木村草太の力戦憲法

生命と宇宙と万物と憲法に関する問題を考えます。

法令の審査方法(2)

2011-09-13 14:53:36 | 憲法学 憲法判断の方法
八王子市下柚木の洋菓子屋、洋菓子キング。
地元の人々に愛され、はや四十年。親子で巻くゆぎロールは、
この町の人にとって、失うことの出来ない遺産である。
世界遺産好きの先代の町内会長は、世界文化遺産登録を申請しようとしたほどである。
(但し、申請書に印鑑を押し忘れるという初歩的なミスのため却下された。)

ツツミ先生は、質問を続けた。

ツ「あのさ、君のさっきの話だと、法解釈ってのは、
  法文から
  『A(要件)ならばB(効果)』っていう確定的な命題を導出する作業であって、
  そういう作業の結果、得られるのは、
  ~してもいいし、しなくてもいいという許容的命題ではなく、
  ~しろ、という義務的命題のはずだ。」

私「ああ、なるほどね。
  確かに厳密さを欠いていた。許容的法命題ってのは、厳密に法命題の形で書くと
  
  『Aという要件を充たした場合、
   行政機関はbという処分をするかしないかを選択できる、という効果が発生する。』

  『Aという要件を充たした場合、
   裁判所はbという解釈を前提にbという処分をするか
       nという解釈を前提にbという処分をしないか、選択できる、という効果が発生する。』

  って感じだね。要するに、確定的に発生する効果が
  国家機関に複数の選択肢を認めるものである場合、
  その法命題を許容的法命題とか裁量的法命題っていうわけ。」

ツ「あ、そうか。そう書けば、法命題になるな。」

 ここで、注文の順番がきたので、ツツミ先生は、モンブランを注文した。
 洋菓子キングのモンブランは、
 父の作る父モンブラン(黄色、外見はクラシカル)と
 子の作る子モンブラン(茶色、外見はおしゃれ)の二種類がある。
 ツツミ先生が頼んだのは、前者である(黄色くないと落ち着かないそうだ)。

 席に着くと、ツツミ先生は続けた。

ツ「それでは次の質問だ。Jiroさんから、こういうのが来てる。」


  処分審査をした結果、一部違憲の処理をしようとしたところ、
  違憲の要素を抽象的な言い方であらわすのが難しい場合、
  どのように違憲部分を除去すべきなのでしょうか。
  具体例をあげにくいのですが、たとえば、尊属殺重罰規定について、
  判例とは異なり、法文自体は合憲であるとします(法文違憲審査をクリア。
  子どもに愛情をかけていた親が、突如子どもにいわれもなく殺害された場合に尊属殺重罰規定を適用するのはOK)。
  そして、処分審査の結果、
  「尊属が卑属に対してめちゃくちゃなことをした上で、
   それに悲観した卑属が苦渋の思いで尊属を殺害してしまった場合に
   刑罰を基礎づけている部分」は違憲無効と考えた場合、
   かっこ書部分の違憲の要素の抽象化が難しいように思います。
  それとも、かっこ書のような言い方でかまわないのでしょうか。
  かっこ書のような言い方では、
  当該事件の事実をそっくりそのまま言いあらわしているにすぎないように感じます。



私「ふむふむ。もっともな疑問だけど、これは、質問者の方がおっしゃるように、
  『尊属が卑属に対し…』というとても長い法命題が無効になる、って考えておけばいいと思うよ。」

ツ「え?そうなの?
  でも、これって、法命題っていうより、事実だろ?」

私「そうかな。事実ってのは、この『』内の文章の比じゃないくらいに複雑だよ。
  加害者の年齢、名前、髪の毛の数、被害者の名前、犯行現場・・・。
  いくらでも、この命題に書かれていない事実の要素はある。」

ツ「じゃあ、この『』の命題も、十分に事実を抽象化してるってことになるのかな?」

私「そうだろうね。ケルゼンは、法命題の中には
  実際に書ききれないほどに長大なものもあるだろう、って言ってるよ。」

ツ「ほー。そりゃ勉強になった。
  そういえば、
  『いかに長大な法も抽象的であり、
   事実は法より常に豊穣である。
   法は、権利者の朝食が刺身定食であったかどうかに関心を持たない。』
  って、我妻先生も言っていた。」

  例によって、たぶん、言っていない。
  我妻先生は、ユーモラスな方だったらしいが、刺身定食とか
  そういう発言はしないはずだ。

  そう思っていると、ツツミ先生は、例によって
  労働組合が配ってくれる手帳を取り出した。

  ツツミ先生は、労働組合を手帳屋さんと勘違いしているといっていいだろう。

ツ「そだ!ここからが本題なんだけどさ、
  こういうご質問もいただいております。」

  市川先生の「文面審査と適用審査・再考」には、
  「「適用上違憲」の判決は、あくまでも事件の具体的な事実から出発するものであって、
   適用審査に基づく違憲判断であるのに対して、
   一部違憲の場合は、規定の側から出発する文面審査に基づく違憲判断である。」
   との記述があります。
   しかし、木村先生のご見解によれば、
   処分審査をした上で、一部違憲の処理をすることができ、
   また、法令審査をした上で、一部違憲の処理をすることもできるはずです。
   すなわち、一部違憲は、法令審査(市川先生のいう文面審査)をした場合に
   のみ得られる結果ではないと思うのですが…。
   これは、木村先生と市川先生との間に見解の相違があるという風に理解してよろしいでしょうか。


