チェロ弾きの哲学ノート

徒然に日々想い浮かんだ断片を書きます。

ブックハンター「なぜジョブズは、黒いタートルネックしか着なかったか?」

2018-12-23 19:14:29 | 独学

 180. なぜジョブズは、黒いタートルネックしか着なかったか? (ひすいこうたろう+滝本洋平著 2016年11月)

 本書はスティーブ・ジョブズについての本ではありません。これは注目を集めるための題名です。本当のタイトルは、「真の幸せを生きるためのマイルール28」です。

 28人のマイルールを(直接インタビューしているわけではありませんが)を紹介した本です。そのうちから数名を紹介していきます。では、読んでいきましょう。

 『 あなたはなんのために働いているのでしょうか? お金のためでしょうか、生活のためでしょうか。アップル(Apple)の創業者、スティーブ・ジョブズ。彼は、お金のために仕事をしていたわけではありません。

 だから、一度離れていたアップルに復帰を果たしたとき、彼が会社に要求した年俸は、1ドルでした。では、ジョブズはなんのために働いていたのか? それは、「世界に衝撃をあたえるため」です。

 最初の「マッキントッシュ」というパソコンが完成したとき、ジョブズはペンを取り出し、チームメンバーにサインを書くように求めました。46名のそのサインは、すべてのマッキントッシュの内側に彫り込まれました。

 ジョブズの思いは「アーティストは作品に署名を入れるんだ」ジョブズにとって仕事とは、お金を稼ぐ手段ではありませんでした。仕事とは、チームのメンバーとともに「世界に衝撃を与えること」

 そのために生み出したものは、彼にとって、すべて「作品」だったのです。パソコンの内部にある部品が取り付けられた基盤は、外からはみえない。しかし、目に見えないところにまで、基盤の美しさを求めたジョブズ。

 「中を見る者などいないから意味がない」と、ジョブズに反論したエンジニアもいましたが、ジョブズの答えはこうでした。「できるかぎり美しくあってほしい。箱の中に入っていても、だ」

 世界に衝撃を与えることが生きる目的だったジョブズは、こうも言ってます。「私はアップルの経営をうまくやるために仕事をしているわけではない。最高のコンピューターをつくるために仕事をしているのだ」

 最高のコンピューターをつくることこそ、ジョブズの人生の「最優先事項」(トップ・プライオリティ)でした。そのために、ジョブズは、毎日、黒いタートルナックを着ていたんです。

毎日、黒いタートルネックに、リーバイスのジーンズ、ニューバランスのスニーカー。もう、毎日その格好です。なぜなら、彼の生きる目的は、「世界に衝撃を与えること」だから。

 そのために、ジョブズは、人生から、「服装を考える時間」を削除したのです。そんな時間があるなら、世界に衝撃を与えることに回す、というわけです。

 ジョブズには、決めなければならない大切なことが山ほどありました。その時間を生み出すために、自分にとってそれほど重要ではないものを省いていったのです。

 自分にとって、何が一番大切なのかがみえていれば、何がなくてもいいのかはすぐにわかります。ジョブズは言います。

 「何をやっているか、ということだけでなく、何をやらないか、ということにも、僕は誇りを持っている」「何をしないのかを決めるのは、何をするのかを決めるのと同じくらい大事だ」と。

 実は、ジョブズが毎日着ていた黒いタートルネックは、日本のブランド「ISSEY MIYAKE」でした。

 ジョブズの体のサイズを細部にわたりはかって、肩や両腕の長さの調整を施したスペシャルオーダー、最初のオーダー数は50枚とも100枚とも言われていますから、毎日、黒いタートルナックを着ていたと言っても、同じものをたくさん持っていたわけです。

 一番大事にしたいものを一番大事にできたら、人生から「後悔」という文字は消え去ります。アメリカのディーパック・チョプラ医学博士によると、人は一日に6万回もアレコレぼんやりと考え事をしているそう。

 その証拠に今から1分、何も考えないでみてください。はい、もう、その間にアレコレ考えていましたよね?僕らは無意識に1日6万回も、過去を悔やみ、未来をアレコレ心配しているのです。

 しかもその9割は昨日と同じことだそうです、凡人と天才の違いは、実はここにあるのです。天才は、自分がどう生きたいのか、何を最優先課題(トップ・プライオリティ)としていきたいのかが明確に決まっているのです。

 だから、いつも、そこに意識の焦点を合わせることができる。こう考えてみて下さい。僕らは、一日6万本の意識の矢を持っていると。凡人はその6万本の意識の矢をどうでもいいところに放っている。

 一方、天才と言われている人たちは、その6万本の矢の多くを、自分が目指す場所へ放っている。その違いだけなのです。では問います。「あなたにとって、真の幸せとはなんでしょう?」

 もし、この問いにすぐに答えられないとしたら、一度、人生をしっかり見つめ直す必要があります。行き先を決めないことには電車のチケットすら買えないのです。ならば行きたいところに行けるはずがない

