かたつむり・つれづれ

アズワンコミュニテイ暮らし みやちまさゆき

句会の楽しさ

2017-04-03 11:43:16 | わが健康生きがいづくり三重の会記録

健康生きがいづくり三重の会(健生みえの会)は2011年にはじまりました。

厚生省の肝いりでずいぶん前から、高齢者の「ピンピンコロリ」をすすめる

施策の一環として、会員養成をして、各県に立ち上がりました。

三重県でも、県内の会員が北から南から寄ってきました。

いま健生みえの会は、20人ほどでゆっくりと細々と活動をつづけています。

それぞれの地で通所施設をやったり、地域活動をしたり、一人ひとり

めいめい、その人らしく、その地で暮らしややれる活動をしています。

80歳から50歳まで、老老男女です。

元気な人も、病院の入退院を繰り返している人など病身の人も

います。

月1回の寄り合いと行楽や社会勉強、それに年何回かの句会です。

もう5年目になりますか。

句会にはいつも多くの会員が寄ってきます。

きっと楽しいからでしょう。

 

昨年12月初めから2月いっぱい、入院していました。

4月の句会は、久しぶりの参加です。

仲間に会うのは、おっぱずかしいという気持ちがありました。

妻とともに会場に入ったら、とても当たり前のように、「この席は

どうかな」といざなってくれました。ああ、受け入れてもらったと

思いました。

句会はいつも、白熱して2時間ぐらいの寄り合いになります。

一人ひとりは3句投稿します。投句者の名前は伏せておきます。

各人は全員の句から、5句選び、一番いいと思った句を「天」とつけます。

選んだ句にそれぞれ、どこが好かった発表します。

それが終わったら「この句はどなた?」と進行の伊藤敏子さんが投げ

かけます。

投句した人は、それが詠われた背景や気持ちなど、吐露することが

多いです。

他者の捉えたものと、本人が思ったことが、そこで響き合ったり、

「なあんだ、それは聴かなきゃよかった」とがっかりしたりします。

それが、楽しいのです。

ここんとこに、俳句を通して人と人の気持ちの交歓や、詠われた四季

のことどもの各人の捉えた言葉の間の交響楽が生まれてくるように

感じます。

とても豊かな気持ちになります。

こんな句会でいいのかどうか、分かりません。こんな具合です。


その日、こんな大勢の人と2時間もいっしょに過ごせるかなと

心配でしたが、最後まで、ともにいることができました。

 

わが句会、今回で19回です。

句の出来不出来をあまりテーマにしていないと思ってきました。

それでも、余川さんとか、人知れず俳句に磨きをかけてるなあと

見える人もいます。

いくら、遊びといっても、自分の深奥にあるものを五七五で

表現したいという欲求は、どうも誰にでもあるような気がします。

現れてくるもの、言葉がつたなくとも。

この句会では選から漏れた句もそれぞれの感想を出し合うと、

意外に光るものに出会ったりします。

この時間も楽しいです。

 

今回の句会、3点句以上を紹介して、会の空気をちょっぴり。

 

  冬隣り真人の語る酒さみし         敏正

  みちくさの言い訳考え春の宵        亜子

  梅散るを掃きて小さき命待つ        照子

  江戸の雛幸願いつつ時を越え        康子

  福は内頼みの手術終えて今         小浪

  うもれ韮友を想いて草を引く        大平

  菜の花や風の温みを招きよせ        余川

  かんざしを色とりどりに枝垂れ梅      康子

  ブランコの並ぶ揺れ幅恋の距離       亜子

  里に寄りあだ名呼び合う蕨狩        余川

  ただいまと大きな声で春を呼ぶ       大平

 

 

 

 

句会の感想から少し外れます。

翌日の午前、NHKEテレ「こんなはずじゃなかった  在宅医療

ベットからの問いかけ」を録画でみました。

健生みえの会の会員でもある、中井さんが紹介してくれました。

中井さんは、「理想の暮らしを語る会」の世話人の一人です。

老いとは、老い生き方、人としてどんな最期を迎えるか、など

テーマで探究し、地域の人たちと話し合いをしています。



早川光一さん。今93歳。戦後、京都で診療所をはじめて以来70年、

在宅医療の草分けとして「畳の上で大往生を」と実践してきました。

その早川さん、何年か前、骨髄性のガンが見つかり、自分が

在宅医療の患者になってしまいました。

医者である前に人間になったとも言えるのかな。

早川翁は語ります。

「畳の上には天国があると説いてきました。実際、自分がその身

になってみると、天国だけじゃない地獄もあるんだ」

早川翁は「死ぬのが怖い」と言いました。

「夜が怖い。病気になって、はじめて分かった」

「眠れないときは、人恋しくなる」

この気持ち、ひしひし響いてきました。

ぼくも、不整脈が絶え間なく起こり、止まらなくなるかもしれないと

不安のなか病院で眠れぬ夜、過ごしました。


「理想の暮らしを語る会」では、どんな死に方があるか、できるか

と語り合うときもありました。

いまから思うと、どこか他人ごとの感がありました。



早川翁は、今、在宅医療の体制も整いつつあると言いました。

ただ、自身見舞われていることから、「何か大切な何かを置き

去りにしているのではないか」とも自問していました。

ある時期から、医療を「総合人間学」というところから、

見直していきたいと描くようになったといいます。

自身の置かれた立場で、それはまだまだ、見えてこないと

いいます。


命が危なくなったとき、病院で治療を受けるか、在宅でやるかと

医師に問われ、答えが出ない早川さんがいました。


番組の最後に、早川さん語っていました。

「生きていくしんどさを噛みしめて、じっと見てくださる人たちと

もう一度,すばらしい人生だったと一緒に歩くしかない。・・・・

いっしょに泣こう、いっしょに語ろう、いっしょに悩もう。

医者は、最期の人を楽にしてやれることはできるが、治せないです

から」

自分という囲いから開放された世界が見えるように思いました。


句会の感想のつづきで、なんでこんな感想を書いたんだろう。

人と寄り合えて、語り合えるのは楽しい。生きていてよかった

とも思うことが多いです。

その楽しさが、ぼくのどこから発露してきてるのか、ふと振り返る

ことがあります。

 

楽しむときは、楽しむのがいいと思っています。

老い、死についても、悲しみも寂しさも、ありのままに、

楽しく語り合えたらいいなあと思いました。

句会もそんな機会なんかなあ。

今回はここまでで。

 


 










       

 

 

 

 

 


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