何ということでしょうか。
3連敗のどん底から、一気に4連勝。
史上初の快挙で、「永世七冠」などという途方もない仕事をしにやってきた最強の挑戦者を退け、5連覇で防衛、史上初の永世竜王位を獲得しました。
森内、佐藤2回、羽生、と、羽生世代最強トリオが含まれての5連覇というのはなまじの5連覇ではないです。
一般マスコミまでが大騒ぎするこのような歴史の1ページに立ち会うことができ、将棋ファンとして、本当に幸せでした。
そして、
あまりに戦前に興奮して騒ぎすぎたこともあり、今は静かに、じわじわと余韻に浸っています。
二ヶ月に渡る戦いのいろんな場面を、いろんな指し手を振り返りつつ、七番勝負の二人の心理の流れを考えます。
以下、今回の竜王戦七番勝負について、いろいろ考えた足跡です。
スパゲティ・ナポリタンの謎
竜王戦第一局考察
竜王戦の行方
竜王戦第二局大盤解説会
3連敗かぁ・・・
「す」で書くこと
『常識』
竜王戦第四局大盤解説会
竜王戦第四局おまけ
竜王戦第四局大盤解説会おまけ
竜王戦第五局
ついに最終局へ
竜王戦第六局・その2
3連敗から這い上がる
覇権争い
竜王戦波及効果
前哨戦
天命を聞く
世論が求めるもの
世紀の戦いが終わって、たくさんのメディアに取り上げられ、そして、多くの将棋ファンが、とても読みきれないほどの感動や興奮をブログに書いています。
大熱戦。壮絶。死闘。劇的。歴史に残る。執念。奇跡。大逆転。運命。
いろいろ書かれてるんだけど、どのように形容してもそれだけでは言い切れていない、それほどの深みのある、かつ、人間的な激闘であったと思います。
この
七番勝負は、
果たして僕らに何を残したのだろうか?
第一局について、シリコンバレーからパリに行き、リアルタイム観戦記を書いた
梅田望夫さんが、おとといの読売新聞にパリでの渡辺竜王の姿をこう書いていました。
「僕にとって一番ありえない手が、最善手だった。
僕の将棋観が根本的に否定された。」
大きな衝撃を受けて悄然としていた姿だった、と。
そして、この金子金五郎九段の言葉を借りて、今回の七番勝負の印象を書いています。
『最高峰の将棋とは、勝負と言う形式をとりながら、人間と人間の交わりである。
生命をけずって、心底のものをさらけ出して、交わろうとする人間の願いを、将棋を通して現そうとする行為。』
この言葉どおりに、今回の七番勝負は、
「羽生、渡辺の二人の人間が真底のものをさらけだして交わろうとしたゆえの名勝負」であったと。
それほどまでに、今回の七番勝負は、ドラマがあった。
人間と人間が極限状況にさらされてぶつかりあった。
当事者であり、また勝者となった
渡辺竜王は、4局目のぎりぎりの勝負がいかに大きかったか、と
振り返っている。
終局後のインタビューでも語っていますが、確かに、この四局目が、大きく勝敗の行方を左右したようです。
春の名人戦同様、本気でタイトルを獲りに来た羽生。
第一局から、懐の深さ、そして独特の大局観が、渡辺の自信や信念を打ち砕く。
まだまだ永世竜王には、君は若すぎるのではないか、ということを盤上で伝えた。
森内も佐藤も退けてきた次世代の第一人者に対し、鬼のように襲い掛かった。
しかし、
第四局を迎えた羽生の心の中に、隙がなかったのだろうか。
陥穽がなかったのかどうか。
このままあっさり勝ってしまうことでいいのだろうか、と。
《天命を聞く》という記事で書いたのだけど、第四局を迎える時の羽生の心情をできることなら聞いてみたい。
「いつも通り指していつも通り勝つ」のが羽生流であるけれど、そのいつも通りの気持ちで迎えられたのかどうか。
鬼のような勝負師の羽生と、自然で人間的であるとともに、自分の立場を含む棋界の大局観にかけても超一流の羽生。
4局目もそうだし、最終局もそうだけど、
いつもの羽生であれば、勝てるところでしっかりと勝ちきる事ができるはずだった。あるいは単純な話ではないけれど、相手がミスをしてくれていた。
それが今回はできなかった。
敗者の羽生がインタビューで語ってます。
「4局目もこの将棋も、チャンスのある将棋を勝ちきれなかったので、やむを得ないと思います。」
第4局での流れの変化を最後の最後まで引きずってしまった感があり、最終局の▲6二金や、▲6一飛などの、変調、失速を招いてしまったのでは、と思える。
渡辺の気力、執念、あきらめない心、そして、開き直り力ということも大きいけど、
「どんなことをしてもここで勝つんだ!」、という本気の力、強さが若干薄れていた。
これはもう技術ではない。
気力や勝負への執念と言ったことだけでもなさそうだ。
すべては、二人の
執念の強さの差だという説もある。
すべては、
終盤での指運だという意見もある。
また、
いつも勝者を決めている、さすがの将棋の神様も、今回だけはうまくいかなかったようだ。
あるいは、神懸った
この絵がすべての源だ、ということかもしれない。
先ほどのパリの一局目での渡辺の話。
『シリーズ中盤でこれをやられていたらお終いだった。
まだ、立て直せる時間がある。』と。
振り返ってみると、
渡辺の立て直しの時間。
=1局目から4局目
=一ヶ月と1週間
4局目で勝ち切れず悪い流れを作ってしまった羽生が立て直すための時間。
=4局目から7局目
=20日
立ち直り、気分転換、切り替えに使える期間に、これだけ大きな差があるわけです。
