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木村草太の力戦憲法

生命と宇宙と万物と憲法に関する問題を考えます。

ご質問について

これまでに、たくさんのご質問、コメントを頂きました。まことにありがとうございます。 最近忙しく、なかなかお返事ができませんが、頂いたコメントは全て目を通しております。みなさまからいただくお便りのおかげで、楽しくブログライフさせて頂いております。これからもよろしくお願い致します。

砂川政教分離訴訟(完)

2011-10-14 16:21:23 | 憲法学 砂川政教分離訴訟調査
この連載が、このような形で終わるのも
なんなのであるが、
結局、違憲の結論はバブル景気により支持されたいた、
ということになる。

砂川市と神社所有者A氏との契約以降、
日本の土地の価格は
バブル崩壊まで上がりつづけた。

戦後直後から1990年まで、
土地価格は100倍ほどになったと言われる。

そうなると、
1200平米の学校用地+利子を、
250平米の土地の固定資産税で返却することも
不可能ではなかろう。

従って、歴史のある時点で、
砂川市は借金を完済し、
それ以降は、土地の無償提供は「特権」になった。


・・・。

以上のような読み方は、あまりにも
金に細かすぎるような気もするが、
少なくとも、
砂川市が、問題の土地の旧所有者から
学校用地も受贈していた、という要素は
判決において非常に重要な要素であるように思われる。



空知太小学校校庭の様子
さくのない開放的なつくりになっている

詳細についてはぜひ、
自治研究87巻4号をご覧いただきたい。

この連載をここまで読み進めて頂き、まことにありがとうございました。

砂川政教分離訴訟(12)

2011-10-05 17:12:43 | 憲法学 砂川政教分離訴訟調査
というわけで、砂川政教分離訴訟のクライマックスは、
小学校用地1200平米の代金+利子を、
ローンこと神社用地250平米の固定資産税で返済できるか?
という、まことに政教分離訴訟らしくない論点にある。

話を単純化するため、1平米=1円という計算をしてみよう。

小学校用地の代金は1200円。
利子は法定利息で5%だとすると、1年目の利子は60円。

これに対し、250平米の土地=250円也の
固定資産税として、その時価の10%とずいぶんな率で
課税されるとしよう。

ローン返済額は、なんと毎年25円・・・。
1年目の利子に満たない。
ということは、未来永劫、ローンは返済できない。


このような計算が示しているのは、
砂川市は、神社用地の固定資産税免除程度では、
つりあわないくらいの
ものすごい贈与を受けている、と言う事実である。

そうすると、この事案では
神社に「特権」が与えられた、と認定することはできないのでは?
ということになる。

では、違憲の結論は誤っているのか?

二つの考え方がある。

一つの考え方は、
最高裁は、
「仮に経済的につりあいがとれていても」神社と市が関係をもってはいかん、
と考えた、というものである。

し・か・し、
このような考え方からすると、
市が宗教団体から土地やモノを買ったりすること一般がいかん
ということになる。


というわけで、もう一つの
より単純で一撃必殺の考え方を採る必要があろう。

それが、すなわち、


・・・バブル景気である。

砂川政教分離訴訟(11)

2011-09-21 12:41:06 | 憲法学 砂川政教分離訴訟調査
さて、こうして考えてくると、
やはり、この事件のポイントは、
市有地を神社用地として無償提供することが
宗教的行為といえるか、にある、ということになろう。

最高裁は、無償のままでは、この第二ハードルを超えられないとしたわけだが、
市の側にもそれなりの言い分があったはずである。

公有地が宗教施設用地として提供されるケースには
明治期に多くの寺社地が公共団体に供されたという沿革に基づくケース、
地域コミュニティーの支援と称して、
町内会への支援などの一環として提供されたケースなど
様々なものがある。

もっとも、この空知太神社の場合、
明治国家以前に存在した神社の土地が
明治期に国家に提供されたという事情はなく、
神社用地の提供は、どうも次のような経緯に基づくもの
だったようである。


時は昭和28年(既に日本国憲法が施行されている)。

この地域の住民A氏は、
空知太神社のために土地を提供していたのだが、
町内会がその土地の固定資産税を負担してくれないことに
悩んでいた。

この土地を市に寄贈し、その上で、土地を町内会に
無償貸出しさせれば、税金を免れることができる。

そこでAさんは、土地を市に寄贈することを考えていた。

・・・。
もっとも、これを真正面からやれば
宗教団体に対する免税措置であり、当然違憲。

しかし、ここで、もう一つ、空知太小学校という要素がからむ。




当時手狭になっていた学校用地の拡大のため、
市は、学校近隣の土地を入手できないか、模索していた。

そこに学校隣地1200㎡を持っていたAさんが、
この土地、ポーンと提供しましょうと申し出る。

そして、その際、
「ついでに、この神社用地(確か250㎡くらい)も、
 もらってくれないか?」と。

市は快諾し、さしあたり小学校についてはめでたしめでたし。


要するに、市の神社用地の無償提供は、
実質的にはAさんへの固定資産税減免措置であり、
それは、学校隣地との交換条件として行われた、という経緯が
あったようである。

そうすると、神社用地の提供については、
宗教支援ではなく、土地取引の一環、経済行為目的を認定できる。
よって、この事案で目的効果基準をあてはめれば、
目的は世俗的(経済取引目的)とされ、
効果も世俗目的の強さからすればたいしたことない、
と評価された可能性があるのである!


