この舘は春と秋に、それぞれ一日だけしか公開されない。
天気予報は悲観的な事を言っていたが、紅葉の映える天候となった。
瀧本家の敷地は三千坪と広大だが、母屋は大分前に失われ庭の一部となっている。
その昔に存在した母屋をしのばせるのは、石積みの基礎だけのようだ。
そのような条件もあって、庭をみるとき、これが正面という方向性が失われ捉えどころのない印象を受ける。
母屋から90度の方向の池の端に、離れの「懐徳亭」が残されている。
現在の庭では、この離れが視点を集める建造物である。
懐徳亭は、格天井の書院と、手前の座敷からなる。
それぞれ一流の材が使われた贅沢な造りである。
午前中はこちらを舞台として地元の音楽家によるイベントが開催されていたのだが、それが終了した後にこの贅沢なる離れから見る庭園の姿をゆっくりと撮影することができた。
おそらく、普段は公開されない多くの舘にこそ、驚くほどの洗練された文化がいまだにひっそりと伝え続けられているのだろう。
天気予報は悲観的な事を言っていたが、紅葉の映える天候となった。
瀧本家の敷地は三千坪と広大だが、母屋は大分前に失われ庭の一部となっている。
その昔に存在した母屋をしのばせるのは、石積みの基礎だけのようだ。
そのような条件もあって、庭をみるとき、これが正面という方向性が失われ捉えどころのない印象を受ける。
母屋から90度の方向の池の端に、離れの「懐徳亭」が残されている。
現在の庭では、この離れが視点を集める建造物である。
懐徳亭は、格天井の書院と、手前の座敷からなる。
それぞれ一流の材が使われた贅沢な造りである。
午前中はこちらを舞台として地元の音楽家によるイベントが開催されていたのだが、それが終了した後にこの贅沢なる離れから見る庭園の姿をゆっくりと撮影することができた。
おそらく、普段は公開されない多くの舘にこそ、驚くほどの洗練された文化がいまだにひっそりと伝え続けられているのだろう。
縁ゲタの丸太も素晴らしい姿ですし、庭の風を取り込む解放感に痺れるものが。
計算され尽くしたいやらしさを感じない清々しさを感じます。
是非ともこの目で・・・・肌に感じたくなる座敷です。
個人の御宅なので、
やむを得ないことですが…。
それにしても広い敷地です。
庭の中に家がある、
そんな感じですね。
ぜひ、訪れたてみたいです。
この館の母屋は失われ、移築の離れである懐徳亭のみが残されています。
懐徳亭は知命堂病院初代院長の離れを移築したものだそうです。新潟県が本当に潤っていた明治中期ころの建築ではないでしょうか。
この庭園はお勧めです。ただ、母屋が失われて久しいようなので、庭の軸線は今や母屋からみた姿だけを考えてはいない感じで、もう少しすっきりした姿にしたいような気持ちになりました。