますが、「旅に病んで夢は枯野を駆け巡る」日が来るまで、今を存分に目に焼き付けておこうと思います。

 椿の道の果てに、万葉寺井の跡と示された史跡がありました。


 どうやら、大伴家持が「もののふの八十娘子らが汲みまがふ寺井の上の堅香子(かたかご)の花」と詠んだ寺井はこの井戸だったようです。


 ああ、そうだったんですね、高岡古城公園の一隅にカタクリの群落があったのは、この歌と関係するのですね。


 え、そうですか、高岡市はカタクリを市の花としているのですか!




 万葉寺井の跡から元来た道を戻り、途中から空濠を越えて勝興寺の境内へと入りました。


 どうやら私は裏手から境内へ入り込んだようです。


 境内のあちらこちらに足場が組まれ、寺全体が改修作業中のようです。


 最初に目にした「経堂」は1805年(文化2年)に建立された国の重要文化財だそうです。

 


 その他にも本堂、総門、唐門、鼓堂など境内には数多くの重要文化財が並んでいました。


 唐門は周囲と異なる雰囲気を感じさせてくれます。


 1769年(明和6年)に京都の興正寺で建立され、1893年(明治26年)に譲り受け北前舟で運ばれ移築されたのだそうです。




 そして「実ならずの銀杏」の名が付いたイチョウの老木がありました。


 雄イチョウなら実が生らないのは当たり前なのに、なんで?と思ったのですが、それなりの理由があるようです。


 「実ならずの銀杏」でネット検索してみて下さい。答えが見つかります。

 



 次が「三葉の松」。


 これも、海外にはリギダマツなどのように三本葉の松もありますから、それなんじゃな?と思いましたが、残念、私には見分ける目がありませんでした。


 これも「三葉の松」でネット検索すると、その答えが分かります。

 



 私は植物に興味があるので、イチョウやマツを見れば事実を極めたくなりますが、夫々の地に伝わる逸話を楽しむだけで良いのかもしれません。


 746年(天平18年)この地に大伴家持が国守として赴任して以来、いや、それ以前から海路を介して京都や新潟などとの交流を重ねながら、恵み豊かな地で分化を育んできた歴史を垣間見た、ツバキに包まれる勝興寺の訪問となりました。



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高岡古城公園のツバキ

2017-06-28 14:47:32 | 氷見に椿古木を訪ねる

 

 射水市の本橋家跡地から20分ほどはしり、隣の高岡市高岡古城公園に到着しました。


 高岡古城公園は全国桜百選に名を連ねる桜の名所ですが、今日はまだ僅かに蕾が膨らみ始めた程度で、花を楽しむには少々早すぎたようです。



 そうそう、常々感じていることですが、欧州や米国でツバキが賞賛されるほどに、原産国の日本でのツバキ熱が盛り上がらないのは、ツバキが桜の季節少し重なる為ではないかと思うのです。


 日本では花と云えば桜ですから、どれだけ花好の人でも、椿園に足を運ぶ人は、桜を見る人ほど多くいません。


 ツバキ目的で旅する私でさえ、今の高岡古城公園の桜を見て、ああ残念だったな~と嘆くほどなのですから。


 ツバキの品種開発に携わる人は、花色や型にのみ囚われず、桜と競合しない季節に花盛りとなるツバキ等、花を愛でる人の側に立った開発戦略が求められると思いますが、如何なものでしょうか。


 ツバキだって、見られ愛でられてこその花ですよね。



 高岡古城公園を散策していると「夕日」の曲のモニュメントを見つけました。


 「ぎんぎんぎらぎら夕日が沈む・・・」という、日本人なら誰でも知っている、あの名曲です。

 



 モニュメントのすぐ脇に、「夕日」の作曲者である室崎琴月を紹介する一文が掲げられていました。


 室崎琴月は高岡市小舟町に生まれ、東京芸大を卒業し、東京で音楽学校を設立。


 葛原しげるの詩に曲をつけたのだそうです。


 その音楽に関する多大な功績によって、勲四等瑞宝章が授けられたと記されていました。


 何でしょう、旅先でこういう話に接すると、「やったね!」という気分になるから不思議です。


 伊豆大島で見た、「公園の手品師」のレリーフを思い出しました。

 



