:〔続〕ウサギの日記

:以前「ウサギの日記」と言うブログを書いていました。事情あって閉鎖しましたが、強い要望に押されて再開します。よろしく。

★ 創造と進化 ⑦ =7日目以降も続く神の創造の御業=

2020-07-25 00:00:10 | ★ 創造と進化

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創造と進化 ⑦

7日目以降も続く神の創造の御業=

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コロナの話題やホイヴェルス師の追悼ミサ関連が続いたが、「創造と進化」の哲学的考察をやめたわけではない。これは哲学者ホイヴェルス師の愛弟子を自任する私の最後で最大のテーマだからやめるわけにはいかない。

31日にアップした《「創造と進化」⑤=ビッグバン=やっと本題の入口へ》や、313日のシリーズ⑥ の「時計職人のたとえ話」の次は、「創造と進化」シリーズ第 ⑦ 弾として、旧約聖書の創世神話「神様は無から天地万物を創造され、6日目にご自分の姿に似せて知的生物≪人間≫を作り、7日目に休息に入られた」というところから始めたい。

 

 

バチカンのシスチーナ礼拝堂の天井画。ミケランジェロによって描かれた『アダムの創造』。父なる神の手がアダムに生命を吹き込む図像。

 

人間が知り得る神様の創造の御業の最初の瞬間は、いわゆるビッグバンだ。というのは、それ以前に何かあったとしても、この時空に住む我々の経験と想像力がそれ以前の状態にまでは届かないからだ。

ビッグバンを起点として神様の無からの創造の意思は、宇宙の神羅万象の存在を維持し進化を導く仕事を神様はお一人で孤独に進めてこられた。そして、進化の頂点に人間を創造すると、その人間の手に宇宙を託し、自らは安息に入られた。

では皆さんは、神様は宇宙の創造から手を引いてしまったと思われるだろうか。

どっこいそうはいかない。このシリーズの一つ前の ⑥「時計職人のたとえ話」をとっくり読み直していただきたい。時計職人は時計を完成すると、ねじを巻いて、時計がコチコチと時を刻み始めると、時刻を合わせて仕事台の上に完成したばかりの時計を残して、工房のはす向かいのカフェに行って一休み。コーヒーをすすりながらカフェの主人と世間話に時を過ごし、しばし自分の作ったばかりの時計のことを意識の外に置き忘れるかもしれない。それでも、時計は仕事台の上で忠実にコチコチと時を刻み続けている。

宇宙の場合はどうか?宇宙の場合はそうはいかない。なぜか?職人の作った懐中時計の場合、その素材まで職人が作ったわけではなかった。材料と部品は職人の手の届く範囲に存在していたものを調達してきたものだった。

神様は宇宙を無から呼び出された。つまり、神様はご自分と無関係に存在した宇宙の素材に依存することなく、全てを、素材ごとご、自分の創造の意思によって無から創造界に呼び出されたのだ。だから、宇宙が存在し続けるためには、神様の持続的創造の意思によって、一瞬、一瞬無から存在へ呼び出し続けられなければならないのだ。

言葉を変えて言えば、もし神様が被造物をご自分の意識の中に保つことをやめ、一瞬、一瞬存在へ呼び出し続けることをやめられたら、被造物はその瞬間に元の素材、つまり無に還ってしまうことになるのだ。

神様は一旦宇宙を創造し、存在を与えたら、その宇宙を存在界に置き去りにして、どこか別の場所に行って、そこで天使たちと面白い話にうち興じて、しばし自分の創造した宇宙のことを忘れて意識の外に置いてくつろぐことは出来ない。何故なら、もし宇宙が神様の持続的創造の意思の外に置かれたら、その瞬間に宇宙は元の素材の「無」に還ってしまって、その痕跡すら残らないことになるからだ。

そして、この持続的創造の意思を別の言葉に置き換えれば、それを神の「愛」ということが出来る。しかしこの愛については多くのことを語らなければならないので、今は深入りしない方がいいだろう。

宇宙の最高のマジシャン、創造主なる神様は、世界よ、在れ!と叫ばれれば世界は忽然と存在界に姿を現わし、神様の創造的意思が持続する限り世界は存在し、その意志がと切れた時、世界は忽然と元の素材、つまり、「無」に帰ってしまうのだ。

さて、神様は被造物の頂点に人間を創られた。まるで、 蒔かれた種が芽を出し、茎を伸ばし、葉を茂らせ、蕾をつけ、ついに花を開かせたように、宇宙は神様のご計画の通りに成長し、その進化の頂点に咲く花のように人間を生み出した。そして神様はその人間に神様の命の秘密、神様の存在原理である「理性」と「自由意思」のひとかけらを贈られた。その時人間は「小さな神」になった。

