騒動の発端は、次のような採点実感先生の一言であった。
原告の主張を展開すべき場面で,違憲審査基準に言及する答案が多数あった。
違憲審査基準の実際の機能を理解していないことがうかがえるとともに,
事案を自分なりに分析して当該事案に即した解答をしようとするよりも,
問題となる人権の確定,それによる違憲審査基準の設定,事案への当てはめ,
という事前に用意したステレオタイプ的な思考に,
事案の方を当てはめて結論を出してしまうという解答姿勢を感じた。
そのようなタイプの答案は,本件事例の具体的事情を考慮することなく,
抽象的・一般的なレベルでのみ思考して結論を出しており,
具体的事件を当該事件の具体的事情に応じて解決するという
法律実務家としての能力の基礎的な部分に問題を感じざるを得ない。
ここで思い出されるのは、しばらく前の東急将棋まつりでの出来事である。
羽生二冠と佐藤九段が対戦した。
このとき、佐藤九段は『佐藤康光の石田流破り』を公表した直後であった。
佐藤九段が石田流を破るというのだから、
売れ行き好調もよいところであった。
そんな中で羽生二冠がぶつけてきたのが
石田流であった。
本当にそれで破れるのか?と問うてきたわけである。
それで羽生を破れば、佐藤九段の著書の権威はゆるぎないものになろう。
これに対し、これに敗れれば、やっぱり破れない、となってしまう。
この戦いに、佐藤九段の著書の売れ行きがかかったわけである。
その結果については、……まあ、ここで書く必要はないだろう。
ちなみに将棋というゲームは、負けた側が
投了の意思を示す発言をすることによって終わる。
審判の宣言で終わらず、負けた側が負けを認めるというすごいゲームなのだ。
投了の一言には
「負けました」「ありがとうございました」「負けですね。」などがある。
私が好きなのは「ありません」である。
これは、「これ以上指す手はありません」という趣旨で、
負けを素直に認めたくない感じがでているところが、
何とも味わい深い・
・・・・・・。
さて、上記の採点実感先生の一言であるが、
私は、この言葉が「設問1で違憲審査基準に言及したら減点」と解釈されるのを恐れた。
平成23年度はいわゆる電撃戦答案というかステレオタイプ答案というか
「これ内容規制、だから厳格審査、やむにやまれぬ利益はない」
という答案が多かったらしく、
採点実感先生の言葉のほとんどが、そういう答案をかくなというメッセージであった。
上記記述もそうだろう、というのが
私の解釈であったわけだが、
文言上は設問1違憲審査基準言及アウト説である。
この説が採点基準だとすると、これは
芦部憲法のような権威的著書から憲法の急所というピンクのクラゲに至るまで、
ほとんどの憲法基本書・演習書が、なぎ倒されることになる。
基本書・演習書は、学術的側面とともに、法学と言う分野の特性上
『司法試験破り』の性質をもっているのだ。
かくして、採点実感名人と憲法基本書軍団の非公式対局、
本当にそれで破れるのか?が開催されることになったわけである。
(たぶん1月のLSは、試験委員の先生含め
多くの憲法の先生の前に、この採点実感先生は何を言っているのか、
を聴こうとする人々の長蛇の列ができたはずである)
ええ、とまれ、
そもそも司法試験の問題や採点実感先生の手の全体を見れば、
また憲法学の水準を前提とすれば、
設問1で違憲審査基準に言及しないというのは無理な話であるが、
文言が文言であるため、次のようなご指摘も頂いた。
「(採点実感の言う)審査基準の機能とは、最後の最後で、
裁判所がどっちにするかの問題と考えているのではないでしょうか。
そうすると、原告が言及する必要は必ずしもない、ということになります。」
(1月11日のたけるんさんのコメント)
「原告の主張を展開すべき場面で,違憲審査基準に言及する答案が多数あった。」
との文言からすると、
「私見(裁判所の見解)を展開すべき場面で、
違憲審査基準に言及する答案なら問題ない」と読むことができるように思います。」
(2月2日の振り飛車穴熊さんのコメント)
このような受験生のご意見に対し、私というか、おそらく憲法の先生の多くは、
採点実感先生の字面だけにとらわれず、
合理的な憲法学の理解から、言葉を分析すべきだと
主張していたわけである。
判民方式の採点実感解釈と言えよう。
あるいは、こうも言えるかもしれない。
アメリカ政府が公式に「ロズウェルで宇宙人の乗り物を回収した」と
声明を出したとしても、
それは、本当に宇宙人がいることを意味するわけではないのだ。
全体の文脈から、そこで何を伝えようとしているのかを考えなくてはいけない。
……。つい、先日、ロズウェルとつづったため、
全く関係ない話をしてしまった。アホか?
まあ、そういうわけで、
今回は、採点実感先生の側があっさりと投了してくれて、
電撃戦答案、ステレオタイプ答案が悪かった、
という趣旨だということが明らかになったので、ほっと一息である。
今回の教訓としては、字面だけに依拠した解釈は、
法律条文でも、判例でも、採点実感でも、危険だ、ということであろう。
というわけで、次のようなコメントをよせてくださった
やすさま、シュナサンさま、ありがとうございました。
四千番さまも情報提供ありがとうございます。
佐渡先生が… (やす)
2012-02-28 20:12:58
採点実感の補足、読みました。
佐渡先生、意外とツンデレでした…。
木村先生の分析がことごとく当たっていることに脱帽です。
ありがとうございました!
Unknown (シュナサン)
2012-02-28 22:04:43
先生の統治機構論楽しみにしています。憲法訴訟論についても、先生が担当されるのですか。
いずれにしても、毎月読ませていただこうと思っております(合格したとしても)
ところで、採点実感の補足がでましたが、先生の指摘したとおりでしたね(まいりました)最初から、あのように書いてくれれば、混乱せずに済みましたが・・・
でもわざわざ、追加の補足を出すということは、各ローで、質問が殺到して、やばいと思ったのでしょうね。
いやよかった。よかった。