兄の様態に一喜一憂し、ゆっくりとブログに向うことなく過ごした1か月、残念な結末になり、覚悟は出来ていたがまだまだ心が揺らぐ毎日だ。姉が常日ごろ逝くのは順番にね・・・と言っていたがこればかりは神様だけしか分からない。姉,兄2人、私と4人兄弟・姉妹、それぞれ伴侶を伴い、東北の穴場に連れて行ってもらおうという計画が皆の心にあったが、まだまだ大丈夫と思っていたが遅すぎてしまったのが悔しい。
兄は私達の中では優等生、スポーツマンであった。修士課程を終え、当時理系の学生の就職先は引く手あまただったが、あえて地方都市の八戸に奉職(教授の推薦もあったが)したのは企業戦士でなく自分に合った生き方を最優先にしたのだと思う。勤務しながら博士号をとる勉強家であり、好きな文学、美術、音楽に囲まれた生活とガーデニングとテニスを楽しみ、退職後は畑作りに(昨年ジャガイモがたくさん取れたと一日送ってくれた)精を出していた。書斎の書棚は文学全集、美術全集がずらりと並び、レコード,CDもびっしり並んでいた。お姉さんが弾くグランドピアノにも耳を傾けたり優雅に暮らしていたのだと。これから晴耕雨読を実践し悠々自適な生活が始まる矢先だったのにと思うと本当に残念だ。まだまだこれから・・・逝くのは10年早かったね。
お棺にルネサンス、ダビンチに関する本を数冊入れたが、イタリアへ行ったのも何か急がせるものがあったのか、そして最後の思い出を遺して行ったのかと。
兄は私達の中では優等生、スポーツマンであった。修士課程を終え、当時理系の学生の就職先は引く手あまただったが、あえて地方都市の八戸に奉職(教授の推薦もあったが)したのは企業戦士でなく自分に合った生き方を最優先にしたのだと思う。勤務しながら博士号をとる勉強家であり、好きな文学、美術、音楽に囲まれた生活とガーデニングとテニスを楽しみ、退職後は畑作りに(昨年ジャガイモがたくさん取れたと一日送ってくれた)精を出していた。書斎の書棚は文学全集、美術全集がずらりと並び、レコード,CDもびっしり並んでいた。お姉さんが弾くグランドピアノにも耳を傾けたり優雅に暮らしていたのだと。これから晴耕雨読を実践し悠々自適な生活が始まる矢先だったのにと思うと本当に残念だ。まだまだこれから・・・逝くのは10年早かったね。
お棺にルネサンス、ダビンチに関する本を数冊入れたが、イタリアへ行ったのも何か急がせるものがあったのか、そして最後の思い出を遺して行ったのかと。