チェロ弾きの哲学ノート

徒然に日々想い浮かんだ断片を書きます。

ブックハンター「スモールハウス」

2018-08-08 10:37:35 | 独学

 171. スモールハウス   (高村友也著 平成24年9月)

 本書は、日本人が書いてますが、内容的には、米国の事例です。住む家の話ですが、自分が生きるために、一番大切なものは、何なのか! 生きるために必要な哲学やエコロジー(人間生活と自然環境の調和・共存を考える……)にも及びます。では、読んでいきましょう。

 

 『 実際にスモールハウスに住んでいる人の例を挙げながら、その魅力について語っていこうと思う。まずは、何と言っても、ジェイ・シェファー(Jay Shafer)。スモールハウスムーブメントというのは、誰か特定の人や団体が始めた運動ではない。

 でも、もしも、誰か一人、歴史的なターニングポイントになった人物を挙げるとすれば、間違いなくシェファーだ。彼が最初に「スモールハウス」という名のつくものを建てたのは、1999年。当時は、アイオワ大学で美術の教鞭をとっていた。

 理由はといえば、「たくさんの物や空間に気を配るのは面倒だ」という他愛もない理由だった。つまり、家に入れるものは少なくていいし、無用な空間を管理することも御免だ、ということ。

 大きさは10平米弱。10平米というのは、なんと、駐車場の白線に囲まれた車一台分のスペース、あれよりさらに小さい。彼は当時の心境を振り返って、こんな風に語っている。

 「僕は、自分の平穏な暮らしを支えてくれる家が欲しかったのであって、それを支えるために暮らしを捧げなければならないような家を欲しくはなかった。一方で、賃貸という考えは自分にはなかった。借り物じゃなくて、自分色に染めて使える、正真正銘の自分の家が欲しかったんだ。」

 スモールハウスの存在意義を、過不足なくドンピシャリで表したコメントだ。なんなら一生使える、自分の城が欲しい。でもお金はあまり払いたくない。じゃあどうするか? 小さいのを作ればいい。ついでに言うなら、空と緑に囲まれた、一戸建ての「家」が欲しかったんだと思う。

 つまり、彼は、一言で言うと「自分が欲しいから作った」ということになる。ところが、そのスモールハウスが、大勢の人々の生き方に影響を与え、「ムーブメント」と称されるまでに至る。おそらく、本人も、そんなことになるとは予想していなかったにちがいない。

 スモールハウスの構想を練っているとき、彼は、家族や恋人にさえ、決してそのことを言わなかった。その小さな家は、自分だけの楽しみであり、他言することに恥ずかしさすら感じ、他人の共感は得られないと思っていた。

 ところが、竣工して住み始めた翌2000年、彼の家は、「ナチュラル・ホーム」という雑誌の年間大賞を受賞、突如としてアメリカ中の注目を集めることとなった。 』


 『 セダー(ceder ,ceder wood 針葉樹の木材)の外壁、さび色の窓。それに、三角の屋根と、手前には椅子を置いてくつろげるかわいいポーチまでついていて、もうこれは、普通の木の家だ。

 ドアは、人ひとりやっと通れる大きさ。ドアなんて、誰かと肩を組んで通るためのものではないから、通れればそれでよし。必要にして十分。シェファーは自分の設計手法を「引き算方式」と呼んでいる。

 あれも欲しいこれも欲しいと、欲しいものを足し算して膨らませていくのではなく、まず最初に適当な家をイメージして、そこから不要な設備やスペースをできる限り削っていく。彼は引き算方式の設計について語る際、サン=テグジュペリ(フランスの作家でパイロット)の表現を借用している。

 「完璧なデザインというのは、それ以上加えるものがないときではなく、それ以上取り除くべきものがないときに、初めて達成される。」 おそらくドアの大きさも、引き算されたのだろう。

 ドアを開けると、目の前にはもう、部屋がある。普通の家だったら、玄関があったり、廊下があったり、階段があったりするはずだ。そういうものを全部引き算。通るためだけの空間にお金を払う必要はない。というか、そもそも、彼の家全体で、ちょっと広い家の玄関くらいの大きさしかないのだ。

