*全てフィクションです。実在の団体、人物とは関係ありません。
―運命の子―
父、稲蔵の訃報を受けた男は二重のショックに包まれていた。
「な、名古屋の稲蔵じいちゃんが死んじゃう!」
昨夜、自分の息子が確かにそう叫んだのを思い出したのだ。
(確か、以前にも同じ様な事があったな)
「イ、イサオおじさんが死んじゃう!」
そんな寝言を子供がつぶやいた翌日、自分の弟、功が不慮の事故でこの世を去った。
あの時は「偶然」と気にもしなかったが、一体この子は何者なんだろう?
以前から、奇妙な齟齬を彼は感じていた。
何年にも渡った妻の不妊治療。
最後には「幸福の嵐」という新興宗教の祈祷まで受けて、ようやく授かった子供。
(この子は我が子でありながら、我が子では無い)
彼がそう感じるには理由があった。
―幸福の嵐―
「ふむ。それなりの犠牲が伴うであろうな」
「私はどうなっても構いません。どんな代償でも払います」
「いいや。金の問題では無いぞ」
現世利益の新興宗教「幸福の嵐」。その教祖様は厳かに言った。
「むしろ、お主の『親としての心』が試されるのじゃ」
三度の流産。最後にはノイローゼになった妻の事を考えると、自分はどうなってもいい。
「どんな過酷な宿命が待ち構えていようと、我が子を愛し通せるものかな?」
「も、もちろんです」
「その言葉、偽りは無いな?」
降りかかる不幸は全てお主が受けねばならぬ、と銀髪の教祖様は念を押す。
「何もかも奪い取って下さい!」
男は涙を浮かべた。
「私で良ければ……その代わり、その代わり」
「わかった。やってみましょう」
妻と二人で受けた祈祷の内容はサッパリわからない。
「一心に祈りなさい。ただし、途中で目を開けてはならぬ」
そう言われて、薄暗い道場の様な所に通され、そこに何日か通った。
覚えているのは女の叫び声と、それを打ち消すように響く激しい太鼓の音だけだ。
―全てを妻に―
あの「幸福の嵐」で受けた祈祷が本当に効いたのかどうか?
良くわからないが、妻は見違えるように健康を取り戻す。
しかも、翌年、産まれてきたのは健康で元気な男の子。
男の喜びは一通りでは無い。
(しかし……)
不幸にして我が子の能力に気付いてから、一時も心の休まる事は無くなった。
「ポ、ポチが死んじゃう!」
と言えば、隣の家の犬が死ぬし、
「や、やっくんが死んじゃう!」
と言えば時の首相も無くなった。
(神の子? それとも地獄の使者?)
代償という意味はこの事なのか?
いや、それは男の見込み違いだった。
数年後、さらに非情な運命が彼を襲う。
「お、おとうさんが死んじゃう!」
真夜中にその言葉を確かにこの耳で聞いたのだ。
今までの経験からして、息子がそう言ってから24時間以内に人が死ぬ。
(まあ、前もってわかっただけ、俺は幸運なのかも知れぬ)
今さらジタバタしても始まらない。
男は残された時間をいつもと変らずに過ごした。
「あなた、おかえりなさい」
「パパ、おかえり!」
帰宅した彼は時計をチラリと見て考える。残された時間は後5時間。
男は妻と子供が入浴している間、自分の部屋に篭って、密かに遺書をしたためた。
「なあ、おまえ」
寝る前に男は妻に声をかける。
「なに?」
「何でもない。おやすみ」
「……ヘンなの」
ヘンでもいい。明日の朝、妻は机の上の遺書に気付いて、全てを悟るだろう。
―本当の試練―
「あなた。そろそろ起きて!」
ところが……翌日の朝、男はいつものように目が覚めた。
「パパ、おはよう!」
妻も子供もまるでいつもと変らない。
(ど、どうしてなんだ?)
男は朝刊を手にし、自分が死ぬ筈だった日の出来事に目を通す。
(俺はもしかして、既に死んでいるのだろうか?)
が、いつもと同じく、一介のサラリーマンには関係のない記事が並んでいるだけだ。
(な、何が起きたんだ?)
