浩介が、涙を目にいっぱいためて、
「おれ……頑張ったよ」
なんていうから、てっきり、
美幸さんに告白して玉砕した(←おれ的にはこちら希望)
美幸さんに告白してOKをもらえた(←そんなことになったら発狂する)
のどちらかなのかと思った。
でも、どちらでもなかった。浩介の愛はもっともっと深いところにあった……
「何があった?」
緊張して聞いたおれに、
「おれね……」
浩介は妙に清々しい表情になると、えへ、と笑ってから言った。
「美幸さんを田辺先輩のところに送り届けてきたよ」
「………は?」
意味が分からない。田辺先輩というのはバスケ部のキャプテンだ。
「送り届けてきた?」
「うん。明日引退試合だから、今日中にお守りを渡さないと、と思って」
「お守り?」
「知らない? 引退試合の前に好きな三年生に渡すんだよ」
「………知ってるけど」
えーと? ということは……なんだ?
首を傾げると、「あ、そうか」と浩介は手をたたき、拝むように両手を合わせた。
「ごめんね、慶」
「え?」
「せっかく応援してくれたけど、おれ失恋しちゃったよ」
失恋って、それじゃやっぱり……
「告白、したんだな?」
「告白? ううん。してないよ」
「え?」
なんでそれで失恋したことになる? 意味分かんねえ。
言うと、浩介はちょっと笑ってから話し出した。
田辺先輩と美幸さんは中学時代に付き合っていた、ということ。
一昨日は田辺先輩と、昨日は美幸さんと一緒に帰って、それぞれと話しをして、まだお互い想い合っているということに気がついた、ということ。
そして、今日。美幸さんにお守りを渡させるために、二人を引きあわせた、ということ。
「やっぱり、お似合いだったよ二人」
「………」
嬉しそうに言う浩介。
色々な思いが頭から吹き出しそうだ。
「なあ……お前、それで良かったのか?」
「良かったって?」
きょとんという浩介の胸のあたりをグーで軽く押す。
「だって……これで美幸さん、たぶん田辺先輩とヨリ戻すことになるだろ。そしたらお前……」
「ああ、いいのいいの」
浩介が軽く手を振った。
「だって、慶、ずっと言ってくれてたでしょ?『お前がどうしたいか』って。それでおれ考えたんだよ」
「…………」
浩介の優しい瞳がまっすぐにこちらを見下ろしてくる。
「おれね」
浩介の心地よい声が体中に染みわたってくる。
「おれ………美幸さんには笑顔でいてほしいんだ」
「………」
「そのためだったら、おれの気持ちなんてどうでもいい」
浩介の微笑み……
「そう決心できたのは慶のおかげだよ。本当にありがとうね、慶」
「………浩介」
胸が、締めつけられる。
その深い愛情……
おれみたいに利己的じゃなくて、ちゃんと相手の幸せを考えている愛情……
おれなんか、お前が美幸さんと上手くいかなくなることをずっと願ってた。
今だって、お前が失恋したって聞いて安心してる。
おれは酷い奴だ。本当に好きだったら、相手の幸せを願うべきなのに。
それに比べてお前は……。お前は……お前は、本当に……
「お前、本当に美幸さんのこと好きなんだな」
言葉に出してしまってから、涙が出そうになり、あわてて背を向けた。
本当に、本当に、美幸さんのこと好きなんだ。
おれなんかが入る余地がない、深い深い愛……
「慶?」
優しい浩介の声……胸が苦しくなる。
「慶、どうかした?」
「どうもしねえよ」
「どうもしないって……、慶?」
「!」
腕を掴まれ、振り返させられた。とっさのことで抵抗できなかった。まずい、と思って顔を背けたけれど遅かった。
「どうしたの?」
浩介の驚いた顔。
「何で慶が泣きそうになってるの?」
「う……うるせえっ」
バッと腕を払い落す。
「お前が泣きそうだからつられてんだよっ」
「けい~」
あはは、と浩介が笑いながら抱きついてきた。
「じゃあ一緒に泣こうよ~」
「………ばーか」
思わずおれも笑ってしまう。
浩介が笑っている。浩介のぬくもりがここにある。
(……ごめんな)
おれ、お前の失恋を喜んでる酷い奴だ。
「あー久しぶりに全速力で自転車漕いだから足パンパンー」
浩介が明るくいって、土手にごろんと寝転んだ。
