幸せのカケラ〜札幌・カラー・コーチング・セラピスト@彩音〜

ただいま闘病生活中のカラーセラピスト・ビジネスコーチ。長い人生こんな時期もあるよね…。気づきがたくさんの毎日です。

『だいたい』と『おおまか』の本質

2012-02-04 19:01:35 | 日常いろいろ

その世界の本質を捉えたいとか
もっと深めたいとか
核心に触れたいと思った時。

大切なのは『だいたい』と『おおまか』です。

と言っても、「?」という方が多いかしら?

それがとっても上手なのは、赤ちゃんと子ども達。

今日はそんなお話です。



私の趣味の多言語。
21ヶ国語を同時に楽しんで自然習得しちゃおう♪というものなのですが、
それをするにおいて大切なのは細かい部分にこだわらないこと。

文法だの
正しい言い回しだの
単語ひとつひとつの発音だの
意味だの
最初からそんなものは重要ではなく。

大切なのは、その言葉のリズム。
その言葉らしさ。

そう、まるで赤ちゃんが言葉を自然に身につけていくように。

『部分』にこだわらず、『全体』の『らしさ』を見ていく。
それを頭で理解するのではなく、感覚で掴んでいく。

そんなことをやっています。

別に今ここでそれを紹介したいわけではないのでこれ以上の説明は割愛しますが、
全然知らなかった言葉が自然に身についていく感覚や自分の中で起こっている不思議なことは
とても魅力的でニヤニヤが止まらない現象です。



さて。

実はこの『まずは全体的な感覚を捉えていくこと』は、
“言葉” においてはもちろんですが、どんなことにも当てはまります。


例えば 絵を描くとき。

モチーフ(描く対象物)がひとつだろうと複数だろうと、まずはその全体を捉えます。
リンゴを描くのなら、リンゴの皮の模様やヘタなど一部のものにこだわるのではなく
全体的な形、陰影、質感、濃淡を捉えていく。

『部分』しか見ていないと、それはとても不自然なニセモノになってしまいますが
画面の中全体の感覚を常に捉えながら鉛筆を進めれば
あら不思議。

空間を感じる素敵な絵の完成です。


例えば カラーセラピーをするとき。

ボトルの位置と色のキーワードひとつひとつを見ていくのはとても大事。
でもそれよりもまず、クライアントさんが選んだボトル全体の印象を捉えることが大切です。

オレンジとイエローとゴールドの中にあるブルーと
グリーンとターコイズとパープルの中にあるブルーでは、全然印象が違うでしょ?

常に、全体を―――もちろんボトルだけでなくクライアントさんをも含めた全体を―――捉え感じることが大切になってきます。



他にも…というより、この『だいたい』 で『おおまか』に全体を捉えるという感覚は
どんなことにおいてもとても大切で、
しかも実は、その物事の本質を捉えることにつながっています。

そしてそれは、シンプルに素直に向き合うことができる人ほど、できる。
そう。
ちょうど赤ちゃんや子ども達のように。

もちろん、大人ができないわけではありません。
『余計な理屈』や『不要なこだわり』を手放した者勝ちです。



こんなことを書いている私。
最近、いいことに気づきました。

何かをもう少し知りたい、もっと深めたいと思ったら…

その分野の子ども向けの本を読む!

そこには細かすぎて理解しづらいことは書かれておらず
でも最も重要なこと、そしてそのものの本質が書かれているのです。

これはいい(≧∇≦)!!


ついでに☆
日本語についてもっと知りたいと思った私が発見したこと。

日本語教師用の本ではなく、日本語を母語としない人用の中上級者向けの本を手に取ること!

そうすると、日本語の知らなかった面が見えてきます。
しかもわかりやすく書かれていておもしろい!!



ホントに…
一歩引いてみると、いろんなことが見えてくるんだなぁ♪
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こっそり挑戦してたコト

2012-01-17 16:35:51 | 闘病生活中

自分の興味あることを無理のない範囲で
やれることをやろうって。

私が昨年初挑戦したこと。

 海外ゲストの受け入れ!