 「流れ星に願い事を言うと叶う」と言われているのは、その一瞬に願い事を言えるほど、願いがいつも意識の真ん中にあるからです。ります。ルールがあれば、決して迷わないのです。

 この本は「一流の人」「すごい人」「面白い人」たちの「美学=マイルール」をまとめた本です。人生の達人たちのマイルールを参考にして、自分の真の幸せを見出してください。

 それを実現するために、あなたは何を最優先事項にして生きればいいのかを、この機会にぜひ見つめ直してほしいと思うのです。 (まえがき ジョブズに学ぶマイルール)より 』


 『 のぶみさんは、現在まだ30代ながら、170冊以上の絵本を出版し、2015年に発売になった「ママがおばけになっちゃった!」は年間一番売れた絵本になった。

 その続編「さよなら ママがおばけになっちゃった!」は初版12万部という、絵本として日本一の初版部数を記録し、シリーズ累計53万部を突破。作品は世界中で翻訳されています。

 のぶみさんの夢は、自分の生み出す作品やキャラクターで、世界中の子どもたちを笑顔にすること。それがのぶみさんが人生をかけてやりたいことであり、のぶみさんの幸せです。

 そのためには最高の作品を仕上げる必要があるわけですが、その方法論が、「試行錯誤の数」なのです。「絵本を一冊つくるのに1000人に読み聞かせする」というのです。

 日本一の絵本をつくることは誰にもできるわけではありません。でも、日本一試行錯誤することなら、情熱さえあれば誰にでもできます。

 のぶみさんと僕(ひすい)でやらせてもらっているポットキャストのラジオ番組「ラブナチュ(ラブ&ナチュラル)」でも、収録後に、つくり途中の絵本のラフを何度も読み聞かせして、意見を聞いて、すぐに作品の手直しをしています。

 一冊つくるのに、何回も読み聞かせて、何百回も手直しするわけです。

 「人生はワンチャンス!」「夢をかなえるゾウ」など、ベストセラーを連発する作家・水野敬也さんも、作品タイトルは1000案考えると講演でおしゃっていました。

 この話を聞いて、「水野にできて(呼び捨て、勝手にライバル視)、俺にできないわけがない」と、やってみたことがあるんです。しかし、300案出すのがやっとでした。その本は10万部売れてベストセラーになったんです。水野さんの200万部には遠く及びませんでしたが。

 ちなみに300案出し、10万部売れた僕の本のタイトルは、「心にズドン!と響く「運命」の言葉」。実はこのタイトル、300案出したにもかかわらず、どれも採用にならず、最終的に編集者さんがつけてくれたタイトルです(笑)。

 ちなみに水野さんも1000案出したけど、「夢をかなえるゾウ」というのは編集者さんがひらめいたタイトルだそうです(笑)。

 本気になれば、自分からいいアイデアが出なくても、まわりが応えてくれるってことです。 』(日本一の絵本作家のぶみ)


 『 「夢はにげない。逃げるのはいつも自分だ」「大人がマジで遊べば、それが仕事になる」「七転び八起」なんて甘い。「億転び兆起き」ぐらいのテンションでいこう」「未来のために、今を耐えるのではなく、未来のために、今を楽しく生きるのだ」

 そんな、数々の名言を持ち、著作累計200万部を超えるベストセラー作家であり、自由人と呼ばれている男・高橋歩(あゆむ)さん。まずは、自由すぎる彼の経歴から見ていただきましょう。

 歩さんは20歳のときに大学を中退し、仲間4人、借金だらけでアメリカンバーを開店。2年で24店舗に広げるものの23歳で経営権をすべて手放し、今度は自分の自伝を出すために、無一文&未経験で出版社を設立。 

 一時は3千万円の借金を抱えますが、その後、大逆転。自伝「毎日が冒険」をはじめ数々のベストセラーを世に送り出しました。そして、26歳で彼女と結婚。

 経営していた出版社を仲間に譲り、再びすべての肩書をリセットし、奥さんと2人で世界一周の旅に出たのです。約2年にわたり世界中を放浪し、帰国後は沖縄に移住。

 カフェバー&海辺の宿を開店させ、さらに自給自足のアートビレッジを創りあげました。その後、結婚十周年を記念し、2010年からは、家族4人で世界一周の旅に出発。

 同時に東京とニューヨーク・パリ・インド・ジャマイカなど世界中にレストランバーやゲストハウス、フリースクールを次々と展開。

 そして4年にわたる家族での世界一周旅行を終えた彼は、今度は、ハワイ・ビッグアイランドへ拠点を移し、新たな夢に向かって歩み始めています。

 「自分らしさなんて、どうでもいい。等身大でも、そうじゃなくてもいい。「自分」は、探さなくても、今、ここにいる」「ただ、自分の心の声に正直に」

 自分の心の声に正直に、夢と冒険に生きる男。どうやったらそんな自由な人間ができ上がるのでしょうか。その秘密は、彼を育てたお母さんのマイルールにあったのです。

 「今日はなんかいいことあった?」毎日、子どもたちに問いかけるのが、歩さんのお母さんのマイルールでした。母さんは、毎晩、家族で食卓を囲むときに、「あゆむ、今日はなんかいいことあった?」と必ず聞いたそうです。