 桜の季節に運行される遊覧船も本日は運休のようです。

 



 高岡古城公園には多くのツバキが咲くはずなので、ツバキを探していると、少し傾き始めた陽射しの中で、赤い花を散らすヤブツバキに目が留まりました。

 

 今回はツバキを訪ねる旅ですが、タイミングに間違いないようです。 

 



 公園の一角でカタクリが可憐な花を咲かせていました。


 雪国では全ての草木が一斉に花を咲かせます。


 人気のない公園で、贅沢な時間を存分に味わうことができました。

 

 


 
 その先へ歩を進めると、


 「うぐひすの 鳴き散らすらむ 春の花 いつしか君と手折りかざさむ」と


 大伴家持の歌碑が建てられていました。 

 



 大伴家持は万葉集の編纂に重要な役割を果たしましたが、天平18年(746年)に越中国の国守として今の高岡に赴任し、在任中の5年間に詠んだ223首が万葉集に残り、越中国は万葉故地として知られるようになったのです。


 高岡市はそのことに誇りを持ち、文化財などの保護に努めているようです。


 「うぐひすの 鳴き散らすらむ 春の花 ・・」とは梅の花を指すのでしょうか、公園の中の梅園に咲き残る紅梅の姿がありました。

 



 濠を渡りますと、

 


 「国際児童年記念植樹」の表示とともに、数多くのツバキ品種が植栽されたエリアに出ました。

 


 本丸跡を巡る遊歩道に沿って、ツバキが花を咲かせていました。

 


「高岡古城公園のツバキ」とはこのことだろうと納得し、この辺りから駐車場に戻り、公園を去ることにしました。


 後から知ったのですが、高岡古城公園の南外濠に椿山と呼ばれる場所があって、「高岡古城公園のツバキ」とはそこを指しているようです。


 富山には中央植物園もあることですし、もう一度訪ね直す必要がありそうです

 

 

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日本古来の文化財である椿を誰が守るのか

2017-06-08 21:31:28 | 氷見に椿古木を訪ねる

 

 富山県立中央植物園を出て富山市宮尾の内山邸に向かいました。


 国登録有形文化財の内山邸は、富山平野を貫通し富山湾に流れ込む神通川の氾濫原野を新田開発した豪農の住宅です。明治以降、地主制度のもとで最大の繁栄を迎えています。


 昭和52年に13代内山季友氏から富山県に譲渡され、現在は富山県民会館の分館として市民に開放されお茶、お花などの文化的緒行事の催事場としても利用されています。

 



 今回、内山邸を訪ねたのは、富山市内で最も大きな椿の木があるので、一度は見ておきたかったのです。


 そしてこれがその椿の木です。


 雲の中に見え隠れする、背後の立山連邦を肉眼では確認できすが、写真には写っていませんでした。

 



 内山邸の椿は富山市最大ですが、内山邸には庭に60本の梅が植栽されており、花の季節には多くの人達が梅を目当てに訪ね来るようです。

 



 また邸内には、枝垂れ桜をはじめとする4本の桜の大木があり、3月下旬から4月中旬にかけて見事な花を咲かせるとのことですが、今は春を待つ間の風情の中に佇んでいました。




 庭園の一隅に設けられた蹲踞の水面に、散り落ちた椿花が華やぎを添えています。

 


 
 邸内も観覧させてもらいまいたが、大正時代の画家 内海吉堂が描いた鶏の襖絵や板壁に描かれた鹿の絵など、一地方農家の概念を超えた調度品の数々に目を瞠る時間を過ごすことができました。


  

 
 

 内山邸で1時間程過ごし、富山市に隣接する射水市旧家の本橋家を訪ねることにしました。


 本橋家の椿古木も近隣に名をとどろかす銘木と聞いていたからです。


 ナビに住所を入力し、車で射水市殿村の辺りを探し廻りましたが、それらしき民家が見当たりません。


 何人かの土地の人に聞きながら車をはしらせ、最後に小さな個人商店で本橋家の所在を尋ねますと、その商店の裏手の大きな空地が本橋家の跡地だというのです。


 2年程前まで、敷地には鬱蒼と木が茂るお屋敷だったそうですが、後を継ぐ人もなく、椿の古木は切り倒され、今は宅地造成の工事が進められているそうです。

 



