「壮生」歳時記

~NPO法人壮生の交遊録~

ピースin長崎

2010-08-25 04:54:24 | 日記
長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参加して

8月9日に被爆65周年の節目を迎えた長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参加してきまし
た。午前10時に爆心地公園の「爆心地モニュメント」に持参した千羽鶴を献じ犠牲者に
哀悼の意を捧げました。

沢山の千羽鶴が奉げられた「爆心地モニュメント」

台風4号の影響で雲行きの怪しくなった中を徒歩で平和祈念式典が開催される平和公園へ向かいました。

式典が開かれた平和公園に建つ「平和祈念像」(北村西望製作)

雨が降ってきましたが、式典の始まる10時35分頃にはなんとか上がってくれました。会場の「平和祈念像」の前には3,000人位は収容できる巨大なテントが設置されていましたが、早朝から詰めかけた多数の遺族、被爆者、市民で式典会場はすでに溢れんばかりになっていました。

多くの人々で溢れる巨大テントの式典会場

被爆者合唱で式典が厳かに始まりました。式典の司会者は地元の男子と女子の高校生が務めました。長崎市長と被爆者代表と遺族代表の3人がこの1年間に死亡が確認された3,114人の原爆死没者名簿3冊が奉安されました。被爆者代表や遺族代表が献水、献花を行った後、原爆投下時刻の午前11時2分に「長崎の鐘」や市内で一斉に鳴らされたサイレンに合わせて参加者全員で黙とうを奉げました。

原爆投下時間の午前11時2分に鳴らされた「長崎の鐘」

田上長崎市長が全世界に向けて「長崎平和宣言」を力強く読み上げ、核廃絶に向けての努力を誓いました。次いで被爆者代表が当時の生々しい状況を思い出だしながら「平和の誓い」を読み上げました。市内の小学校の6年生が、「長崎の鐘」で有名な永井隆博士作詞の「あの子」を高らかにそして感動的に歌いました。管首相が来賓あいさつを述べ、最後に地元の女子高生が平和を願う「千羽鶴」を合唱し式典は滞りなく終了しました。
8月9日の長崎市は核廃絶と平和への願いの一色に染められているように感じました。
前日の8月8日には、「ピースウォーク」に参加して、数多くある慰霊碑を巡りました。

国連事務総長の花輪が供えられた「長崎原爆朝鮮人犠牲者の碑」

原爆資料館を見学して改めて原爆の悲惨さを目の当たりにしました。また、広島に投下さ
れた原子爆弾が「ウラニウム」型で長崎に投下されたそれが「プルトニウム」型であると
いうことも初めて知りました。
今回の式典に参加して最近ともすれば原爆被爆体験や世界各地で起きている悲惨な戦争
のことを他人事のように感じつつあった自分の気持ちに強く警鐘を鳴らしてくれたと
同時に平和への思いを強くしました。

爆心地に近い浦上天主堂から移設された「ザべリオと使徒」の壁

最後に、今回10年ぶりに再会することができた以前勤めていた職場の尊敬する長崎在住の大先輩MT氏の句を紹介します。
「生きてゐる限り二つの原爆忌」(1994年9月18日付「日経俳壇」掲載)
(髭ダンディー記)


「琵琶湖周航の歌」紀行~念願成就篇②~

2010-08-18 09:03:46 | 日記
「琵琶湖周航の歌」紀行~念願成就篇②~

帰りの船の出帆時刻が午後2時50分なので、島に滞在できる時間は80分です。

船上から眺めた「竹生島」

165段の階段を上って島の頂上にある本堂を目指しました。琵琶湖八景の一つに数えられて
いる原生林で覆われた周囲約2kmの竹生島には都久夫須磨神社(つくぶすまじんじゃ)
と宝厳寺(ほうごんじ)があります。宝厳寺は山号を厳金山(がんこんさん)と言い、
真言宗豊山派の寺院で本尊は弁財天です。

弁財天が鎮座している本堂

西国三十三箇所観音霊場の第三十番札所の観音堂の本尊は千手観音です。奈良時代に聖武天皇の命により行基が創建したと言われています。観音霊場であるとともに、弁財天信仰の聖地でもあります。日本三大弁財天の一つに数えられています。他の二つは厳島神社と江島神社です。三つとも島にあるのは何か云われがあるのでしょうか。寺務所の人の話によると、西国霊場巡りに訪れた人の中には弁財天が鎮座している本堂だけをお参りして肝心の観音堂は見過ごしてしまう人がいるそうです。本堂をお参りして、観音堂に向いました。あいにく観音堂は改修中ですっぽりとシートで覆われていました。重要文化財の観音堂をお参りして、同じく重要文化財の宝厳寺観音堂と都久夫須磨神社を結ぶ豊臣秀吉の御座船の用材を用いて建てられたと云われている屋根付きの「船廊下」を渡りました。

舞台造りになっている「船廊下」

都久夫須磨神社の見晴し所から琵琶湖の景色を眺めました。

遠くが少し霞んでいる琵琶湖の遠景

東側遥かかなたには薄らと伊吹山の姿を見ることが出来ました。船着場の近くに3軒ある土産物店のうちの1軒でアイスクリームを食べ束の間の涼をとりました。帰りの船から眺めた竹生島の原生林には、すごい数の白鷺や川鵜が営巣しており沢山の木が枯れており痛々しい姿をさらしていました。