 その「部屋」を、彼は「グレートルーム」と呼んでいる。カタカナにしてしまうとちょっとダサい名前だけど、英語だと洒落た響きなんだと思う(たぶん)。

 グレートルームというのは、要は、何でもできる万能の部屋。リビングであり、ダイニングであり、仕事部屋であり、客室でさえある。ソファーと椅子と両方あるので、普段くつろいでる時はソファーで、気合入れて仕事しようって時には椅子と机を使う。折りたたみのテーブルもあって、大人4人で食事したこともあるらしい。

 ひとつの空間をあらゆる用途に使うのは、家を小さくするための基本的な方法だと思う。たとえば、年に何度かしか使わないゲストルームであるとか、リビングとは別にダイニングを設けるとか、そういった、なくてもすむものはどんどん住宅から引き算していく。

 そうすると結局、残るのは、キッチン、バスルーム、ベットルームと、残りのすべての用途に用いる万能の部屋がひとつ。家族用の家ではそういうわけにはいかないかもしれないが、でも、参考になるところもあると思う。

 昔は、ただひとつの部屋が、普段は家族が屯(たむろ)するリビングであり、囲炉裏を暖めればキッチンになり、膳をならべればダイニングになり、座布団を敷けばゲストルームになり、裁縫道具を広げれば仕事部屋になり、布団を敷けばベットルームになった。 』

 

 『 さて、その万能のグレートルームの真ん中には、すごくコンパクトなガスストーブがある。そのストーブだけで、真冬でも家全体がポカポカ。ガス代は毎月せいぜい数百円ですむ。

 別荘のような使い方を考えている人の中には、薪ストーブにあこがれる人もいるかもしれないが、シェファーはいろいろ考えて、スモールハウスでは小さなガスストーブの使い勝手が良いと判断したようだ。

 暖まるのはガスのほうが早いし、薪がいつでも手に入るとは限らないし、あとは、どうしても煤煙で部屋が汚れてしまう。シェファーのガスストーブは、日本で主流のガス・石油ストーブと違って、ちゃんと排気管がついている。

 熱気を逃してしまうのでもったいないといえばもったいないが、熱より酸素のほうが大事だ。特に、スモールハウスのような狭い空間では、酸欠で脳細胞が死滅してしまう。

 欧米では、スモールハウスに限らず、家の中で煙突のない石油ストーブを使うことはあまり一般的ではないようだ。一番効率のいい暖房方法は、太陽光を直接採り入れることだという。

 外に面したガラス窓を全面に設置できるスモールハウスは、自然光の利用にうってつけだ。実際、シェファーの家も、北側以外、全面に窓を設置している。熱が逃げていくのも窓からだと言うから、一番賢いのは、二重ガラスにすることだ。

 光は入ってくるし、熱は逃げにくい。何より、窓が多いのは気分がいい。室内は、明るい松材で統一されている。隠し扉のような収納がいくつも備わっていて、無意味に存在している空間は一切ない。

 キッチンとグレートルームを分かつ仕切も、単なる壁ではなく、本棚と収納棚になっている。本棚には、美術や建築関係の本、収納棚には、調理用のスパイスや食器が並んでいる。

 キッチンはと言うと、2口のガスコンロに、流し、小さな冷蔵庫やオーブンが備え付けられている。電気は、1999年当時はソーラーパネルを使っていたらしいが、現在は普通に電線を引いている。

 最奥にはバスルーム。トイレは水を使わないコンポストトイレ、シャワーは天井にタンクを置いて自然落下させる原始的な仕組みだ。

 もっとも、シェファー自身が常に強調しているように、一般人がいささか抵抗感を覚えるであろうこれらの設備は、彼がたまたまそれを選んだということであって、別に、望むなら、ウォシュレットを完備したって、ジャグジー付きのバスタブを設えたってかまわない。

 ただ、シェファーは、上下水の配管の要らないこのミニマムな仕様がお気に入りだという。キッチンの上にはマンホールくらいの穴が開いていて、はしごをかけると、クイーンサイズベットのある居心地の良いスリーピングロフトへと誘ってくれる。

 ベットと言っても、要は、布団だ。英語でもフトン(futon)とか日本式(Japanese style)と言う。もう需要はないんじゃないかと思われていたジャパニーズ・フトンがこんなところで復活するとは。もちろん、彼らは畳んだりしない。敷きっ放し。

 ロフトは、10寸屋根(角度が45度の屋根)の屋根裏を丸々使った形になっていて、これがスモールハウスで非常によく見られる間取りだ。 なにしろ寝るのは、体が横には入りさえすれば寝られる。