聖書には、神様は6日目に人を創り、7日目に休まれた、とあるが、正確に言えば、7日目からは進化をご自分一人で導かれることをやめられた、というべきではないか。

人間は神様の秘密の能力、「理性」と「自由意思」をいただいて,小さな神となって、「私」であること、つまり、自我に目覚めたものとなった。神様は人間に、「お前は私の産んだ子、私の愛の果実」と呼ぶことが出来、人間は神様に向かって「神様、あなたは私の創り主、私の父」と呼ぶことが出来るようになったのだ。

神様は人間に、今後、私は宇宙の創造的進化を一人で導くことはやめた。これからはお前と手を取り合って一緒に宇宙の進化を導こう、と招かれた。

ホイヴェルス神父様が、「歴史は神様の営みと人間の営みの 二本の紐を撚り合わせたもの」という意味のことを言われたが、それは、人間の出現以降の宇宙の創造的進化の過程の仕組みを言い当てたものと考えることもできるだろう。

 

 

いかがですか?頭の芯が疲れましたか?それとも、息切れしないで、ここまで私の論旨にすらすらと付いてくることが出来ましたか?

頭が疲れましたか?ではひと休みしましょうか。私は何も難しいこと、変なことは言っていません。ただ、皆さんがこういう思考パターンに馴れていないだけです。わかりにくかったら、落ち着いて、頭を冷やして、もう一度最初からゆっくり読んでみてください。そのうち、なるほど、と納得されるに違いありません。

 

 

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★ 時計職人のたとえ話し ヘルマン・ホイヴェルス 創造と進化 ⑥

2020-03-13 00:00:01 | ★ 創造と進化

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創造と進化 ⑥

時計職人のたとえ話

ヘルマン・ホイヴェルス

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私がまだ20歳台の上智哲学科の学生だった頃、ホイヴェルス神父様は「時計職人」の話をして下さいました。

 

 インドのムンバイで ホイヴェルス神父と私(25才) 東京オリンピックの年(1964)

 

それは大体次のような話でした。

 

或る時、一人の時計作りの職人がいました。

彼は、紙の上に懐中時計の設計図を書きました。精密な複雑な図面は何枚にもわたりました。

設計が終わると材料の調達です。

 

大小の歯車のためには薄い真鍮の板を。歯車の軸のために硬い鋼の細い棒を。ゼンマイのためには弾性の強いハガネの帯を。文字盤の材料、針の材料、銀の側と蓋の材料、そして、時計の進み方を一定にするテンプの髭ゼンマイにいたるまで、つぎつぎと必要な諸々の材料を集めます。

 

 

仕事部屋に籠って、何日もかけて、設計図通り薄い真鍮の板から大小の歯車を切り出し、中心に鋼の軸を付け、それらを枠の中に組み立て、銀の胴体に納め文字盤を入れ、針を付け、ガラスを嵌め、銀の蓋を付け、・・・

 

組み立てが完了すると、試しにゼンマイをしっかりと巻き、コチコチと正確に時を刻み始めるのを確かめて、目を細めて満足げにそれを眺め、仕事机の上にそれを残し、近くのカフェーに行ってコーヒーを一杯注文し、それを飲みながらカフェの主人とお天気の話しや、スポーツの話しや、政治の話しに花を咲かせ、さっきまで根気を詰めて作り上げた懐中時計のことをしばし忘れて、ほっとくつろぎます。時計は時計で、作業机の上で時を刻み続けます。

 

ダリの懐中けいの時計の絵

 

 では、神様も時計職人と同じように7日目に創造の業を休み、宇宙のことや被造物のことを忘れて、天国のカフェーで天使たちとおしゃべりに夢中になられたでしょうか。

 

答えは ノー です。

それは何故でしょう?

 

何故なら、時計職人は彼が設計した懐中時計を作る素材を全て外から調達し、それを加工して時計を完成させたのに対して、神様は天地万物を既存の素材に手を加えて造ったのではなく、素材も含めて一切合切を無から創造されたからです。

 

つまり、職人が作った時計は、職人がその場から姿を消し、時計のことを忘れても、仕事机の上で時を刻み続けることが出来たのに対して、神様が創造し、進化の過程を導かれた被造物の世界は、その素材を含む全てを神様の持続的創造の御業に依存しているのであって、一瞬、一瞬、その存在を全面的に神様の創造の意思に支えられているからです。

 

だから、神様が集中力を切らして時計のことを忘れ、その結果、創造の持続的意思が一瞬でも途切れると、天地万物はその瞬間に、元の素材である「無」に還ってしまうことになるのです。

 

つまり、神の被造物は、自分で自分の存在を支えていないので、神の持続的創造の意思を離れては、一瞬も自律的に存続し得ないのです。

 

上の懐中時計の絵を描いたサルバドール・ダリ

 

ここまで、ホイヴェルス師は、

 

  質量(materia)と 形相 (forma)

  創造(creation)と 形成(formation

  実存(existence)と 虚無(nothing, emptiness

  造物主(creator) と 被造物(creature

 

などの哲学的基本概念を、このたとえ話を通じて、わかりやすく私に説明してくださいました。

 

 

 

