心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

季節の分岐点「夏至」を迎えて考えること

2023-06-26 19:57:01 | Weblog

  先週、「夏至」を迎えました。1年で最も昼が長く、夜が短い日です。つい最近、長い冬を終えて春を迎えたとばかり思っていたのに、この日を境に季節は逆戻り。徐々に夜の帳が下りるのが早くなってきます。歳をとると、時の移り変わりが妙に気になります。

 先週の水彩画教室は、ひまわりがテーマでした。ゴッホのひまわりを想像してしまいますが、とてもとても。思いあぐねて画用紙の隅に花瓶に生けたひまわりを描いていたら、先生から「右のおおきな空間はどうするの」とひと言。筆が止まってしまいました。
 そこで思いついたのが、ケースに入っていた台所用のスポンジでした。ポーターピンクの絵の具を浸み込ませて広い画用紙の上にポンポンと軽やかに置いていきました。それを見た先生、「まあ、いいんじゃない」とひと言。家に帰って額に入れて飾ってみましたが、やはり構図がなんか変です(笑)。
 この季節、我が家の庭も夏らしく賑やかになってきました。今年はブルーベリーが豊作です。先日やってきた孫次男君にはトマトをたくさん持って帰ってもらいました。皇帝ダリアはなんと4メートルもの高さになっています。花咲く秋にはもっと高くなっているかも。
 玄関先のウチワサボテンは今年もたくさんの花芽がつき、次々と花開いています。何年か前に手のひら大の1枚の葉っぱをもらって育てたサボテンです。今では1mを越える株に育っています。そんなサボテンには隠れた技があります。元気のない葉っぱを整理しようとハサミを入れると、どこからともなく小さな棘が飛んできて腕にチクリ、チクリ。サボテンも我が身を守る術を知っているようです。
 きょう、NPOの帰りに天満橋のジュンク堂書店を覗いたら、芸術新潮の7月号が平積みされていました。特集記事は「牧野富太郎」です。万太郎が描いた草花の絵が満載です。若い頃の万太郎の写真を見たら、なんとなく朝ドラの「らんまん」と重なります。若き日のホームグラウンドである佐川の風景写真も掲載されています。そういえば、今月四国遍路に行ったとき、高知市から意外と近い佐川の街並みを遠くに眺めました。

 ここで話題はガラリと変わります。先週末の夕刻、シニアの仲間たちと集いました。いつもの癖で少し早い目にお店の近くに着いたので、ふだん滅多に来ない中央区本町界隈を散策しました。目の前には東横堀川が流れています。その川の上には阪神高速環状線が走っています。水の都・大阪と言われますが、昔の風情はなく何となく殺風景です。それでも川べりのレストランには多くの客で賑わっていました。川面には船遊びを楽しんでいる人たちもいました。
 ふと親柱に目がとまりました「ほんまちばし」とあります。あとで調べてみると、幾多の歴史を経て現在の橋は大正2年に架け替えられたもので、大阪市内では現役最古の橋だとか。「浪速の名橋50選」に選ばれていました。
 最初の橋は、豊臣秀吉が大坂城を築城した際に、東横堀川の開削に伴って架けたもの。大坂の冬の陣の時、橋の周辺では蜂須賀隊と塙直之が激突したと言われています。ふむふむ。こうして少しだけ大阪の歴史散策を楽しんだあと、楽しい夕食会と相成りました。

 こんな調子でいつも他愛ないことを綴りながら、梅雨の合間のひとときをのんびりと過ごしていますが、先週のブログ「ウクライナの国歌を聴く」を書き終えて、少し気になることがあって、在日ウクライナ大使館に国歌の歌詞のことについてお問合せをさせていただきました。数日後、三等書記官のイリナ・インナさんからご丁寧なメールをお送りいただきました。その際、ウクライナの国歌の映像をいくつか紹介いただきましたので、きょうはそのうちのひとつを掲載させていただきます。

Гімн України.Хор ім.Г.Верьовки під керівництвом Анатолія Тимофійовича Авдієвського

