川口英俊の日記

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今の私の政治に対してのスタンスについて・3

2011年06月24日 | 徒然日記・日々の記録
さて、私が平成23年10月2日(日)に予定されている東大阪市・市議会議員選挙に立候補を表明・予定していると、私に対しての誤解(私が市長選・市議選に出るなど)も幾ばくかまだあるようでして、その解消のために、これまでも下記のように、私の政治に対してのスタンスについての見解を述べさせて頂いております。

これまでも下記のように、私の政治に対してのスタンスについては、述べさせて頂いているところでございますが、

今の私の政治に対してのスタンスについて・1
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/728ce9880459f44c08bcc838f1d5ca27

今の私の政治に対してのスタンスについて・2
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/7451986ba59b0d95e19b2d1a93bc3550

かつて政治の世界に入って実地に活動していたことがあるため、その世界の内情についてはよく知るところであります。

政治の世界は、仏教的に申しますと、六道輪廻の一つ、修羅道の世界と同様であり、様々な煩悩・執着・妄執によって、常に争いに迷い苦しむ世界であります。

特には、権力や名声・名誉・地位・お金などへの執着から、(小)随煩悩(忿・恨・覆・悩・嫉・慳・誑・諂・害・驕)にも苦しむところとなります。

(小)随煩悩に関しての説明は、詳しく下記に、ウィキペディアから簡単に引用しておりますが、その世界におられる方においては、ほとんどが、まさにその通りの煩悩だらけであると、きっと納得されることでありますでしょう。

そのような世界においては、心の平安、安息はほとんどあり得ず、常に悩み苦しみ続けるところとなってしまいます。

もちろん、現実においては、議会制民主主義の社会ですから、各議会議員がいなければ国・都道府県・市町村など行政機能(計画策定・法律立案・予算など)は動かなくなってしまうところであり、必要ではあるものの、好き好んでまで関わるには少し躊躇して考えておかなければならないでしょう。

また、私利私欲や自己満足・自己保身などのくだらないところでバッチを付けているような政治家、煩悩に著しく犯されている政治家は、選挙の洗礼や社会的・道義的責任をとらさせるなどにて、しっかりと浄化させることは、有権者の責務となるところでもあります。くだらない政治家のせいにて、生活・生命が脅かされることのないように、選挙には必ずや行きましょう。

そこで、政治家の見極め方について私なりの経験則上での見解を簡単に少しだけ述べさせて頂いておきます。

一、特定の利益に関わる者たちや一部の偏った者たちだけでなく、周りからしかるべくに推されているほどの人格・志がある者かどうか。

一、公私混同をしていないかどうか。公人と私人・プライベートの部分をしっかりと分けてけじめをつけているかどうか。

一、傲慢・高慢・驕った態度をしていないかどうか。分け隔てなく平等に人と接しているかどうか。人によって態度が変わっていないかどうか。

一、私利私欲や自己満足・自己保身や選挙に当選するだけのためなどで、ころころと主義・主張が変わっていないかどうか。

一、実現性の高い主義・主張であるかどうか。あまりに夢物語や抽象的な主義・主張を掲げてはいないかどうか。

・・などであります。

また、簡単に(小)随煩悩に関わることでも、犯されていないかどうかでも見極めを判断していくべきでありますでしょう。ウィキペディアから簡単に引用しておきましょう。

小随煩悩

忿(ふん)・・自分の気に入らぬことに激怒して、杖で人を打とうとするぐらい激しい感情になる心をさす。この心は粗暴な言動を生み出す。

恨 (こん)・・忿に続いて生起する。 自分の気に入らぬ人を怨み続ける心である。恨を心に持つ人は、これを押さえつけることができない。このような人は平常心を持つことができず、常に煩悶たる生活を送る。

覆(ふく)・・利益を失う・不利益を蒙ることを恐れて、自分が為した罪を隠すことである。 しかし、自分の為した罪を隠す人は、後に、必ず悔い悲しむ。

悩 (のう)・・忿や恨に続いて生起する。立腹して、人を恨むる心である。怨みつのった気持ちを思い返す心である。 怨みが進み、相手にひがみ、自分の心も内では煩悶する。口をあければ、その言葉は、喧嘩腰で卑しく、相手を毒づき、なじる。このような心は、自身の心も毒で蝕む。

嫉 (しつ)・・自分だけの利益や世間の評判(名聞利養)を希求し続けると、人の栄達等を見聞きすると深い嫉妬を起こすようになる。そのような心の状態を嫉という。妬み深い人はこの心を増長しやすい。

慳 (けん)・・自分だけの利益を希求し続ける心のひとつの形で、財宝に耽着して人に施す心無い状態をいう。そのような心の人は、ただただ、蓄財せんと思う心にとりつかれてしまい、他人のことを考えることもない。