 シェファーは昔、彼女と一緒にロフトで寝て、彼女が朝起きて屋根に頭をぶつけたなんて言っていたけど……。こんな屋根裏部屋というか、まさに屋根の裏側で寝たら、雨音が気になるんじゃないだろうか、」と心配する人がいるかもしれない。

 でも、スモールハウスに住む人たちは、「雨音を聞きながら寝ることができる」と、まるで特権であるかのように語っている。 』


 『 少し時系列が前後するけど、シェファーがスモールハウスを建てるまでのことを話そうと思う。彼は昔、いわゆるトレーラーハウスに住んでいた。エアストリームという、輪郭が滑らかで、シルバーの、よくアメリカ映画に出てくるタイプのトレーラーハウスだ。

 日本では、トレーラーハウスを目にすることはほとんどないから、トレーラーハウス暮らしと言うと、お金があるとかないとかいうよりも、ちょっと変わり者だと思われてしまう。

 しかし、アメリカのトレーラーハウス暮らしというのは、今も昔も、まさに貧困層の象徴だ。ただ、シェファー自身は、特にお金に困っていたわけでもないようだ。単に、そういうミニマムな暮らしが好きだったという。

 それは、彼の幼い頃からの憧れで、というのも、子供の頃に、家族数人で住むには大きすぎる家の、掃除やらペンキ塗りやらをやらされたらしい。

 遊んだり本を読んだりする時間がなくて、「自分は将来、もっと小さい家で自由に暮らそう」と密に企んでいた。それで、彼はトレーラーハウスで自由気ままな生活を送っていたんだけど、ひとつ問題があった。

 あんまり快適じゃなかったらしい。エアストリームというのはアルミで作られている。だから、結露が酷くて、断熱材を施したりしてみたけど、根本的な解決にはならなかった。

 初めて迎えた冬で、彼は、市販のキャンピングトレーラーは永住用にはできていない、と悟った。トレーラーにもよるかもしれないが、とにかく、こんなところにずっと住んではいられないと思った。

 でも、ミニマムな生活は続けたかった。それで彼は、一般の住宅と同じクオリティで、キャンピングトレーラーと同じくらいの小さい住宅を作れないだろうか、と考え始めた。

 それが、彼のスモールハウスの、ちょっと誇張して言うなら、スモールハウスムーブメントの、始まりだった。もっとも、彼はいわゆる建築士でもなければ、特別な大工経験があったわけでもない。

 美術をやっていたので、多少デザインの心得があったくらいだ。彼は、後に、スモールハウスに関するトークイベントで、「高校の頃、建築の授業をとったけど、評価はたしかCだったよ」と言って聴衆の笑いを誘っている。

 そんなわけで、当時の彼は建築規則すらおぼつかなかった。その建築規則の中に「家としての広さの最低基準」と言うのがあったらしい。彼が最初に設計した家は、その最低基準の三分の一しかなかったという。つまり、小さすぎたのだ。 』


 『 この「家の大きさの最低基準」というアメリカならではの規則、これに対する怒りが、むしろシェファーの創造力に火を点けたようだ。

 彼の取った解決策は、建築規則を回避するために、トレーラーの上にまともに家を建ててしまうという方法だった。つまり、いつでも動かせる車輪付きの家。

 だから、さっき紹介したシェアーのスモールハウスも、構造上、および法律上は、トレーラーハウスということになる。トレーラーハウスにも、いろいろ制約はあったが、何とかクリアーして、本当に建ててしまった。

 トレーラーベースの上に、木材を使って建築してしまったシェファーの行動を、「市民的不服従」と形容して賞賛する人たちもいる。

 市民的不服従というのは、自らの信念に反する法律や圧力に関して、それらの発動源である権力や政府を暴力や暴言によって攻撃することなく、淡々と拒否することをいう。

 独立のためにイギリスの綿製品を放棄したガンジーや、奴隷制度や戦争のために使われるような納税を拒否したソローなどが有名だ。ガンジーやソローは、信念を貫徹するために、時として法を犯さなければならないこともあり、牢屋に入れられたりした。

 しかし、シェファーは、うまく法制度を回避する抜け道を見つけて、「小さい家は建てるべからず」という圧力に対して、事実上の不服従をデモンストレートしてみせた。

 スモールハウスムーブメントがさらに広がりを見せれば、「家の大きさの最低基準」という法律のほうが歪なものに感じるようになる。彼の考えが常軌を逸していたのか、建築規則が理不尽だったのかは、時代が判断することになるだろう。 』