「お疲れ」
おれもその横に並んで寝転ぶ。
空が、赤く染まりはじめている。
「キレイだねえ」
「……そうだな」
お前の心は本当に綺麗だ。
それに比べておれは、醜い独占欲の塊だ。
でも、ごめんな。おれ……おれ、それでも、どうしてもお前と一緒にいたい。
***
翌日は朝から、うちの高校に一番近くて一番交流のある花島高校で、恒例の交流試合が行われた。部活によってはこれが引退試合と位置づけられる。
今年は午前中に野球部、バレーボール部、テニス部、午後にサッカー部、バスケ部の試合があった。
おれは写真部として、午前中からずっと写真を撮って回っていた。
なんとなく、バスケ部に顔を出すのが気が進まなくて、サッカー部の方に張り付いていて、終わったころに行ってみたんだけど……
「なんだ?」
バスケ部、男子も女子もざわついている、というか、みんなはしゃいでいる。騒ぎの中心には……
(こ、浩介?!)
真っ赤な顔をした浩介と、田辺先輩と美幸さん……?
「あ、渋谷くーん」
「荻野っ」
同じ中学だった荻野が声をかけてきてくれたので、あわてて問いただす。
「何?! 何かあったのか?!」
「あったなんてもんじゃないよー! 衝撃の交際宣言!」
荻野が興奮したようにおれの腕を叩いてくる。
「田辺先輩と美幸さん付き合うことになったんだってー!」
「痛い痛い。で、なんで浩介が……」
「桜井君がキューピットなんだって! あ、知ってたか」
「あー……うん」
よくよく見ていると、浩介が皆から頭をなでられて、嬉しそうに首をすくめたりしている。
その様子を複雑な思いで見ていたら、
「あー渋谷ー」
「篠原」
恋愛話大好きの篠原がコソコソっとおれに耳打ちしてきた。
「桜井、偉いよねー。自分の気持ち隠して二人をくっつけたってことだよね? ホント偉い」
「………だよな」
心から肯く。でも篠原はちょっと肩をすくめて、
「でもさ、ってことは、そんなにすっごく好きじゃなかったのかもね」
「へ?」
「だってそうでしょー。本当に好きだったらそんなことしないって」
「…………」
篠原……お前が浩介の深い愛情を理解するのは百年かかっても無理そうだな。
でも、篠原のそういうところ、嫌いじゃない。
「慶ー、篠原ー」
しばらくしてから、浩介がヘロヘロになってこちらにやってきた。
「一緒に帰ろー」
「おお」
うなずいたところで、篠原が今度は浩介にまとわりつきはじめた。
「桜井、元気出して! 失恋には新しい恋が一番だよ! 次いこう次!」
「あはははは」
浩介は楽しそうに笑うと、
「恋はもういいよ。疲れちゃった」
「疲れたって! 何いってんのー!」
「だって」
バシバシと両腕を叩かれながらも、浩介はニコニコ笑いながら、
「もういいんだよ。それにおれ、恋より友達と遊んだり部活したりしてたほうが楽しいし」
「………」
それ、おれが前にいったセリフだな……と思っていたら、浩介がこちらをくるりと振り返った。
「ね? 慶」
「え? お、おお」
まあ、おれはお前に恋してるけどな。永遠の片思い、だけどな……
なんておれの内心を知るはずもない浩介は、機嫌よく篠原を叩きかえした。
「だから篠原も! これからもよろしくね!」
「えーやだー」
篠原はあっさりと浩介を押しのけると、
「オレは彼女欲しいから! 男同士で帰ってる場合じゃないから! じゃあね!」
元気よく女バスの群れの中に飛びこんでいってしまった。
「…………」
「…………」
浩介と顔を見合わせ、苦笑いしてしまう。
「帰ろっか」
「ああ」
二人で並んで歩きだす。
「自転車こっち! ここからだとずっとずっと川べりでいけるよ」
「そうなんだ……って、お前、昨日足パンパンとか言ってたよな。大丈夫なのか?」
「んーまだあんまり」
ぷらぷらと足を揺らしながら歩く浩介。なんかダルそうだ。
「じゃ、おれバスで帰るから大丈夫だぞ?」
言うと、浩介は途端に鼻にシワをよせた。
「やだ。一緒に帰りたい」
「…………」
…………。
どうしてくれるんだ。いちいち可愛い過ぎるんだよお前はっ。
「じゃ、歩いて帰るか?」
「うんうん。お散歩お散歩~」