わかりやすく言うとホームステイ。
でも宿泊していただくには私の体調面で無理があるし、部屋もない。

ということで“ホームビジット”をしてみました。

午後2時にお迎えに行って、夜まで一緒に過ごすというもの。
先方はきちんとした機関を通して日本にいらしている方々だし
万が一、私に何かあっても主人のいてくれる土曜日だし!

ということで、
なんと5月から毎月、6回の受け入れを行ったのでした。

ゲストの出身国は
キルギス・イラク・タジキスタン・モーリシャス・アルバニア・コソボなど様々。

英語でのやり取りもあれば
完全英語NGの方とのロシア語等でのやり取りも。

言葉のレベルは、相手も自分も言語によって様々ですが
「伝えたい」「わかりたい」という気持ちがあれば
本当に通じるものだな〜とつくづく思いました。



『コミュニケーション』という言葉が氾濫するようになったここ数年。
私自身もコーチングのコーチをしているくらいなので
それについて考えさせられることは多々あります。

「こういう聴き方をしてみましょう」とか
「こういう質問の仕方をしてみましょう」とか
小手先のワザを伝えるものも巷には溢れているし
「資格を持っていればOK」みたいな部分もまだまだ消えていきません。

でも本当に大切なのは
きちんと相手と向き合うこと。
思い込みで相手を見ないこと。

本当は、そんな言葉がなくなる世界が理想。

極端な話、私はコーチとかセラピストなんていう職業なんて
なくなってしまえばいいと思っています。
(自分の職業だけど^^;)

うーん…言葉に語弊があるかな?

そんな職業がいらない社会が形成されれば、それが一番いいと思っています。

みんながみんな、きちんと相手を向き合える、
自分も相手もお互いを尊重しあえる在り方でいられれば
本当はそれが一番いい。



『言葉』というツールはとっても素敵。
たくさんの要素や可能性をはらんでいます。

仕事においても、言語という分野においても
私が興味を持って関わっているのは『言葉』なんだなぁと改めて思う今日この頃。

ついでに。
その根底にあるものについて、偉大な答えを持っているのは
赤ちゃんや子ども達なのだと、最近つくづく思っています。


この話は、また今度ね。



さて。
今週末もゲストの受け入れです。

今度はどこの国の方かな〜?
何語かな〜??
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これは室内である…

2012-01-16 10:37:03 | 闘病生活中


我家の北側の窓です。

まるで雪が積もってるみたいでしょf^_^;

ガッチガチに凍ってます…。
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本日、富士山

2012-01-13 07:43:09 | 闘病生活中

おはようございます。
今年もよろしくお願いします。

実は、うちの実家からは富士山が見えます。
しかもかなり大きく。
かなりはっきりと♪

でも、ずーっと開かずの間と化していた場所からなので
家族もそんな素敵な光景をもう何年も眺めずにいたのでした。

雨戸を開け、空気を動かすようになった最近。
高いビルが建って見えなくなってしまったのではないかという危惧も何のその。
富士山は変わらずにその姿を私たちに見せて続けてくれていました。

毎朝その姿を見られるだけで、幸せな気持ちを送り込んでくれる富士山。

でもねぼすけで忘れん坊な私は、その姿を拝するタイミングを逃しまくっており…

今朝やっと。



「おはよう、富士山!」



気持ちのいい朝だ〜(≧∇≦)



今日、札幌に帰ります。
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東京で雪靴加工?!

2011-12-28 15:33:13 | 闘病生活中

今日から久しぶりの東京です♪

羽田空港に『雪の北海道へ 滑り止め加工いたします 10分』という看板が(≧∇≦)
すごい!!
10分で冬靴に?!

