『はつかいち』 ぶらり

安芸の宮島の地・・・廿日市を見たまま紹介―独自の好奇心アンテナを張り巡らせて、ビビッと反応したものを紹介します。

麦秋

2020年05月31日 | 「廿日市地区」ぶらり

 

 

 

ウォーキング途中の原地区で栽培されている小麦畑でもうすぐ刈り取りの時期であろうか、平良・原地区で麦作をされているのを見たのはここだけである。当ブログ主が子供の頃は二毛作で麦の収穫が終わると稲作の田んぼの準備をしていた。昨年5月に訪れた出雲平野の各所で大規模な麦作が行われていた。(下画像)

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速谷高架橋の保護ネットにボールが ‼

2020年05月30日 | 「廿日市地区」ぶらり

 

 

 

 

山陽自動車道の速谷高架橋は築造されてから年数が経過しており、経年劣化でコンクリート剥離落下防止用のネットが張られている。なんとネット上に数多くのボールがみられるのである。以前ゴルフボールと紹介していたが望遠でみると野球ボールやテニスボールのようで数が増えている。この場所で野球やテニスの練習をしているのを見たことがあるが、なぜ高いあのようなところに数多く入っていったのであろうか。

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遊びの菜園-廿日市15代目桜島大根・廿日市5代目切葉松本地大根

2020年05月29日 | 農業

 

 



廿日市15代目桜島大根(右側)と廿日市5代目切葉松本地大根(左側)の種を採る時期となったので採種した。
中画像の桜島大根は何代にも亘り在来の青首大根や切葉松本地大根と交配してこのようになった。下画像の切葉松本地大根も青首大根や桜島大根と交配して本来のものより全く違った大根となった。次シーズンには廿日市16代目桜島大根と廿日市6代目切葉松本地大根を育てる予定である。食もせずただどのように育っていくのか手間暇をかけている遊びの菜園である。

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桑の実

2020年05月28日 | 「廿日市地区」ぶらり

 

 

 

 

ウォーキングをしている途中に大きな桑の木があって多くの実を付けており、熟した黒っぽい実は美味しいが誰も見向きもしない。平成3年(1991)、当ブログ主が若いころ中国の吐魯番(トルファン)を訪れ郊外の吐峪溝(トユク)千仏洞を見物した時に現地の少女達が桑の実を食べたり、採取していたのを思い出した。当地の桑の実は大きかったように記憶している。

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キジが ‼

2020年05月27日 | 「廿日市地区」ぶらり

 

 

 

 



ウォーキングをしているとコツコツと音がするので何の音かと見ると、キジの雄が畑に置かれたステンレス浴槽に写った自身の顔部分を突きながら浴槽周囲を3周くらいしていた。ステンレス浴槽に写った自分の姿を他の鳥と誤認していたのであろうか。
この付近の山でキジの鳴き声を度々聞いたことがあるのでこの付近を生息域としているようである。

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ムナクト

2020年05月26日 | 「廿日市地区」ぶらり

 

 

 

 



上平良・原地区ではぼちぼちと田植えの準備が始まっており、ウォーキング途中に丁度田んぼ水の吐け口「ムナクト」に麦藁の撚り束をセットしておられた。麦藁の撚り束で田んぼの水位の調節や吐口から田土が流れ出ないようにする昔ながらの装置である。麦藁の撚り束の作り方を教えて貰い藁で下画像の藁の撚り束を作ってみた。田んぼ水の吐口は「ムナクト」「ミナクト」などと言われており、水のあたり口は「ミズクチ」「ミナクチ」と言われている。

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旧原村戦役記念碑

2020年05月25日 | 「廿日市地区」ぶらり

 



一昨日紹介した旧原村役場跡にある旧原村戦役記念碑は大正3年(1914)に建立されている。この大きな記念碑は広島市西区草津町で制作されて船で廿日市港に着いて陸揚げされ、旧国道を通り可愛から平良村を縦断して現地に運ばれたようである。重機も自動車もない時代で小学校児童、青年会、婦人会、原村民多数が奉仕作業をして運んだようである。

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宮島SA遠望

2020年05月24日 | 「廿日市地区」ぶらり

 

 

 