 それに答えたくて、歩少年は、毎日「なんかいいこと、楽しいことないかな~?」と探していたそう。

 あんまり、いいことがなかった日は、帰り道に、「やべぇ。今日はなんもいいことしてねぇ。道ばたに、おじいちゃんでも倒れていないか」なんて、本気で思っていたそうです(笑)。

 そんなふうに育った歩少年は、「なんかいいこと」を自らつくり出す人になっていくのです。その幼少期から磨き続けたワクワクセンサーを全開にして。

 「Believe Your トリハダ。鳥肌は、嘘をつかない」そう信じて。長年一緒に仕事をしている歩さんに、僕(滝本洋平)はひとつの質問を投げかけてみました。

 「今の夢は何?」「世界は広いし、楽しいこともいっぱいあるけど、俺の人生最大の夢、それは、すごくシンプルだよ。「妻であるさやかにとってのヒーローであり続けること」。それだけだね」 』(自由人 高橋歩)


 『 詩人、寺山修司はこう言っていますできないだろう」「どんな鳥だって創造力より高く飛ぶことはできないだろう」そう、人間に与えられた能力の中で一番素晴らしいものは、創造力と言っていいのではないでしょうか。

 では、その想像力をどのように引き出すか? 小説「若きウェルテルの悩み」や詩劇「ファウスト」など多くの作品を残したドイツの文豪ゲーテ。

 18歳でゲーテを出産した若き陽気な母、カタリーナは、どうしたら、子どもの創造力を引き出すことができるか考えていました。

 ある時、ひらめきます。カタリーナは、幼い頃のゲーテに毎晩のように物語を読み聞かせをしていたそうですが、そこに工夫を施したのです。

 物語を聞いている少年ゲーテくん。お気に入りの登場人物の運命が気に入らないと、顔を真っ赤にして怒り、涙をこらえるほどだったと言いますから、ゲーテくんはよほど物語に没頭していたことがわかります。

 そして、いよいよ物語の結末。「えーーー。一体どうなるの!?」と少年ゲーテくんがワクワクと目を輝かせるそのときに、ゲーテママはこう言ってみたのです。「では続きはまた明日!」

 なんと、ゲーテママはラストの気になるところで、寸止めしたのです。「え!!!!!! その先を聞かせて!と、どんなにゲーテくんが頼んでもゲーテママは続きを読んでくれません。

 そうすることによって、その物語の続きをゲーテに「想像」させるようにしたのです。その想像がきっかけとなり、ゲーテは幼い頃から、自分で物語や詩といった作品を生み出していたそうです。

 ゲーテママ、カタリーナ、作戦成功です。母カタリーナは、ゲーテにこんな話をしています。「この世界にはあまたの悦びがあるのです。その探し方に通じていさえすればいいので、そうすればきっと悦びが見つかります」

 ゲーテママは、この世界は悦びに満ちたものであり、想像力さえあれば悦びはいくらでも見つかるものだと考えていたのです。だからこその寸止めルール。

 子育てにおいて、ゲーテママが一番大事にしたかったものは相動力。寸止めルールはその想像力を解き放つ方法だったわけです。「偉大な語り手と呼ばれた母カタリーナは、ゲーテの一番のファンであり一番の読者でした。

 ゲーテは母に詩について相談したり、作品の感想を求めたりもしたそうです。ゲーテの感受性を刺激し、想像力を育てたのは、母親のちょっと変わった読みきかせの力だったのです。 』(文豪ゲーテの母)


 『 映画界の巨匠、スピルバーグ監督。監督作品の全米生涯興行収入は2014年時点で42億ドルで、歴代一位を記録。「JAWS」「E.T.」「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「ジュラシィック・パーク」など。

 数々の作品でヒットを飛ばし続ける世界最高のヒットメーカーです。とはいえ、映画の現場では様々なトラブルが押し寄せます。スピルバーグ監督は言います。

 「映画監督は、予想外の問題を解決するのが仕事。最大の難関が最高にクリエイティブな解決策を生む。現場で何か問題が起こるのが楽しみ。それを乗り越える方法を編み出す」

 普通、人は予想外の問題が起こることを嫌がります。しかし、その難関を乗り越えるアイデアを出すことこそが自分の仕事であり、楽しさであるとは、さすが世界最高のヒットメーカーです。

 世界的ベストセラー「ハリー・ポッター」の映画化の際は、監督のオファーを断ったようです。なんでスピルバーグは断ったと思いますか? 理由は「ヒットが約束されているから」。

 そんなスピルバーグ監督は、リハーサルをほとんど行わないことでも有名です。凄まじいまでの早撮りで、3時間近くある大作「プライベート・ライアン」も、二か月で撮影を終えたと言われています。