 民族衣装を身に纏った方々がウクライナの古楽器の演奏にあわせて力強く歌っています。大国ロシアに果敢に立ち向かうウクライナの人々の「心」の源泉がここにあるような気がしました。一方で、平和ボケした日本では、先の大戦を経て「お国のため」という考え方を忌諱する風潮があります。一歩間違えると、過去の悲惨な軍国主義国家に舞い戻ってしまいます。重たいテーマです。
  このところロシア国内がゴタゴタしています。ウクライナが反転攻勢に転じているとの報道もあります。まだまだ収束の気配は見えません。毎日のように両国の人々が亡くなっているのも事実です。一日も早い平和の到来を祈るばかりです。

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ウクライナの「国歌」を聴く

2023-06-19 21:26:51 | Weblog

 きょうは朝から暑い一日を予感していましたが、お昼過ぎにはここ大阪でも30度を越えていました。そんな朝、お散歩で立ち寄るお不動さんの境内を歩いていたら、数年前から建て替えが進んでいた四国八十八カ所の祠が67番大興寺まで完成していました。あと21カ寺です。宮大工さんが空き時間を利用してこつこつ作っていらっしゃるようです。立派な山門が完成する来年には結願でしょうか。
 そういえば、お散歩の途中で1軒空き家を見つけました。ひと昔前には、庭で遊ぶ子供たちの歓声が聞こえていたお家ですが、ここ数年ひっそりとしていました。高齢化が進み、核家族化が進み、昭和の時代にできたお家が跡を継ぐ者もなく解体されていきます。その一方で、数カ月前に我が家のお向かいに引っ越してきたご一家、3人の子供たちがいて、いつも賑やかです。時代の変化を肌で感じる毎日です。
 昨日はお天気が良かったので、庭のドクダミを刈り取ってドクダミ茶づくりをしました。刈り取ったあと、洗って、陰干しするだけです。ついでにラベンダーとミントも摘まんで干しておきました。

 さて、そんなのんびりとした夏のある日、ボンダレンコさん奏でる坂本さんの曲の中にウクライナの国歌のメロディが流れていることを知って以後、妙にウクライナの国歌が気になって、YouTubeでいろいろ見つけては聴いています。君が代とは異なる民族の「心」「意思」が伝わってきます。
 動画には、国歌とともにウクライナの風景が流れます。それを眺めていると、コロナ前に中欧を旅した頃の風景が浮かんできます。美しい街並みが今は瓦礫の中です。向日葵畑はどうなっているのでしょうか。同じ人間でありながら、人の歩みをこうも違って解釈できることに驚きを感じえません。かつて政治学を学んだ者として、それが現実だと知りつつも何かもどかしさがあります。
 ウィキペディアWikipediaによると、ウクライナの国歌は「1862年にパヴェル・チュビンスキーが作詞、1863年にミハイル・ヴェルビツキー が作曲した。ロシア革命が起こった1917年に独立を宣言したウクライナの民族主義者によって国歌に採用され、ソビエト連邦に併合されるまで使用された。ソ連から独立後、1992年に議会によりウクライナの国歌として復活した。2003年3月6日には最高議会でウクライナ国歌法案が成立。歌詞を一部修正の上、正式に国歌に採用された」とあります。160年も前に作曲された国歌(歌詞)がロシアに侵攻された現在にも通じるものであることに、ウクライナが歩んできた重く悲しい歴史を思います。
 ということで、きょうのブログは、YouTubeで見つけたいくつかの動画を皆さんにご紹介したいと思います。ただしその受け止め方は人それぞれです。


ウクライナ 国歌「ウクライナは滅びず(Ще не вмерла України)」


【ウクライナの美しい風景と共に】ウクライナ国歌/National Anthem of Ukraine/Державний Г?мн Укра?ни【Mixed chor/Зм?шаний хор】