 室町鎌倉時代の頃から、何世代にも亘って慈しみ育ててきた地域を代表する椿の古木でさえも、世代を継いで財を蓄積することの不公平を是正する方針に基づく、今の日本の相続税の制度下では、日本固有の文化財としての側面を持つ椿の古木や品種であっても、個人が所有物する限りは守りきれないとの思いを新たにしました。

 

 唯一日本のみに伝わる椿の古木や、数百年の時を継ぐ椿品種群の価値を認め、それを人々に伝え、保存を図る意識と行動力を持つ人々が現れてほしいものだと、今は切に願うばかりです。

 

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富山県中央植物園でユキツバキを見る

2017-05-17 20:55:03 | 氷見に椿古木を訪ねる

 

 富山市東部のパーキングエリアで朝目が覚めると、周囲の車の中に会社員らしき人々がスマホに目を落とす姿が見えました。


 数年前まで私も同じ時間軸の中にいたことを思い出し、まるで天蓋から世の中を覗き見るような不思議な感慨に包まれたことでした。


 そういえば芭蕉翁は数百年前に、この道をどんな想いで旅していったのでしょうか。


 来し方を望むと、立山連邦の上に昇った太陽が柔らかな陽射しを白い峰々に注いでいます。


 パーキングエリアの周囲に広がる田畑は朝靄をまとい、国道をひっきりなしに走る車の走行音が、旅人に新たな旅の日の始まりを告げていました。


 車内を整え、寝袋をたたみ、エンジンを回し、ナビに富山県立中央植物園の住所を入力しました。


 到着予定時刻は開園前の8時55分と表示されました。


 全てが思惑通りに始まってくれたようです。


 パーキングエリアを出て、国道を流れる車の列に加わりました。


 ゆったりした車間の車列の中で、ナビのお嬢さんのガイドのままに富山市近郊をはしり、時間通りに植物園の駐車場に車を滑り込ませました。


 駐車場で、植物園近くのコンビニで買い求めた調理パンと温かいコーヒーの朝食を済ませました。


 入場券を求め植物園に入り、まずは「四季の花」のための撮影に取り掛かりました。


 温室で熱帯植物や唐椿などにフィルムカメラのレンズを向けます。

 

 

左:シロバナソシンカ        右:唐椿            


 ホームページに「四季の花」を立ち上げたのは1999年の7月ですから、今年で18年目になりますが、無事これ名馬の域に達しつつあるのではと自負しています。


 温室で2時間程を費やし、園内を見て回ることにしました。


 東の空に白い立山連邦の姿が望めましたが、コンパクトデジカメのシャッターを切っても、何を写したか分からないような写真しか撮れていません。

 

 
 植物園の池の畔に咲いたポルトガルのキズイセンが花の季節の到来を、散策路の傍らに咲くアカシデの花が過ぎ去った冬を告げていました。

 

 

左:キズイセン           右:アカシデ          


   
 園の一番奥のエリアでユキツバキやユキバタツバキの名札を付けた木が花を咲かせていました。


 ユキツバキは花を開いて咲かせ、ヤブツバキの花は筒状に咲かせ、ユキバタツバキは両者の中間の特徴を持つそうですが、花を見ただけでは殆ど区別が付きません。

 

 

左:ユキツバキ            右:ユキバタツバキ       

 
 今回の旅のテーマは北陸の椿の古木ですが、こんな調子でツバキをきちんと見分けることができるかどうか、些か不安を感じながら正午過ぎに植物園を辞したのでした。



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氷見に椿の古木を訪ねる 

2017-04-10 18:26:34 | 氷見に椿古木を訪ねる

 

 正月気分も抜けた如月の頃、私は偶然手にした神戸つばき愛好会の機関紙に目を疑いました。


 その冊子には、富山県氷見市の丸山さんが寄稿した、百を超える氷見市内の椿の古木が紹介されていたのです。


 実は私は、10数年前に「芦川のホームページ」を立ち上げ、その中で全国の椿花の名所をリストアップし、暇を見つけてはそれらの地を訪ね歩いていました。


 リストの中に氷見の老谷の大椿長坂の大椿(近年枯死)があり、私も早い時期に氷見を訪ねていたのですが、まさか氷見市内にこれほど沢山の椿の古木が眠っているとは予想だにしませんでした。

 
 え~ そうなんだ!


