から揚げが好きだ。

映画とサウナ。

海よりもまだ深く 【感想】

2016-05-23 09:00:00 | 映画


なりたかった未来の自分がいて、なれなかった今の自分がいる。そんな自分が辿ってきた人生の傍らには常に家族の存在があった。人生×家族、本作で描かれるのはどこにでもある話だ。なんて地味な映画だろう。なんて愛おしい映画だろう。笑って泣ける珠玉のホームドラマであり、人生の応援歌。家族を描いた是枝作品にハズレなし。

主人公はとうの昔に文学賞をとったきり、すっかり売れなくなった小説家だ。文筆業で食えていけない彼は、「取材」と称して始めた探偵業の仕事にドップリ浸かっている。彼の実家は団地で、そこには夫(父親)を亡くしたばかりの母親が1人暮らしをしている。離婚した元嫁との間には小学生の息子がいるが、親権は向こう側にあり、月に1回の息子と過ごす時間を楽しみにしている。

「甲斐性ナシ」で離婚の原因を作った主人公の性分が早々に明らかになる。手にしたお金をすぐにギャンブルに突っ込むのだ。結果、すぐに金欠になる。そして実家に資金調達に出向き、亡くなった父の遺品の中から金目になるものはないかとタンスの中を漁る。実家に戻ると道すがら昔の同級生に遭遇。小説家として賞をとった主人公の栄光は、過去であっても地元ではまだ語り草になっている。主人公はプライドを捨て切れない。出版社の担当者が気を使って他の執筆業を紹介するが、ありもしない嘘をついて断る。

過去作「歩いても歩いても」と傑作テレビドラマ「ゴーイング・マイホーム」に続く「良多」シリーズの第三弾だが、過去のどの「良多」のなかでも本作のダメ男ぶりは抜きんでている。それでも憎めないキャラクターに仕上がっているのは是枝監督ならではの味付けだ。身から出た錆ともいえるが、思うようにいかない男の冴えない日々をユーモアたっぷりに描き出す。演じる阿部寛も慣れたもので、狙ってないのに笑いになってしまう絶妙な間合いを自然体で表現する。良識ある周りのリアクションが、漫才のツッコミのようで最高に可笑しい。

そんな主人公と関わるのは、「アレ」で話が通じてしまう親しい人たちだ。何か新しい出会いがあるでもなく、これまでずっと続いてきたであろう人間関係のなかで物語が進んでいく。主人公が小説家崩れで探偵業という設定を除けばとてもよくある話であり、その大半は何気ない日常会話だ。とてもミニマムな物語だが、観る人の実感に近い内容ともいえる。自分と離れたキャラクターを思いやる共感ではなく、自分ゴトとして体内に浸透する感じだ。

あいかわらず生活臭の描き方が素晴らしい。美術、小道具の細工もいちいち細かくて「ありそう~」とニヤけてしまう。よくわからないアイスの正体(笑)しかり、お婆ちゃんって何かしらオリジナル習慣をもっているものだ。「固いなー」とグチりながらも抵抗なく食べようとする主人公の姿に、その家で過ごしてきた歳月が透ける。主人公の実家である団地のそこかしこには、少年時代の思い出が染み着いている。しかし今ではすっかり当時の賑わいは消え失せている。両親のかわいい息子で少年だった頃の主人公と、一児の父となった主人公。過去と現在の人生が交錯する。

「なりたかった大人に簡単になれると思ったら大間違い」「実がならなくても誰かの役に立っている」「誰かの過去になることの勇気」「幸せって何かをあきらめることで手に入れることができる」

本作の日常会話から登場する言葉の数々がいちいち響く。それもキャラクターたちの生き様の根拠として発せられるものだから説得力が違う。その言葉の度に今の自分の立ち位置を振り返ってしまう。過去の自分と今の自分。そしてこれからの自分のついてだ。そんな自身の感情を代弁するかのようなハナレグミのエンディング曲が深い余韻を持続させる。

本作のキャストのほとんどが是枝映画のレギュラー組だ。変わり映えしない顔ぶれに、正直観る前まで期待感は薄かったけれども、全編に渡る心地よい空気感を生み出すには監督にとって信頼の厚い人たちをキャスティングする必要があったのだろう。お婆ちゃん役の樹木希林がチャーミングで素敵であることは勿論のこと、近所に住む音楽の先生を演じた橋爪功や、主人公の仕事場のボスを演じたリリー・フランキーなど、味わいのある存在感を示してくれる。是枝作品、初参戦となる池松壮亮の自然体の演技は監督との相性の良さを感じさせる。彼が演じた主人公の部下の存在もとても重要で、無意識ながら主人公の変化の一助になっていたに違いない。

どのキャラクターにも強い意味付けをもたせているのだが、物語の一体感は崩れず、物語をなぞるスピードも淀まない。こんな話をオリジナルで書けてしまう是枝監督の作家力に脱帽する。観る人の想像力に委ねる演出と編集も相変わらず見事だ。一切登場しないのに主人公の父親の存在が強く感じられ、最後の「硯」に泣けてきてしまう。

クライマックスで描かれるのは、台風によって実家に閉じこめられた格好になり、一夜限りの復活となった家族の時間だ。「台風ってなんかワクワクする」に激しく共感。その嵐の夜を経て、晴れて澄み渡った外の空気と、少しだけ成長した主人公の姿が清々しい。その気持ちよさと共に、自身の背中を少しだけ前に押されたような感覚がした。

【75点】
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1 コメント

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台風 (PineWood)
2016-06-10 05:50:47
昔、観た映画に相米監督の(台風クラブ)というのがあったけど、本編も嵐の夜のシーンがクライマックス…。スクリーンには登場しないが、亡き父の存在感が凄いと思った!蝶々の姿で現れたようなエピソードで語られ其々の思いの中に在るのだがー。誰の視点で描かれた作品かという事に成ると、結局この亡き父の眼差しなのかも知れない…。
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