 

 『 シェファー本人も言っている通り、彼のアイデア自体に決定的な新しさがあったわけではない。小さく住むことはもちろんのこと、トレーラ―の上に住宅を構える方法も、実際には多くの人がやっていたことだ。

 では、なぜ彼の家がそんなに有名になったのか? それは、ずばり、その「家らしさ」だ。

 従来のトレーラーハウスというのは、小さいだけではなく、伝統的な「家屋」とは別の種類の、なんというか、箱と言うか、機械というか、とにかく、それを手に入れることは「家を構える」という感覚にはほど遠かった。

 一方、シェファーの家の、三角の屋根と木の質感には、見る者を安心させてくれる力がある。実際、彼の家は、その後星の数ほど作られることになるスモールハウスの原型となった。

 彼は、「シンプルに安く仕上げたかったら、どうして立方体の箱型にしなかったんだ」と問われ、こう答えている。

 「生活をシンプルにしようとするとき、最も難しのは、何が自分の幸せに結びつくかを見極めて、それ以外の余分なものから逃れることだ。僕は、勾配のある屋根と、陰を落とす庇が好きなんだ。それは幸せに結びつくものであって、余分なものじゃない。」 』


 『 シェファーは、趣味が昂じて、スモールハウスを専門に扱う、Tumbleweed Tiny House Company という会社を立ち上げている。

 一番小さいもので約6平米から、家庭用の50平米くらいのものまで、数十種類のスモールハウスを扱っている。もちろんオーダーメイドも可能だ。冒頭で紹介したタイプの家も商品として売られている。そのお値段役370万円。

 これは、受け取ったその日から住むことのできる完成品での値段で、デスクや収納はもちろんのこと、ガスヒーターや冷蔵庫、コンロや流し、温水器、公共の水道管に繋ぐことのできる給排水設備、市販の電力を使える電気設備まですべて整っている。

 材料と設計図、つまりキット価格は約160万円。この価格には諸々の手数料や会社としての儲けが含まれているから、シェファー自身が家を建てたときの材料費はだいたい100万円といったところだ。

 370万というのは、おそらく多くの社会人にとってはローンを組む必要すらなさそうな金額だが、単純に坪単価を計算すると、完成品では坪単価150万円になる。

 これは、かなり高級な家の数字だ。実際、経済的理由から安価な家を求めている一部の人たちにとっては、Tumbweed社の商品はまだ高価であるという批判もある。

 しかし、この数字にはいくつか理由がある。まず、家は狭ければ狭いほど坪単価は高くなる。これは仕方ない。坪単価を下げるためには、なるべく広い部屋をいくつも付け加えればいいのだから。

 つまり、スモールハウスには小さい空間に機能が凝縮されている、と解釈できる。そもそも「坪単価」という考え方自体が、非スモールハウス的だ。

 坪単価が高い何よりの理由は、シェファーが、そもそも節約を念頭にスモールハウスを作っているわけではないということである。むしろ、小さい分、お金をかけて贅沢に暮らすことができる、そういうスタンスだ。

 彼のモットーは、「量より質」だ。安くあげるために小さくするのではなく、普通の家と同じクオリティのものを、時にはもっと高級なものに使うために小さくする。これは、一般のトレーラーハウスの考え方とまったく逆だ。

 Tumbleweed 社の商品も、建材のクオリティを下げてコストダウンしようと思えばいくらでもできるが、それは彼が目指しているところではないらしい。

 たとえば、彼の家は、屋根を含めて全面ポリスチレンのフォーム材で断熱されていて、安物のトレーラーのように結露したりしない。

 あるいは、正面上部に掲げられたアーチ状の小さな窓、これひとつ5万円するという。いくらでもコストカットできる部分だが、美的観点から言って譲れないのだそうだ。

 スモールハウスムーブメントのひとつの新しさは、小さく住みつつ、しかしそのクオリティにまったく妥協せず、シンプルかつ贅沢に過ごす、という点だ。 』

 

 『 ダイアナ・ローレンス(Diana Lorence)は、カリフォルニアの森の中に建てた約13平米の家で、夫と二人で電気のない生活を営んでいる。

 立ち並ぶ大きな樫の木の間に、すっぽりと納まってしまうほどの小さい家だが、威厳のある黒い外壁と、その壁にうずまっている石造りの煙突が目を引く。

 森の中で、電気もないといえば、何百年も前の野生的な生活を思い浮かべるかもしれないが、彼女の木の家には、むしろ、モダンな商業ビルよりも理知的で、神社のように荘厳な空気が漂っている。

