落合順平 作品集

現代小説の部屋。

居酒屋日記・オムニバス (67)       第五話 見返り美人と伊豆の踊り子 ⑬

2016-05-15 08:37:22 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (67)
      第五話 見返り美人と伊豆の踊り子 ⑬


 
 食事を終えて時計を見ると、まだ午前11時。
これほど早い時間から食事が出来るのは、朝が早い漁師の町だからだ。
この時間帯になると、ぽつぽつと金目鯛を目当ての観光客の姿が増えてくる。
食後のコーヒーがテーブルへ運ばれてきたとき、「ちょっと」と言って
俊子が、化粧ポーチを片手に立ちあがった。



 しかし。トイレに行くような雰囲気ではない。
何か別の用事でもあるのだろうか・・・
謎めいた微笑みを残したまま、ふるふるとお尻を振って俊子が立ち去っていく。



 「なんだかなぁ・・・可笑しいなぁ。
 叔母さんがいま、謎めいた微笑みを俺に残して、立ち去って行ったぞ。
 何か有るのかな?。とっておきのたくらみみたいなものが?」



 「パパ。余計なことを勘ぐり過ぎ。
 女は何かといろいろあるの。
 そのくらいは察してあげないと、嫌われてしまいます、世のすべての
 女性たちから」


 「ふう~ん、女というのは、そんなものか?」



 「はい。そんなものです」

 
 目の前に座っている美穂が、ずいぶん大人めいてきた。
誕生日が来れば、14歳になる。
子どもの成長は早い。
ついこの間まで寝返りも出来なかった乳呑児が、気が付けば
いつの間にかハイハイをしている。
そうかと思うと、今度は、危ない足取りで、よちよちとあちこちを歩き始める。
親が目を離したすきに、悪戯をしでかす悪い子になっていく。



 毎日見ているから、こどもの成長にはなかなか気が付かない。
しかし14年前には喋ることも出来なかった赤ちゃんが、
いまは美しいティーンエイジャーに育っている。

 幸作には、子育てをしてきたという実感はない。
女房が疾走するまでの5年間。美穂は多くの時間を、祖母の実家で過ごしてきた。
若夫婦が居酒屋家業に追われたためだ。
繁盛し過ぎて、子育ての時間がろくに取れなかった。
そのため美穂は、5つになるまで祖母の手で育てられてきた。



 「なぁ。美穂はなぜ、急に助手席へ座るつもりになったんだ?。
 ひょっとして夕べの罪滅ぼしのつもりなのかな、もしかして?」



 「あら。わたしは何も悪いことなどしていません。
 電話がかかって来たからよ、お友達から。
 長話をし過ぎたせいで、残念ながら、お風呂へ行けなかっただけです。
 罪になるようなことなんか、した覚えはありません。
 それとも何かしら・・・、
 パパたちこそ、罪になるようなことを露天風呂で仕出かしたのですか?
 私の居ないのをいいことに、パパたちは?」



 「こ、こら!」幸作が、あわてて美穂を制止する。
「不謹慎なことを、大衆の面前で口にするんじゃない。はしたない。
周りに居る人たちに誤解されたら、いったい、どうするんだ!」
「あら。狼狽えるところを見ると身に覚えが有るようですねぇ、パパたちには」
うふふと美穂が、目じりにしわを寄せて笑う。
笑い方が8年前に失踪した、女房の仕草にそっくりだ。



 「パパ。まもなくわたしも14才です。
 パパと一緒にいられる残りの時間のことを考えたら、助手席もいいのかなって、
 ふと、そんな風に思っただけです」


 「残りの時間?、なんだ、それはいったい、どういう意味だ?」


 「女の子はいつの日か、産まれた家を出てお嫁に行くのよ、パパ。
 いつまでもパパと暮らせるわけじゃないの。
 白馬に乗った素敵な王子様を見つけて、嫁いでいくのよ、私は」



 「えっ、嫁に行くつもりなのか、お前は・・・」



 「なんだかなぁ・・・娘の幸せを願っていないの、パパったら?
 恋をして、愛しい人の子供を産むことが、女のいちばんの幸せなのよ」



 「どこかで聞いたような、定番のセリフだな」


 「ねぇパパ。ひとつだけ教えてくれる。
 赤ちゃんは、いったいどこから生まれてくるの?」



 「えっ・・・何だ、いきなり急に・・・
 あ、赤ちゃんが生まれてくるのはだな・・・そ、それはだな・・・」


 
 「うふっ。無理しなくてもいいのよ、パパ。
 そのくらいのことは、パパが教えてくれなくても知っています。
 いまは娘でも、もう少しすればわたしも女になるの。
 女になることの意味を、俊子叔母さんが、いろいろと教えてくれました。
 心配しないで、パパ。
 わたしによく似た可愛い孫の顔を、早く見たいでしょ、パパも」



 「おっ、おい・・・」目を細めて笑う美穂を見つめたまま幸作が、
頭を真っ白にして、言葉を失う・・・


(68)へつづく

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