白鷺や川鵜のために枯れた木々

定刻の午後3時20分に船は今津港に着きました。

遠ざかる「竹生島」


電車の出発までかなりの時間があったので、「琵琶湖周航の歌資料館」に立ち寄り、多くの歌手が歌っている「琵琶湖周航の歌」をゆっくりと聞きました。帰路の電車の中で、「三度目の正直」で訪れることが出来た竹生島に思いを巡らせました。(髭ダンディー記)
参考までに「近江八景」と「琵琶湖八景」を書いておきます。
近江八景                琵琶湖八景
石山秋月・・・石山寺          月明 彦根の古城
勢多(瀬田)夕照・・・瀬田の唐橋    涼風 雄松崎の白汀
粟津晴嵐・・・粟津原          新雪 賤ヶ岳の大観
矢橋帰帆・・・矢橋           煙雨 比叡の樹林
三井晩鐘・・・三井寺(園城寺)     深緑 竹生島の沈影
唐崎夜雨・・・唐崎神社         夕陽 瀬田・石山の清流
堅田落雁・・・浮御堂          暁霧 海津大崎の岩礁
比良暮雪・・・比良山系         春色 安土・八幡の水郷


「壮生」のゆかた着付け教室

2010-08-10 14:18:31 | 日記
蛍、花火、夏祭りとくれば浴衣です
浴衣をすっきりと着たい。子供に着せてやりたい。との声を受けて「壮生」
は、7月11日(日)親子浴衣着付け教室を開催しました。
定員10名としたところ、20名からの応募があり、急遽午前の部と午後の部に分けて催しました。

四国放送のゴジカルにも取り上げられて放映されたお陰でしょうか、その日は、日本語教室の外国人生徒8名の参加が華を添えてくれました。
「日本の文化に接したい」「着物を着てみたい」との熱意から、慣れない手つきで帯を結び、襟元を合わせ一生懸命奮闘していました。

講師の小畠先生(徳島きもの着方倶楽部)も片言の日本語に手振りで答え、熱意をもって教えてくれましたので、予定時間をオーバーしての授業でした。
午後からは日本の方ばかりなので、かなりリラックスした授業のようです。
参加されたみなさんは、いつもと違う華やかな風情で、見ている方も和やかな心地でした。「授業を受けてよかった」と喜んで帰られました。

先日の花火大会では、女子高生・中学生でしょうか、ゆかた姿で3~5名が腕をまくりあげ、太腿も露わに自転車をかっ飛ばして行く姿は勇ましく、その若さが微笑ましくもありますが、やはり日本人としてはスキッと粋に着こなしをしてほしいと思いました
娘に聞きますと「私が着られないので無理よ」とそっけない返事です。
親の嗜みとして少しは勉強しろ、と言いたいけれど現状では言う方が無理か!
(思いはあっても機会がない)(忙しくて習いたくても時間のミスマッチでダメ)
では着物文化も衰退の一途だろうと寂しくなりました

しかし、僅か1日の教室に20名の参加があったことは、時期さえ合えば開催した価値はあると思うと、それが「壮生の使命」と自信がわいてきました
                      Sousei 2‘

「琵琶湖周航の歌」紀行~念願成就篇①~

2010-08-04 08:45:04 | 日記
「琵琶湖周航の歌」紀行~念願成就篇①~

7月25日の日曜日に念願の竹生島に行ってきました。過去2度(3月21日は強風のため、
6月13日は風雨のため)行くことが出来ませんでしたが、今回は好天に恵まれ遂に念願が
叶いました。

3度目の正直となる「竹生島」

いつものように午前7時30分に徳島を出発し、今回は大阪へ向かいました。
前回の失敗を教訓にして、淡路サービスエリアから船が出る今津港の事務所に電話をして、
船が出ていることを確認し乗船の予約をしました。後は、午前11時15分発の電車に乗れ
るかどうかにかかっています。渋滞もなく午前10時15分過ぎに大阪に到着しました。駐
車場からJR大阪駅までは15分程かかるのですが、汗をかきながら暑い中を急ぎ足で歩き
ました。午前11時15分発の湖西線経由の「敦賀」行きの新快速電車に無事乗ることが出
来ました。今回は天気もいいし、船も出ているし、予約もしたので落ち着いた気分で電車
の中で昼食のお弁当を食べました。余談になりますが、今津港の事務所の人が船の出港時
間に合うかどうか心配してわざわざ電話をかけてくれました。午後12時30分過ぎに近江
今津駅に着きました。船の乗り場までは歩いて5分です。待合室にはすでに10人位が船を
待っていました。急いで乗船券を買いました。事務所の人に「淡路島から電話をくれた人
ですか?」と尋ねられました。船に間に合ったので喜んでくれました。湖上遥かに竹生島
が浮かんでおり、船が今津港を目指して進んでくるのが見えました。今津港の桟橋に接岸
し、竹生島から来た客を降ろすといよいよ乗船です。

「竹生島」行きの船

定刻の13時10分に今津港を出港しました。船室はクーラーが利いていて涼しかったのですが、湖上30分の短いクルージングを楽しむためにデッキに出ました。

だんだん小さくなっていく今津の町

湖面をわたってくる風は心地よく、360度に展開する琵琶湖の風景を楽しみました。竹生島の島影がだんだん大きくなり、船は竹生島港に接岸しましたいよいよ上陸です。

船上から見た「竹生島」


琵琶湖八景の石碑

湖上は心地よかったのですが、島へ上がると忘れていた熱気がどっと押し寄せてきました。
(来週はお盆のためお休みいたします。)
(髭ダンディー記)