 手元に手繰り寄せた鯛を、寸前のところで取り逃がした、そんな残念さに染まってゆく自分を感じていました。


 このままでは絶対に健康に良くない。


 そう思い始めるともうじっとしてはいられません。


 思いつく限りの手立てを尽くし、著者の丸山さんとの連絡方法を探しはじめました。


 何とか電話番号を知ることができたので、憚りもなく直截電話を掛けて、丸山さんの記事に触発され、氷見の椿の古木を巡りたい想いを伝えました。


 そして、氷見の椿古木の詳細なデータ提供のお願いをしたのです。


 丸山さんは、氷見市内で著名な会社の常務さんを務め、多忙な日々を過ごされておられますが、一週間も経たぬ間に椿の住所を調べ、一度も会ったこともない、見ず知らずの私宛に膨大な資料を送って下さったのです。


 そして4月2日の夜、氷見に椿の花が咲き始めたことを確認し、私は氷見へと、夜の闇に包まれた関越道へ車を乗り入れました。

 



 夜に、目的地へと向かうのは私の旅のセオリーです。


 夜半までに目的地に近づけば、朝からフルに行動することができます。


 夜が明けたら1~2時間程で目的地に至る場所に車を停め、車内で朝を迎える予定です。


 時間の経過を見ながら、長野ICで高速道路を下り、一般道を糸魚川へと向かいました。


 23時を過ぎたころ、車は糸魚川市街を抜け、市振の街に差し掛かりました。

 車窓の右手には、漆黒の日本海にロゼを流し込むように染め照らす上弦の月が浮かんでいました。

 


 市振の街は、新潟県と富山県の境に位置する、新潟県最南端の街です。


 松尾芭蕉が元禄二(1689)年に奥の細道の旅で一夜の宿をとり、


 「一つ家に 遊女も寝たり 萩と月


 の名句を詠んだ地でもあります。


 帰路に再び市振に寄り、長円寺境内にある芭蕉句碑を確認しました。



 良寛もこの地に一宿し、



 「市振や 芭蕉も寝たり おぼろ月」


 と詠んだそうです。



 では、臆面もなく私も一句



 「市振や 漆黒の海 ほのか月」

 

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花の山  index

2016-09-12 02:24:16 | 花の山

花の山  index

 

奥多摩 御岳山・大岳山

  何で山登るねん (奥多摩御岳山、大岳山へ) 

  御岳山を越えて (静かな森の中の道)   

  雨の大岳山 (雨の登山路を大岳山へ向かいます) 

  雨に咲く花 (生憎の天気でしたが、山の花を楽しみました)

 

奥多摩 川苔山

  奥多摩 川苔山へ (噂に聞いていた花の百名山 川苔山)  

  川苔川を辿って (川苔川に添って山水画のような道が続きます)  

  心地よい山歩き (川沿川を外れ、静かな森の中を登りました)  

  山頂の花々 (川苔山の頂きで多くの花と出会いました)

  緑に溶け込んで (緑に溶込みそうな川苔山の下山路でした)

 

新潟 苗場山

10 苗場山で野猿と出会った (越後の花の百名山 苗場山を目指します)

11 高山植物の世界へ (苗場山への道で出会った花達)

12 ゴゼンタチバナの湯たんぽ (花の表情を楽しみながら登って行きます)

13 なめたらあかん (高い山には低山にないリスクがあります)

14 ヒヨリ虫の囁き (天気が悪いと気弱になるものです)

15 苗場山山頂にて (山頂に広がる湿原の規模は見事でした)

16 お花畑 (下山する時に、多くの高山植物に出会うことができました)

17 色男はいつも (楽しい山旅の後は、饒舌になります)

 

長野 黒斑山・高峰山

18 「鉄兵」という居酒屋(小諸の居酒屋さんの良い話)

19 さすがは花の百名山 (黒斑山は花の百名山です)