誑 (おう)・・自分だけの利益や世間の評判(名聞利養)を得ようとして、様々なはかりごとを心に秘めて、自分が徳のある人物であると見せかける偽りの心である。

諂 (てん)・・自分だけの利益や世間の評判(名聞利養)を得るがために、他者をだまして迷わそうとして、私心を隠して人に媚びへつらい等など従順を装い、人の心を操縦する心である。もしくは、このような手段をもって、自分のなした過ちを隠蔽せんとする心である。

害(がい)・・他者への思いやりの心が無い状態、すなわち、慈悲心無き心の状態をさす。

驕(きょう)・・自らの身を非常に勢い盛んな人間であると思いて,驕りまた誇り、自らの欲するままに思い上がるような心である。

中随煩悩

無慚(むざん)・・慚とは、法灯明として自分の出世間たる仏の教えに照らして恥じる心のことであり、無慚とは、その恥じる心の無い事である。

無愧(むき)・・悪事を起しても、全く恥じないこと。 客観的に反省する心がなく、世間体も人の思惑も気にしなくなる状態をさす。

以上、各随煩悩については、現時点においてのウィキペディアからの引用でございます。

・・

今の私の政治に対してのスタンスについて・2
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/7451986ba59b0d95e19b2d1a93bc3550

少し関連してのツイッター投稿を以下に転載させて頂きますので、ご参照の程を宜しくお願い申し上げます。

原発事故による被害は、人間の煩悩のうちの慢・驕によるところの自業自得を幾分か含んでいることは明らかであります。煩悩、迷い・苦しみの根本原因である無明を排撃させていくことにこそ、これから仏教界は全力で注力していくべきでありますでしょう。

震災から三ヶ月が過ぎた今、世俗的「抜苦与楽」後における勝義的「抜苦与楽」の実践こそが、真に日本仏教界各位に求められてくるものとなります。煩悩、迷い・苦しみの根本原因である無明を排撃させていくことにおける仏教の真価が問われるでしょう。

1)世俗的「抜苦与楽」(衣・食・住・医の充実)は、仏教の役割から概ね、議会・行政・民間(医療法人・社会福祉法人・NPO法人・一般社団・財団法人・NGO団体・ボランティア団体・自治会等)の役割であるということは、以前にも述べさせて頂いております。

2)もしも、世俗的「抜苦与楽」(衣・食・住・医の充実)に関して、議会・行政・民間の役割が不十分であるならば、是正されてしかるべきでしょう。特に政治・行政における東日本大震災後の被災者支援・復興支援・原発事故などの対応に関してもしかりであります。

3)世俗的「抜苦与楽」(衣・食・住・医の充実)に関して、その昔は仏教・寺院の役割が大きかったですが、もはや、その役割を議会・行政・民間へと各分業化・専業化した今は無理にまで担う必要は無く、それよりも勝義的「抜苦与楽」の実践が重要なことになっています。

4)その一つとして、特に今回の原発事故による被害には、人間の煩悩のうちの慢・驕によるところの自業自得を幾分か含んでいることは明らかであり、日本仏教界各位は、その煩悩、煩悩の根本原因である無明の排撃にこそ本来の存在意義を示すべきであります。

5)現代社会において衆生の迷い・苦しみが増大しているとすれば、世俗的「抜苦与楽」を果たすべき議会・行政・民間にも問題があって、それは一つ慢・驕による煩悩によるところが大きいといえますが、その煩悩を排撃させる役割こそ仏教が担わなければならないことであります。

6)先日に私の政治に対してのスタンスを少し述べさせて頂きました http://t.co/CvW4MIN が、政界も官界も産業界も、慢心、驕りが蔓延していることの弊害が、この度の原発事故の自業自得の結果に見ることができるのではないかと考えております。

7)その慢心・驕りを含む煩悩全般を排撃させる勝義的「抜苦与楽」の実践こそ仏教の本来的に果たすべき役割であります。しかし、現代仏教批判の原因においては、日本仏教界そのもの自体における慢・驕など煩悩の蔓延があることも残念ながら否めないところがあります・・

8)日本仏教改革による確かなる勝義的「抜苦与楽」の実践が成されてこそ、また、政・官・産業界の慢・驕などの煩悩も排撃させうることができるようにもなり、そして迷い・苦しむ衆生たちの救いともなっていくことでしょう。今こそ仏教の真価が試されるところであります。

川口 英俊 合掌九拝


上記関連の参照・・

【アンチ葬式仏教の危うさ http://bit.ly/muwOcn 】ツイッター・コメント投稿・1-26
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52014077.html

・・

川口英俊のツイッター
http://twitter.com/hide1125

ツイッターログ
http://twilog.org/hide1125

今の私の政治に対してのスタンスについて・1
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/728ce9880459f44c08bcc838f1d5ca27

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さて、私が平成23年10月2日(日)に予定されている東大阪市・市議会議員選挙に立候補を表明・予定していると、私に対しての誤解(私が市長選・市議選に出るなど)も幾ばくかまだあるようでして、その解消のために、これまでも下記のように、私の政治に対してのスタンスについての見解を述べさせて頂いております。