歩いたらかなり時間がかかりそうだけれども、川辺を散歩気分で歩くのも楽しそうだ。雲が太陽を隠してくれているので暑さも何とか耐えられる。
自転車をおすカラカラカラ……という音を響かせながら、サイクリングロードを歩く。川の流れる音が心地いい。
「美幸さん、幸せそうだったよね?」
浩介がウキウキしたように言う。
「おれ、無理してるでもなんでもなくて、本当に心から嬉しくて」
「………そうか」
相手の幸せを願う愛……
おれもその境地にまで行けるようになるのかな……
「お前……本当に偉いよな」
「偉い? そう?」
わ~褒められた。嬉しいな~と無邪気に笑う浩介を見ていたら………
「やっぱ絶対無理」
思わず本音が出てしまった。
「ん? 何が?」
「うん……」
きょとんとした浩介の顔を見上げる。
お前を誰かに譲るって? そんなの……
「無理。おれは譲れない。好きな人は譲れない」
「そっかあ………」
浩介は一瞬立ち止り、なぜかうんうん肯くと、また歩きだした。
「おれはさー……もし、慶と同じ人好きになっちゃったら絶対譲るから」
「は?」
なんだそりゃ。
「まあ、慶と張り合って敵うわけないんだけどさ……」
「………」
「それ以前に、慶には幸せになってほしいし」
「……………。バカじゃねーの」
お前が幸せにしろってんだよっ。……なんて言えるわけがない。
「ありえねー。お前とおれ、女の趣味全然違うし」
「あ、そうなの?」
「そうだよっ。少なくとも、おれは美幸さん、ぜんっぜん趣味じゃねー」
「あははは」
なんかいいなーこういう話できるの嬉しいなー、と浩介はご機嫌だ。
「まあ、でもさ、しばらく恋はいいや、おれ」
「そっか」
しばらくといわず、ずっとしないでくれると有り難い。
なんて、心の声は押し隠して、浩介の背中をバンバンたたく。
「じゃーたくさん遊ぼうなー」
「うん! あ、でも、来週から期末一週間前で部活停止だ。また一緒に勉強しようね?」
「あーそうだった……」
思えば……中間テストのために勉強している最中に「好きな人ができた」って言われたんだよな……。長い一か月半だった……
「期末は真面目に勉強しないとなあ……中間はお前のせいでボロボロだったし」
「え?」
「……なんでもない」
とりあえず、浩介の恋は終わったんだ。一件落着だ。もう忘れよう。
「慶、明日空いてる? 遊べる?」
「おお!」
浩介の明るい誘いに嬉しくなる。
「テスト勉強する前に遊びおさめだな。どっか行きたいところあるか?」
「うん! おれね、プラネタリウム行きたいんだよ」
「プラネタリウム?」
プラネタリウム……デートかよ。
忘れようと決めたそばから、ひねくれたことを言ってしまう。
「……お前、ホントは美幸さんと行きたかったんじゃねーの?」
「え?」
目をパチパチさせた浩介。
「だって、プラネタリウムって、デートかよって感じじゃん」
自分でも嫌になるくらいトゲトゲしい言葉。でも、浩介は「あー……」と長く伸ばした後、
「あー、そんなこと全然思いつきもしなかった……」
そして、照れたように頬をかいた。
「図書館でチラシみて、すぐに慶と一緒に行きたいって思って……。やっぱおれ、恋愛向いてないんだね」
「……………」
そ、それは……。嬉しいかも……
「あ、ごめん。そっか、デートっぽいもんね。慶、ヤダ?」
「いやいやいやいや、全然嫌じゃない!」
あわてて手をブンブンふる。嫌なわけがない。
「図書館のチラシのって、あそこだろ? 科学館のだろ? 小6の時いったことあるぞおれ」
「あ、ほんと? おれ行ったことないんだよ」
「よし。じゃあ、連れて行ってやる!」
「わあ。ありがとう」
浩介は嬉しそうに笑うと、
「デートだデート。慶とデートだ~」
「デート言うなっ」
ビシッと腕を叩くと、浩介はさらに楽しそうにケタケタ笑いだした。
浩介が笑ってる。その横におれがいる。それで充分だ。
ずっとずっと片思いを続けるしかないのは分かっている。
今後浩介にまた好きな人ができて、それで今度は両想いになったりする日がくるのかもしれないけど……
でも、せめてそれまでは、おれがお前の横を独占していてもいいよな?