私「ああ、あの論文か。ふーむ。まぁ、簡潔に回答すると、
  市川先生は、
  違憲審査の方法に応じて
  部分無効のうち、一部を適用違憲、一部を部分無効に区別するのに対して、
  私は、一部違憲に種類を設けていないから、
  見解の相違があるというより、部分無効の分類の仕方が
  市川先生の方が細かいです、ってことになるかな。」

ツ「そうなの?それって市川先生が間違ってるってこと?」

私「いや。そんなことないだろう。
  まず、そもぞもの前提として、市川先生のその論文は、最後の方で、
  適用違憲と一部違憲って、そんなに違うかなぁ?みたいなこと
  おっしゃってるよ。」

ツ「そうか。でも、そうはいっても、違うって言ってるんでしょ。」

私「言ってるんだろうね。」

ツ「歯切れが悪いな。
  この市川論文のテーマって、どんなことなんだ?」

  ツツミ君は、深く切り込んできた。
  そして、モンブランを食べきった。

私「そうねぇ、いろいろ読み方があるけど、
  部分無効の在り方っていうより、
  日本は割と文面審査中心主義だけど、
  事実から出発する適用審査もバンバンやろうよ。
  ってな、市川理論の提唱がメインかな。」

ツ「ああ、なるほどね。
  だから、文面審査後の部分無効と
  事実から出発する適用違憲を区別するのか。」

私「そういうことだね。」

  ツツミ先生は、ここでコーヒーを飲もうとして、
  カップを傾けても液体を感じないことに怪訝な顔をした。
  さっき、最後の一口を飲んだではないか。

ツ「じゃあさ、結局、さっきのJiroさんの質問だ。
  適用違憲と部分無効の区別って、どう思っているんだよ?」

私「そうねぇ。
  インドゾウもアフリカゾウも、両方ゾウだけど
  両者を区別する意義はあるだろ。」

ツ「そりゃ、あるだろうね。」

  ツツミ先生は、モンブランを食べすすめながら、
  お店の奥で作られているバースデーケーキに乗せられた
  ゾウの形の砂糖菓子に目をやった。

  確かにあのケーキはおいしそうだが、
  残念ながら、あのケーキはツツミ先生のものではなく、
  タカユキ君(今日で7歳、おめでとう)のものだ。

私「とはいえ、小学生に『ゾウの絵、描いてこい』って宿題だしたとき、
  インドゾウとアフリカゾウの区別が重要だと思うか?」

ツ「・・・確かに、そりゃどうでもいい話だな。
  『おれはインドゾウを描けと言ったんだ。
   アフリカゾウを描けと誰が言った。』っていう先生が
  担任だったら、すごくイヤだ。」

  私もすごく嫌だ。
  但し、もちろん、囲碁とオセロの区別がつかない先生は、もっといやだ。

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10 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
法令と法文 (ララオ)
2011-09-13 15:31:25
法文と法命題の違いはだんだんわかってきました。
しかし、法令と法文の違いがよくわかりません。

特に、急所36~38頁の説明を読んでいて混乱しました。

基本的すぎる質問かもしれませんが、よろしくお願いします。
返信する
今回の記事の整理 (ララオ)
2011-09-13 15:56:51
今回の記事については次のように理解しましたが、あってますでしょうか。

●前提
1.市川先生の「適用違憲」と「文面審査」は、急所では「処分審査」と「法令審査」に相当する。
2.急所によれば、いずれの審査によっても、具体的処理の場面では(木村先生の定義である)一部違憲となることがある。

●質問者の疑問
 市川先生は、「一部違憲の場合は、規定の側から出発する文面審査に基づく違憲判断である。」として、「一部違憲」となる場面を「文面審査」の場合に限定している。
 これは、前提2と異なるから、「木村先生と市川先生との間に見解の相違がある」のではないか。

●木村先生の回答
 市川先生の「一部違憲」は、木村先生の一部違憲の一部である。
 市川先生の「適用違憲」も、木村先生の一部違憲の一部である。
 したがって、両先生の見解に相違があるわけではない。
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>ララオさま (kimkimlr)
2011-09-13 16:12:29
法令と法文は、違いますが、
この点は、このシリーズのもう少し先で
語ることになるかと。
しばしお待ちください。

あとは、だいたいOKだと思います。
ただし、私の処分審査、法令審査は
市川先生の適用審査、文面審査と
一義的対応関係にはありませんので、
この点は注意してください。