この一見素朴な「時計作りの職人」の話は、宇宙はどうしてあるのか、世界は、そうして私はどうして存在するのか、という哲学的問いに対して、バランスの取れた、精神的に健全で円満な回答を示唆しています。

それ以外の「解」を求めて、無理に理性を酷使して別の答えを人間の知恵で捏ね上げようとしても、最後には疲れ果てて「ああ、人生不可解なり」と言って藤村操のように自殺するか、ニーチェのように了解不明のたわごとを言いはじめて精神病院に入るかのどちらかが落ちです。

 

(づづく)

 

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★ 創造と進化 ⑤ ビッグバン=やっと本題の入り口へ

2020-03-01 00:00:01 | ★ 創造と進化

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創造と進化 ⑤

ビッグバン=やっと本題の入り口へ

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ホイヴェルス師とカバン持ちの私(20才?)

ホイヴェルス師は、神の神秘を人々に配る「司祭」、

神のものについて歌いあげる「詩人」、

形而上学の聖堂を守護する「哲学者」、としての

三つの資質を兼ね備えた幸運な魂だったと思います。

ホイヴェルス師にとっての「神」はもちろんキリスト教の神です。毒盃を仰いで死んだソクラテスは紀元前3世紀に歿しているからキリスト教の神を知るはずはなく、青年藤村操の心にもキリスト教の福音が届いていた気配はありません。そして、その彼も自死の道を選びました。 

ニーチェはルター派の裕福な牧師の息子で、その後継ぎとしての期待もあって、大学で神学を学んでいます。彼はキリスト教の「神」を知ったうえで、「神を拒否」し、「神を殺し」、その挙句に心を病んで精神病院に入ることになりました。 

「哲学者」、ホイヴェルス師は預言しました。

神を知らずに哲学に深入りすると、死を選ぶことになる。また、神を否定して哲学しようとすると、こころを病むことになる。上の三人はその予言通りの運命を辿りました。

他方では、「神を知る人の哲学的探求は、心楽しい最高の知的遊びだ」とホイヴェルス師は言います。キリスト教的世界観から自由にヒントを得ながら哲学的疑問を解いていくと、実に明快な回答が得られます。

話は飛躍しますが、キコ・アルグエヨというスペイン人は、ヒットラーが計画したユダヤ民族撲滅作戦のアウシュヴィッツ型ホロコーストの犠牲者たちを悼む「罪のない人々の苦しみ」というシンフォニーを作曲しました。

キコとフランシスコ教皇

彼は、その曲を福島の原発事故の犠牲者と被災者に捧げて、2016年に東京のサントリーホールで上演しましたが、コンサートのプログラムに≪神が存在するとして、その神が苦しむ人を助けないなら、そんな神は化け物だ。また、もし助け得ないのなら、神など存在しはしない≫というニーチェの言葉を引用しています。心を病んだ魂の歪んだ論理です。

私など、詩的センスを欠いた凡俗な人間ではありますが、50才にして国際金融業の泥沼から足を洗い、放蕩息子よろしくホイヴェルス師のあとを慕って司祭職への道に立ち返り、ローマで養成を受けて54歳でようやくカトリックの神父になりました。学生時代にホイヴェルス師から「哲学する楽しさ」の手ほどきを受けたものとして、師の魂の自由さにあやかって、「創造と進化」という主題のもとに、「知的遊戯」の楽しさのほんのひとかけらでも味わってみたいものだと思っています。

さて、旧約聖書の創世記の冒頭には、神は宇宙を6日間で創造されたとあります。6日目に創造の頂点として人間を創り、7日目には休息された、とも書かれています。もちろん、この一日は24時間のことではなく、宇宙の誕生から今日までの長い進化の歴史を語るために、現代の科学的進歩をまだ知らなかった人類が用いた一つの表現様式だったでしょう。

スティーヴン・ホーキングのような宇宙物理学者によれば、ビッグバンと共にこの時空の世界は存在を始めました。138億年の時間の歴史もその瞬間に始まったというべきでしょう。

そして、人が現れるまで、宇宙の歴史は神がお一人で導かれました。しかし、神は人類の出現とともに、物質と生命の長い進化をお一人でつかさどることをおやめになりました。海と陸と空をあらゆる種類の生命で満たし、それをそっくりそのまま人類に託して、「7日目に」休息に入られたというのが旧約聖書のメッセージです。では、創造と進化の歴史は本当にそこで止まってしまったのでしょうか?神は人間の出現とともに創造のドラマの舞台から降りて、身を隠されたのでしょうか?

「ホーキング、宇宙を語る」(原題:“A BRIEF HISTORY OF TIME”)と言う本の著者は「宇宙は何処から来たのか? 宇宙はどのように、そしてなぜ始まったのか? 宇宙に終わりはあるだろうか? もし終わるとすれば、どのように?」などの疑問を提起しましたが、彼はそれに答えを与えていません。

これは、物理学者の仕事ではなく、哲学者こそがそれに答えを与えるべきではないでしょうか?