 それほど早く撮れる秘密は、見せたいラストが決まっているから。スピルバーグ監督は、映画をつくる際ラストシーンから描く手法を好んでいるのです。

 「最初からつくっていく」という積み上げるスタイルでは、途中で行き詰まったときに方向を見失う可能性もありますが、ラストシーンが決まっていれば、途中で迷ったりスランプに陥ったりしても、向かうべき方向がわかっています。

 だから、打開策も見つけやすいのです。ちなみに、2003年の日本の興行収入第一位を記録した大ヒット映画「躍る大捜査 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」も、脚本を書いた君塚良一さんは、レインボーブリッジが封鎖されているラストシーンを先に決めて、物語を書いていったそうです。

 これは、人生に置き換えるならば、ほんとうは、どうしたいのか、どうなりたいのかというゴールを最初に描き、そこから逆算していくという生き方になります。

 僕(ひすい)の知り合いで、事業に失敗し、1億円の借金を背負った方がいます。1億円をどう返せるか、皆目見当がつかずに気力がわかず、途方に暮れていた。あるとき、彼は目標の立て方が間違っていると気付いたのだとか。

 「1億円をどう返すのか」。この目標では、ラストシーンが、一億円の借金がゼロになるだけです。マイナスがゼロになるラストシーンでは、全然テンションが上がらないことに気づいたのです。

 借金を返し、なおかつ毎月300万円くらいの収入があって、家族で毎月1回1週間家族旅行をするようなライフスタイルを思い描いた。そのラストシーンを描いているうちに、ワクワクしてきて待ちきれずに、なんと借金返済の最中、1週間家族旅行に出かけてしまったのだとか(笑)。

 すると、ほんとうに、こんな未来を生きたいと気力がふつふつ湧いてきて、そこから数年で、描いていた未来をほんとうに実現してしまったのです。 』(映画監督スティーブン・スピルバーグ)


 『 現代の心理療法に大きな影響を与えた。天才精神科医ミルトン・エリクソンはこう言っています。

 「その人が持っていないものを与えることが心理療法ではない。また、その人の歪んでいる部分を矯正することでもない。その人が持っているにもかかわらず、持っていないと思っているものを、どうやってその人自身が使えるようにしていくか。そこを援助するのが心理療法です」

 ダメな人を直すのがカウンセリングではないと言うのです。その人がもともと持っていものを気づかせてあげて、それをちゃんとその人自身が使えるようにしていくのが、ほんとうのカンセリングであると。まさにそれをデザインの世界でやっている方がいます。

 ユニクロ、楽天のクリエイティブディレクションや、ホンダのステップワゴン、キリンの極生・生黒の商品開発から広告キャンペーン、国立新美術館のシンボルマークデザインなど、幅広く手がける、日本を代表するアートディレクター、佐藤可士和(かしわ)さんです。

 可士和さんは、子どもの頃から絵が好きで美術大学に進学し、卒業後大手広告代理店に入り、大阪に配属されました。その頃、アートディレクターというのはアーティストに近いポジションだと思っていたそうで、自分の「作品」をメディアや企業の広告枠に当てはめるものと考えていた。

 そして、最新のコンピューターを使い、尖ったことを追求する作品づくりをしていてたところ、こんな社内の評判が聞こえてきたそうです。「カッコつけてて、カッコ悪い」可士和さんは、根本的に自分は間違っているかもしれない、と大きなショックを受けたと言います

 それから4年後、東京本社に転勤となった可士和さんに転機が訪れます。RV車広告のビッグプロジェクトに参加することになったのです。その車こそが「ホンダ・ステップワゴン」です。

 この仕事で、師と呼べる人物、コピーライターの鈴木聡さんに出会います。鈴木さんは、広告打ち合わせの席で、広告の話を一切しないのだそうです。それよりも商品とそれを取り巻く時代について、毎回、延々と話し合う。

 「なぜRVが受けるのか?「家族の車ってなんなのか?」「今、家族はどうなっているのか?」 そんなことを話し合う打ち合わせは深夜まで及び、鈴木さんと可士和さんは、タクシーに同乗し帰宅。その車内で、毎晩、鈴木さんと語り合ったとか。

 それはまるで広告学校のようだったと言います。そこで可士和さんは、広告の表現以前に、その商品の「本質をつかむ」ことの大切さを知ることになったのです。

 それまでの可士和さんは、広告とは、何かを演出するものだと思っていた。しかしそうではなかったのです。大切なのは、本質に向かうこと。

 「洋服を着せていくことではなく、裸にしていくこと。そのときにたったひとつ残ったものが、コンセプトである」そう学んだそうです。

 かっこいいものを着せていくのではなく、逆に引いて行く。裸にしてゆく。すると、最後に引ききれないものが残ります。それが本質です引いて、引いて、裸にして、本質をつかむ。これが可士和さんから学ぶルールです。