ウクライナ支援コンサートで国歌演奏 NY・メトロポリタン歌劇場

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四国遍路での出会い

2023-06-13 11:16:05 | Weblog

 先週末から2泊3日で四国に行ってきました。最終日に伊予の国の42番仏木寺をお参りしたとき、本堂にこんな位牌が置いてありました。「ウクライナ危機 両国戦没者之霊」...。今回は道中ずっとウクライナのことを胸に巡っていましたが、ウクライナだけでなくロシアを含めた戦没者への弔いに、心を痛めました。
 先週ご紹介したボンダレンコさんに寄せた坂本龍一さんのコメントにも、「ロシアの犯罪に対して必ず償いをさせるべきだと思います。同時に、ロシアには良心をもったたくさんの人がいます。彼らを何とか世界はサポートできないかと思います」とあります。ウクライナには多くのロシア人が住んでいます。戦場での蛮行は決して許されるものではありませんが、それが国家から強制されたものであったなら、それもまた悲しいことです。
 無法者プーチンによって雁字搦めにされた多くの良心(ロシアの人々)が戦場に消えています。数千年という年月を経て作り上げてきた国土(心)をいとも簡単にミサイルで「なかったものにしてしまう」。これが戦争の恐ろしさでもあります。そんな複雑な思いを抱きながら両国の戦没者に祈りを奉げました。

 今回の四国遍路は、高知県立牧野植物園に隣接する31番竹林寺から始まり、「修行の道場」といわれる土佐の国(高知)を経て、「菩提の道場」といわれる伊予の国(愛媛)にまで足を踏み入れ、13カ寺を巡りました。
 足摺岬にある金剛福寺では、お参りのあと雨が降るなか灯台界隈を散策しました。一画には朝ドラにも登場した中村万次郎(ジョン万次郎)の銅像が立っていました。万次郎は漁に出かけ荒れ天候のなかを外国船に救助されて米国に上陸したのですが、ロシアのウクライナ侵攻は、武力をもって線引きを引き直そうとする蛮行です。大海原に囲まれた日本と、陸地続きの国々との違い。「国境」と言うものの在り様を改めて考えさせられました。
 そうそう、宿毛の39番延光寺は、境内の池に棲んでいた赤亀が竜宮から鐘を背負ってきたと伝えられ、正式には赤亀山寺山院延光寺と言います。納経朱印は「亀」。私の白衣には阿波の国の20番鶴林寺で「鶴」の朱印を押していただいていますが、延光寺で「亀」の朱印をいただければ、「鶴」「亀」と縁起が揃います。3回目の今回、やっと揃いました。先達さん曰く、白衣って死に衣装だとか。鶴と亀と一緒にこの世を後にするのも良いかもしれません。
 最後にお参りした43番明石寺では、裏山にあった「しあわせ観音」が印象に残っています。西国三十三ヵ所の観音石像が置かれていて、その先に大きな「しあわせ観音像」が立っていました。優しい表情の観音さまを前に、一日も早くウクライナとロシアの人々に「しあわせ」な日々が戻ることを祈るばかりでした。
 ところで、今回は2泊3日ということで、3日間ご一緒したご老人がいました。その御方、この春、奈良の大峰山登山33回を達成され、大峰山寺でお祝いの祈願をされたのだとか。毎年1回ということは33年をかけて達成されことになります。私よりもずいぶん年配の方ですが、その意気込みに感服いたしました。
 毎夜、焼酎「空海」をいただきながら、彼の蘊蓄を伺いました。奥様が私と同郷ということで、出雲の歴史にもお詳しい。古事記や出雲風土記の話題が次々と登場します。私の田舎の歴史にも詳しく、多々講演もされているご様子なので、私にとっては楽しいひと時でもありました。これも一期一会の貴重な時間でした。
 

◇   ◇   ◇

 話しは変わりますが、先週、毎日新聞社主催の第97回高野山夏季大学の募集告知がありました。今夏8月4日から6日の3日間です。さっそく申し込みました。我が国の生涯学習の草分け的な存在である夏季大学です。
 四国遍路もそうですが、いちど立ち位置を変えてその後の生き仕方を考えてみるのも良いかと...。現役の頃から、ついつい泥沼に足を踏み入れ過ぎて動きが取れなくなってしまう悪い癖が、私にはありました。もっと大きな視点で私をとりまく風景を眺めれば、泥に埋まって抜けなくなった足がスポッと意外と簡単に抜けることがあります。そんな淡い期待をもって73回目を迎える今夏、元気に参加してきます。
 ちなみに、きょう知人が高野山夏季大学に申し込んだところ「キャンセル待ち」だったとか。募集人員700名が1週間足らずで満席になってしまいました。