このまま、何事も無く平穏な暮らしが続くとは思えない。
「?」
やがて、男は紙面の片隅にこんな囲み記事を見けた。
「宗教団体『幸福の嵐』代表、原田黒太郎氏死去!」
全てを悟った男は……密かに遺書を破り捨てた。
<終わり>
―運命の子―
父、稲蔵の訃報を受けた男は二重のショックに包まれていた。
「な、名古屋の稲蔵じいちゃんが死んじゃう!」
昨夜、自分の息子が確かにそう叫んだのを思い出したのだ。
(確か、以前にも同じ様な事があったな)
「イ、イサオおじさんが死んじゃう!」
そんな寝言を子供がつぶやいた翌日、自分の弟、功が不慮の事故でこの世を去った。
あの時は「偶然」と気にもしなかったが、一体この子は何者なんだろう?
以前から、奇妙な齟齬を彼は感じていた。
何年にも渡った妻の不妊治療。
最後には「幸福の嵐」という新興宗教の祈祷まで受けて、ようやく授かった子供。
(この子は我が子でありながら、我が子では無い)
彼がそう感じるには理由があった。
―幸福の嵐―
「ふむ。それなりの犠牲が伴うであろうな」
「私はどうなっても構いません。どんな代償でも払います」
「いいや。金の問題では無いぞ」
現世利益の新興宗教「幸福の嵐」。その教祖様は厳かに言った。
「むしろ、お主の『親としての心』が試されるのじゃ」
三度の流産。最後にはノイローゼになった妻の事を考えると、自分はどうなってもいい。
「どんな過酷な宿命が待ち構えていようと、我が子を愛し通せるものかな?」
「も、もちろんです」
「その言葉、偽りは無いな?」
降りかかる不幸は全てお主が受けねばならぬ、と銀髪の教祖様は念を押す。
「何もかも奪い取って下さい!」
男は涙を浮かべた。
「私で良ければ……その代わり、その代わり」
「わかった。やってみましょう」
妻と二人で受けた祈祷の内容はサッパリわからない。
「一心に祈りなさい。ただし、途中で目を開けてはならぬ」
そう言われて、薄暗い道場の様な所に通され、そこに何日か通った。
覚えているのは女の叫び声と、それを打ち消すように響く激しい太鼓の音だけだ。
―全てを妻に―
あの「幸福の嵐」で受けた祈祷が本当に効いたのかどうか?
良くわからないが、妻は見違えるように健康を取り戻す。
しかも、翌年、産まれてきたのは健康で元気な男の子。
男の喜びは一通りでは無い。
(しかし……)
不幸にして我が子の能力に気付いてから、一時も心の休まる事は無くなった。
「ポ、ポチが死んじゃう!」
と言えば、隣の家の犬が死ぬし、
「や、やっくんが死んじゃう!」
と言えば時の首相も無くなった。
(神の子? それとも地獄の使者?)
代償という意味はこの事なのか?
いや、それは男の見込み違いだった。
数年後、さらに非情な運命が彼を襲う。
「お、おとうさんが死んじゃう!」
真夜中にその言葉を確かにこの耳で聞いたのだ。
今までの経験からして、息子がそう言ってから24時間以内に人が死ぬ。
(まあ、前もってわかっただけ、俺は幸運なのかも知れぬ)
今さらジタバタしても始まらない。
男は残された時間をいつもと変らずに過ごした。
「あなた、おかえりなさい」
「パパ、おかえり!」
帰宅した彼は時計をチラリと見て考える。残された時間は後5時間。
男は妻と子供が入浴している間、自分の部屋に篭って、密かに遺書をしたためた。
「なあ、おまえ」
寝る前に男は妻に声をかける。
「なに?」
「何でもない。おやすみ」
「……ヘンなの」
ヘンでもいい。明日の朝、妻は机の上の遺書に気付いて、全てを悟るだろう。
―本当の試練―
「あなた。そろそろ起きて!」
ところが……翌日の朝、男はいつものように目が覚めた。
「パパ、おはよう!」
妻も子供もまるでいつもと変らない。
(ど、どうしてなんだ?)
男は朝刊を手にし、自分が死ぬ筈だった日の出来事に目を通す。
(俺はもしかして、既に死んでいるのだろうか?)
が、いつもと同じく、一介のサラリーマンには関係のない記事が並んでいるだけだ。
(な、何が起きたんだ?)
このまま、何事も無く平穏な暮らしが続くとは思えない。
「?」
やがて、男は紙面の片隅にこんな囲み記事を見けた。
「宗教団体『幸福の嵐』代表、原田黒太郎氏死去!」
全てを悟った男は……密かに遺書を破り捨てた。
<終わり>