次回はホイヴェルス師が私に語ってくれた

「時計職人のはなし」

というのを取り上げたいと思っています。

乞うご期待!

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★ 創造と進化④ 「人間の歴史は二本の紐を撚り合わせたもの」

2020-02-01 00:00:01 | ★ 創造と進化

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「人間の歴史は二本の紐を撚り合わせたもの」

(ヘルマン・ホイヴェルス師のことば)

  創造と進化(4)

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人気のシンガーソングライター、中島みゆきはテレビにはあまり出ないが、ちょっと低めのビロードのような声が素敵で、以前から聞いている。

 

最近の彼女の「糸」の世界は演歌なみに単純明快。 「縦の糸」「横の糸」は男と女。遠い空の下で「わたし」と「あなた」が、ある日出逢った。

なぜこの時に? なぜこの人と? それは偶然? それとも必然・・・? なんて、野暮な詮索はしない。

 

それに引き換え、須賀敦子の世界は格段に意味合いが深い。1929年(昭和4年)生まれ。聖心女子大の一期生。国連難民高等弁務官の緒方貞子と同期。6年後輩には上皇后美智子様がいる。敦子は慶応の大学院を中退してパリに留学。ローマへ、ミラノでイタリア人と結婚、わずか5年で夫と死別して帰国。慶応、聖心、上智の非常勤講師をしながら、52歳で博士号。62才のとき「ミラノ霧の風景」で女流文学賞を受賞して彗星のごとく文壇にデビューしたが、短い煌めきを残して69才で帰天。癌だった。

須賀敦子の「縦の糸」は夜の無人の駅で列車を待っている「時間」「横の糸」は夜行列車が駅ごとに乗せていく「祭の賑わい」。

夜行列車は駅ごとに人間の生の営みを乗せ、無機質で希薄な時間に生命を吹き込んで「時」を紡いでいく。

 

皆さん!皆さんは私のこんな退屈な語り口に飽きて、そろそろ忍耐を失いかけておられるのではないでしょうか?

じつは、「<創造と進化>シリーズはつまらない」、という声が早速わたしの耳に届いています。わたしが生きているうちに、いつか本腰を据えて真面目に取り組もう温めてきた大切なテーマ。本論に入る前に読者に飽きられてしまったらどうしよう、と焦ります。

 

〔原題〕"A BRIEF HISTORY OF TIME"

「車椅子の物理学者」の異名を持つホーキング博士は、“A brief history of time” という本の中で、物理学の数式を一つ多く入れるたびに読者は半減すると言って、特殊相対性理論の方程式

E=mc

以外は、一切の数式を排除して、狙い通り一冊をベストセラ―に導きました。

私の場合は、方程式の数の問題ではない。一体どこをどう工夫すれば、無事ホイヴェルス神父の

「人間の歴史は二本の糸を撚り合わせたもの」

という命題まで、皆さんの興味を繋ぎ止めることが出来るのでしょうか。

 

そもそも、ホイヴェルス師の「二本の糸」とは何だったのでしょう。それは中島みゆきの糸とも、須賀敦子のそれとも次元を異にします。

ホイヴェルス師によれば、「歴史とは、<神の英知><人間の愚かさ>の二本の紐が撚り合わさって創られるもの」と定義されます。

それは、みゆきの「2次元」の平板なものではなく、敦子の、時間によって紡がれていく人間の賑わい、つまり、「3次元の空間に時間を添えた「4次元」の話しでもありません。

ホイヴェルス師の話は、須賀の4次元の世界を遥かに越えて、全く異次元の存在「神」を持ち込むことで、一気に広大無辺の世界に飛翔していくのです。しかも、師は「神を知る人の哲学的探求ほど、心楽しい知的な営みはない」とまで言われました・・・。

ちょ-っと待った!

師は、一方では、神を知らない哲学者が、まじめに存在の根拠と人生の意味を問い続けるなら、最後には藤村青年のように華厳の滝から身を投じるか、ソクラテスのように毒盃を仰いで死を選ぶか、はたまた、ニーチェのように精神を壊して病院に入るしかないと言われました。

他方では、哲学者の存在理由はどこにあるか、という問いには、「存在の根拠を探求し予感し、驚くこと」と言うにとどめ、暗に、それ以上進むことは危険だ、と警告しているかのようです。

さらに、「哲学者」と題する小品の主人公の口を借りて、「僕らはドン・キホーテのような悲劇的な格好をした騎士ですよ。私たちが神について論ずることは不敬です。」と言わせ、「私たち哲学者は Vom lieben Gott(なつかしい神についての)話をする権利を有していない。」と結んでいます。

それらは、「神を知る人の哲学的探求は、実に心楽しい最高の知的遊びだ」という師のことばと、どこかで矛盾しないでしょうか。この見かけ上の矛盾を一体どう解消すべきでしょうか。

 答えは次回のお楽しみ。

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★ 創造と進化 ③

2020-01-23 23:42:33 | ★ 創造と進化

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「人間の歴史は二本の紐を撚り合わせたもの」②

(ヘルマン・ホイヴェルス師のことば)