 夜は、暖炉やロウソクの灯りが部屋を照らす。静まり返った森の中で、時折、鳥が鳴き、コヨーテが遠吠えする。来客の多くが、彼女のスモールハウスに関して口を揃えて言う言葉は、「静寂」であるという。

 電子機器は使えないので、彼女にメールを送っても、返ってくるのは、彼女が自宅を離れてパソコンを使うことができるようになる数日後だ。

 反射的に、不便ではないかという思いがよぎるが、そんな懸念は、すぐに圧倒的な羨望と憧憬の感情で押し流されてしまう。

 彼女は、メディアやコミュニケーションツールという散弾銃によって、およそどうでもいい情報や用事を打ち込まれ身を切り刻まれることとは、ほとんど無縁なのだ。

 彼女は,その家を Innermost House と呼んでいる。Innermost という言葉は、「最も内部の、奥深いところにある。」というような意味だ。

 彼女は、森の中という位置的な意味ではなく、自分の内的な世界の最深部に触れることができる、という意味を込めてその言葉を使っている。あえて訳すとすれば「深遠住宅」ということになるだろうか。

 電気はなく、水も、本来果樹園を灌漑すべきパイプから引っ張ってきている。夏は木立の涼しさに任せ、冬は暖炉に薪をくべて過ごす。にもかかわらず、彼女は自分の暮らしが非常に贅沢であるという。

 「最も贅沢な暮らしというのは、自分が本当に好きなものと共に暮らすこと」彼女にとっての「本当に好きなもの」とは、スモールハウスの中で信頼できる人と交わされる、静かな会話だった。』


 『 所持品の一つひとつは、機能美の元に整えられている。ロウソクと薪、それに火を灯すためのマッチ、あるいは、調理用の鉄鍋、スプーンとフォークが2本ずつ、毎日使うものしかもっていない。

 家を構成する要素も、「必要の見極めと自由の極限」によって導き出され、それは必然的に、書斎がひとつ、スリーピングロフト、ポーチ、そして家の中心の据えられる暖炉なのだという。

 朝起きてから、どこに行って、どの道具を使って、何をすればいいのか、すべてきまっている。生活は極めて機械的かつ省力的に回っていて、生活のために頭が使われることはほとんどなさそうだ。

 おそらく彼女は、家にあるものすべてを空で言えるだろう。彼女は、それ以上何かを便利にしたり、あるいは、多様な調理器具を買い入れて食にバラエティを与えたりすることには、まったく興味がないようだ。

 そんなことによって増えるわずかな幸福は、信頼できる人との会話によって得られる幸福の足元にも及ばないと、彼女は知っているのだ。

 そうして、余計な物が寄り付かないスモールでシンプルな生活では、感覚が研ぎ済まされ、精神的な活動を助長してくれるのだという。

 「それはまるで、耳に手をかざしたり、目にレンズをあてているかのようです。すべての物事が拡大され、増幅され、強調されて感じられます」

 誰でも、何かに集中しようとするときは、余計な物事をシャットアウトする。彼女の場合、毎日、そして、家全体、生活全体から、余計な物事をシャットアウトしているのだ。

 ダイアナのスモールハウスの内部は、五つの部分から成っている。リビング、キッチン、バスルーム、書斎、以上がたった13平米の階下の間取りで、リビングを除いた三つの部屋の上部にスリーピングロフトがある。

 来客は、リビングの椅子に腰かけ、周囲を見回りながら、まったく狭く感じないことに驚く。来客もまた、彼女や、彼女の夫との会話を求めて、その家を訪れる。

 だから、余計な物が置いてある大きな家よりも、会話に専念でき、会話が広がりゆく家のほうが、ずっと広く感じるのだろう。内壁はすべて、漆喰の表現する自然な白で統一されている。

 本物の味を出すためには、本物の建材を使うのが彼女のやり方だ。もちろん、余計な柄や装飾は一切ない。リビングの東側には小さな暖炉があり、西側には本棚がある。

 暖炉は、煮炊き、暖房、照明のすべてを担っている。シャワーのための温水も、薪をくべて沸かす。彼女の家には、電気やガス、ソーラーパネルも含めて、薪以外の熱源が一切ない。

