「壮生」歳時記

~NPO法人壮生の交遊録~

近未来の橋~阿波しらさぎ大橋~

2012-07-30 15:31:36 | 日記

2012年4月25日に吉野川に架かる新しい橋・「阿波しらさぎ大橋」が開通しました。
4月22日に開催された「とくしまマラソン2012」のコースとして一足先に走り初めがされました。

「しらさぎ」をモチーフにした橋のモニュメント


徳島市の中心部へ続く橋の降り口 早朝5時30分の風景


歩行者用と自転車ように色分けされています

この橋を渡ってみて感じたことは、これまでの橋のコンセプトを覆す近未来の橋になるように思いました。
「阿波しらさぎ大橋」は吉野川の河口から約1.8km上流に架かる橋で、
長さは1.291mで河川に架かる道路橋では四国で一番長い橋です。

吉野川の河口から見た「しらさぎ大橋」の遠景


このアングルから見ると橋の長さがよく分かります


吉野川のていぼうの下から見た2本の主塔

この架橋の計画が発表された時は、架橋場所の下流側にシオマネキなどの絶滅危惧種が
数多く生息する干潟があるために建設の是非をめぐり「渋滞の解消(大気汚染の解消)」と
「干潟の保護」のどちらを優先するかで徳島市民の間で賛否が分かれました。

この干潟にシオマネキが生息し沢山の渡り鳥が飛来します

最終的には架橋案が採用されましたが、干潟を守るための様々な工夫が計画に盛り込まれました。
主な工夫としては①干潟の上にあたる部分を吊り橋にすることで橋脚の数を減らして、
干潟への影響を最小限に抑える。(ケーブルイーグレットと名付けられた独自の工法の採用、イーグレットとは「しらさぎ」のこと)

「しらさぎ」が羽根を広げた様に見えます

②主塔の高さを29.5mと低く抑え、ケーブルの本数も1本と従来より少なくすることにより、
シギ、チドリ、カモ等の野鳥の飛来に影響を及ぼさないようにする。

可能な限り本数を少なくしたケーグル

③高欄照明を採用することにより、夜間、橋上以外に光が漏れないようにする。
④施工段階においては、桟橋を用いるのではなく台船を浮かべて工事を行うことにより、干潟への直接的な影響を避ける。等です。

南海地震発生時には近隣の住民の避難場所にもなります

開通した橋は、ウォーキング、ジョギング、サイクリングをする人たちで朝早くから夜遅くまで賑わっています。
また、橋の上からの眺めも素晴らしく、徳島市のシンボルの眉山をはじめ、晴れて空気が澄み切った日には
吉野川の河口越しに紀州の山々がくっきりと見えます。

徳島市のシンボル「眉山」が霞んで見えます


サイクリングを楽しんでいる人が追い越していきます


この人はウォーキングを楽しんでいます


散歩の途中でベンチに座って休憩する二人

夜になると和歌山や関西空港の灯りも見ることが出来ます。ウォーキングで何回も渡りましたが、
徳島の新しい名所になるのではないかと思いました。

橋の両端の4カ所には「阿波弁」で距離を表示してあります


「もう、まんなかじょ」、「歩いたんじょ~」と書かれた距離の標示板

来週は長崎行われるの「原爆犠牲者慰霊式典」への参加のため、
再来週はお盆のためブログはお休みします。8月22日から再開します。
「髭ダンディー記」


節電の夏~ミドリのカーテン~

2012-07-24 10:05:20 | 日記

電力不足が予想される今年の夏。節電のために今「ミドリのカーテン」を育てています。
6月20日にネット3枚を窓際に取り付け、ゴーヤの苗木9本とキュウリ4本を6つのプランターに分けて植えました。

苗を植える若山職員 自宅でも「ミドリのカーテン」を育ています


植えた直後のひ弱そうなゴーヤとキュウリの苗

時期的に見て少し遅いのではないかという気がしましたが、
とにかく節電に協力する行動を起こすことにしました。

並んで咲いているゴーヤ(左)とキュウリ(右)の花

植えた時はひ弱そうに見えた苗は、朝晩に水をしっかりやることで目に見えて大きくなっていきました。
ためしに目印をつけて観察してみると1日に5cm以上成長していることが分かりました。

20日間でこんなにたくましく育ちました

特に土曜日と日曜日の休み明けにはびっくりする位に大きくなります。
月曜日の楽しみはどれだけ大きくなっているかを見ることです。
7月12日には背丈が窓の高さの半分位に達しました。

