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木村草太の力戦憲法

生命と宇宙と万物と憲法に関する問題を考えます。

ご質問について

これまでに、たくさんのご質問、コメントを頂きました。まことにありがとうございます。 最近忙しく、なかなかお返事ができませんが、頂いたコメントは全て目を通しております。みなさまからいただくお便りのおかげで、楽しくブログライフさせて頂いております。これからもよろしくお願い致します。

本日、彗星がやってきます。

2011-12-29 08:00:31 | ちょっと一言
ええ、というわけで、本日9時30分よりBSプレミアムにて
ムーミン谷の彗星放映予定です。

興奮のあまり、ヘムレンさんをねんどでこさえてしまいました。




・・・。

さて、先日も書きましたように、ムーミン屋敷の暖炉は
1Fに少なくとも二つ。

しかし、ムーミン屋敷外観を見ますと、
煙突は1本。

ということは、屋敷のどこかで二系統の煙突が統合されているはずなのですが、
それはどこなのでしょう?
このあたりに注目してご覧いただくと、よりムーミンが楽しめると思います。


・・・どうも、読者の方から、
「あー、このオッサン、アホだわ。」というミイのセリフが聞こえてくる気がします。


年末の第九批判を考える

2011-12-27 06:28:02 | 音楽
昨日、少しベートーベンは夏の音楽ではないかと述べたのではあるが、
その記事を書いた後、私は読響の第九コンサートに向かったわけである。

さて、当日の指揮は下野先生だったわけであるが、
下野先生は、年末になるとダイクダイクというのにご批判もあろうが、
先生は第九が好きなので、この慣習はとても良いと思う、
という趣旨のことをおっしゃられていた。

確かに、名曲を聴く機会がたくさん提供されていることは
とてもよいことな気がする。
昨日のコンサートではビオラ隊がのりにのっていたことが印象的であった。
ビバ、ビオラ隊。
合唱隊も素敵であった。オペラシティは合唱の響きがとてもいいと思う。
いや、まったく。下野先生のおっしゃる通りである。


ところで、ここから、年末の第九批判派の主張に目を移すと、
欧州では第九は、特別な機会のあるときに演奏される曲であり、
戦後、バイロイト音楽祭が復活に際して、
あるいは、ドイツ統一のお祝いの中で、というのが有名である云々。

あるいは、ウィーンフィルやベルリンフィルのメンバーに
演奏会で第九やったのいつ?と聞くと、
「うーん、いつだろう?」となるのに、
日本のオケのメンバーに聞くと、たいてい迷いもせずに
「去年の年末」と答える云々。


しかし、年末第九批判派の主張は、実は、的外れなのではなかろうか、
という説が、近年では有力である。

欧州で年末年始を過ごした経験のある方に聞くと、
クリスマスは派手に盛り上がるが、
お正月は、比較的落ち着いていたという感想が多い。

確かに日本のお正月は大変である。
12月25日をすぎると、クリスマスかざりをかたし、
お正月飾りにかえなくてはならない。
年賀状、モチ、おせち、おぞうに、初詣、おみくじ、大凶、
箱根駅伝往路、箱根駅伝復路、箱根と言えば山の神、そして大掃除。

日本で正月を迎えるというのは、とても大変なことである。
仕事が忙しく大掃除をさぼったために、
「昨年末は、新年を迎えられないことを覚悟した。」とは
ある文豪の言葉である。


このように見てくると、要するに、日本人にとって新年を迎えるというのは、
ベルリンの壁崩壊に匹敵する重大事なのではないか、とも思われる。

そうすると、年末に第九が演奏されるのは、むしろ当然と言えよう。フロイデ。

仕事、はかどらず!

2011-12-26 16:57:35 | ちょっと一言
うむむむ。

最近頂いたお仕事の関係で、
かこうと思っていた記事がなかなかかけないのでございます。

そのお仕事は、昔かなり調べた論点なのですが、
あの資料はどこだっけ?あの論文どこだっけ?
そういえば最近どんな論文が?的な作業をしていると
時間はばびゅーーーん。
(やや壊れ気味に見えますが、
 私は現在、いわゆる原稿ズハイという奴で、
 やたらバタバタしています。
 あーもう、なんで12月はベートーベンばっかなんだよう。
 私にとって、第九は、夏の音楽。フロイデ!)