 本棚の本は、家に広がる世界が、外の世界との繋がりを保つように、注意深く厳選されている。そして、南北に対座する形で、二つの椅子が近すぎず遠すぎない距離を空けて置かれている。

 こうして、暖炉と本棚と二つの椅子で囲まれた空間が、その椅子に座る二人の会話のために整えられる。

 暖炉の火を見つめ、同様にして火を囲んだであろう太古の人々から連綿と続く、人類の記憶に思いを馳せながら、時として本棚の本の客観的な知識に伺いを立てつつ、対座する相手との会話を深めていくのだという。

 ローレンス夫妻は多くの時間をそこで過ごし、時としてゲストもそこで迎え、あらゆることについて言葉にし、理解を共有し合う。その空間に極まっているのは、ワーズワースが唱えた「質素な生活と高度の思索」だ。 』


 『 ダイアナが、家の細部にまでこだわって、「会話」を大切にするのにはわけがある。

 「私は子供の頃から、自分の内的な意識世界と、外的な世界との狭間で、ずっと沈黙の中にいました。周囲の人が理解しているように見えた外的な世界の意味を共有することもなければ、自分自身の理解を形作る力もないと感じていました。」

 彼女の戸惑いは、おそらく、こんなことだ。僕らは、世界をただぼんやりと眺めているだけではない。

 自分の感情や、身体感覚、科学的知識、経済の流れ、政治的イデオロギー、価値観、信仰、宗教などによって、さまざまな「意味」を外的な世界に読み込んでは、そこに世界像や文脈を描き、それを内的な意識の世界の中に取り入れつつ、日々生きている。

 そうした、内なる意識の世界と、外なる世界とを結んでくれる「意味」を共有して初めて、他人と関わり、意思疎通することもできる。

 それができなかった彼女は、周囲から置き去りにされ、その欠落した「意味」を手に入れる方法を探し求め、実に人生の半分を費やしてきたのだという。

 そんな中、彼女は、夫のマイケル・ロレンスと出会った。そして、マイケルと共に時間を過ごす中で、他人との間で紡ぎ出される「言葉」によって世界が意味付けられるで、初めて自分は周囲の世界と関係付けられる、そう確信した。

 かのヘレンケラーは、「ウォーター」という言葉を初めて知り、今自分が触れている個別的なウォーターではない、「ウォーター」という普遍的な存在を感じ、それによって他人と世界の意味を共有していけると気付いた。

 自分の内的世界から、外的な世界へ通ずる道が開けた瞬間だった。ダイアナがある日突然、「言葉」に開眼したのも、ヘレンケラーの体験とよく似ている。

 普通の人は、ごく自然に「言葉」と出会い、付かず離れずの一定の距離を保って、「言葉」と付き合っている。人生の途中まで「言葉」を受け入れなかったという、ダイアナの感性は、非常に独特なものだ。

 さらに、彼女は、単なる「言葉」ではなく、「会話」に重きを置いている。おそらく、単に音声や記号としての言葉があるだけではだめで、そこに、他人に対する信頼、あるいは「愛」と呼べるようなものが、伴っていなければならなかったのだろう。

 スモールハウスの中で精神を解放して交わされる問いと答えが、より深いレベルで人生を感じさせ、自分が何者かを見出し、世界を意味付けしてくれる。新たな会話のたびに、新たな人生、新たな自分、新たな世界が立ち現れる。

 だからこそ、彼女は、Innermost  House は Innermost Life そのものであり、家を人生と切り離して考えることは不可能であるという。その家は、人生のための単なる道具ではなく、人生そのものを意味付け、人生を確固たるものとして存在させてくれさえする場なのだ。』


 『 ダイアナは「生活をシンプルにするための二つの方法」と題して、こんなことを言っている。

 「ひとつは、自分にとってあまり重要でないものを意図的に消去していき、必要なもののみを残す方法。これは理性のなせる業です。いまひとつは、自分が本当に好きなもので生活を満たし、その他のものが自然に振り落とされていくのを待つ方法。これは愛のなせる業です。」

 ダイアナ自身は、二つの方法のうち、前者の意図的な方法ではなく、後者の自然な方法によってシンプルになるのが望ましいと考えているようだ。

 彼女は、家や生活を意図的にシンプルにしようと務めたことはないと言う。彼女の家がシンプルなのは、不要なものを意図的に削ぎ落としたからではなく、彼女が最も愛する「会話」を中心に、それに必要なものだけが自然に集まってきた結果だ。