昨日夕方、5時ごろ極楽寺参道展望所から見た宮島SA駐車場、まだ輸送トラック・乗用車の少なめのようである。
展望台に行く途中、親とはぐれたのであろうか可愛いウリボウがいた。これが大きくなると何度も泣かされた田畑を荒し廻るならず者になるのだ。

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旧原村役場跡

2020年05月23日 | 「廿日市地区」ぶらり

 



原地区の橋本にあった旧原村の役場跡で、現在橋本集会所があり大きな原村戦役記念碑が残されている。昭和31年(1956)に旧町村が合併して新生廿日市町になっているのであるが、いつごろまで旧役場建物が残されていたものであろうか。
(旧原村役場画像-廿日市町史通史編より)

※ 昨日、当ブログを開設してからトータル閲覧数500万PVを迎えることが出来、開設5000日、トータル訪問者数100万UUと三つの大きな節目を迎えることができました。当ブログは見たままを記した万人受けするものではありませんが、多くの方々に御来訪して頂き大いに励みとなっております。可能な限りこれからも継続していきますので御来訪して頂きますようお願い致します。

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原郵便局跡

2020年05月22日 | 「廿日市地区」ぶらり

 

 

原地区にあった初期の原郵便局は橋本地区の元原村役場前にあった。(上画像)交通が発達する以前は玖島郵便局の人が朝早く泉水峠を通って原郵便局まで来て郵便物を受け取っていたそうである。
昭和30年代であろうか下ケ原地区に移転(下画像)していたが、原郵便局は平成10年代に廃止となり1.5km位市中心地寄りに速谷神社前郵便局として開局している。

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水稲稚苗

2020年05月21日 | 農業



一昨日第一便のヒノヒカリ水稲稚苗が届いたが、これより約10日後が田植えに適しているようである。ここ一週間で田んぼに水をあて肥料を撒いて代掻きをして田植えの準備をしなければいけない。第二便は6月2日の予定である。

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廿日市町並みの町屋

2020年05月20日 | 「廿日市地区」ぶらり

 

 

江戸期文化5年(1808)の町並み絵図

 

旧西国街道が通っていた廿日市の町並みでは建て替えが進んで当時の面影を残している町屋はほとんどみられなくなった。画像は数少ない旧西材木町と旧東材木町にある町屋であるが建築年代は不明である。上画像の町屋は第二次長州戦争時の慶応2年(1866)大火以降に建築されたものかも知れない。

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地御前漁港防波堤

2020年05月19日 | 「廿日市地区」ぶらり

 

 

 

 




地御前漁港には大正期の石積みの防波堤が残されている。大正5年(1916)頃から北側の新開が築造されて地先に防波堤が設けられ、南側の新開が築造され地先に防波堤が設けられたものが残されているのである。花崗岩積みの防波堤は先端部が海側にL型に折れ曲がっており、内側には犬走りが設けられ堤頂部には繋船石柱が設けられている。
かつて荷下ろしのための雁木(下画像)や木造船の船底に付着したフジツボや海藻、船虫などを焼き払って船の維持管理をしていた焚場があったが現在はなくなった。
                                                                                                                                    
(御前漁港や周辺新開の築調については「広島県の近代化遺産-地御前漁港」を参照)

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遊びの菜園-廿日市2代目の雪白体菜、正月菜(もち菜)採種

2020年05月18日 | 農業



廿日市2代目の雪白体菜、正月菜(もち菜)の種を採る時期となったので昨日採種し、廿日市2代目の日野菜かぶはすでに採取している。
一昨年、滋賀・三重方面を訪れた時に種を求めたもので、この地方でどのように育っていくのだろうか。次シーズンには廿日市3代目を育てるつもりである。

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岡の下井戸跡

2020年05月17日 | 「廿日市市周辺部」ぶらり

 



佐伯区三筋地区にあるスパーク佐方店近くの市道法面にこんもりとした樹木の下に岡の下井戸跡と刻された石碑がある。三筋地区は新開地であり大正初期に佐方の人達が移住したようであるが、井戸を掘っても塩分を含んだ水しか出なかったのでここの井戸水を使用していたようである。隣接して上水道敷設記念碑があるが何時ごろまで使用されていたものであろうか。

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