ネットの頂上を目指して茎がどんどん伸びていきます

7月14日から7月16日の3連休の間に水が不足したため、
キュウリの1本が枯れる寸前までになりましたが、
気が付いて水をたっぷりと補給したので窮地を免れました。

これが実に成長していくキュウリの花です

7月20日には10cm位に成長したキュウリを2つ見つけました。
そして7月24日には写真の様に20cm近くになりました。

2本のキュウリの実がなりました


収穫してもよさそうな食べごろになっているキュウリ

ほかの株にもこれから成長する予備軍が沢山生っています。
一方、ゴーヤのほうは花が沢山咲いているのですが、
実のほうはまだ数える位しかついていません。

ゴーヤの花 雄花なので残念ながら実はなりません


苦労して見つけた小さなゴーヤの実

収穫までにはまだ少し時間がかかりそうですですが、
とにかく植物の成長の早さと生命力の強さを改めて実感しました。

花を沢山つけたゴーヤとキュウリ

「ミドリのカーテン」は窓の約半分を覆い、見た目にも涼しさを感じるようになってきました。

窓全体が「ミドリのカーテン」で覆われるのも後少しです

窓の全部を覆い節電効果が表れるのももう少しです。
「髭ダンディー記」


古都京都の真夏の祭典~祇園祭~

2012-07-18 16:12:41 | 日記

京都祇園祭のハイライトの山鉾巡航は7月17日に終わりましたが、
宵山(7月14日は宵々々山、15日は宵々山、16日は宵山)が
始まった7月14日に偶然に宵山を見物することが出来ました。
7月1日の「吉符入」から始まり31日の「疫神社夏越祭」で終わる祇園祭は
八坂神社の祭礼で東京の神田祭、大阪の天神祭とともに日本三大祭の一つに挙げられています。
この日は京都から滋賀県の安土町にある観音正寺に行ったのですが、
予定より早く京都に帰れたために地下鉄に乗らずに三条から集合場所の二条城を目指して御池通を歩いていると、
烏丸通(三条上ル)で吊られた駒形提灯に火が入った「山」を見かけました。
大勢の人が群がっていたので行ってみると「鈴鹿山」書かれていました。

薄暮の中に幻想的に浮かぶ「鈴鹿山」

室町通(三条上ル)では「役行者山」、室町通(三条下ル)では「黒主山」、
六角通(烏丸西入)では「浄妙山」、新町通(六角下ル)では曳山の「北観音山」が飾られていました。

狭い路地に置かれた「役行者山」


雨を用心してビニールで覆われた山の本体部分


「黒主山」の駒形提灯


松や桜に覆われた「黒主山」 


大分暗くなり「浄妙山」の提灯の火が鮮やかに浮かびあがりました


山の装飾は布に覆われて見えませんでした


ひと際鮮やかな三つある曳山の一つ「北観音山」


ペルシャ絨毯で飾られた「北観音山」の胴体部分


山の屋根には高い松の木が付けられ子供が祇園囃子を奏でていました


「北観音山」の由来が詳しく書かれていました

かつては小さな「舁山(かきやま)」には車輪がついておらず、神輿の様に担いでいましたが
今では車輪が付いています。見物客でごった返すそれぞれの通りには夜店やで店が立ち並び、
「山」の傍らでは各々の町内の子供や若い女性が大きな声で「粽(粽)」、「日本手拭」や「お守り」を見物客に売り込んでいました。
「コンチキチン」という祇園囃子があちこちから聞こえ祭ムードを盛り上げいました。

鯉が沢山織られた幟も飾られていました


町家の軒下に無造作に飾られた提灯

町家は格子をはずし通りから見えるようにして下方の屏風や家宝を見えるように飾ってありました。

町家に飾られた家宝の屏風と生け花

もっとたくさんの山鉾を見たかったのですが、時計を見ると出発時間が迫っていたので見物を切り上げました。
初めて山鉾を見たのでとても満足しました。

灯籠に火を灯した奥では町内の人がくつろいでいました

最後になりますが、昔から祇園祭のクライマックスは山鉾巡行ですが、
今は「巡行の前夜祭」の宵山の方が多くの見物客を集めるため祇園祭と言えば
宵山を思い浮かべる人が多いと言われています。
「髭ダンディー記」


空海の道ウォーク2012

2012-07-09 11:21:08 | 日記

今年も行ってきました。去年、初めて起伏の激しい山道コースを歩いて、最初で最後にしようと心に決めていましたが
、空海の道ウォークの季節が近づくとまたあの山道コースが恋しくなって、参加申し込みをしました。
去年は開会式に遅れかけたので今年は早めにスタート地点の藤井寺の境内に行きました。
開会式では開催市の市長の挨拶の後で、どういう訳でこの場に来たのか、この地区が選挙区の衆議院議員が挨拶しました。
この挨拶おかげでせっかくの爽快な気分がいっぺんに吹っ飛んでしまいました。
今年も去年にも増して多くの健脚自慢のシニアの人たちが参加していました。
改めてシニアの人たちの登山ブームを実感させられました。
スタートからしばらくの間はいつものようにラッシュアワー時の満員電車の様に芋の子を洗うような状態でした。

