ツルピカ田中定幸先生

教育・作文教育・綴り方教育について。
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国分一太郎「教育」と「文学」研究会

「先生、べんきょうやろうよ。」      はじめての一年生 -5―

2016-04-11 09:55:00 | Weblog

               はじめての一年生 -5―

 

にもつをゆかにおいては あぶないよ   教室日記4/6

 

 つぎは、杉谷さんにやってもらった。

「きりつ」

 とかわいい声でいった。3人たった。みんなには聞こえないようだ。小さい身体で教室全体にきこえるような声を出すのは大変なことだろう。でも、もういちどいってもらう。

「もういちど言ってごらん。」

「きりーつ。」

これで半分より多くなった。変化がみられる、よし、と思って、

「はい、すわって、もういちど言ってもらいましょう。」

「きりーつ。」

 みんな立ったと思ったら、川名君が机の下にかくれてしまった。ぼくが、じっと目を一点に集中させてだまっていたら、川名君はみんなと同じしせいになった。

「れい。おすわり。」

このあとは、うまくいった。

 さて、自分の席へかえろうとした杉谷さん、机の横においてあったぼくの茶色いカバンに足をひっかけてしまい、肩からばったり。あわてておこした。泣くのかなと思ったら、泣かなかったので一安心。

一年生の子どもたちにとっては、ぼくのカバンはひざよりも上の高さになる。これにつまずいてひっくりかえってはたいへん。床には、何もおいてはいけないと思った。

「ゴメン、ゴメン、先生がこんなところに、カバンをおいておいたからいけないんだね。こういうものは、机の上か戸棚の中にいれておかなければいけないね。」

 やっと、これで朝のあいがおわる――4月6日の教室日記は、まだ続く。

 

 

 「先生、べんきょうやろうよ。」 

 トイレへ行って気分をよくしたあとで出席をとる。

「さあ、だれの声が一ばん大きいかな。」

「石橋けんじくん。

「ハイ。」

元気な返事がかえってきた。

「金田まさふみくん。」

「うーん、いい返事だね。」

と言って、つぎの川名君を呼ぶ。

一人ひとりに、「うーん」「いいぞ」「大きいね」といってあげる。元気よく返事がかえってくるのでうれしくなる。さいごに、

「たなか さだゆきくん。」

と自分で言って、手と足を広げ、大の字かっこうでとびあがって、

「はい!」

と言ったら、子どもたちはおおよろこび。

「さだゆきって、だれ。」

と言い出した子がいた。

「サ・ダ・ユ・キって、先生のことなんだよ。」

「先生の名前は、何て言いったっけ。きょうは、分かる人にいってもらおうかな。」

「ハイ、手をあげて。わからない人はグー。わかる人はパー。」

「はい、さします、芝山さん。」

「田中先生です。」

「そうです。先生の名前は、たなかさだゆきというのです。たなかというのはこう書きます。」

「た・な・か。」

「これは、『た』ですね。「た」のつくことばはありませんか。

「たぬき」「たこ」

「そうですね、た・・。た・。」――いつのまにか、文字と発音の勉強にはいってしまっている。

「『な』がつくことばは。」

「なっとう」「なめくじ」「なーー」

「『泣く』ということばもありましたね。先生は、このことばはあまり好きではありません。」

「『か』は、どうですか。」

「かめ」「からす」「かさ」

この途中、かのつく、川名君が、

「先生、べんきょうやろうよ。」

と言いだした。

「これも勉強なんだよ。」

と言ったのだが、つうじないようだった。

 勉強というと本を使ったり、エンピツを使って字を書くことなどが、勉強だと思っているのにちがいない。小学生になって「勉強をする」のだとはりきっているのだろう。勉強には、「生活勉強」と「教科の勉強」の両方があるということもそのうちに教えてあけなければいけない。子どもたちの期待にも応えてあげなければならない。

 

 時計を見たら、下校10分前

 

「それじゃあ、すこしむずかしい問題にするよ。さあ、できるかな。まんなかに『か』のつくことばはありませんか。」

 少しむずかしいようだ。しばらくしたら、船山君だったか。「おかま」と言った。本当は「かま」がただしいのだが、ことばとしてはいいだろうとおもい、みとめた。あまり出てこないので、

「やさしいのがあるじゃん。『さ・か・な』。」

あっ、ほんとだ、という顔を子どもたちはした。

 この時、時計を見たら、9時35分。あわてて健康観察をすませた。そして、今日やろうと思った「自分の顔と名前をかく」ことをやっていては、9時45分の集団下校には間に合わないので、国語の本を出させて、本の絵を見て、となりの人とどんな時の絵かいってごらんと話し合いをさせることにして教室を出た。

 教室を出た理由は、連絡帳に書いてあった、ワッペンのない子の分を隣の山本先生のところへ採りに行かなければならなかったからだ。その日のうちに連絡帳を読み、それに返事を書かなければならない。

 それをすませたら、もう、下校時刻。国語もすぐにおわりにして、

「はい、帰るしたく。」

「あした、自分の顔をかいてもらいますから、鏡でよく見てきてください。」

といって、カバンをしょわせ、帽子をかぶらせ、運動場へ出させた。

 運動場へ出たら、山本先生が、

「便所へ行きましたか。」

と聞かれた。帰りがけにもらす子がいてはいけないという細かい配慮である。

「途中でしたので…。」

とは答えたが、行きたい子を3人、外のトイレへつれていった。

 

  「はじめての一年生」、担任は、ベテランの山本先生にもささえられながら、なんとか2日目を過ごしたのだった。


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