 可士和さんは、自分の嗜好や、やりたいことは一度置いて、商品が持っている本質は何かと、商品とクライアントにどこまでも素直に向き合ってみよう、と考え方を180度変えたのです。

 自我を捨てて、対象と向き合うことにしたわけです。そんなある日、同僚がこんなことを言いました。「家族と出かける日曜日が苦痛だ」楽しいはずの家族との外出、それが苦行になっているのはおかしい。そう考えた可士和さんは、ひらめきました。

 「この車で、楽しい家族との時間を取り戻そう! 家族みんなでどこかへ出かけることは本当はとても幸せなこと。それがすごく素敵に見えるように表現しよう」そして、かの有名なキャッチコピーが生まれたのです。

 ”こどもといっしょにどこいこう。” 

 ワゴン車を性能うんぬんという切り口でかっこよく語るのではなく、ワゴン車とは何か? ワゴン車とは、家族で楽しい思い出をつくるものという本質から描いたのです。引いて、引いて、最後に残るもの、それが本質です。

 結果、ステップワゴンの広告は、従来の自動車広告のイメージを覆す大胆なものとなり、大反響を巻き起こし、セールス的にもミニバンカテゴリーのトップに躍り出て、キャンペーンは7年間も続行されました。

 「それまでは、邪念がいっぱいあった。賞が欲しいとか、カッコイイものをつくってデザイナーとして評価されたいとか。商品にとって正しい広告とは何かということが見えていなかった」

 そこで気づいたのは、自分の中の答えをひねくり出すのではなく、答えは相手の中にあって、それを整理して伝えていく、ということ。それが可士和さんのスタイルとなったのです。可士和さんは、自らを医師にたとえています。

「たとえるならまさに、僕がドクターでクライアントが患者。漠然と問題をかかえつつも、どうしたらいいのかわからなくなって訪れるクライアントを問診して、症状の原因と回復に向けての方向性を探り出す。問題点を明確にすると同時に、磨き上げるべきポテンシャルを救い上げるのです」

 医師が診察するように、クライアントと話しながら、問題点を見出していく。そしてその課題を解決するデザインを処方箋として提案するわけですが、そのアイデアの答えは必ず相手の中にあるのだそうです。

 可士和さんのデザインは、まさに冒頭の精神科医エリクソンのカンセリングのようです。相手の中にある答え(本質)を、自分で使えるように引き出してあげるのです。(アートディレクター佐藤可士和) 』 (第179回)


ブックハンター「米中冷戦「日本4.0」が生き残る道」

2018-12-15 15:42:17 | 独学

 179. 米中冷戦「日本4.0」が生き残る道 (エドワード・ルトワック著 文藝春秋2018年12号)

 著者は、米戦略国際問題研究所顧問で、イスラエル軍、米軍などの現場経験と歴史的教養を持つ戦略家です。日本人の多くは私のように不安ではあるが、どのように日本の現状を分析し、どのような戦略があるのかまで考えが及ばないと思います。

 私は、これを読んで、トランプ政権や北朝鮮や韓国の政権の行動が,以前に比べはるかに理解しやすくなりました。

 では、読んでいきましょう。(なお、「日本4.0」とは、著者が勝手につけた名称です。内容は本文で説明されます)

 

 『 日本の人々は、「個々の現場では強みを発揮できても大きな戦略を描くのは下手だ」という自己イメージを持っているようです。

 しかし、私の目からすれば、日本人は柔軟でありながら体系的な思考も可能で、戦略下手どころか、極めて高度な戦略文化を持っています。

 この国の四百年の歴史を振り返れば、まず戦乱の世が続いていたところで徳川家康という大戦略家が「江戸幕府」という世界で最も精妙な政治体制をつくりあげ、内戦を完璧に封じ込めました(「日本1.0」)。

 続いて幕末期に西洋列強の脅威に直面した日本は、従来の「江戸システム」を捨て去り、見事に新しい「明治システム」を構築しました(「日本2.0」)。

 そして1945年の敗戦後、日本はまた新しい「戦後システム」を構築しました(「日本3.0」)。このシステムの最大の特徴は、弱みを強みに変えた点にあります。

 すなわち、米国が帝国陸・海軍の再建を禁じたわけですが、日本は「これからは軍事ではなく経済に資金を回そう」と、軽武装路線に転換し、世界でも有数の経済大国となったのです。

 しかし、今、日本は、また新たなシステムを構築する必要に迫られています。激変する東アジア情勢に、もはや従来のシステムでは対応できません。

 戦後システムの基盤であった「日米同盟」を有効に活用しつつも、自前で眼前の危機にすばやく実践的に対応できるシステムが必要です。私はそれを、江戸、明治、戦後に続く「日本4.0」と名付けたいと思います。

 今後の日本が地政学的に直面する課題は二つあります。朝鮮半島と中国です。まず朝鮮半島問題から見ていきましょう。 』


 『 「北朝鮮問題」は、「韓国」も含めた「朝鮮半島問題」として捉えなければなりません。中長期的に見て朝鮮半島が南北統一に向かう場合、次の四つのシナリオが考えられます。

