みう と 青

みうと青の共同ブログ。
知ってる人には言えないけど、知らない誰かの通り過ぎる場所で呟きたい独り言があるのです。

良かれと思って・・・

2021年02月22日 17時11分47秒 | みう・つれづれ




「良かれと思って」という言葉を使う人が、あまり好きではない。

 

良かれと思って声をかけたり、

良かれと思って片づけをしたり、

良かれと思ってアドバイスしたり、

良かれと思ってご馳走したり、

良かれと思ってサプライズしたり、

良かれと思って、良かれと思って、良かれと思って・・・

 

もちろん自分も、良かれと思って行動することはある。

良かれと思って、あえて何もしないこともある。

 

それが本当に良かった時、きっと「良かれと思って」という言葉は必要ない。

それが結果的に良くない行為だった時、初めて「良かれと思って」という言葉が出てくる。

 

つまり「良かれと思って」と言いたいような事態になっているときは、

全然良くない状態なのである。

 

きっとその良くない状況に対して、

勇気を出して、あるいは我慢の限界を超えて、

Noを伝えてくる相手に言うべき言葉は

「ごめん」とか「すまん」が適当なんだと思う。

 

「良かれと思って」という言葉を使うとき、

その人はきっと誤魔化そうとしているか、逆切れしているか。

いずれにせよ相手のつらさには向き合っていないと思われる。

 

だから「良かれと思って」なんて口にするのは全然良くないことだと思う。


社会的老眼あるいは無視

2021年02月11日 22時06分00秒 | みう・つれづれ





老眼かもしれない。


旅したら視野が広くなると思ってた。

旅するほど広くなると思ってた。

実際、行ったことある場所のニュースは、行く前よりも関心を持てたりする。

行ったことないところでも、本気出せば行けるって思えるからか、他人事とは思えないことが増えた。


見知らぬ土地や見知った土地の、難民、災害、差別、テロ、色んなことに憤りや同情を覚える。

そして、何もできない自分を歯がゆく思ったりもする。

ああ、視野が広くなったなぁ。


そのくせ、手の届く範囲、身近な出来事、目の前のひとに対してはどうだろう?


遥か遠くの、自分が直接力になれない(から何もしなくても本質的には心が痛まない)事柄に対しては義憤をあらわにするのに、実際に力になれる距離の人たちにのための行動や、やろうと思えばできることは疎かにしてる。

これじゃ何もしないで気持ちよくなりたいだけの人だ。


視野が広くなったわけじゃなく、手元が見えなくなっただけ。

いや、見ようとしないだけなのかも?

ほな老眼と違うなぁ。