 夫婦はその家を狭いとも広いとも感じたことはなく、互いの声が反響し、言葉が行き交うために、最も適切な大きさであると言う。

 ダイアナのような、「自分が本当に好きなもの」にしか見向きもしないような生き方は、たしかに理想的で、誰もが憧れるだろう。

 一方で、現実的な社会の中で、生活をシンプルにしようとすれば、自分を外側から客観視して、不要なものを、意図的に遠ざけ、手放す努力をしなければならないこともある。理由は以下のとおりだ。

 第一に、今の世の中は、スタートがシンプルではない。気付いたときには、すでに、物、情報、規則、責務、常識、外聞、人間関係などによってがんじがらめになっている。

 「自然に任せる」と言っても、自分にとっての「自然」が何なのか、ゴミの山を掻き分けていかなければ見えてこない。自分に素直になれ、直感を信じろと言われても、簡単な話ではない。

 その中でシンプルになるためには、やはり、ひとつひとつ自分に問いかけ、選別するような、理性が必要だ。

 第二に、「シンプル」という概念に関心が行くのは、主として、自分の生活がシンプルから遠ざかり、余計なものが目についてしまうときだ。その「余計なもの」を引き寄せ、集めてしまったのは、自分自身であるから、そのような自分自身から自然に枝葉を伸ばしていっても仕方がない。

 時には、自分のこれまでの人生の無価値を認め、部分的であろうとも過去を手放す必要がある。過去に引きずられないよう、自然的な感情よりも理性を優先して、自分の抱えているものを意図的に整理しなければならない場合がある。

 第三に、そもそも、「自分が本当に好きなもの」がよくわからなくなってしまうことこそが、いろいろな角度から物事を客観的に眺めようとする、人間の特性であるように思う。

 僕らは、物事を、自分中心に整理するだけではなく、もしも自分が別の価値観を持った存在だったら、ということを考えることができる。そこに「迷い」が生じる。

 他の動物は自分の好きなもの、欲しいものがわからなかったり、手放すべきかどうか迷ったりはしない。ある物を目の前にして、「これは必要だろうか?」と悩むのは、いかにも人間らしい。

 「迷わないこと」や「直感に従うこと」は、とかく、賛美されがちだが、人間の特有性は、むしろ、あれかこれか、立ち止まって考えてしまうことのほうにある。 』


 『 ダイアナが「自然的なもの」を強く求め、「意図的なもの」を遠ざけようとする傾向は、おそらく、彼女が前半生において、他人と世界の意味を共有することができず、沈黙していたことと、深く関係しているように思う。

 現代のアメリカや日本では、ありとあらゆるものが人の意図によってデザインされ、製造される。より便利に、より美しくなるよう、考えられ、計算され、形にされる。

 それらは、植物が芽を出し、葉を広げ、やがて花開くように、自らの力によって内側から形作られるものではない。その意図され、形骸化し、魂をなくしたらゆるものを、僕らは、生まれたときに、理由もなく無条件に与えられる。

 そこには意味はなく、形式だけである。そのことに対する戸惑いが、ダイアナの場合は「沈黙」として表れたのだろう。

 僕は、最初にダイアナの昔の話を知ったとき、周囲との意思疎通を拒否する、「共感」や「愛」に欠けた少女だったかと思った。しかし、まったく逆だった。

 彼女は、内に秘める愛のあまり、意図された世界についていけず、そこに「意味」を見出すことが出来なっかったのだ。

 やがて彼女は、夫と出会い、愛と信頼に溢れた言葉、つまり「会話」によって、世界と繋がる術を見出した。「会話」という命あるものの種を植え、それが成長してスモールハウスという実を結んだ。

 だからこそ、そのスモールハウスは、魂を失うことなく、生きたものであり続けて欲しいのだと思う。ダイアナが、今のスモールハウスに住み始めてから、すでに7年。

 しかし、彼女は簡単にその暮らしを手に入れたわけではなかった。彼女は、今の暮らしに辿り着くまで、20年間以上、夫と共に、家や町を幾度となく変えてきた。その数、なんと、20回にも及ぶ。すべて、小さい家だったという。