 ① 非核化し、在韓米軍が存在する統一朝鮮 ② 非核化し、在韓米軍が撤退する統一朝鮮 ③ 核保有し、在韓米軍が存在する統一朝鮮 ④ 核保有し、在韓米軍が撤退する統一朝鮮

 現状は、実質的に③に近い。北には「核」があり、南には「在韓米軍」が存在するからです。この「核」と「在韓米軍」がどうなるかで、今後の朝鮮半島は大きく変わってきます。

 日本にとって最も望ましいのは、①「核なし、在韓米軍あり」のシナリオです。南北統一が進んでも、もし④「核あり、在韓米軍なし」なら、日本にとっては、現状=③の方がマシだと言えます。

 (ちなみに韓国にとって非核化の優先度は低く、韓国には北の核を「我々の核」とみなす国民感情や「統一後の朝鮮半島に在韓米軍は不要」という考えが根強くあります)。

 けれども日本にとってそれ以上に最悪なのは、②「核なし、在韓米軍なし」です。この場合、朝鮮半島が中国の勢力下に置かれてしまうのも時間の問題です。

 北朝鮮の非核化がなされても、朝鮮半島から在韓米軍がいなくなる事態は、最も避けるべきシナリオです。この意味でも、現状=③は日本にとって悪くない状況と言えます。

 実は、在韓米軍の撤退は北朝鮮も望んでいません。根強い対中不信があるからです。核なしで中国に対抗するには、朝鮮半島における米軍のプレゼンス(存在)が不可欠であると北朝鮮自身も気が付いています。

 北朝鮮の核は、日本にとって最大の脅威です。しかし、「北朝鮮の中国に対する独立を保障するもの」、「中国朝鮮半島支配を阻止するもの」でもあるのです。

 日本の人々には理解しがたいかもしれませんが、北朝鮮の核は、実は日本とってポジティブな面も持っているのです。中国が北朝鮮を支配できれば、韓国も容易にコントロールできます。

 それは韓国の方が北朝鮮より親中的だからです。「核武装した北朝鮮」以上に「中国に支配された朝鮮半島」の方が日本にとって脅威です。

 日本はこの点を冷静に認識しなければなりません。南北が融和に向かえば、中国は、朝鮮半島から米軍を追い出そうとするはずです。それに対して、おそらく北朝鮮は韓国に「在韓米軍を撤退させないでくれ」というでしょう。

 ところが韓国は、「分断状態が終われば在韓米軍は不要だ」というでしょう。つまり、北朝鮮は「反中」で、韓国は「親中」というねじれが顕在化してきています。

 さらにそこに介在するのが韓国の日本に対する非合理的な態度です。朝鮮半島が中国からの独立を保つには、米国と日本のプレゼンスが不可欠です。

 現状でも有事に米軍が韓国を守るには、在日米軍基地のある日本の協力が不可欠なのに、韓国は、米韓合同演習の際に日本の自衛隊の幹部の参加も許さないのです。

 いずれにせよ、現状=③は、最悪のシナリオ=②に比べれば、日本にとってはるかにマシです。ですから、日本はここで焦ってはいけません。「非核化」ばかりに拘って拙速に動けば、かえって今よりも状況を悪くする可能性があります。 』


 『 今後の東アジア情勢を占う上でさらに決定的に重要なのは、トランプ政権の対中政策です。もともとトランプの最優先課題は対中政策で、これは選挙中から主張していたことです。

 対中強硬姿勢を実際に打ち出すようになったのは、就任一年目以降ですが、トランプとしては、本来就任初日からやりたかった。しかし、それを二つの理由から控えたのです。

 一つは、北朝鮮に対する経済制裁で、国連安保理の決議には中国の協力が必要だったからです。もう一つは、未来産業を育成する産業政策「中国製造2025」に関することで、トランプ政権としては容認できなかったのですが、当初は、これを諦めるよう習近平を説得できると見ていました。

 二〇一七年四月の最初の米中首脳会談で課題となったのも、この二つでした。北朝鮮に対する経済制裁に関しては、中国は全面協力することになりました。

 ところが、米朝首脳会談が開催され、米朝が直接交渉するようになると、中国の協力は不要になりました。知的財産権侵害に対する対中制裁が発表されたのも、米朝首脳会談の直後のことです。

 中国側は、「北朝鮮問題で協力したのに、なぜ我々に攻撃を仕掛けてくるんだ」と怒っているわけですが、そもそもトランプは、当初から中国に対して強硬姿勢を打ち出すつもりだったのです。

 すでに米中は、長期的な対立関係に入っていますかっての米ソのような新たな「冷戦」と言っても過言ではありません。米中冷戦がいつ終わるかは分かりませんが、中国の現政権が崩壊することによって終わることだけは確かです。

