チェロ弾きの哲学ノート

徒然に日々想い浮かんだ断片を書きます。

ブックハンター「PCRで増幅されるDNAの量」

2020-05-20 08:50:34 | Weblog
195. PCRで増幅されるDNAの量 (文芸春秋5月号 数学の科学45 佐藤健太郎著)

 私がこれを紹介しますのは、コロナウイルスの検査機器であるPCR(polymerase chain reaction)の説明で最も分かりやすかったからです。これは同時にこの原理の開発者キャリー・マリウスの物語でもあります。 では、いっしょに読んでいきましょう。

『 最近のコロナ騒動で、PCRという言葉を連日耳にするようになった。手元にあるDNAの量を大幅に増やす技術だ。 ウイルスというのは、要するに殻の中に入った遺伝子(DNAまたはRNA)だ。
 ある人の喉から採取した遺伝子を解析し、新型コロナウイルスに特有の配列があれば、その人は感染者と判定できる。 問題は、採取できるウイルスの遺伝子は極めて僅かであり、そのままでは解析が難しいことだ。

 そこでPCR法の出番となる。 DNAは、四種のパーツ(A・T・G・Cと略される)が長く連結したものだ。 このうちAとT、GとCは互いに引きつけ合い、二本の鎖をはしご状に結びつけて、二重らせん構造を形作る。 
 これを加熱すると二重らせんがほどけて二本の鎖に分かれるので、そこにポリメラーゼという酵素と、原料となる四種類のパーツを加える。

 すると、一本ずつになった鎖の配列を鋳型にして対になる鎖が合成され、結果として元と同じ配列の二重らせんが二本に増えるのだ。 さらに同じ操作を施せばDNAのコピーは四本、八本と倍々に増えてゆき、三十回も繰り返せば理論上十憶倍以上にも増幅できる。
 実際にはもう少し面倒だが、基本原理はこのようにシンプルなのだ。

 この原理は、キャリー・マリスという奇天烈な科学者が、ドライブ中に思いついたものだ。 この着想が浮かんだ瞬間、彼は車を路肩に停めて大笑いしたという。 このアイデア一発で、ノーベル賞を獲れること間違いなしだったからだ。

 PCRはすぐに科学研究や犯罪捜査、遺伝子鑑定などに欠かせない手法となり、マリスは十年度に目論見通りノーベル賞を勝ち取った。
 DNA以外の物質もPCRで何百倍に増やせたらよいのだが、当然これは不可能だ。 DNAは自らの複製を作るよう特化した構造であり、コピー製造の道具も自然界に揃っている。
 であればこそDNAだけが増幅できるのであり、他の物質ではこうはいかない。
 わずか数ヵ月前に、最初の感染者の体内に入り込んだウイルスは、あっという間に世界を席捲した。 PCRに劣らぬ、この恐るべき速度もまた、遺伝子の持つ増殖能力に他ならない。
 異なるのは、彼らが増幅器として利用しているものが、我々の体だという点だ。 突如現れた、ひたすら増殖する見えない難敵といかに闘うか、人類は試練の時を迎えている。 』
 (第194回)

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