ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

浮遊体験 ‐ イスラエル(3)

2011年11月28日 | イスラエル巡礼

 御歳××になって、初めて体験することって案外とあるのかも知れない。

 泳げる人には取るに足らないことだろうが、カタリナ はいわゆる金槌で、泳ぎは勿論のこと自力で水に浮かぶということを、一度も経験をしたことがないのだそうだ。
 長い人生?海水浴やプールに浸かる程度の経験はあるのだろうけど、それとても水際やプールサードで水に戯れる程度のことだったらしい。

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 キブツ「カリア死海」(左)のレストランのバルコニーからは「プライベート・ビーチ」が(右)
 多くの観光客が浮遊体験をしているのが望めます

 ちなみに、キブツとはヘブライ語で「集団・集合」を意味し、その始まりは1900年初頭、帝政ロシアの迫害を逃れた若いユダヤ人男女の一群がパレスチナに渡り、最初の共同村をガリラヤ湖畔に設立したのが最初とされている。

 そんな意味で、ハプニングのような砂漠の遊牧民ベドウィン族のテントでのランチ?は別にして、死海での浮遊体験を大いに楽しみにしていたようだ。

 死海は、ヨルダンとイスラエルに接し、海抜マイナス418mと地表で最も低い所にある塩湖。
 湖水が流出する川がなく、高温で乾燥した気候もあって大量の水が蒸発、そのため海水の約10倍、30%ほどの塩分濃度があり、結果、人が沈むことが極めて困難ということらしい。

 幾ら夏日に近い気温とはいえ11月。
 ガイドさんは心得たもので、紀元前2世紀のものと考えられる旧約聖書やユダヤ経典など、「死海文書」が発見されたクムランの遺跡の見学を足早に終え、陽のあるうちに宿泊地エンポケックへと急ぐ。

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  世界最古の写本とされる「死海文書」が発見されたクムランの遺跡
 まず、「遺跡博物館」(左)から「遺跡巡り」(中)は始まります
 1947年、ベドウィンの少年が「洞穴」(右)で土器に入った600を超える巻物を見つけました

 16時過ぎにホテルに着いたものの、大人数のためチェックインに手間取り、あてがわれた部屋に鞄を運び入れたのは17時前。
 大わらわで水着になり備え付けのバスローブを羽織、プライベート・ビーチへと向かった。
 なるほど、腰の当りの所で足を上げるとぽっかりと浮く。

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  その日のホテル「レオナルド・クラブ」(左)の部屋からは「プライベート・ビーチ」(中)が
 浮遊体験」(右)の図、浮くというより沈まないという感じ、立とうとする時の方が大変です

 それにしても寒い。
 風邪をひいてはと尻込み、「折角ここまで」きたのだからと勧めると、「ちょっとだけ」と足を入れる。
 四五歳児が水遊びをするような浅瀬で浮いて、「生まれて初めて浮いたの」と大はしゃぎ。
 卒倒されてはいけないので写真は割愛するが、実に嬉しい初体験だったようだ。
 ただ、時間も時間、世紀の?浮遊体験もそこそこに、ホテル内のジャグジーに飛び込んでいた。
 Peter & Catherine’s Travel Tour No.404

 ※ イスラエル巡礼、前回の《花の国》へは、<コチラ>からお入り下さい。

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