しょうがないので、ムーミン屋敷話でも一つ。
(はやく、平面図をかきたいよう。
 平面図、書き終わったら、報告します。
 うーん、でも1階の階段がどうもうまくおさまらねえ。
 建築事務所が徹夜続きになるはずだ。わはは。)

ムーミン屋敷の1階には、煙突につながる暖炉が二つあります。
一つはリビングのもので、もう一つは、キッチンのです。
キッチンの方は、暖炉というより、コンロとして使われています。

さて、ところがムーミンハウスの外観を見ると・・・。(少しずつ、つづく)

違憲審査基準の言葉づかいについて

2011-12-24 13:24:52 | Q&A 憲法上の権利
次のようなご質問を頂きました。

LRAの基準について (えるれ)
2011-12-22 15:35:37
はじめまして。
芦部「憲法」5版p202のLRAの基準について聞きたいことがあります。
「立法目的は表現内容には直接かかわりのない正当なもの(十分に重要なもの)」
と記載してありますが、立法目的が正当な場合には合理性のテストで、
立法目的が重要な場合は中間審査となるので、矛盾があるように感じます。
「正当なもの(十分に重要なもの)」と記載されている理由はなぜでしょうか。

お忙しいとは思いますが御回答よろしくお願いします。



実は、このように違憲審査基準のそれぞれの言葉や要件を
非常に厳密に読もうとする(読んで下さる)法学徒の態度と、
学者やアメリカの判例の違憲審査基準の定式の在り方には
かなりギャップがあるように思っておりました。

そこで、この点について、私の雑感でお答えしようと思います。

こんにちは。はじめまして。

この辺りは、学部生・法科大学院生としては衝撃的かもしれませんが、
芦部先生をはじめ、違憲審査基準論者というのは、
目的が「重要」「正当」、手段が「必要」「LRAがない」といった
違憲審査基準の表現に、それほど、
細かいこだわりや配慮がないのがふつうです。

アメリカの憲法判例もそうなんですが、
重要や正当という言葉には、必ずしも厳密な定義はなく、
同じ基準が別々の言葉で表現されることも多いのです。

例えば、厳格な合理性の基準というのを調べてみると、
教科書ごとに、あるいは同じ教科書でも場所ごとに
定式が違うということはよくあります。

初期の違憲審査基準論者にとって重要なのは、
厳しい審査と緩やかな審査の違いだったように思い、、
要件の厳密な定式化には、
芦部先生にしても、アメリカの判例にしても
細かいこだわりはないように思います。

発見された記述も、そういう芦部先生が、
ある意味では適当でいいだろうと考えている気持ちが
表現された箇所といっていいかなというのが
私の解釈です。

というわけで、
芦部先生は、厳密な言葉づかいをすると
「重要」と書いておくべきだったとこを
「正当」と書いてしまったのかと思います。
(いや、もう少し言うと、芦部『憲法』って、
 専門家の間では、必ずしも評価が高い書物ではなく、
 芦部先生の記述としてはいい加減なものが多くて、
 初学者には却って大変な個所もたくさんあるな、
 という評判もあるのです・・・。)


ちなみに、
私は、そうした言葉にきちんとした定義を与えた上で、
基準を定式化すべきだと思っており、
『急所』では、最大公約数的な言葉の使い方で
言葉の意味をフィックスして、
違憲審査基準論の体系を整理しております。

こんな感じでいかがでしょうか?

ムーミン、フローレンとならんでみる。

2011-12-23 16:19:30 | ちょっと一言
ムーミン屋敷模型計画。

習作で水浴び小屋をつくってみました。



ムーミンとフローレンならんでいます。
ご確認ください。

ところで、あのニョロニョロとリトル・ミイからコメントを頂けたこと、
とても嬉しく思います。ゴゴゴゴゴ!(感動のあまり効果音が流れた)

冥王星様には、大変緊張を与えてしまい申し訳ございませぬ。

私も彗星好きです。
そうそう、12月29日午前9時30分より、
BSプレミアム『ムーミン谷の彗星』絶賛放送予定です。



さて、昨日、建築家の方々が集まるパーティーにお招きいただきまして、
お話をさせて頂いた建築家の方に、
ムーミン屋敷の構造について意見をうかがってきました。

れっきとした一級建築士の方に、
ムーミン屋敷の構造を解説させるという
ハイレベルにいかがなものかと思うシチュエーションでしたが、
結論として、分かったのは、
ムーミン屋敷のえんとつの構造は極めて合理的であるとのこと。

模型の作り方も教わって頂きました。

ムーミン屋敷模型にチャレンジの連載が発足できるよう頑張りたいものです。
誰にも期待されていない連載の意気込みを語るというのは、
とてもシュールで、なかなかイカした気分です。