【浩介視点】
誕生日の朝、目覚めると慶はもうスーツ姿になっていて……
「寝てていいぞ? 仕事終わったら連絡する」
まだベッドの中にいるおれに「行ってきます」と優しいキスをくれてから、いってしまった。
ああ、おれの恋人はなんてカッコいいんだろう……
『好きだよ……』
昨晩囁かれた言葉が脳内でリピートされて、「くうううううっ」とベッドをバンバン叩いてしまう。
最近……だいぶそういう具体的な言葉を言ってくれるようになった慶。でも、昨晩ほど愛を囁いてくれたのは初めてかもしれない。おれの背中に爪の跡を残すほどしがみつきながら、潤んだ瞳を向けてくれながら、『好き……』とうわごとのように何度も言ってくれて……
(あー……幸せ……)
はううううっと変なため息が漏れてしまう。
(誕生日特需かな……。あ、そういえば)
今日の午後にプレゼントをくれると言っていた。
なんだろう? 何くれるんだろう……
夢うつつのうちに午前中はあっという間に過ぎ去り……
午後になって慶から仕事が終わったとの連絡が入り、電車で待ち合わせをした。慶が乗ってくる電車に、おれが最寄り駅から乗りこむ、という学生時代以来の懐かしい待ち合わせ方法。約束の一番後ろの車両に乗っている慶を見つけた時には、妙にテンションが上がってしまった。慶は病院で着替えたらしく、スーツではなくラフなポロシャツ姿に変わっている。
「どこ行くの?」
「終点まで」
何か当てがあるらしい。
普段の外出はおれがルートを決めることが多いので、本当に新鮮……
こうして到着した元町中華街駅。ついてすぐに中華街に直行。あいかわらず人で賑わっている。
なるほど。中華街で遅めの昼食?と思いきや、「とりあえず豚まん」と、高校生の時に何度か買い食いをしたことのある店で豚まんを購入。懐かしい。当時と同じく、路地に立ったまま、あふれ出るアツアツの肉汁に四苦八苦しながらおいしく食べ終わったところで、
「戻る」
「え? あ、うん」
いつもの慶なら、中華街食べ歩き~~というところなのに、来た道を戻りはじめた。
(どこにいくんだろう??)
疑問でいっぱいになりながら慶の横を並んで歩く。日差しはまだまだ強く暑いけれども、日陰に入ってしまえば風が涼しい。秋が近づいているんだな、と実感できる。
そんな中を慶と一緒に歩けることが何より嬉しい……
その後の慶の行動も、いつもとまったく違っていた。
まるでデートのように、アイスクリームを食べながら、山下公園を散策。海に浮かぶ氷川丸船内の見学までして(歴史好きのおれにとって、氷川丸内部はこの上なく興味深いものだった。さすが慶。おれの食いつきそうなものをよく知ってる)、氷川丸のオープンデッキで海風に吹かれながら、みなとみらい方向の景色を眺めて「あの観覧車よく乗ったよな~」「前に泊まったのあのホテル?」なんて、思い出話をしたりして……
(デートみたい……)
いや、デートか。デートなんだ……
ようやくデートだ、ということを実感しはじめたところで、パンケーキ屋に移動した。慶の勤める病院の看護師さんおすすめの店らしい。
いつもは行列らしいのだけれども、タイミングが良くてわりとすぐに入ることができた。他のお客さんが食べている山盛りクリームのパンケーキを横目で見ながら、奥のソファー席に座る。
(慶、こういうの好きそうだな……)
という予想通り、慶は軽いご飯系のものの他に、一番オーソドックスっぽい苺のパンケーキを頼んでいた。色々な種類のシロップがあって、なんだか楽しそう……。
二人で取り分けながらの食事(そういうこともまたデートっぽい……)が終わり、食べ終わった食器と入れ替わりにパンケーキが運ばれてきた。
「わ、すごい」
予想以上のクリームの量に感嘆の声を上げたのと同時に、
「あの……」
なんとなく、食事の途中からソワソワしていた慶が、店員さんに声をかけた。
(なんだ?)