 今後のシナリオを考えてみましょう。まず冷戦と言っても、米中が通常の戦争に突入することは考えられません。歴史を振り返れば、何らかの対立は最終的に戦争に発展するものですが、核兵器の登場以降は、全面的な武力衝突はあり得ない選択肢になっています。

 中国に抵抗する周辺諸国が完全降伏することで冷戦が終焉するというシナリオも現実にはあり得ません。中国の現政権は、国内的には独裁体制を強め、対外的には強硬路線を採っています。

 これに対し、マレーシア、インドネシアが降伏することはあり得るとしても、タイは中立的な立場を維持するでしょうし、ベトナムが屈服することは絶対にありえません。インド、オーストラリア、ニュージーランド、そして日本も同様です。

 米国以外にも関与している国がこれだけ多く,すべての国が中国に完全に屈服することは考えられない以上、米中冷戦の結末は、中国の現政権が崩壊する以外のシナリオは考えられないのです。

 米中の冷戦がいつまで続くかは分かりませんが、ただ米中冷戦のように五十年近くもかかることはないでしょう。当時と比べてテクノロジーの進化が速いからです。

 トランプが就任当初に対中強硬策にふみきれなかったのは、国内事情も影響していました。まず対中政策に関して、当初、西海岸のハイテク企業を中心としたテクノロジーロビーが反対していました。

 彼らは中国との経済関係を重視して、対中関係の悪化を望んでいなかったからです。ところが、そのテクノロジーロビーも、短期間のうちに反中になりました。

 中国に先端技術を盗まれているとして知的財産の保護をトランプに要求し始めたからです。次に軍事ロビーです。トランプと軍部の間には、当初、戦略をめぐって大きな隔たりがありました。

 軍部としては、イラクやアフガニスタンなど中東地域での米軍の展開を重要視していたのですが、トランプはこれを「金のムダ使い」としか思っていません。

 中東などからは撤退して中国に集中すべしというのが、当初からのトランプの考えでした。トランプがマティス国防長官解任の可能性について否定しなかったのも、両者の間にこうした根本的な考えの違いがあるからです。 』


 『 トランプの対中政策に関しては、「中国による死」「米中もし戦わば」の著者ピーター・ナヴァロの影響がしばしば指摘されますが、彼の影響以前に、トランプは100パーセント反中でした。

 ナヴァロ以上に重要な人物を挙げるとすれば、ケビン・ハリントンです。彼はまだ若手ですが、とても頭のいい人物で国家安全保障会議で大きな影響力を持っています。

 ホワイトハウスのすぐ横のビルにオフィスを構え、そこには安全保障担当の大統領補佐官であるボルトンを始めワシントンの有力者が日参し、意見を求めている。

 トランプ政権では多くのスタッフが解雇されましたが、彼が解雇されることはまずありません。ハリントンの考えの中心にあるのは、テクノロジーに関して米国はナンバーワンの地位を維持しなければならないという信念です。

 中国との長期的対立を解決するのに、武力に訴えるわけにはいきません。しかし、テクノロジーで圧倒的優位を保てば、この冷戦を終わらせることができます。

 テクノロジーの優位性は、米国にとって最優先事項です。仮に米国が朝鮮半島問題での自国の利益を諦めることがあっても、テクノロジーの優位性を放棄することはあり得ません。

 中国との貿易戦争においても、大豆や衣服や自動車は、テクノロジーに比べれば重要ではありません。次世代テクノロジーの覇者をめぐる戦いにこそ真の競争があるのです。

 ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストは、トランプの対中強硬策を馬鹿にしていますが、かってレーガンが「スターウォーズ計画」を発表した際にも、「映画の人間だからこんなに非現実的で愚かなんだ」と揶揄しました。

 しかし、この「スターウォーズ計画」こそ、米ソ冷戦の終結をもたらしたのです。ソ連は米国との技術的・経済的競争に付いていけず、結局、ソ連崩壊につながったからです。

 当時、ソ連の参謀本部にはオガルコフ将軍という戦略家がいました。彼は「MTR」(軍事技術革命)の重要性にいち早く気づいて、「このままではテクノロジー面で米国に太刀打ちできない」と軍の改革を説きました。

 しかし、技術改革には、その前提として経済システムの改革が必要です。だからこそ、改革派のゴルバチョフは軍の支援を得られたのです。米中冷戦も、テクノロジーをめぐる戦いが鍵を握っています。

 十月十日、米司法省は、米航空宇宙企業の機密情報を盗もうとしたとして、中国国家安全部の高官を訴追したと発表しました。この高官が接触した中には、航空機エンジンを開発するGEアビエーションも含まれ、その先端技術は軍事分野に転用可能です。

 この高官はベルギーで逮捕されましたが、中国の情報機関である国家安全部の職員が公判のために米国に移送されたのは初めてのことです。しかも、彼は情報機関の幹部で、米国にとっては価値のある人物です。

 彼が知っているすべての中国スパイの名を白状するまで、彼を釈放することは絶対にないでしょう。テクノロジーロビーにしろ、軍事ロビーにしろ、いまや親中派は一掃され、米国は、民主党も含めて超党派で反中でまとまっています。