季節モノだけど、うまいビジネスしますね〜(^w^)
今の北海道の道路じゃ、東京から行ったら途方に暮れるものね。

特に今年の札幌はツルツル!
私も今年は冬靴を愛用しています。

さて。
東京ライフ、ゆっくり楽しんできますv
きっと姪っ子と遊んで遊んで遊んで遊ぶんだと思います♪
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お掃除ギライだったのに…

2011-12-22 17:41:27 | 闘病生活中

お掃除がきらいで、掃除機をかけた日には『かけたよアピール』をする私。
とにかく嫌で嫌で嫌で嫌で…だったのですが。。。

何だか最近、あんまり嫌じゃない。

どうしてだろう?

考えてみました。
考えたところで“正しい答え”なんていうものは存在しないのですが。

そういえば、きらいじゃなくなったのは倒れてからのような気がします。
倒れて遠方で治療して自宅に帰ってきて。

私がとにかく取り組んだのは
出すこと。
捨てること。
片付けること。
手放すこと。

体の中も
心の中も
家の中も
仕事も
人間関係も

だからでしょうか?
体が、感覚が覚えたかしら?

そうすると、いいものが入ってくるよ って。

いらないものが、汚いものがそこにあると
片付けたくなる。
捨てたくなる。
きれいにしたくなる。

体や心と向き合うのは、職業柄か、抵抗なく取り組めました。
家の中の不要物も、物質的なものは思い切って手放しました。

でも日々のお掃除はなぁ…
別物よね〜…
なんて、頭で勝手に思っていたのかもしれないけれど
思っていたのは頭だけだったみたい。

バリバリやるとまた倒れちゃうから
適度に適当に…ですが
テレビでやっていたオモシロお掃除法を試してみちゃったりして。
気づけば掃除機をかける回数も格段に増えています。

そんな自分にピッタリのシーズン、年の瀬。

捨てる。
手放す。

大事!

そして留めるものはあるべきところにあるべき姿で片付ける。

心も
体も
家の中も
仕事も
人間関係も

気持ちよくなります^^
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口内炎も呼吸も口!

2011-11-25 10:07:50 | 闘病生活中

只今、ブラックホール並の口内炎に苦しめられています。
ほっぺたを持っていないと何も食べられず、顔が妙に丸いです…。

本日私はヨガに挑戦!

最近は呼吸困難になる回数が減ったし
多少の無理がきくようになったし
体を伸ばしたり開いたりすることが必要!ということでo(^-^)o

普通の呼吸すらできていないと言われていた私だし…。

ヨガをしても大丈夫そうな感覚が持てたのも嬉しい♪
昨年の闘病生活開始以来、ゆっくり快方に向かっている感覚はありましたが
この1〜2ヶ月はすごくぴょ〜んという感じです。
それは側で見てくれている主人も思うらしく(^w^)

ヨガ、行ってきまーす♪
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今ドキの接客事情

2011-11-13 17:43:13 | 闘病生活中

とってもとっても久しぶりにお洋服を買いました。
昨年からの『ライフ大掃除』で、冬物トップスが全然なくて。
さすがに買わないと北国の冬は越せないと思い…^_^;

そしてお買物をしたということは、そう!
試着ができる体になったのです♪
わぁい\(≧∇≦)/

それにしても、最近の店員さんて……
あのパターンの接客が多いのでしょうか?

ずーっとついて回って、聞いてもいないことをずーっと説明されるのは、
体調の万全じゃない私じゃなくても疲れるのではないかなぁと思うけれど。

「〇〇なんですよ〜。げへへへへ…」って笑うのは今の流行りなのでしょうか?
試着時に同じ台詞しか繰り返さないのは、その洋服用のマニュアルでも暗記しているのでしょうか?