今日何度目かのハテナ?の先で、慶がポケットから携帯を取りだすと、
「あ、おとりしますよ?」
かわいらしい店員さんがニッコリと言った。
(おとりします?)
ん? なんだ? 何をとるんだ? ケーキの切り分け? なんだ?
ハテナハテナハテナ……と思っていたら、
「お願いします」
慶がすっと立ち上がって、店員さんに携帯を渡し、おれの隣に座ってきた。膝がぴったりくっついてる……
「写真、撮ってくれるって」
「え………」
写真? え? しゃ、写真!?
あの写真嫌いな慶が、写真!?
「はい、じゃ、よろしいですか?」
「あ……」
携帯を向けられ、ようやく状況を把握したところで、
「!」
テーブルの下でそっと手を掴まれた。いつもの、温かい手……
(慶………)
ウソみたい……
愛おしい気持ちでいっぱいになりながら、ぎゅっと握り返す。
「お願いします」
愛しくて愛しくて……心全部、体全部、愛しさでいっぱいになりながら、携帯カメラのレンズを見上げた。
写真を撮り終わるとすぐに、元の向かいの席に座り直し、携帯の操作をしはじめた慶。おれに今の写真のデータを送ってくれるという。
「……っ」
送られてきたメールを開いて……息が止まりそうになってしまった。
『誕生日おめでとう』
その題名のあとには……
『ずっと一緒にいような』
そう、書かれていて……
「………すごい」
幸せそうに寄り添って微笑んでいる男二人とパンケーキの写真。ちょっと照れたような慶と嬉しくて仕方ないって表情のおれ……
「幸せそう……」
思わずつぶやくと、「そりゃそうだ」と慶がうなずいた。
「実際、幸せだからな」
笑う慶……。
そしてピッと人差し指を立てた。
「これ、誕生日プレゼントだから」
「え」
ビックリして目を見開くと、慶はムッと口を尖らせた。
「なんだよ? 不満か?」
「まさか」
昨晩と同じ問いかけに、あわてて首をふる。そうか。これだったんだ……嬉しい。嬉し過ぎる。
「すっごい嬉しい。大満足」
「そうか」
得意そうに笑った慶。でも、「あ」と思いついたようにつぶやくと、
「でも、くれぐれも、誰にも見せんなよ」
取り分けたパンケーキにシロップをかけながらブツブツ言う。
「溝部達にも目黒さんにも絶対ダメだからなっ」
「えー、なんでー?」
「当たり前だろっ恥ずかしい!」
せっかく自慢しようと思ったのに……
「じゃあ、携帯の待ち受けにしてもいい?」
「あほかっ」
やっぱりダメか……
うーん……とうなっていたけれど、ふと、いいことを思いついた。
「じゃあさ、もう一回、山下公園戻っていい?」
「いいけど………なんだ?」
「もう一つだけ、誕生日プレゼント、ちょうだい?」
「あ? なんだよ」
「あのね……」
はじめはいや~な顔をした慶だったけれども、おれの提案を聞くうちに、「まあ、それならいいか」とうなずいてくれた。やった~~!!