 創造と進化(3)

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ホイヴェルス師は学生たちといて、気分が乗ると、よくドイツ民謡を歌って下さった。自然に私はドイツ語に魅かれた。

そもそも、中世哲学の文献を読むうえでは、英語よりもドイツ語とフランス語の知識が必須であることは痛感していた。どうする?ドイツ語は発音のゴツさから考えて、独学でも行けそうだ。周りにドイツ人の神父さんたちもいるし・・・。

それに比べ、フランス語の発音は洗練されてデリケートだからちゃんと習わないとモノにならないだろう、と直感した。そこで、エイヤッ!と決断して、哲学科を1年休学、上智大学の外国語学部フランス語学科に転入した。お蔭で、フランス語の文献もドイツ語のものも、辞書と時間さえあれば何とか読めるようにはなっていた。(そのドイツ語が、後日ドイツのコメルツバンクに就職する足しになるとは、人生分からないものですね!)

近代ドイツには、ゲーテ、ハイネ、ヘルマン・ヘッセ、アイヒェンドルフなど、日本でも知られた詩人がたくさんいる。ホイヴェルス師が歌うドイツ語の歌の作詞者には私の知らぬ人が多かったが、いつの間にか私も、ハイネの「ローレライ」や、ミュラーの詩を歌ったシューベルトの「冬の旅」から「菩提樹」をドイツ語で暗記して歌うことを覚えた。

日本にも宮沢賢治、白秋、啄木、西城八十、野口雨情など優れた詩人がいて、歌曲や童謡になったものもあるが、現代の若い世代にはどれほどのものだろうか。

最近若い女性から、中嶋みゆきの「糸」がいいわよ、とわざわざスマホに動画が届いた。シンガーソングライターの中では、綺麗な人という印象で、日ごろ好感を抱いていたが、その歌詞が気に入った ♪ ♬ ♫ 。

 

なぜめぐり逢うのかを 私たちは何も知らない

いつめぐり逢うのかを 私たちはいつも知らない

どこにいたの 生きてきたの

遠い空の下 ふたつの物語

 

縦の糸はあなた 横の糸は私

織りなす糸は いつか誰かを

暖めうるかも しれない

 

縦の糸はあなた 横の糸は私

逢うべき糸に 出逢えることを

人は仕合わせと 呼びます

・・・・・

歌っている中島みゆきは意識しているだろうか?彼女の詩の中に何となく哲学めいた風味が漂っていると私は感じた。どこが、どのように、というのはあとに回すが、それにどこか雰囲気の似た―と私には思われる―しかもより文学的な表現を、数日前に須賀敦子のエッセイ「となり町の山車のように」の中に読んだ。

 

「時間」が駅で待っていて、夜行列車はそれを集めてひとつにつなげるために、駅から駅へと旅を続けている。・・・・・「線路に沿ってつなげる」という縦糸は、それ自体、ものがたる人間にとって不可欠だ。だが同時に、それだけでは、いい物語は成立しない。いろいろ異質な要素を、となり町の山車のようにそのなか招きいれて物語を人間化しなければならない。ヒトを引合いにもってこなくてはならない。・・・縦糸の論理を、具体性、あるいは人間の世界という横糸につなげることが大切なのだ。 (須賀敦子全集第3巻559ページ)

 

「人間の歴史は二本の紐を撚り合わせたもの」というホイヴェルス師の命題に取り組むためのウオーミングアップとして、中島みゆきと須賀敦子を引用したが、導入としてはもう十分だろう。次回こそ、二本の紐(糸と言いなおしてもいい)の本題に入ろう。 

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★ 「人間の歴史は二本の紐を撚り合わせたもの」(ヘルマン・ホイヴェルス師のことば)創造と進化(2)

2020-01-21 00:00:01 | ★ 創造と進化

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「人間の歴史は二本の紐を撚り合わせたもの」

(ヘルマン・ホイヴェルス師のことば)

 創造と進化(2)

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私は「創造と進化」(1)で、司祭であり、詩人であり、同時に、哲学者でもあったヘルマン・ホイヴェルス神父の言葉を引用して、「哲学者はなつかしい神についての話をする権利を有していない」、「哲学者が神について論することは不敬です」、と記した。

それなのに、ホイヴェルス神父が「神を知っている人にとっては、哲学するほど楽しい知的遊戯はない」と言っているのは、どういう意味だろう。この二つの主張は矛盾するのではないだろうか。

 

上の問いに答える前に、一つの話をしたい。

私は二十歳代を通して、よく京都は洛北の安泰時という破れ寺で座禅をしていた。座禅の師は澤木興道という曹洞宗の老禅師だった。1週間ほどの接心には、一人の尼僧(名前を忘れた)が影のように師の身辺のお世話に寄り添い、内山興正老師とか、京都大学の哲学科の優秀な学生たちが多数参禅していた。朝4時頃だったか、興道老師の内弟子だけが許されて老師のお部屋でお茶をいただく習慣があった。一日中沈黙が支配する安泰寺では、この時間だけ老師と親しく言葉を交わすことができた。