「浩介」
「ん?」
振り返った愛しい瞳に心の中だけで告げる。
大好き。大好きだよ……
でも、絶対に言わない。言えない……
「……今日もうち寄ってけよ」
「え、いいの? じゃ、途中でアイス買っていこう?」
「おお」
片思いのままでいいから、おれはずっとずっとお前と一緒にいたい。
<完>
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お読みくださりありがとうございました!
これで『片恋』編、無事終了です。
『あいじょうのかたち』を読んでくださった方で、記憶力のとっても良い方はお気づきかもしれません。
前半の夕暮れの川べりでの話、『あいじょうのかたち30-2』で、二人で思いだして話してた、その話です。
24年たっても、慶君、まだ美幸さんとのことムカついてます^^;
次は『月光』編。夏合宿編、ともいう。
また真面目な話になりそうですが、どうぞよろしくお願いいたします!明後日更新予定です。
クリックしてくださった方、本当にありがとうございます。有り難すぎてもう言葉が見つかりません。。。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。ご新規の方もどうぞよろしくお願いいたします!
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でも、慶さんの気持ちが痛いほど伝わる最後で素敵でした!
もう、恋はいいって言ってる浩介さんが慶さんの気持ちに気付くまで、あとどれくらい?
次のお話も楽しみにしています!
いつもいつも素敵なお話をありがとうございます!
また明後日!
痛いほど伝わるなんていっていただき、めっちゃ嬉しいです!!
なんかホントに慶がかわいそうになってきました私……
でもとりあえず、浩介の片思いが終了してくれてホッと一安心です。
これからは友情と愛情を深めていってね!って感じで……
いつもコメント本当にありがとうございます!
またよろしければお願いいたします!!
二人で帰るところいいです~!わかるー!わざと遠回りしたりね・・。近道はしないの。少しでも長く居たいから・・。
プラネタリウム行こうって慶くんを誘うとこも
大好きです。
高校生のみずみずしい感じが伝わってきてドキドキします。これからも応援しています。
そうそう!わざと遠回りしたりしてね!!近道はしないの!!
今回、交流試合をした高校は川べりにあるので、川沿いのサイクリングロードを延々と歩いて帰ってきました。
彼らの高校は、丘の上にありまして、住宅街の中をずっとおりていって、その後その川べりに出ます。
浩介は本当は川べりなんかでない方が早く家に帰れるんですけど、家になるべくいたくないし、慶の家の近くも通れるのでいっつも川べりから帰ります^^
プラネタリウム~~もうデートでしょう!って感じですよね!!高校生男子2人でプラネタリウム……はあ何て初々しい……。
みずみずしい感じ伝わってきてドキドキする、なんて、めちゃめちゃ嬉しいお言葉ありがとうございます!!
電車とか町中とかで、高校生男子ものすっごい観察してます。彼らはなんであんなに輝いているのでしょう……
その輝きが少しでもお伝えできたら幸いです!
嬉しいコメント本当に本当にありがとうございました。
応援!!きゃーーー!ありがとうございます!
次回から、くらーい話がはじまってしまいますが、
何卒何卒お見捨てなきよう、よろしくお願いいたします。
このたびはコメント本当にありがとうございました!!