ほぼ日刊、土と炎、猫と煙突

白く燃え尽きた灰の奥深く、ダイアモンドは横たわる。

企業小説(一話読切り)

2007年07月02日 22時44分29秒 | フィクション
題名:臨界点
著者:RESANDO

書いた理由:
(なんか、急に思い出したから)

―暴走―
「もう、止めましょうよ」
後輩の草薙君がウンザリした顔で言う。
(無理も無い)
そう思いつつ、俺は心を鬼にした。
「岸本さん。今は辛いかも知れないが、もう少しガンバッてくれ」
「はい」
素直にそう答える新入社員。彼女のこわばった表情が心に突き刺さる。
が、俺のドス黒い欲望に付いた炎は自分でも止められなくなっていた。

―火種―
さて。状況を整理しよう。今、部長の頭の中はこうだ。
現在、新入社員の歓迎会をやっており、
彼女の名前は岸本秋子。年齢は23歳。
これは「予備知識」であり、「飲み会」の間は揮発する事は無い。
問題はこの先だ。
「ところで岸本さん」
「はい」
「生まれはどこなの?」
「小菅です」
「小菅? ああ、拘置所があるトコか?」
「はい」
「あそこ、実は桜の名所だよね?」
「はい。毎年、大勢の人が花見に来て、お巡りさんの交通整理が出る程なんです」
「うん。うん。実は俺も……」
最初にこの会話をして2時間後。部長はまた同じ話題をふった。
「あの。さっき訊きましたよ。岸本さんの出身地は」
おれがさりげなく注意すると、その時はアッサリ認めた。
「ああ、そうか、そうか。そりゃ失礼。確か……えーと。小菅だったな」
しかし、その1時間後、また始める。
「ところで岸本さん」
「はい」
「生まれはどこなの?」
彼女は嫌な顔もせず、全く同じ話に付き合った。それから30分経過――
「ところで岸本さん」
「はい」
「生まれはどこなの?」
やっぱり出た。
「小菅です」
「小菅? ああ、拘置所があるトコか?」
「はい」
「あそこ、実は桜の名所だよね?」
「はい。毎年、大勢の人が花見に来て、お巡りさんの交通整理が出る程なんです」
「うん。うん。実は俺も行った事があるけど……」
(以下、略)

―理論―
さらに15分後。
「ところで岸本さん」
「はい」
その後も予想通りと言うか、ついに間隔が10分をきった。
しかも毎回、判で押したように「小菅、拘置所、桜」の流れである。
たまりかねたのか、草薙君が再度口を開いた。
「そろそろ『お開き』にした方いいんじゃないですか?」
これじゃ、歓迎会じゃないッスよ、パワハラ、いや、ある意味セクハラっすよ。
しかし、そう主張する彼を俺は制する。
「だって、お前、知りたくねえのか?」
「何をですか?」
「このままいけば、質問のインターバルが0分になるだろ?」
「はあ」
「その先はどうなると思う?」
「……」
「続行だ。続行。俺はこの謎が解けるまで、絶対、彼女は帰さないからな」
「帰さない」って、良く考えたら、俺にそんな権限は無い。
でも、こうなりゃ意地でも結果が知りたかった。
「俺、本当にヤバくなったらアレをやりますからね」
草薙君は言う。
「わ、わかった」
俺は答えた。直属の部下で「部長の酒乱癖」を
何度か味わった事がある彼には、これ以上、逆らえない。

―TKO―
「ところで……」
時は満つ。いよいよ、論理的な臨界点が来た。
「はい」
ひきつった笑顔で答える彼女。一同の間に緊張が走る。

「このコは――誰だっけ?」

「ウブッ」
一瞬後、草薙君が俺の顔面に投げつけた白いオシボリが宙に舞うのが
見えたが、避けられなかった。
「タオルだよ!タオル!」

―エピローグ―
「おはよう」
「おはようございます。昨日はどうも」
翌日、部長はケロっとした顔で出社し、草薙君に尋ねた。
「えーと。ところで。あの岸本さんってコ、出身地はどこなの?」
「小菅です。拘置所があるトコです。実は桜の名所だそうです」
草薙君が澄まし顔で答えるのを俺は黙って聞いていた。
「毎年、大勢の人が花見に来て、混雑し、お巡りさんの交通整理が出る程です。
 そして『暴れた酔っ払いは、そのまま拘置所に入れられる』――違いますか?」
睨み付ける様な顔で一気に言う。
むしろ、今度は草薙君が「臨界点」に達してしまったようだった。
「……ず、随分、詳しく知ってるんだね?」
「ええ。昨夜、何度も本人が言ってましたから」
「……」
その「本人」とは誰を指すのか?誤解している可能性はあったが――
気まずそうな顔をした部長は黙って席に座り、
いつもの様にパソコンを立ち上げた。

<終わり>