当時、私は全くの若輩ではあったが、澤木老師は、お前は耶蘇(カトリック信者)だったな。まあいい、そこに座っていなさい、と優しく受け入れてくださった。

さて、座禅だが、私は、座る作法、姿勢、息の使い方、心の持ち方などをしっかり手ほどきして戴いて、それを忠実に実践したが、心が鎮まるにつれ、「無」や「空」に向かう筈の心の中に、どっこい、しっかりと神様(キリスト教の三位一体の神)が現存されるのを意識しないではいられなかった。だから、その神様を「迷い」として振り払ってまで、敢えて「無」に向かい、「空」に向かうことはとうてい出来なかった。

澤木興道老師が、日本の曹洞宗の世界では「昭和の最後の雲水」と言われた超有名な高僧であったこと、大先輩ではあっても澤木老師を前にしては兄弟子ぐらいにしか思っていなかった「折り紙の神様」の興正さんが、彼自身偉大な内山興正老師として後年人々の尊敬を集めていることを知ったのは、ずっと後のことだった。

私は何を言おうとしてるのだろう。

言いたいことは、澤木老師にとっても、内山先生にとっても、座禅するということと、私がキリスト教の神を信じているということは、何も互いに排除し合う両立しない事柄ではなかったということだ。

同様に、ホイヴェルス神父にとっても、その弟子である私にとっても、哲学するということと、神をすでに知っていて信じている、ということとは、決して両立しない矛盾を含むものではないということではないのか。

哲学することが、自殺することになるか、狂気に終わるか、はたまた、楽しい精神の健全な営みになるかを分けるのは、神を知っているかどうかの一点にかかっているというホイヴェルス師のことばには、実に深い重要な意味が秘められていると思った。

私は、信仰の恵みを戴いて、生ける神、天地万物の創造主にして「愛」である神 を体験として知っているから、人を迷わせ、死にいざない、狂気へと駆り立てることもできる高貴にして危険な哲学の道を、楽しみながら普段に散歩することが出来るのだと思う。

これは、哲学的問題を前にして、人間の理性を頼りにその「解」を見出そうという、困難で険しい道から飛躍して、非理性的に宗教の世界に 逃避 するのではない。また、哲学の力で 神の内面の命 を解き明かそうとしたり、あるいは逆に、神の非存在 を人間の理性で論証して見せよう、というような、不遜にして傲慢な誘惑に身をゆだねるのでもないのだ。むしろそれは、理性と精神の王道を、ゆとりをもって楽しく散策する恵まれた道だというべきだろう。

私はこのブログの冒頭に、「人間の歴史は二本の紐を撚り合わせたもの」と書いた。それはヘルマン・ホイヴェルス師が私に遺された言葉だ。二本の紐とは、何の紐と何の紐 のことだろうか。

今回、そのテーマに向かって書き始めたが、思いのほか前置きが長くなってしまったので、ここで一区切りつけて、本論は次のブログ以下に委ねよう。 

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★ ソクラテスは哲学者か? 創造と進化(1)

2020-01-07 01:00:00 | ★ 創造と進化

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ソクラテスは哲学者か?

 創造と進化(1)

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キリストより5世紀も前の人。生涯にわたって知への愛(フィロソフィア)に生き、書き物を残さず、ソフィスト(自称賢者)たちのように報酬を求めず、極貧生活に耐え、ソフィストたちの無知を指摘していくうちに、反感を買い、憎まれ、誹謗され、追放を受け容れて生き延びる道を拒み、結果的に死刑を言い渡され、自ら毒盃をあおって死んでいったソクラテスは、まちがいなく本物の哲人、哲学者だった、と私は思う。

藤村操(みさお)は哲学者か?

明治36年(1903年)、一高の秀才だった藤村操は、16才の若さで「人生不可解なり」という意味の一文「巌頭の感」を傍らのミズナラの木の幹に刻んで、日光華厳の滝から身を投じて死んだ。

「立身出世」を美徳としてもてはやした当時の世相に激震を与え、彼の死後4年間に、共感した185人の若者が同じ華厳の滝で相次いで自殺を試み、そのうち40人が死を遂げた。以来、華厳の滝は自殺の名所となっている。

高い理想を持たず、金持ちになるために働くことを唯一の生き甲斐にしている現代の若者たちには見られない生きることへの真面目さが、彼らにはあった。

「自死」を受け入れたソクラテスは、人間の死後のことについては「一切わからない」と言った。藤村操も「万有の真相」を16才の明晰な頭脳で追究して、それは「不可解」であるという究極の答えに達し、その必然の帰結として「自死」を選んだのだ。

7世紀の時の流れを隔てて、ギリシャ人のソクラテスと日本の藤村操は、同じ問題に対して同じ答えを出し、同じ死を選んだ。

私は、藤村操もソクラテスに並ぶ立派な哲学の徒として認める。

では、私が習った上智の外国人哲学教授たちは哲学者だったか? また、私が50才代にローマのグレゴリアーナ大学で講義を受けた若い教授たちの中に、哲学者はいたか?

