*『死の淵を見た男』著者 門田隆将 を複数回に分け紹介します。54回目の紹介
『死の淵を見た男』著者 門田隆将
「その時、もう完全にダメだと思ったんですよ。椅子に座っていられなくてね。椅子をどけて、机の下で、座禅じゃないけど、胡坐をかいて机に背を向けて座ったんです。終わりだっていうか、あとはもう、それこそ神様、仏さまに任せるしかねぇっていうのがあってね」
それは、吉田にとって極限の場面だった。こいつならいっしょに死んでくれる、こいつも死んでくれるだろう、とそれぞれの顔を吉田は思い浮かべていた。「死」という言葉が何度も吉田の口から出た。それは、「日本」を守るために戦う男のぎりぎりの姿だった。(本文より)
吉田昌郎、菅直人、斑目春樹・・・当事者たちが赤裸々に語った「原子力事故」驚愕の真実。
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**『死の淵を見た男』著書の紹介
第17章 死に装束
「死に装束に見えた」 P269~
(前回からの続き)
多くの人間が、さまざまな事情によって、2Fへの退避を自分自身で決断したのは、「人として」当然のことだっただろう。
この時、人の流れとは逆に2回の緊対室に駆け上がったのが、防災安全グループにいた佐藤眞理(49)である。
防災安全グループとは、文字通り、こういう災害の時に、職員の安全や誘導など、さまざまな作業をおこなうためにいる。地震発生の時、まだ揺れがつづいている最中に、緊急放送設備に飛びつき、所内中に響き渡るマイクで「緊急避難!」と叫んだのも、彼女だった。
しかし、天井の化粧板がバリバリと落ちる中で、緊急放送の回線がちぎれ飛び、彼女の放送はその一言で終わっている。以来、彼女は、免震重要棟に踏みとどまって、作業員の世話や食事関係から、現場の消防車の燃料補給に至るまで多くの活動を行った。免震重要棟には、この時、佐藤のような女性がまだ大勢残っていたのである。
「みんなそれまでに、悲惨な状況になっていました。誰も、お風呂にも入れないし、そもそも水さえなくなっているんですから。しかも、天井とかも落ちて、みんな頭が真っ白になったまま、そのままいるわけでしょう。男の人はひげ面で、顔も洗えないないんだから、女の人は頭はペッチャンコだし、お化粧っ気もなく、みんな素顔なんですよ。たまたま白いマスクが手に入ると、ちょうど顔を隠せていいな、ってつけてました。トイレも流れませんからすごいことになっているし、そんな中で、雑魚寝しているわけですから、それはひどい状況でした」
そして、3月15日の朝に、吉田所長による「退避命令」が出たのである。佐藤は、吉田の命令が出た時に1階にいたため、その声を直接聞いていない。だが、続々と退避する人間が1階に降りてきて、事情を知った。
1階には、外に出るための装備がある。タイベックに全面マスク、そして靴にはビニールのカバーをつけて順番に並ぶのである。
だが、退避する人たちが全員マスクをつけていくと、残って作業をする人間のマスクがなくなってしまう。そうなれば、「現場に近づくこと」ができなくなる。
残る人間のために一部のマスクは隠された。絶対数が足りなくなったため、多くの人の奪い合いとなった。
マスクを確保できない人間は、ハンカチを口にあててバスに飛び乗ったり、駐車場においてある通勤用の自家用車に分乗していった。
そんな光景を見ながら、佐藤は、ふと自分と一緒に活動していた若い人間が緊対室にまだ残っているのではないか、と思った。
もし、残っていたら、彼らを死なせるわけにはいかない。佐藤は、そう思って緊対室に駆け上がった。入っていくと、シーンとした中で、吉田たち幹部が円卓に座っていた。
「本当にみんな黙って、吉田所長をはじめ50名近くの管理職の人が円卓にいましたね。静粛というか、シーンとしていました。それまで緊対の中は、ずっとわさわさしてたのに、印象的な光景でした」
その円卓の向こう、入り口から見れば、一番遠くの壁にあるテレビ会議のディスプレイの下に、3人の若者が床に車座になってすわりこんでいるのが見えた。消化班の人間だった。
佐藤は、幹部たちが座る円卓の横を通って、ディスプレイの方に近づいていった。
「もうみんな装備して、下で待ってるよ」
佐藤は、そう声をかけた。だが、彼らは反応を示さない。
もう一度語りかけたが、それでも彼らは立ち上がろうとしなかった。彼らは佐藤に対して何も言葉を発しなかったのだ。
「私、ここに残るということは、本当に死ぬことだと思ってたので、ただ若い人は死なせたくないって思ったんですよね。管理職の方は責任があるから仕方がありませんが、その若い人たちは、ここでむざむざ死ぬのがわかっていて、どうしても置いていけないと思いました。他の人たちはバラバラと免振棟を出ているんだけど、”ね、下で待っているからね、早く行きましょう”って言ったけど、動かないんですよ」
3人は残る覚悟を決めていたのだろう。佐藤は、その意思が固いことを知った。
(中略)
深く礼をした佐藤は、もう振り返らなかった。
「私は、振り返りませんでした。神聖な雰囲気ですから、その円卓に座っている50人ほどは、もう死に装束で腹を切ろうとしてる人たちですから、振り返るなんて、そんな失礼なことはできませんでした。私らみたいな雑兵はやっぱり、そそくさと出るだけです。本当に緊対室はシーンとしていましたから・・・」
会うのは、これが最後 - 復旧にかかわる技術系の人間を除いたほかの人間が退避する中で最後に部屋を出て行った佐藤眞理は、そう語った。
(次回は 「残るべきものが残った」)
※続き『死の淵を見た男』~吉田昌郎と福島第一原発の500日~は、
2016/5/12(木)22:00に投稿予定です。