翌日、日曜日。
雨が降ったり止んだりの微妙な天気だけれども、ずいぶん涼しくて過ごしやすい。
「あれ? 桜井、携帯の待ち受けとうとう変えたんだ? ずっと初期設定のままだったよな」
「そうそう変えたんだ♪ 昨日撮ったの」
おれの誕生日祝い、という名目で、溝部・山崎・斉藤の3人がうちに遊びに来てくれている。高校2年の時の仲良しグループ再集結だ。
「これ、山下公園の……」
「そう。氷川丸」
少し遠めからの氷川丸。船首から船尾まで全身が写っている。
「うわ、懐かしい。オレ、大学の時、彼女と行った~」
「オレもオレも~~」
溝部と斉藤が、あの時は若かったなあ~~とか盛り上がっている横で、山崎が「あ……」と携帯を見ながら呟いて、おれを見上げた。
(あ、バレたか)
小さく口元に人差し指を立てると、山崎はうなずきながらおれに携帯を戻してくれた。
「なるほどね」
「いいでしょ?」
いい写真だな、と笑ってくれた山崎。やっぱりイイ奴だ。
そう。この写真、氷川丸を撮ったものなんだけど……、実はその手前の、公園の海に面した白い柵の前に、海を見ている慶が写っているのだ。数人写り込んでいるうちの1人だし、まず氷川丸に目がいくので、ぱっと見ではよほど目ざとい人でないと、気がつかないと思う。だから、この写真ならば待ち受けにしてもいい、と慶からもOKが出たのだ。
(ああ……かっこいいなあ……)
画面の中の小さな慶の横顔を指で撫でる。愛しくてしょうがない……
(嬉しい。誕生日プレゼント……)
写真嫌いの慶が写ってくれた二枚の写真。最高のプレゼントだ。
「じゃ、焼きはじめるぞー」
慶がお玉を手に高らかに宣言した。
今日はお好み焼きパーティー、だそうだ。
「あ、油引くよ」
「おおっと、主役は座っとけー」
「そうだよ。桜井はそこで飲んでなよ」
ホットプレートの前、溝部達がわらわらと作業をはじめてくれる。
「いやー家飲みいいなあ」
久しぶりにうちにきた斉藤が、しみじみと言っている。
「有り難いよ。オレ今、小遣い減らされてるからさ」
「斉藤、小遣い制か。大変だな」
「上が受験生だからな。金かかってしょうがないんだよ。塾代だけで月に5万かかってるし」
「ご、5万!? マジかっ」
斉藤には、中3の息子と、中1の娘がいる。この中で唯一の妻帯者だ。
「夏期講習は20万だったしな」
「うげー……なんでそんなに……」
「いやあ、白高受けたいって言っててさあ」
「え、うちの高校?」
オレ達の母校。白浜高校。
「斉藤の住んでるとこって白高学区じゃないよな?」
「今は学区制廃止されて、どこでも受けられるんだよ」
斉藤が苦笑気味に続ける。
「でもさ、白高受けるにはもうちょい頑張らないとキツくて、個別授業も併用しはじめたから余計に金かかってんの」
「そっかあ………」
受験生の家庭は大変だ……
「でも、受かったらオレ達の後輩だな!」
「なんか嬉しいね」
「だな!」
溝部の声にみんながうんうんうなずいて……ふわっと懐かしい空気に包まれた。5人でトランプやってた休み時間……一緒に食べたお弁当……おれの隣には必ず慶がいて……
「…………」
慶を見ると、慶がふっと目元を和らげてくれた。ああ、あの頃と変わらない………
「どうした?」
「うん……」
そばに来てくれた慶にだけ聞こえるように、ため息まじりに小さくつぶやく。
「幸せだなあと思って」
「…………そうか」
慶はふっと笑みを浮かべると、うなずいてくれた。
「そうだな」
「うん」
なんて幸せな誕生日だろう……
「そこ!イチャイチャすんな!」
「だからしてねーよ」
溝部のツッコミに慶が即座に答えながらテーブルに戻っていく。
(…………幸せ、だ)
愛しい恋人と、懐かしい仲間と、お好み焼きと、ビールとワインと焼酎と。
この上ない幸せな誕生日だ。
↑横浜山下公園に浮かぶ氷川丸です。
浩介の待受画面は、もう少し青空です。
(これは9月17日撮影の写真。先週の誕生日当日はもっと晴れてたの)
で、浩介の待受には、手前の公園の柵のところに、愛しの慶君が海を見ながら佇んでいる姿がコソッと写っています(*^-^)
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お読みくださりありがとうございました!