店員さんの好みの服かどうかはお客には関係ないことだし
人気があったりよく売れたりするということは、同じものを持っている人が多いということだから全然嬉しくないし
何でもかんでも「かわいい」と言われても信用できないし
…って、、、
自分に似合う色&形を知っていてよかったとつくづく思います。

「げへへ…って笑ってるけど、顔は全然笑ってないね」
とは夫の感想。

うん、そしてあんまり一方的な長話にお付き合いしたくもないよね…。

久しぶりのお買物はちょっとびっくりな連続でした(^_^;)

そして私は、適切なことを適度な距離感で爽やかに伝えてくださった店員さんのお店で冬物を買ったのでした。
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11月のお手紙

2011-11-11 15:28:35 | 闘病生活中

喪中葉書の時期ですね。
以前は亡くなったお身内の方がご高齢のお爺様お婆様だったのが、
だんだんご両親だったり配偶者だったり、
ともするとご本人だったりするようになってきました。

限りある命。
永遠なんてないけれど、いろいろな想いが自分の中を駆け巡ります。

健康とか、ただそこにいてくれることとか
“たったそれだけのこと”が実は一番一番大切で。

「元気で過ごしていること」を喜ぶのは
自分自身より大好きな家族だったりするものね。。。
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『手に職』って…

2011-11-10 14:24:08 | 闘病生活中

『結婚しても一生安泰とは限らない。
 旦那様に先立たれてしまうかもしれないし
 残念ながらお別れしてしまうかもしれないし
 いろいろな意味で苦労しちゃうかもしれない。
 だから手に職をつけておくのは大事なことよ。』

そう言われたことがある方、言ったことがある方、
たくさんいらっしゃるかしら?

子どもの頃からそれを言われれば、進路を考える時や就職する時に
きっとすごくすごくそのことを考える。

でも思うのだけれど。
まだ10代後半または20代前半の社会のシャの字も知らない若者が、
『自分が一生食べていける、そして続けていきたいと思える手に職』なんていうものを
見つけたりそれに出会ったりすることは奇跡的なことではないでしょうか。

もちろん、子どもの頃から描いていた夢を確実に実現していく人はいます。
メディアにはそういう人がたくさん登場するから、
そうではない自分や我が子に戸惑ったり諦めたり、別世界のものだと切り離したりしてしまうことがあるかもしれません。

誰も進んで人生において(ここでは特に経済的な)苦労なんかしたくないしさせたくない。



そこで冒頭の言葉になるわけですが。



私達は世の中にあるすべての物事を体験することはできません。

何でもかんでもやらせてみたらいいのかしら?
…と言ったって、トライできる数なんてたかが知れています。

ピアノとバイオリンとフルートを習わせたのにこの子はどれも合わなかった!
→もしかしたら打楽器が合うのかもしれません。
 もしかしたら音楽じゃなくてスポーツが向いているのかもしれません。
 もしかしたら子どもの頃には触れることのない世界のものが得意分野なのかもしれません。

それなら今、親なり何なり『手に職』の大切さを伝える立場にある人が相手(子どもなり何なり)にしてあげられることは
何でもかんでも与えたり、決めてあげたりすることではないですよね。

自分で選んだり自主的に動いたりできるように。
自分の気持ちをちゃんと見つめて、それを人に伝えられるように。

そんな人間でいられるような触れ合い方を普段からすること。

描いた夢を実現させる人は、みんな自分で決めて自分で動いています。
親が敷いたレールの上ではそこまで行けません…
だって違う人間の価値観の中で生きるということだもの。

自分は何もできないから…だから旦那様にすがりつくしかない。
稼ぐ力がないから離れられない。

それは一見、仕方ないことに見えるかもしれません。

でも本当は、それさえも自分で選んだこと。
「できない」のではなく「やらない」だけ。

やってもいないうちに勝手にできないと決めている。
なんかそれってとっても自分に失礼な気がします。

それならば

今できることを。

今できることは
怖くても自分で動いてみること

子どもに伝えるのなら
自分で動いてみることが当たり前になるような子育てをすること。

人はみんな、自分で答えを見つける力を持っています。
自分で見つけて、自分で選んで、自分で決めたことに後悔は感じません。
失敗もありません。

だからもし、『手に職』を伝えたいのなら
いつでも、いくつになっても、自分で決めて自分で動けるというところを見ていることが大切です。

もちろん、それは人に伝える以前に、自分自身で実践することが第一ですけどねo(^-^)o
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