答えは、「ノー !」だ。

カトリック界の最高学府グレゴリアーナ大学に、襤褸(ぼろ)をまとったソクラテスが現れて、「学生たちと対話をしたい」と言っても、門前払い間違いなし。16才の藤村少年が、「告げたいことがある。上智大学の教壇に立たせろ!」と申し出たら、下手をすると、精神病院に放り込まれるかもしれないのだ。 

今日、大学院で修士号を取り、博士論文が通らなければ、大学の哲学准教授、教授への道は簡単に開かれない。

普通、大学の哲学科教授は、みな自分の専門分野に特化している。西洋哲学は、古代ギリシャ哲学、中世哲学、近代、現代哲学と、時代別に専門化し、東洋哲学はインド哲学、中国哲学、日本哲学と地域別に専門特化している。それはそうだろう。世界中の全ての時代の全ての場所のすべての哲学者について同じ詳しさと深さで研究し、記憶に整理することは、スパコンならとにかく、人間業では不可能だからだ。

大学の哲学教授たちは、それぞれの専門分野の過去の著名な哲学者たちの教説に詳しい専門家で、その知識を学生たちに切り売りする代償として生活の資を得る職人だ。彼らは哲学史という歴史の先生ではあっても、「哲学者」ではない。教えるのは生活のため。哲学のために命を賭ける人はいない。ソクラテスを殺した金儲けが目的のソフィスト(自称賢人)たちにどこか似ていなくもない。

では、私の魂の師、ヘルマン・ホイヴェルス神父は哲学者だったか?

彼は、1923年(大正23年)に来日したドイツ人イエズス会士。来日1週間目にいきなり関東大震災の洗礼を受けたが、地震が収まると泰然として部屋から出てきて、「日本は地震の国と聞いていたから、慌てず自室の棚の上の大事なシルクハットを護っていた」と言って、肝をつぶして外に飛び出し、わなわな震えていた先輩の外国人宣教師たちをあきれさせた、というエピソードが残っている。

その彼は、背が高く痩せた、詩人、劇作家で、随筆も書いたが、好んで学生たちと対話し、興が乗るとドイツ語の民謡を楽しそうに歌って聞かせる飄々とした風貌の持ち主だった。

彼は、随筆集「時の流れに」の中に「哲学者」という一編を残している(注)その冒頭に、「驚異というのは哲学の出発点」であり、「またその終点でもある」という言葉があった。また、「哲学者は精神を弁明し、自然を守る」とも、「哲学者も(竹のように)まっすぐ成長せねばなりません。中正を外れた思想は許せない」とも書いています。そして、哲学者は「悪意の人たちが形而上学の聖堂の中に押し入ったとき、警報を鳴らす精神の番兵」とも定義しています。哲学者は「知識の深い竪坑から人類のために宝を運び上げる(者)」とも表現しました。

彼、ホイヴェルス師は、この小品の主人公である「哲学者」の口を借りて、「神についてただ二人の人――司祭と詩人――だけが語るべき」と言わせ、「司祭は神の神秘の管理者であり、その神秘を人々に配るもの」と定義し、それに対して、「詩人と言うものは神の鶯です。神のものについて歌って上機嫌になってしまう。」と語らせています。そして、哲学者については「僕らはドン・キホーテのような悲劇的な格好をした騎士ですよ。私たちが神について論ずることは不敬です。」と。

では、哲学者の存在理由はどこにあるか、という問いに対しては、「存在の根拠を探求し予感し、驚くこと」と答え、「私たち哲学者は Vom lieben Gott(なつかしい神についての)話をする権利を有していない。そうするためには、私たちはすべての哲学を忘れて子供のようにならなくてはだめです」と締めくくる。

これらの哲学と哲学者についての一風変わった、しかし極めて意味深長な描写を通してわかることは、司祭であり、詩人であるホイヴェルス師は、加えて彼自身、優れて本物の「哲学者」でもあった、ということではないだろうか。

12年に亙る上智大生活を通していつもホイヴェルス師のそばにいた私に、師は、実に多くの言葉を残された。

そのひとつに、「神を知らずに真面目に哲学する人には、発狂するか、自殺するか、二つに一つしか道はない」という厳しい言葉がありました。

哲学が人を狂気へと導いた一例として、ニーチェは1989年1月3日トリノ市の往来で騒動を引き起こし、二人の警察官に取り押さえられ、その後、バーゼルの精神病院に入院させられた。そして、「私が人間であるというのは偏見です。…私はインドに居たころは仏陀でしたし、ギリシャではディオニュソスでした。…アレクサンドロス大王カエサルは私の化身ですし、ヴォルテールナポレオンだったこともあります。…十字架にかけられたこともあります。…愛しのアリアドネへ、ディオニュソスより」 と書いている。

