ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

ポポロ教会(2)

2009年11月23日 | イタリア

 カラヴァッジョが、ポポロ教会チェラージ礼拝堂のために描いた祭壇画、それは、「聖パウロの回心」と「聖ペトロの磔刑」(上)。

 イエスに選ばれた十二使徒の頭目であるペトロは、天の国の鍵を授けられ初代ローマ教皇に叙せられる(マタイの福音書16-19)。

 Caravaggio_pietro00弱い人間でもあった彼は、主が裁かれた時大祭司の屋敷の中庭で、近くにいた女性から、「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」と言われ、“ 分らない ” と言う。

 門の方へ行くと他の女性からも、「この人はナザレのイエスと一緒にいた」と言われ、“ そんな人は知らない ” と打ち消す。
 そこにいた人々が近寄って彼に言う。「確かにお前もあの連中の仲間だ。言葉遣いで分かる」と。

 ペトロは巻き添えになるのを恐れ、“ そんな人は知らない ” と誓い始めるとすぐ鶏が鳴いた。

 ペトロは、“ 鶏がなく前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう と言われたイエスの言葉を思い出し激しく泣く(マタイの福音書26/69‐73)。

 カタリナ は、「少しおっちょこちょいなのね、彼は」と、なぜか嬉しそうに言う。

 主の昇天後、迫害が激しくなったローマから避難しようと、一旦はアッピア街道に足を向ける。すると、向こうから歩いてくるイエスと出会う。

  2_4驚いた彼は、“ Domine,quo vadis? 主よ、何処へ行かれるのですか? ” と尋ねる、と、イエスは、“ もう一度十字架にかけられるためにローマへ ” と答える。

 ペトロは、それを聞いて翻然と悟り殉教を覚悟、ローマへと戻り、そしてエルサレムやローマで布教活動を行う。
 最後は皇帝ネロに捕まり処刑されるのだが、“ 主と同じでは畏れ多い ” と自ら望み逆さ十字に架けられる。

 本作は、ヴァチカン・バオリーナ礼拝堂のミケランジェロのフレスコ画「聖ペトロの磔刑(部分)」(下)を意識したとされる。

 構図をミケランジェロの作品と左右反転させただけでなく、群集を切り詰め三人の処刑人だけを配置、ふたりは背を向けひとりは目を陰で隠し匿名性を帯びさせた。

 カラヴァッジョはこの作品を、心理的な意味として、“ ペトロの苦痛 ” に置いたとされ、使徒を、“ 格闘すると同時に苦悩する者 ” として描いたともされている。(この稿、もう少し続ける)
 <参考:アート・ライブラリー/
カラヴァッジョから。>

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