徒然地獄編集日記OVER DRIVE

起こることはすべて起こる。/ただし、かならずしも発生順に起こるとは限らない。(ダグラス・アダムス『ほとんど無害』)

そしてオレたちは「ひとり」に戻る/特定秘密保護法案抗議行動(12.4~12.6)

2013-12-08 08:41:10 | News
特定秘密保護法案を巡る長い3日間が終って一日が経った。
安倍首相は喧騒が収まった国会周辺を指して「嵐が過ぎ去った」と語ったそうだが、これが「過ぎ去った」とはとても言えないのは、この3日間、現場にいた人間ならば誰もが思うことだろう。言うまでもなくこれは始まりである。



4日水曜日、前日夕方に急遽決定した「参議院国家安全保障に関する特別委員会さいたま地方公聴会」が開かれる大宮へ向かう。地図をしっかり確認したわけでもなく、何となく向かった先は氷川神社方面(つまり大宮戦でいつも歩くルートだ)。会場であるラフォーレ清水園は氷川神社入口のアルディージャのクラブショップのすぐ近くにあった。もともとは明治23年創業の老舗料亭だったそうだが、とてもこれから国の根幹を揺るがすような法案成立のアリバイ作りの公聴会が開かれ、派手な抗議行動が展開されるとは思えない、要するに結婚式場、宴会場である。


オレは出遅れてしまったので会場周辺に到着したのは15時過ぎ、すでに委員長や公聴会参加者は会場に入ってしまったようだった。議員を乗せたバスはもぬけの殻だったが、清水園に隣接した歩道、さらに2号線を挟んだ対岸の歩道にもトラメガで声を上げ、プラカードを掲げた抗議者が集まっていた。
そして会場入口周辺の側道に抗議者が集結する。
その瞬間、敷地内の移動を規制していたコーンバーが宙に浮き、関係者の上に落ちていく。それがきっかけとなり30人ほどの抗議者が一気に敷地内に雪崩れ込みシットインを始めた。コールはひたすら「(公聴会)中止」のひとつだけである。
報道のカメラマンたちが清水園に入り、建物2階の窓を開け撮影を始める。おっちょこちょいのカメラマンが窓を閉めるのに手間取っているのを見て、そのままにしとけばいいのにと思った。
「中止」を要求する抗議の声は公聴会が行われていた3階の会場まで届いていたという。



それから2時間ほど、公聴会が終わり委員や議員が逃げるように裏口から抜け出し、警備が規制を解くまで抗議者はひとつのコールを叫び続けた。抗議の集団を抜けて路地に入ると小学生の女の子ふたりがコールに合わせて楽しそうに身体を揺らしていた。

自衛隊が“周到準備”秘密保護法さいたま公聴会/しんぶん赤旗 2013年12月10日付



翌5日木曜日には委員会での採決、そして6日金曜日には参議院での採決が行われた。
勿論この3日間だけではなく、前週からこの週にかけて特定秘密保護法案への反対の世論は凄まじい勢いで拡がった。原発とは違い、メディアが「当事者」になったことが最大の要因だとは思うものの、この反対の広がりは業界の思惑とは関係なく、「日本の民主主義」そのものに対する危機感がある。

オレは議員会館前のグループとは別に、昼過ぎから終電近くまで国会正門前で続けられていた<怒りのドラムデモ>主催の抗議活動に参加した。時折反対議員によるスピーチや議事堂内の経過報告があるものの、基本的にこの場所での抗議はコールだけで構成された。参加者を労う言葉や内向きに鼓舞するような勇ましい言葉が飛び交う“集会”よりも、今必要なのは目の前で行われている政府の暴走に対する、より直接的で攻撃的な言葉による抗議だ。
明るい時間はまだ参加者が少なかったものの、夜になると仕事帰りの人々も加わり、さらに激しい政府批判をペイントした播磨屋本店の巨大なトレーラーが国会周辺を走り回る。

そして「No Pasaran!」の横断幕が議事堂に向かって高く掲げられた。
1930年代のスペイン内戦での有名なスローガンであると同時に、これは今年の春先から東京・新大久保で繰り広げられたレイシストに対するカウンター(抗議)活動の象徴のひとつになった言葉であり、“ダンマク”である。
対岸の歩道で抗議していたため、最初は遠目に横断幕を見たオレもこれには熱くなった。特定秘密保護法案への抗議が動き始めた頃から決意していたことではあるけれども、反レイシズム行動はこれから本格的に反ファシズム運動(ANTIFA)へ移行していくだろう。
あの“ダンマク”はオレたちの宣言ともいえる。
宣言してしまったのだから、たとえこの採決が強行されようとも日本のファシストが政権に居続ける限りは抗議行動は終らない、ということである。
つまり、きっと「嵐」はこれからも起こる。ファシストのお腹が痛くなるまで起こし続けるのである。

6日23時頃、国会正門前では主催者の呼びかけでコールとドラムの音が鳴り止んだ。
そして数台のトラメガから大音量で反対議員の凄まじい怒号が飛び交う参議院内の様子が放送された。
オレは抗議をしている最中はあまりスマホで情報を確認することもしないので、「中」で何が起こっているのかわからない。おおまかなスケジュールは主催者からアナウンスされるものの、現場では様々な情報や憶測が飛び交う。
しかしこのときは国会正門前の抗議参加者のすべてがトラメガから流れる放送に無言で耳を傾けた。
そして記名での採決が決定し、“その瞬間”が迫ると、主催者の呼びかけでトラメガもドラムも使わずにひとりひとりが生の声でコールを始めた。「採決撤回」「採決止めろ」ただそれだけである。
同時に議事堂に隣接する対岸の歩道側には、“突入”を警戒するように大量の警官が配置された。近くにいた若い警官が「スゲエな…」と呟いた。でも、まあ機動隊じゃないしな、などと思いながら“ダンマク”の下で、その瞬間を待ち、聞いた。
再び激しいコールが巻き起こる。
いくらでもセンチメンタルなことは書けると思うのだけれども、それにしてもあっけない気がした。

抗議の最後に主催者の井手さんは時折涙声になりながらスピーチをした。
ドラムデモの皆さんには感謝し切れないほど感謝している。場所を作ることは誰にでもできることじゃない。個人的には勝手に共感している彼が主催だからこそオレも参加できた。
それにしても21時頃の参院本会議再開時には規制線決壊が起きた現場では、怒りを滲ませながらも最終局面の強行採決を冷静に受け止めていたように思う。
それはきっと、あの場で静かに国会中継に聞き入る瞬間を皆が共有したからだと思うのだ。大きな抗議の「集団」が、あの時、ひとりひとりの「個人」に戻っていくような気がした。「聞く」という行為は物事に対して真摯に向き合うということである。
あの瞬間、あの場所にいたすべての抗議者は目の前で起こりつつあることに対して、ひとりひとりが無言で向き合っていた(本当に“目の前”である)。

最終的に個人ってのはきっと強いと思うよ。あと、声が枯れてる奴は強くて信用できます。
まだまだ続くぜ。

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