 僕は、その事実がどうにも腑に落ちなかった。というのも、20年間、夫がいて、「会話」もそこにあった。つまり、「自分が本当に好きなもの」はすでにそこにあった。

 ならば、あとは、前節で述べた「自然にシンプルになる」方法に委ねて、「会話」を中心に生活が作られるのを待てばいいはずだ。

 どうして20回にも及ぶ「やり直し」をしなければならなかったのか。僕は、その疑問をそのままぶつけてみた。すると、次のような答えが返ってきた。

 「まさに、排除したかったのは、「意図」そのものだったのです。」 「意図的に、意図的なものを排除してきたのですか」と問い返したら、「まさにその通りだ」という。

 つまり、「悟ろうとしているうちは、悟りは開けない」という、禅問答のようなものだ。ダイアナの家の本棚には、吉田兼好、鴨長明、柳崇悦といった、日本の古典的名著も並んでいる。

 特に、彼女は、崇悦が唱えた「自然的なものが作り出す美しさ」に思い入れがあり、人の「意図」が入り込むようなものは何であれ、真に美しくはならないと考えている。人の「意図」によってなされるものは、「デザイン」であって、デザインされたものからは魂が失われてしまう。

 崇悦によれば、工芸家は、何年もの間、「意図」を注ぎ込んで、より良い工芸品を作ろうと努力する。しかし、熟達の境地に達するのは、その「意図」がすべて消え去り、その手から自然に作品が紡ぎ出されるときだ。

 そのとき初めて、作られるものに魂が吹き込まれ、「生きたもの」になるのだという。崇悦はこれを「道」と呼んでいる。彼女は、彼女のスモールハウスから、「意図的なシンプル」によって整えられる「会話をすべき場所」という匂いが消えるまで、何度もやり直したのだ。

 安心して、「会話」という種が植えられ、それが自然に芽を出し、やがて花開くような、「生きた場所」を20年間探し続けてきた。場所を変え、家を変え続けてきた。

 そんたびに、忍び込んでくる「意図」を感じ、家が「デザインされたもの」になるのを感じ、「会話」がわずかに形骸化してしまうのを感じ、やがて原点に戻ってやり直すことを決意させられた。

 彼女にとっては、なくてはならない20年間だった。その旅路の終わりが、夫のマイケルと共に建てた、それまでで最も小さい家、つまり今のスモールハウスだった。

 「意図的なものと、自然的なものとの間で揺れ動く、あらゆる段階を経て、ついに、何かを意図することをやめました。そのとき初めて、この家が私たちの手から紡ぎ出されたのです。私たちの家は、もはや「意図」とは無関係です。」

 ダイアナのスモールハウスは、確かにシンプルだ。しかし、「シンプルです」と主張している様子もなければ、「シンプルにしよう」という気負いも感じられないし、「シンプルであるべきだ」という意識も見当たらない。

 それは、長い「道」を経て、シンプルを望む意図が、その気配を消すほどに、作品であるスモールハウスに刻み込まれたことを意味している。 』


 私が家屋について、重要な要素と思わるものは、立地、本人と家族の生き方、家屋の機能と落ち着きです。生物で、ツガイで子を育て、巣(居場所)を造るのは、鳥類と哺乳類です。

 鳥類は、小さい鳥ほど、丁寧な巣を造ります。鳥類はツガイでヒナを育てますので、脳の大きさに比して、非常に賢いと感じます。哺乳類で、最も大規模な居場所を造るのは、ビーバーです。ビーバーは、ダムまで造ります。

 人類は、寒さに従って、精巧な家屋を造ります。家屋は、家具や道具を伴って、人の居場所をつくりますが、一般に家屋は、くつろぐ場所であって、生産や食事や祈りの場でもあります。

 私たちは、大きく二つに分類できます。それは、都市に住むか、田舎に住むかの選択です。しかし状況によって、病気の時や文化インフラに接するには、都市を選択せざるを得ません。

 田舎に住むには、家族だけで生活するには、多くの労力を必要とします。自然の素敵な面と厳しい面(冬の厳しさ、夏の虫の発生)に上手に対応しなければ、なりません。

 画家のアトリエ、作家の書斎は、究極の棲み家のように感じます。(南川三治郎著の推理作家の書斎、巨匠のアトリエの写真と文)。

 最後に私の座右の銘「人には居場所、物は置き場所」家と家具と道具を整理し、メンテナンスし、使いこなし、知識と情報を整理し、知恵として、年を重ねても、人生を充実したものにしたいものです。(第170回)