 国内の反トランプ陣営から唯一批判されていないのが、トランプの反中政策なのです。ですから、米中の衝突は当面続くことになります。 』


 『 日本にとって戦略的にもう一つ重要なのは、日露関係です。日本が真っ先に考えるべきは、人口が減少する一方のシベリアが、実質的に中国の勢力下に置かれる事態を避けることです。

 シベリアが、ロシアのコントロール下にあり、中露の国境が維持されることが、安全保障上も、日本の国益につながるからです。そのためには日本からの投資が必要になります。

 昨年九月のウラジオストックの東方経済フォーラムでプーチン大統領と立ち話をする機会がありました。彼はシベリアに関して「我々には大きなプロジェクトがある」と話していました。

 シベリアへの投資は日本の国益にも適うことを、安倍首相はよく理解しています。中国への効果的な対抗策になり得るからです。トランプの対露政策も、中国との関連で見ればよく理解できます。

 「中露の二国を同時に敵に回すことはできない」「中露の二国を接近させてはいけない」 この二つは、地政学の基礎中の基礎原則です。

 米国にとって最も警戒すべきは中国である以上、中国との対決に集中するにはロシアとは何らかの合意を結ぶべきだというのが、トランプの戦略です。 』


 『 では、日本は、こうした国際環境の中でどんな戦略(「日本4.0」)を描くべきでしょうか。日本にとって、今後も日米同盟が戦略の軸であることは変わりはないでしょう。

 ただし、日米安保条約では、米国が日本を守ることになっているとは言っても、米国にできるのは、日本が全体として崩壊するような事態を防ぐことであって、七千近くもある日本の小さな島のすべてを守ることなどできません。

 尖閣諸島にしても、まずは日本自身で守らなければなりません。日本はそうした自衛力を備える必要があります。同盟の維持には、時代に応じた変化が必要です。

 日米同盟に関して言えば、日本が米国の弱いところを補う役割を果たしていことがポイントとなります。例えば、米国との関係が希薄なラオスやミャンマーやマレーシアといった国々に対して、米国が政治的に行えることには限りがあります。

 しかし、日本には長年にわたる友好関係や援助の実績がある。つまり日本には、米国にはできない役割を果たすことができるのです。こうした連携に、オーストラリア、インド、ベトナムが入ってくることも考えられます。

 これは、「条約による同盟」というより「緩やかな連携」です。こうした国と国のパートナーシップは、今後大きな力を発揮していくでしょう。日本は、長期的にいかなる貢献ができるかをしっかり考えていく必要があります。

 日本にできる役割としては、まずミリタリー・アシスタントが挙げられます。日本には、長年にわたるODAによる海外支援の実績がありますが、これをより戦略的観点に立って行うのです。いわば「戦略的ODA」です。

 とくに道路は、地政学的に大きな意味を持っています。例えば、中国の「一帯一路」構想に対抗する形で、「インドとベトナムを結ぶルート」という大きな構想も考えられます。

 その点、陸上自衛隊の施設科は、道路の整備・補修の高い技術を持っている。インドとベトナムを結ぶ道路建設に自衛隊が関与することになれば、日本は大きなミリタリー・プレゼンスを示すことができます。

 しかし、これによって軍事的な紛争が生じるわけではありません。むしろ地域住民にとっては、かけがえのない贈り物になるはずです。東南アジア諸国の場合は、沿岸防衛への支援、具体的には沿岸警備艇や哨戒機を数多く必要としています。

 南シナ海での日本の潜水艦による偵察活動も、その一つの例です。いずれは米英仏などとも協力して、「航行の自由」のためのオペレーションにも参加すべきでしょう。

 ただ私が懸念するのは、防衛に関して時に柔軟性や実践性を欠いてしまう日本の組織文化やメンタリティーです。現在、日本は膨大な費用をかけて、地上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」を導入しようとしてます。

 これは一種のファンタジーです。北朝鮮のミサイルには、レーダー網を破れるような性能はありません。実際の脅威に対してあまりにも高度で複雑すぎるものを配備しようとしているのです。

 しかも、十年にも及ぶ研究開発の計画を立てていますが、情報テクノロジーの技術革新のスピードがこれだけ速まっているなかで、現在構想したものが十年先も通用する保証はありません。

 明日どう戦うかに備えるには、あまり完璧なものは不要です。まずはすでにある技術で実践的に対応することを考えるべきです。もしイージスシステムを陸上で用いるなら、イージス艦の装備をそのまま持ってくればいい。

 現状としては、米中の長期的な対立関係がすでに生じています。これを終息するには、中国の現政権が崩壊するしか道はません。ということは、これに長期的に対応していくしかない。

 この状況を前にして日本は、過度の心配をしたり、不安を煽る必要はありません。冷静に事態を見極め、長期的かつ戦略的に対応することが求められています。(奥山真司訳)』(第178回)