いつもの風景ですがとにかく混み合っていました

去年は後ろの方で苦労したので今年は出来るだけ前の方に位置取りして歩きました。
どうしたことか去年と同じコースを歩いているのに目に映る景色が初めて見るように思えました。

山つつじの花があちこちに咲いていました

こんなことで「老い」を実感するとは。「長尺庵」を経由して「柳水庵」までの道のりは
厳しいアップダウンもなく順調に歩を進めていきました。最初のお接待場所の「柳水庵」で
冷たい飲み物で喉の渇きを潤し、最初の「遍路ころがし」をこなし「一本杉」に着きました。

きつい山道を登り終え一本杉庵に到着 ここで昼食

ここでこのコースの最大の難所の「遍路ころがし」に備えて腹ごしらえをしました。
ここから焼山寺の間に待ち構える「遍路ころがし」は何回歩いても厳しく息が上がりました。

最大の難所「遍路ころがし」に向う道中にある不動明王の石像


一丁ごとに残りの距離を示す案内石柱があります

焼山寺の山門が見えるとそれまでこらえていた疲れがどっと出たのですが、
現金なことに足は反対に軽くなりました。焼山寺ではお遍路さんに早変わりして、本堂や諸堂を参拝しました。

参道に横たわる釈迦涅槃像 少しうらやましくなりました


この石段を登りきると山門です


山門から本堂までの参道には杉の大木があります


本堂前ではお遍路さんが手を合わせていました

ここからゴールの「鍋岩」までは3km少々です。
下り坂のため、疲れた足にはかなりの負担になります。

渓谷の清流を眺めていると涼を感じます

転ばないように注意深く足を踏ん張りながら歩いて行くと
ゴールの横断幕が目に飛び込んきました。

ゴールの横断幕が見えてきました

ゴールインの後で飲んだ麦茶の美味しかったこと。
ゴール地点からはスタート地点の藤井寺まではバスで運んでくれます。
きつかった道中を思い出しながら車中でうつらうつらするのがまた至福の時です。
この時は今年を最後にしようという気持ちでしたが、
時間が経てば来年もまた参加申し込みをするだろうなと思いました。

神山町特産のすだちの花が咲いていました。

 「髭ダンディー記」


信濃の「善光寺」

2012-07-03 09:07:31 | 日記

長野市で開催された会議に出席する機会がありましたので、「善光寺」に行ってきました。
「遠くとも一度は詣れ善光寺」、「牛に引かれて善光寺参り」と広く知られ親しまれています。

人影を見かけない早朝の善光寺へと向かう通り


この看板が外国人の観光客が多いことが分かります


街灯も風情のあるものになっています


整備された表参道はいろいろな賞を受賞したことを誇っています

6月2日(会議の2日目)の早朝5時前にJR長野駅横にあるホテルを抜けだして、歩いて行きました。
約30分で着きました。驚いたことに境内には沢山の人が来ていました。

仁王門へと続く》参道


仁王門をくぐり境内へと足をはこびます

それもそのはず、善光寺の本堂で毎朝行われるお勤め「お朝事」の始まる時間は
日の出の時刻によって分単位で変わり、この時期の「お朝事」が6時前から始まるためです。

三門の上の寺号の額を見上げる観光客


『善』の字に鳩が2羽と牛『光』にも鳩が2羽います

この「お朝事」の前後には法要の導師を務める善光寺住職(男性のお貫主さま、女性のお上人さま)が
本堂を往復する際に、参道にひざまずく参拝者の頭を数珠で撫でて功徳をお授けになる「お数珠頂戴」の儀式があり、
数珠で頭を撫でて頂きたい人が集まります。朝の早い寺のわけがなんとなく分かりました。

この本堂の中で「お朝事」が行われます

早朝の空気は冷やりとしており爽快な気分になりました。
その上に善光寺に向かうお貫主さまやお上人さまにも出会うことが出来、まさに「早起きは三文の得」でした。

傘を差しお寺に向うお貫主さまとお上人さまの行列 

信州善光寺は、無宗派の単立寺院で山号は「定額山」と言います。山内にある天台宗の「大勧進」と25院、
浄土宗の「大本願」と14坊によって護持・運営されており、「大勧進」の住職は「貫主」と呼ばれ、
「大本願」は、大寺院としては珍しい尼寺で、住職は「善光寺上人」と呼ばれています。
善光寺の住職は、「大勧進貫主」と「大本願上人」の二人が務めます。

早朝にもかかわらず賑わいを見せる門前町

無宗派であるがために、四国八十八ヶ所、日本百観音(西国三十三ヶ所、坂東三十三ヶ所、
秩父三十四ヶ所の番外札所にもなっている)が結願したらお礼参りに善光寺にお参りします。

参道の雰囲気に溶け込んだ「北野文芸坐」

善光寺のことをもっと知りたい人は善光寺のホームページを閲覧してください。読みごたえがありますよ。
「髭ダンディー記」