・・・。
しかし、もちろん、ここには重大な留保がかかる。
要するに、ここで行われているのは、

市がAさんから、学校隣地1200㎡を買い取り、
代金として、毎年、神社用地の固定資産税相当額を
Aさんに支払う

という経済取引なのだ。

そうすると、
毎年支払っている神社用地の固定資産税相当額の累計
(ローン支払い合計)が、
代金および利息を上回った時点で、
神社に土地をただで貸す(Aさんの資産税を減免する)理由はなくなる!


をを、最高裁は、こういうことを認定したのか。

私は、はたと膝を打った、のだが、この膝打ちは
租税法専攻の先輩の手により、根本から崩されることになる。

今、私が話した理屈を逆に言えば、
固定資産税累計額が、学校隣地の代金+利子を
上回らない時点では、無償提供が正当化される。

さて、学校と空知太神社は、ほぼ同じ地域にあるから、
その土地の平米単価は、ほぼ同じと大雑把に考えよう。

学校隣地側は1200㎡と広大な土地であり、
この代金に、毎年利子がつく。

固定資産税は、まぁ、いろいろ複雑な計算があるが、
毎年、資産額の10%にも満たない。


ここまでお話ししてくれば、もはや結論は明らかであろう。

神社用地250㎡の固定資産税は、
おそらく、学校隣地1200㎡也の代金の利子に満たない。
そうすると、永遠に、ローンは返せない。
ということは、永遠に土地の無償提供は合憲である。


・・・。
最高裁の結論とはあわない。
ここから、最高裁判決について、二つの仮説が成立する。

第一の仮説は、最高裁判決には、このローンスキームを覆す
何等かの工夫がある、というものである。

他方、
第二の仮説は、最高裁には電卓がなかった、というものである。

どちらが正しいのだろうか?


砂川政教分離訴訟(10)

2011-09-08 14:28:35 | 憲法学 砂川政教分離訴訟調査
第一のハードルは、空知太神社を宗教施設と認定してよいのか?
という点である。

私は、札幌に戻ると、札幌高等裁判所を目指した。
そして、訴訟資料を閲覧する。

そこで、興味を引いたのは、
空知太神社の管理を担当している代表の方が
「私は、仏教徒なのです」
「神社の管理をする者が、仏教徒でよいのか
 ということまで、深く考えていなかったのです」
という趣旨の発言をしている点である。

最高裁の個別意見でも、この点をとりあげ、
本件施設の慣習性を強調し、宗教性を否定する見解があった。


代表の方の証言を見るに、
空知太神社をつかった町内会の実践は、
その地域に古くからあるものであり、
町内の人々は、自然に親しむものであったのだろう。

・・・。

とはいえ、
この昔から続いていて、
自然にやっているのであって
あえてそれをやっているという意識もない、
という「慣習性」と呼ばれる要素を理由に、
宗教性を否定するのは、妥当ではなかろう。

林知更先生の論文「政教分離原則の構造」高見他編『日本国憲法解釈の再検討』には、
この点についての、鋭利かつ端的な指摘がある。

「宗教的慣習というものもある」

この()書に記された指摘以降、
慣習であるというだけで、宗教性を否定する理論は立てにくくなっている。


・・・。

さて、ここから先は、私の個人的な認定であるが、
今見た代表の方の発言などからも分かるように、
おそらく町内会の人々は、
「空知太神社に、天照大神が鎮座している」という認識は持っていない。

しかし、
「空知太神社には、祖先の思いが宿っている」と言う認識を持っている。
(だからこそ、神社での儀式に、何らかの聖性を感じるし、
 祠や鳥居を撤去し廃棄することには、強い心理的抵抗が伴う)

これは、<天照大神>が<祖先>にかわってはいるものの、
おそらく<祖先>を中心とする(仏教などと矛盾しない)信仰体系なのだろう。

というわけで、やはり、この空知太神社を宗教施設でないと認定するのは
困難なのではないか、と思われる。

砂川政教分離訴訟(9)

2011-09-05 12:48:38 | 憲法学 砂川政教分離訴訟調査
空知太神社は、以上のような構造物であった。
さて、ここからが問題である。

空知太会館・神社の少なくとも一部は、
かなり強い宗教的色彩を持っており、
そのような施設が公有地にあるのだから、
当然、憲法20条3項との関係が問題となる。

この事案について、違憲論を主張する場合、
二つの点が問題となる。

まず、第一に、この施設を
憲法20条3項との関係で、宗教施設だと言ってよいのか?
という問題である。

さらに、もう一つの問題は、
仮にそれが宗教施設だとした場合、
いったいぜんたい、なぜ、
砂川市が、土地を提供したのか?ということである。

旅の結果、とりあえず、
建物に宗教的色彩があることは判明した。


その後、私は、この神社がもとあったとされる土地
を見てみた。



そこには、このようなきれいな小学校が建っている。
実は、この空知太小学校、が空知太神社事件の
カギを握る存在なわけであるが、
そのとき私が、小学校を見ながら感じたのは空腹だけであった。

そこで、小学校近所のおそばやさんで食事をし、
滝川駅に戻った。

幸い、空知太小学校前からバスが出ていた。




というわけで、次は訴訟資料の分析である。