日曜日の話は、あとがきにサラッと書くだけのつもりだったのですが、前後編に分けた影響で当日過ぎたので、せっかくだから文章にしてみました(*^-^)
私の中で、溝部、山崎、斉藤、の三人は「良い子悪い子普通の子」(←今の若い子は知らんか)ならぬ、
「派手で目立つ子、地味で目立たない子、普通の子」、なのでした。
普通の子斉藤、今や中学生の父です。浩介と同じバスケ部でした。わりと常に彼女がいる子だったので、学生時代のナンパ話や合コン話には一切登場せず。さっさと年上の彼女と結婚したので、現在のお話にもあまり登場せず。物語的には影薄い子かもしれません(^_^;)
そして、地味で目立たない子、山崎。彼が主役のお話「たずさえて」、明後日から再開予定です。最終回まであと少しです(*^-^)
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泣けます……本当にありがとうございます
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ガッツリ見て育った世代っす (笑)
待受け用の写真も撮らせて貰えて 良かったね♪
ラブラブツーショット写真は みんなに見せびらかせない…
ヽ(;▽;)ノ ザンネーーン!!
こんな 幸せな誕生日が これからもずーっと続くんだよー
辛かったけど、暗黒の時代を乗り越えられて 本当に良かった(泣)
>『欽ドン』
>ガッツリ見て育った世代っす (笑)
おおお~「良い子悪い子普通の子」食いついてくださって嬉し~(笑)
私、いまだに思いだしてしまうネタがありまして。
ホームランの時の審判の動作
普通の審判:腕を回す
悪い審判:チェーンを回す
良い審判:涙のリクエストを歌う
って、絵で紹介されてたんですけど、、、
他のネタ、何も思いだせないのに、これだけは忘れられず、いまだに急に思いだして笑ってしまいます^^;
>待受け用の写真も撮らせて貰えて 良かったね♪
>ラブラブツーショット写真は みんなに見せびらかせない…
>ヽ(;▽;)ノ ザンネーーン!!
ありがとうございます~^^
こうして色々と少しずつハードルが下がっていき……
そのうち、ラブラブツーショット写真見せても大丈夫になる日が……
こないか^^;
>こんな 幸せな誕生日が これからもずーっと続くんだよー
>辛かったけど、暗黒の時代を乗り越えられて 本当に良かった(泣)
ほんとにーー!!
両親とも和解し、まわりの理解も得られつつあり……
もう、乗り越えなくてはいけないことって……ない気がする。
あとは、健康に過ごせるといいねって話ですね^^;
暗黒時代……
私ちょっと失敗したなーと思っているのが、
4月末に、真木さんのことだけ取りだして「その瞳に」って短編書いちゃったことなんですよねー……
これ、暗黒時代の一部の話だったので、これをどう扱うか……
「その瞳に」の前までの話と、「その瞳に」以降の話の二つにわけるか、
一つにして、作中サラッと真木さんのことに触れるか……
ちょっと悩むことにします……
って、コメント本当にありがとうございますーー!!
本当に幸せな誕生日が迎えられてよかったねーとあらためて思いました^^
ありがとうございました!!
凄いなー
こんな風景が当たり前にある横浜って…
ハイカラだ~ (笑)(笑)
手前の柵にもたれる慶って …
めっちゃちっちゃいやん ?! (゜ロ゜;ノ)ノ
山崎クン よく気づいたねーーー (笑)
船、反対側は乗船口の階段があったり、手前の海にシーバス(横浜駅行きとかの船)がいたり、ごちゃごちゃしてるので、やはりこちら向きで(*^-^)
ハイカラな横浜、なのは、山下公園中華街やらみなとみらいやらのある中区・西区あたりだけで、私の住んでる区は畑も田んぼもあるしタヌキもでます~(^_^;)
海と船とイケメン……絵になります!
山崎めざとかった~
嬉しいコメントありがとうございました~!