20 カラマツの枝に咲くバラ(美しいカラマツの松ぼっくり)

21 黒斑山への稜線 (南画を見ているような風景に出会いました)

22 カラマツの林にて (カラマツ天然林に一見の価値あり)

23 花の百名山 高峰山  (高峰山は花の百名山です)

 

鈴鹿山系 霊仙山

24 季節外れの花の山 (鈴鹿山系、霊仙山へ) 

25 晩秋のグラデーション(カルスト地形に晩秋のグラデーション)   

26 カルストのあかまんま (晩秋の山の彩) 

27 パステルカラーの森 (淡い紅葉も心を和ませます)


北海道 空沼岳

28 花の百名山 再びの空沼岳 (30年ぶりの空沼岳登山です)

29 空沼岳 うららかな森の道 (エゾアジサイの青い花に魅せられました)

30 空沼岳 コロポックルが踊り始める (フキやミズバショウの葉を眺めながら)

31 空沼岳 北国の山の中へと (針広混交林の中を登ってゆきました)

32 空沼岳 透かし見る空が広がる (高度が上がると、空が広がってきます)

33 空沼岳 安息の地 万計沼 (万計沼は静かな緑に包まれていました)

34 空沼岳 万計沼から真簾沼へ (対照的な二つの沼)

35 空沼岳 登山路は札幌市内 (山頂も含め、登山路は札幌の行政区域内)

36 空沼岳 山頂からの360° (山頂のパノラマが見事でした)

37 空沼岳 出会った花など (空沼岳で出会った花など)


北海道 夕張岳

38 花の百名山 念願の夕張岳 (夕張岳 40年前から登りたいと思っていました)

39 夕張岳 ポレポレ(ゆっくり)と (夕張岳 焦らず、ゆっくりと登ってゆきます)

40 夕張岳 花を見ながら山登り (夕張岳 花をみるのが主目的です)

41 夕張岳 雲海に浮かぶトムラウシ (夕張岳 北の空にトムラウシを望めました)

42 夕張岳 大河のように時は流れ (夕張岳 芦別岳を眺め、感慨深いものがあります)

43 夕張岳 シロウマアサツキの群落 (夕張岳 シロウマアサツキの群落が広がる)

44 夕張岳 山登りは晴天に限る (夕張岳 天気に恵まれた登山でした)

45 夕張岳の花と木 登山口~望岳台 (夕張岳 樹林帯の植物)

46 夕張岳の花と木 望岳台~憩沢 (夕張岳 亜高山帯の植物)

47 夕張岳の花と木  憩沢~1400m湿原 (夕張岳 湿原周囲の植物)

48 夕張岳の花と木  1400m湿原~吹き通し (夕張岳 湿原付近の植物)

49 夕張岳の花と木 吹き通し~頂上 (夕張岳 頂上付近の植物)


北海道 大千軒岳

50 花の百名山 大千軒岳 (大千軒岳 新道登山口までの悪路)

51 大千軒岳 ブナの林を抜けて (美しいブナの林の中を登って行きます)

52 大千軒岳 一等三角点のお花畑 (大千軒岳ピークの一等三角点)

53 大千軒岳の草花 (大千軒岳で出会った草花)

54 大千軒岳の樹木 (大千軒岳で出会った樹木)


北海道 目国内岳

55 花の百名山 目国内岳 (雲に包まれた山道を登って行きます)

56 目国内岳 頂きへの道 (花咲く山道を登って行きます)

57 目国内岳 同じ日に二つの名山 (一日で大千軒岳と目国内岳を制覇)


北海道 樽前山

58 花の百名山 樽前山 (樽前山は登山日和でした)

59 樽前山にタルマイソウ咲く (樽前山に咲くタルマイソウ)

60 樽前山の頂で (山頂のブロッケン)

 

 

その他の「花の旅」はこちら →   「花の旅」 総合目次

 筆者のホームページ 「PAPYRUS

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樽前山の頂で

2016-09-07 14:47:45 | 花の山

 

 

 稜線に出ました。





 樽前山のピークを仰ぐと、シンメトリックなフォルムが青空に浮かび上がりました。

 