このあたりも、このシリーズの先まで
少しお待ち下さい^-^>
返信する
ご回答ありがとうございます (ララオ)
2011-09-13 16:46:57
楽しみにお待ちしております!!
返信する
Unknown (Jiro)
2011-09-13 21:31:44
ご回答ありがとうございます。
ブログ上とはいえ、先生と質疑応答ができ大変ありがたいです。
(某大学・法科大学院では、他大学の生徒には何が何でも教えない、もらさないというスタンスを取っているので…)

一部違憲の処理の仕方が、ある程度長い法命題の無効を導くことは仕方のないことなのですね。
法命題が原子法命題まで存在することを考えると、よりよく理解できます。
ただ、私が例であげた処理は、少々乱暴かなと感じております。
「めちゃくちゃなことをした」という部分は、不明確との批判を受けかねません(不明確な部分無効・一部違憲の処理)。
したがって、「性的暴行をおこなった」等の事情を入れる必要があるのではないかと思っております。
そこで、新たな疑問なのですが、
かりに、尊属殺重罰規定を法令審査し、尊属が卑属に性的暴行をした場合・尊属が卑属に十分な食量をあたえず監禁した場合・尊属が卑属を他人の奴隷として差し出した場合…に刑罰を基礎づける部分は無効とします。
これらを総合すると、「めちゃくちゃなことをした」や「反倫理的なことをした」等の不明確との批判を受けかねない違憲範囲・除去になると思います。
これに対して、法文違憲審査後の処分審査の場合、尊属が卑属に性的暴行をしたという事実から出発した結果、感覚的に「反倫理的なことをした」場合に刑罰を基礎づける部分が違憲無効と考えたとしても、処分審査は法令審査と異なり、法令の合憲部分と違憲部分を完全に画定する必要はないので、当該事情の場合に刑罰を基礎づける部分は違憲無効と明確に違憲範囲を画定することができます。
(もう一段階、抽象的に違憲範囲を画定できるが、「反倫理的」等の不明確な文言を使うことになるため、当該事情に即した部分に限定しておくといういわば逃げの方法とでもいいましょうか…)
このような私の理解に間違いがあればご指導よろしくお願いします。

ところで、竜王戦の挑戦者は、丸山九段に決定しましたね。
渡辺竜王は、久保二冠に対して若干の苦手意識をもっているように感じていましたので、
挑戦者が久保二冠になったらおもしろくなると思っていたのですが…。
私の予想は4-2で渡辺竜王の勝ちです。
戦型は、横歩取りや角換わりになるんじゃないでしょうか。
返信する
>Jiroさま (kimkimlr)
2011-09-13 22:01:51
ご質問、了解です。

もう少し先で、扱う問題ですので、
とりあえず、このシリーズの完結まで読んでみてください^-^>
返信する
ツツミ先生 (snow)
2011-09-15 09:39:33
①かなり理解ができてきました。

ありがとうございます。

少し概念の確認させていただきたいです。。
よろしくお願いいたします。

「急所」p36の、(2)当該法令の処理以下で記述されている、「その法文が有する意味のうち、違憲的適用を基礎づけている法令の一部だけを違憲無効にする処理」の、「法令の一部」とは、これまで説明していただいた、処分義務命題、許容命題、のことを指す、と考えていいのでしょうか。

いいとしたら、恐縮なのですが、答案で帆表現する場合は、…命題よりも、上の「…」ような急所の記述のほうがいいでしょうか。


②最近でた「君が代訴訟」は、最高裁判所のHPで読みました。

職務命令は間接的制約である…という論理の流れがいまいち理解できなかったです。

無念です。

またいつかお時間とれるときがあれば、キムラ先生に聞いてくださるととてもうれしいです。


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>snowさま (ツツミ)
2011-09-15 10:34:04
こんにちは。

①と②の疑問は、両方とも、
キムラ先生の連載のつづきをよめば
分かると思いますよ^-^>

しばしお待ちください。
返信する
適用上判断について (k66)
2012-02-05 14:20:54
木村先生へ

こんにちは。

先生の記事を読ませていただいて1つ疑問が出てきました。
申し訳ないですか教えてください。

「適用上違憲」についてなのですが、高橋先生の「立憲主義と日本国憲法」(P393)にも「適用上判断(違憲)」についての記載があります。

 これは、先生の本についていえば、どの部分に当たるのでしょうか。宍戸先生の連載第27回(法セミ)では、この点について「法律自体の憲法的評価は直接にはなされない」といっています。
 
 とすれば、これは処分が違憲(芦辺先生の3つ目の類型)ということになり、先生の本でいうところの、具体的事例の処理の部分に当たるのでしょうか。
 「適用上判断」というのは、言葉の違いだけということですか。

 お忙しいとは思いますがよろしくお願いします。
 
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>k66さま (kimkimlr)
2012-02-05 16:02:42
適用上判断というのは、
処分審査のことです。

宍戸さんの「法律自体の憲法的評価」というのは
私の言葉で言うと「法文自体の憲法的評価」という意味です。

ご理解いただけましたでしょうか?
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