上のホイヴェルス師の言葉に照らせば、なぜソクラテスが自由に毒盃をあおる死の道を選び、藤村操が華厳の滝から身を投じて死に、ニーチェは狂人になったかも納得できる。

そして、師は「神を知っている人にとっては、哲学するほど楽しい知的遊戯はない」とも付け加えられた。ホイヴェルス師は、早い時期からこの「哲学する楽しみ」に遊んでおられたのだろう。私とホイヴェルス師との交わりは、彼の死まで続いたが、80才の誕生日を迎えて、いま私は師のこれらの言葉がようやく腑に落ちるようになってきた。 

私が、ブログ人生最後のテーマとして、「創造と進化」を選んだのも、このことと無関係でははい。折に触れて、今まで同様、多様なテーマで書くこともあろう。しかし、通奏低音としては、今後この方向から外れることはないと思う。

私はなぜ存在するのか。私は何のために存在するのか。世界は何のためにあるのか。宇宙とは何か。存在とは何か。真理とは何か・・・。これらの根源的な問いに対して、神に逃げず、宗教に頼らず、人間の理性、知性だけに信頼してどこまで回答に迫れるかが「哲学の楽しみだと思う。

私は、それを哲学者ホイヴェルス師から教わった。これが仏教でいう師資相承と言うものではないだろうか。

(注) 私はこの哲学者のモデルはホイヴェルス師と親交のあった日本最初のカトリック哲学者、吉満義彦ではなかったかと考えている。

コメント (7)
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★ 「創造と進化」

2019-10-20 18:37:42 | ★ 創造と進化

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「創造と進化」

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私は今まで漫然とブログを書いてきた。それは、多分2007年の春ごろからで、実に12年以上続いたことになる。

ところが、キコの二冊目の「覚え書き」を翻訳出版したあと、何か拍子抜けして筆が止まってしまった。

このまま漫然とブログを続けていていいものか?という疑問が頭をもたげてきたのだ。

もし続けるとしたら、死ぬ日までの一貫したテーマが何かあってもいいのではないかと感じた。

最近、須賀敦子という女性に出会った。遺稿を読み進むうちにふと考えた。 「創造と進化」、これだ! 人生の最後のテーマとしては、これがいい! いや、これしかない! という気もちになった。

 

 

思い返せば、上智の卒論は、確か「無からの創造」、中世哲学研究科の修士論文は「世界の創世神話」の比較研究だった。いずれも、模範的な学生論文の常識、教授の期待値を裏切る長編だったので、修士論文の指導教官アルンブルステル師などは、辟易して、最後まで読まずに評価採点したのではなかったろうか(笑)。

因みに、グレゴリアーナ大学の神学部修士論文は「ヨハネパウロ2世教皇の著書に見る三位一体論」だったが今は関係ない(イタリア語がお粗末だったので、英語でごまかしたが受理された。)これもバカ長いものになってしまったが、製本されて大学の研究室の図書館に残されていると思う。

私は、アルンブルステル教授のような学者先生への道を選ばなかった(それには深いわけがあったが、いつか触ることもあろう)から、哲学の素人には違いない。しかし、素人は素人なりに、一貫して「創造と進化」というテーマを死ぬまで追い続けるのも悪くないと思う。

とは言え、今まで通りの折々の話題について書くことをやめる、という意味ではない。何が面白いと思ったことがあったら、いつでもその話題で書く自由は保ちたい。

以上、ご大層な前書きはこれくらいで十分だろう。

ツイッターやフェースブックがはやりのご時世に、インスタ映えのしない長文の真面目なブログが敬遠されることは、百も承知の上での決心なのだから・・・。

★ ★  ★ ★  ★ ★  

付録に、新刊翻訳書「覚え書き」(キコ・アルグエヨ著、谷口幸紀訳、フリープレス刊、ハードカバー、351ページ、定価2000円+税)のPRをお許しいただきたい。

 

 

第2バチカン公会議後の信徒のカリスマとして注目の著者 キコ・アルグエヨ の秘められた魂の内奥をさらけ出したこの「告白」は、現代の霊的読書として必携の一冊と言ってもいいだろう。

翻訳者の私は、出版を可能にするために借金を質に置いて400冊を引き受けたが、今現在私の手元から約150冊が出て行った。

私的在庫と負債を少しでも軽くするために、出来れば有償で一冊でも多く直接読者に届けたい。私にメールでご注文の方には、特別割引で消費税と送料無しの2000円ちょうどでおわけします。ネット通販の「アマゾン」や「楽天」等でも簡単に手に入るものですが、消費税200円分だけ安くなります。

下のアドレス宛てのご注文お待ちします。たまたま東京を留守にしている時を除いて、翌日にはユーメールで送ります。

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発送と同時にメールで振込先を通知申し上げますので、本が着いたら代金を振り込んでください。よろしくお願いいたします。

谷口幸紀拝

 

 

 

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