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暮しのサイケ日記「ペット・サウンズを考えるの巻」(サイケ)

2008-03-08 08:54:03 | Weblog
ジム・フジーリ著の「ペット・サウンズ」をようやく読了した。ジム・フジーリという人は探偵小説で評価の高い小説家とのことで、ウォール・ストリート・ジャーナルなどにロックの評論を書いている人らしい。それにしてもウォール・ストリート・ジャーナルなんかに、ロックの評論が載っているなんて驚きだ。この本はタイトルどおり、ビーチ・ボーイズのアルバム「ペット・サウンズ」に対する思い入れたっぷりの個人的エッセイというか評論。これを何と以前からビーチ・ボーイズ好きを公言してはばからない村上春樹が翻訳しているのである。読むしかありません。

内容的には「ペット・サウンズ」というアルバムがいかに素晴らしいものか、ティーン・エイジャーだったジム・フジーリ青年が個人的レベルにおいてこのアルバムの世界にどれだけ共鳴したか、そして今でもどれほどこのアルバムで心を動かされるか、ブライアン・ウィルソンという天才はどれだけ繊細で壊れやすい精神の持ち主か、が良ーく判る内容。翻訳した村上春樹氏も「この一枚のアルバムに内容を限定して、ここまで個人的な視点から描かれたものはなかったように思う。」とあとがきに書いてある。そりゃそうでしょ。そんな本がたくさんあったなら、ブライアン・ウィルソンとビーチ・ボーイズの境遇は、もっと違ったものになっていたはずだ。内容的には共感できる部分もあれば、そうかなと思う部分もあり、日本人には理解不能な部分もあり、といった感じ。ただし本文中でこのアルバムのことを「哀しみについての幸福な歌の集まり」と定義しているのはなかなか言い当て妙な気がする。

ところでこのビーチ・ボーイズの傑作アルバム「ペット・サウンズ」は著者のジム・フジーリ氏にとっても、翻訳者の村上春樹氏にとっても、僕が持っている「ペット・サウンズ」のCDの解説を書いている山下達郎氏にとっても、もちろんこれを書いている僕にとっても特別なアルバムである。とんでもない傑作だと思う。僕について言えば、僕はレコードかCDのどちらかで持っているアルバムは両方のメディアでダブっては買わないことを信条としているのだけど、CDとレコードの両方で所有している2種類のアルバムのうちの1枚なのだ。もっとももう1枚はリトル・フィートの「Waiting For Colombus」というライヴ・アルバムで、これはCD化に際して大量に追加されたボーナス・トラックが目当てで買っているのでちょいと目的が違うため、そういう意味ではほぼワン・アンド・オンリーと言っても良いアルバムなのだ。個人的な話のレベルで言えば、かなり前のことになるけれど出張先の網走女満別空港で突如具合が悪くなり、「これから飛行機に乗って帰るのに・・・」と暗澹たる思いでトイレでグッタリしていた時にBGMでかかったこのアルバムの1曲目『Wouldn't It Be Nice ?』を耳にした瞬間、本当に救われたような気持ちになったことを今でも思い出す。人をそういう気分にさせてくれるポップ・ミュージックは、世の中にそうざらにあるものじゃない。それこそ「素敵じゃないか」!。

「ペット・サウンズ」は発売された当時は、それまでのビーチ・ボーイズのアルバムほど売れず、レコード会社は怒り、ブライアン・ウィルソンは落胆し、バンドのメンバーは困惑し、彼とビーチ・ボーイズの長い長い迷走(と落日)のはじまりとなった曰く付きのアルバムでもある。「ペット・サウンズ」というアルバムはこのアルバムの世界をほとんど一人で作り上げたブライアン・ウィルソンにとっての大傑作ではあっても、ビーチ・ボーイズというバンドにとっては必ずしも最高傑作ではないのだということを忘れてはいけない。ともあれ「ペット・サウンズ」に関しては、ブライアン・ウィルソンの活動復活もあって近年猛烈に評価が高まっていて、昨年のレコード・コレクターズ誌の「60年代ロック・アルバム・ベスト100」でも堂々の第1位になって僕を驚かせた。この圧倒的に内省的でナイーヴな音楽世界が60年代ロックのナンバー・ワンかよと、長年愛聴してきた身でもちょいと複雑な思いもある。ただまぁこんな本が出て、それを読んで朝っぱらからこんな文章を書いている僕のような輩がいるのだから、やはり素晴らしいアルバムであることに変わりはないのだ。著者のジム・フジーリ氏は「ロックの時代におけるもっとも優れたアルバムである。」と勇気ある断言を下し、翻訳者の村上春樹氏もあとがきの最後はこう締めくくっている。

「聴いてみてください。聴く価値のあるアルバムです。そして何度も聴き返す価値のあるアルバムです。」
結局、この本はこの一文に尽きる。