 山に登る醍醐味は、まさにこのような、アブストラクトな世界に巡り会えることです。


 そして、このような世界に咲く花の奇跡を、私は言葉で表すことができません。




 頂上へは、1時間も経ずに達することができました。

 



 これほどまでの贅沢な体験が、千歳市街から、僅か2時間程で得られることが不思議です。

 

 そうは言っても、標高1000mの山を侮ることはできません。

 

 

 青空が見えていたピークも、瞬時に雲に包まれ始めました。


 突然の雷雨に見舞われるようなことも、山では珍しくありません。


 ここは、神様がお治めになられる領域なのです。

 


 そして、神様のお治めになる場所でしか体験できない現象に遭遇しました。


 ブロッケンが現れたのです。





 車を降りてから、僅か1時間程度歩いた場所で、このような体験ができるとは思ってもいませんでした。

 

 


 
 しかしすぐに、山頂から雲は去り、樽前山外輪山のピークが姿を現しました。




 下山路では、より輝きをましたタルマイソウと、

 



 ウラジロタデから、元気をもらい、

 



 深緑色に広がる森の向こうに、露草色に水を湛える支笏湖を眺めながら、

 



 人住む里へと下ってゆきました。



 

 

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樽前山にタルマイソウ咲く

2016-09-07 14:25:39 | 花の山

 

 

 ミヤマホツツジが、他の山では見せないような華奢な体に薄紅色の花を飾っていました。


 火山礫が広がる、雨風を遮るものがない過酷な土地で、命を研ぎ澄ませながら咲く花の美しさは、見る者の心を打つものがあります。





 ウラジロタデが朝日を浴びて、礫の中で花の季節を謳歌していました。


 斜面を駆け昇る風が水蒸気を運び、それを命の露として花を咲かせているのでしょう。


 過酷な環境に生き、花を咲かせたタデの姿に、命極めるものの美しさを見る思いがします。




 眼下に針葉樹の森が広がっていました。


 そしてその上に、浅い緑の潅木帯が続き、

 



 更にその上に、選ばれたものだけが花を咲かせることのできる、礫累々の地が、空に向かっていました。

 



 タルマイソウはそんな場所で、プリマドンナを演じていました。

 



 赤褐色の斜面の先の、筋雲にデザインされた青空は、夏の季節の楽しさを告げています。

 



 地上で灼熱に燃える太陽は、この地では淑女のような光を降り注いでいました。

 



 そんな場所に、タルマイソウが位置を占めています。




 繰り替えしますが、私は、こんなにも活き活きと花を咲かせるタルマイソウを初めて目にしました。




 

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花の百名山 樽前山

2016-09-07 01:37:38 | 花の山

 

 千歳市内の道の駅で朝を迎え、道道16号線を西にはしり、樽前山の登山口となる樽前ヒュッテの駐車場に車を駐めました。


 見上げる樽前山の頂きは雲の中にありました。

 

 しかし、もこもこの雲の後ろに、見事なまでの青空が広がっています。





 身支度を整え、登山道へと歩を進めました。

 



 まだ朝の光が届かない森の中で、ノリウツギが花の白さを際立たせていました。

 



 山道を登りながら振り返ると、木立の間から夏雲を白く映した支笏湖の湖面が見えました。

 



 緑の森を進むうちに、朝の光が足元へと広がりました。

 



 八合目辺りで木立の森に別れを告げ、高山植物の広がる斜面へ進んで行きます。

 



 支笏湖の湖面が雲を呼んでいました。

 



 東の雲の上に、朝日が顔を覗かせ始めます。

 



 登山路は、夏雲の広がる空に登ってゆきます。

 



 そんな時、登山路脇に、朝日を浴びたイワブクロを見かけました。


 イワブクロは別名をタルマイソウと云いますが、樽前山(タルマエサン)の砂礫地に多いことからの命名です。

 

 樽前山の火山灰が堆積する勇払原野にも自生しますので、この火山との相性はそれ程までに良いのでしょう。


 それにしても、こんなに活き活きしたタルマイソウを、私は初めて目にしました。

 



 そして、その先のあちらこちらに、タルマイソウが元気な姿を見せ始めました。





 今の季節はタルマイソウの旬なのかもしれません。




 

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