前半は間が開いていたけど、後半になるとどんどん過密日程になっていく、この竜王戦のスケジュールが、両対局者にとって重要であったと共に、この誰が決めたかわからない日程が二人の運命を決めたとも言えるかも知れない。
そして、最後は
《世論が求めるもの》で書いたように、
今回の運命的な勝敗について、
すべては、『時代の要請があった』、ということではないだろうか。
この七番勝負。今というこの時代。
渡辺も羽生も、去年でも3年後でもなく、今と言う時を生きる彼らが全てをぶつけた真剣勝負。
『時代のメッセージがそこにある。』ということ。
今という時代の空気感が、このような結末を望んだ、ということを強く感じる。
《世論が求めるもの》の中で、どちらかが勝つための必然性、理由付けについて、いろいろ思いを巡らしながら書いたのだけど、書いていて自分でも、渡辺の方がより強く納得がいく内容として書けたのではと思う。
mtmtさんが
《渡辺竜王5連覇に寄せて》で語っています。
--------------------------------------
2003年度の王座戦五番勝負は、当時19歳の渡辺五段が羽生王座に挑戦した。2勝2敗で迎えた第5局はやはり将棋会館で、自分は若手棋士や奨励会員が検討しているのを眺めていた。局面はどうやら、渡辺挑戦者がよさそうにも見える。しかし検討陣のほぼ全員、誰も渡辺挑戦者を応援していない。実力的にもまだ認められない生意気な後輩に、先に行かれてしまってはたまらないという雰囲気だった。やがて形勢は逆転して、羽生王座はっきりよし。当時奨励会三段で渡辺五段と仲のよかった戸辺君だけががんばってみるが、衆寡敵せず。盤上だけでなく辛らつな言葉も加わって、何度も何度も負かされていた。やがて羽生勝ちが伝えられ、何とも言えないほっとした空気が流れた。
その後の渡辺五段の活躍は改めてここに記す必要はないだろう。2004年に竜王位を奪ってからは、別格と認められた。格付けがはっきりして認められてしまえば勝ちやすくなるのが将棋界で、検討においても渡辺竜王側をムキになって負かしに行こうとするシーンは見られなくなった。107手目、羽生名人が▲2四飛と指した際、対局現地と同じく、東京の検討陣からもついに終戦ムードが流れた。こうした場面で羽生名人が間違えたことはほとんどない。しかし検討を進めてみれば、渡辺竜王勝ちではないか。それは驚きましたよ。しかしありえないことではない。最強の挑戦者を間違えさせるほど桁はずれに強いことを、誰もが知っている。羽生名人を相手に3連敗から4連勝の離れ業を演じても、誰もありえないこととは思わないだろう。
-----------------------------------------
これは控え室の話。棋士仲間や棋界の時代の空気感ということだろうけど、
こういうことが積み重なって時代のメッセージになるのであろう。
第四局を迎えるにあたり、
やはり、羽生は格が違う。
さすがの渡辺も羽生には通用しないのか。
まあ、ストレートではないにしても、ここは羽生が勝つしかないな。
ついに永世七冠というすごいことになるな。
という空気が流れていたのだと思う。
そういう空気の中で、絶望の淵に追い込まれた渡辺には、ここでぜひ踏ん張って欲しいという別の強い空気が流れ始め、どんどん大きくなっていく。
そして、
時代が、世論が、渡辺を永世竜王として、認めた。
羽生が、さらに七冠に向かって、棋界をどんどんリードしていく、というシナリオを選ばなかった。
どん底に落ちても、あきらめなければ頂点に立てる、と強くメッセージをしている。
開き直って、何も恐れずに積極的に進むことの大切さを伝えてくれた。
年末になり、今年一年の重大ニュースが発表され始めているけど、どれを見ても、暗いものばかり。
世の中全体に絶望感が漂っている。
光が見えない。出口が見えない。
たった8年しか経ってないのに、世紀末的な様相を呈している。
時代が悄然とした姿で佇んでいる。
そんな暗澹たる世相の中で、
今の社会は、
「善」なるものよりも、
「明」なるものを求めている。
暗く考え込まずに、何事も一歩前に踏み出す事。
いい意味で開き直って、積極的に取り組む事。
過去2年連続で死闘を演じた佐藤棋王が、当日の大盤解説会でこうまとめています。
--------------------------------------------
この将棋は渡辺さんは負けを覚悟していたと思う。そこであきらめないで気持ちを切らさず指したことが羽生名人のミスを誘った。歴史に残る将棋でしたね。二転三転したと思いますが、並べているだけで両者の想いが伝わる。劇的な幕切れで、互いに実力、運、執念、気力などあらゆるすべてのものを取り入れた結果、渡辺さんが4勝3敗の僅差で防衛しましたね。おめでとうございます。すごい将棋、すごいシリーズでしたね。私もまた頑張りたいと思います」
---------------------------------------------
そう、
「何事も、
あきらめない気持ちです。」
七番勝負、楽しかったです。
そして、いろいろなことを考えさせられました。
将棋の奥深さ、重み、凄さ、面白さを満喫しました。
今夜はいろいろ振り返ながら、ひとり、乾杯
、です。