さて、もう随分と前になりますが、以前、09年総選挙に際してブログにコメントした内容から、私の政治に対してのスタンスはほとんど変わっておらず、中立的立場であります。各種選挙にて投票へと行くことは民主主義における正当な権利行使、国民の義務であって当然としても、直接的・個別具体的に政治に関わることは、正直なところ御免被りたいという感じでございます。

また、これまで福祉活動や市民活動・ボランティア活動を行ってきておりますのは、政治的な意図があるものでは全くなく、地域まちづくりへのお手伝い、一個人として地域社会への貢献を模索・試行錯誤しながら進めていくためであります。

より良く人が暮らせるまちづくりのためには、自分には何ができるだろうか、またはさせて頂けるだろうかということで、可能な限りにおいて、今はもう無理のない範囲内にて参画させて頂いているという感じであります。

もう少ししいて言いますと、浅学非才の未熟者、一愚僧として、仏教の実践である智慧と慈悲の利他行とはどのようなものとしてあるべきかということにおける一つの自己研鑽ということでもあります。

どうか上記のことをご理解賜れましたらと存じております。

また、今後の取り組みと致しましては、まずは仏教の顕教における思想・哲学の研究を進めながら、真なる仏教のあり方について、この浅学非才の未熟者、僭越にも一愚僧ながら、考察、実践を継続して参れましたらと考えておりますので、何卒にもご理解の程を宜しくお願い申し上げます。

深遠なる空・縁起の理法をお説きになられましたお釈迦様に最敬礼申し上げます。

平成23年6月12日

川口 英俊 合掌九拝

・・

以下に転載した09年総選挙に際してブログにコメントした内容もご参照頂けましたらと存じます。

http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/d/20090830

http://hide-1.jugem.jp/?eid=281

以下、転載開始・・

ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、かつて私は政治についてひとかたならぬ想いがございました。

その内実は、拙著「誇れる社会のために」をご覧頂ければと存じますが、学生時代は自民党に入党し、大阪府連青年局・学生部での活動、塩川正十郎元財務相の地元事務所での秘書見習い活動、総選挙・参院選挙での選挙運動の手伝いなどをしていました。

特に自民組織の長年による弊害・陳腐化を危惧して内部改革に取り組むことが多々あり、府連青年局・学生部の再興、地元支部・青年会の創設などに取り組みました。しかし、父である住職の病状悪化に伴い、急遽大学を休学して、諸活動を辞めて、禅の修行へと行くこととなりました。

二年後に帰山し大学に復学するものの、政治情勢も大きく変わり、時は小泉政権となり、塩川先生も返り咲いて財務大臣となられており、一つの目標であった塩川先生の捲土重来も成ったこともあって、もはや政治の世界に関わることは控えて、お寺の仕事、大学の勉強、司法試験の勉強に集中しようとしていました。

政治の世界からは離れた日々をしばらく過ごしている中で、ある時、熱く駅頭で演説する当時の民主党・東大阪総支部支部長・岡本準一郎氏と出会ったのであります。その真っ直ぐで純粋な政治姿勢に感動し、私は岡本さんを応援することにしました。岡本さんのような方が国会へ行けば必ずこの国は良くなる、そう思い、正式に自民党を離党して、民主党に入党、東大阪総支部の幹事にもして頂き、色々と党勢拡大のために熱く議論して努力したこと、岡本さんと共に何百回と街頭でマイクを握って私も遊説させて頂いたことが、今でも昨日のことのように思い出されます・・

しかし、残念ながら岡本さんは二度目の総選挙で敗北・・更には色々と民主党東大阪支部内での矛盾・疑念・軋轢の噴出もあったため、岡本さんが東大阪を去られるのを機として私は、「誇れる社会のために」を著して、一切の政治活動から身を引く決意をし、民主党を離党しました・・

もちろん、当時においては精神障害者の無認可作業所の社会福祉法人化に取り組み、その代表であったため、政治的色は無くさないといけないということもあったので、それで政治活動から離れざるを得なかったというのも理由の一つでありました。

以来、政治と関わることは皆無となり中立的立場として過ごしています。

しかし・・社会福祉法人化はしたものの・・小泉政権下で成立・施行した障害者自立支援法は、現場の現状を何ら配慮せずに作られ、財政難のために自己負担・利用者負担を激しく迫るなど、障害者、支援する者に配慮しない酷い法律であったため、私の社会福祉法人運営も二年あまりで限界を迎え、挫折するに至ったのであります・・詳しくは、こちらのコラムをご参照下さいませ。

とにかく、福祉・年金・介護・医療政策など、日本の政(まつりごと)は人への配慮と謙虚さが正直無くなってしまっていると痛切に感じる次第でもあります・・

・・転載ここまで。

また関連することに関しましては、引き続きまして述べさせて頂くこともあるかと存じます。
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