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ウクライナのボンダレンコさん、坂本龍一さん提供の曲を演奏する。

2023-06-06 00:04:10 | Weblog

 先日の雨は凄かったですね。ここ大阪でも短時間ながらザーという地響きのような雨音が迫り、あっという間に路や庭中が川のようになりました。ところが翌日、前日の大雨が嘘のように晴れわたり、昼過ぎにはカンカン照りになりました。お天気に振り回された週末でした。
 そんな庭の片隅に、朝ドラ「らんまん」にも登場したドクダミの白い花が咲いています。どこでもよく見かける草花ですが、毒を抑える意味の「毒矯め(どくだめ)」から変化した言葉のようで「十薬」とも言われます。解毒作用、抗菌作用があるとかないとか。我が家ではお天気の良い日に刈り取って、乾燥させ、ドクダミ茶をつくります。
 そういえば今朝、庭の片隅にあるブルーベリーの実がいくつか色づいていました。さっそく小さなお皿をもって初収穫です。目に良いとも言われますから当分の間、朝の食卓にのぼることでしょう。そのために、小鳥たちと美味しい実の奪い合いが始まります(笑)。
 こうして何不自由なくのんびりと、平和を意識することもなく暮らす毎日ですが、昨日、ウクライナがロシアに対して反転攻勢に転じたというニュースが飛び込んできました。互いに長い歴史の中で解決しなければならないことがあったとしても、国際法を無視しフェイクニュースで国民を騙し続ける無法者プーチンに反旗の狼煙をあげたということです。
 そんななか、YouTubeを眺めていたら、ウクライナのバイオリニスト、ボンダレンコさんの動画がアップされていました。背景には、ロシアのミサイルで破壊された学校の無残な姿が映っています。演奏している曲は、かの坂本龍一さんがボンダレンコさんのために提供した「Piece for Illia」でした。
Ryuichi Sakamoto and Illia Bondarenko - Piece for Illia

 ボンダレンコさんと言えば、ちょうど1年ほど前の5月20日、このブログにアップした「この樹なんの樹」という記事中で一度取り上げています。こう記されています。
・・・・ニューズウィーク日本版WEBに昨夕掲載されていた記事「ウクライナ激戦地で、仲間の兵士たちの心を慰める”戦場のバイオリニスト」に注目です。「連日、爆撃を受けるそのオデーサのシェルター内で、バイオリンを演奏して仲間のウクライナ兵たちの心を癒している兵士がいる。巧みな演奏と美しい音色がSNSで話題になっているのは、プロのバイオリン奏者である23歳のモイジー・ボンダレンコだ」と紹介されています。「ロシア軍の侵攻が始まるまでキーウで暮らし、オーケストラに所属していたというボンダレンコは兵役に志願し、それまで持ったこともなかった機関銃を手に戦っている」ともあります。・・・・そしてシェルターの中で演奏する彼の動画がアップされていました。
 YouTubeを探っていくと、坂本さんは生前、曲を提供するにあたってこんなコメントを寄せていました。
「武力により主権をもった他国に侵略することは絶対に許してはいけないと思います。ロシアの犯罪に対して必ず償いをさせるべきだと思います。同時に、ロシアには良心をもったたくさんの人がいます。彼らを何とか世界はサポートできないかと思います。イリアくんの姿が象徴的ですが、困難な状況でも音楽を奏することは大事です。それによって世界の多くの人に気づきを与えられますし、勇気、励まし、癒しを与えることもできると思います」と。
 ボンダレンコさんは、この困難な時期における音楽家の役割についてこう言います。
「一つはこの国の人たちを励ますことです。二つ目は音楽を通じてここで起きていることを知らせることです。音楽家は音楽を使って何度も何度も繰り返し、この状況について語るべきだと思っています」と語っています。
まだまだ終わりの見えないウクライナの戦いですが、一日も早く平和が訪れることを願ってやみません。

 さて、今週末には二泊三日で四国遍路に出かけてきます。今回は高知の31番札所・竹林寺から愛媛県の43番札所・明石寺まで13カ寺を巡る予定ですが、自らを見つめ直す場であるとともに、世界の平和を願う旅でもあります。

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