ジェネリック医薬品(後発医薬品)と特許リンケージについて

先週のメルマガでも触れたTPP協定の「特許リンケージ」について、RCEPを踏まえ、考えてみたいと思います。

厚生労働省によると、ジェネリック医薬品(後発医薬品)は、新薬(先発医薬品)の特許が切れた後に製造販売される、新薬と同一の有効成分を同一量含み、同一の効能・効果を持つ医薬品のことです。一般的に、開発費用が安く抑えられることから、先発医薬品に比べて薬価が安くなっており、ジェネリック医薬品の普及は、患者負担の軽減、医療保険財政の改善に資するもので、政府がこれを積極的に推進し、2017年6月末に70%以上、2020年度末までのなるべく早い時期に80%以上を目標としています。

 TPP協定には、
第18章 知的財産・第53条特定の医薬品の販売を関する措置、という条文があります。(←54ページ目)

1.締約国は、医薬品の販売を承認する条件として、安全性及び有効性に関する情報を最初に提出した者以外の者が、以前に承認された製品の安全性または有効性に関する証拠又は情報(例えば、先行する販売承認であって、当該締約国によるもの又は他の国若しくは地域の領域におけるもの)に依拠することを認める場合には、次のものを定める。

(a)当該最初に提出した者以外の者が当該承認された製品又はその承認された使用の方法が請求の範囲に記載されている適用される特許の期間中に当該医薬品を販売しようとしていることについて、当該医薬品が販売される前に、特許権者に通知し、又は特許権者が通知を受けられるようにする制度

(b)特許権者が、侵害しているとされる製品の販売前に、(c)に規定する利用可能な救済手段を求めるための十分な期間及び機会

(c)承認された医薬品又はその承認された使用の方法が請求の範囲に記載されている適用される特許の有効性又は侵害に関する紛争を適時に解決するための手続(司法上又は行政上の手続き等)及び迅速な救済措置(予備的差止命令又はこれと同等の効果的な暫定措置等)

2.締約国は、1の規定の実施に代えて、特許権者若しくは販売承認の申請者により販売承認を行う当局に提出された特許に関連する情報に基づき又は販売承認を行う当局と特許官庁との間の直接の調整に基づき、当該特許権者の承諾又は黙認を得ない限り、請求の範囲に記載されている特許の対象である医薬品を販売しようとする第三者に販売承認を与えない司法上の手続以外の制度を採用し、又は維持する。
(引用終わり)

長い引用になりましたが、このTPP協定第18章第53条が、いわゆる「特許リンケージ(パテントリンケージ)」で、ジェネリック医薬品(後発医薬品)を承認する際に、先発医薬品メーカーに通知したり、先発メーカーとの事前調整を求めるなど、先発医薬品の有効な特許期間を考慮して、訴訟等により製品の安定供給の問題が生じることがないようにする仕組みです。

つまり、新薬特許期間中にジェネリック医薬品が申請された場合、先発品メーカーが異議申し立てをすれば、係争中はジェネリック医薬品の製造承認は「保留」となるのです。

日本政府は、我が国では、この仕組みが既に導入されており、TPP協定によって、制度の変更を求められるものではない、と説明しています。

我が国では、平成21年6月5日の厚生労働省医政局経済課長・医薬食品局審査管理課長通知等に基づく指導によって、ジェネリック医薬品の販売後に、特許侵害訴訟などにより製品の安定供給の問題が生じることのないよう、「パテントリンケージ」として、先発医薬品メーカーから報告された先発医薬品の特許に関する情報(「医薬品特許情報報告票」)に基づき、先発医薬品の有効成分に特許が存続している場合には、ジェネリック医薬品の製造販売の承認がなされない、ことになっています。

特許法第67条で、新薬の特許の存続期間は「20年」+最大5年です。新薬の開発・審査には10年から15年を要するため、新薬には5年から10年の独占販売期間が認められ、さらに、5年を上限に特許延長が認められています。

日本の先発医薬品メーカーは、物質・製法・製剤等と特許を何段階にも分けて、特許を段階的に取得することによって独占販売期間の延長を図っています。

その上、近年では、先発品メーカーが関連の後発品メーカーなどに特許の使用権を与え、先発医薬品と全く同じ成分(原薬・添加物)と製造方法でつくるジェネリック、いわゆる「オーソライズド・ジェネリック」(AG)=先発メーカー公認ジェネリックが定着しつつあります(生物学的同等性など、本来、新薬の開発では必要な試験が不要となる)。

先発医薬品とほぼ同じもの(メーカー名などタブレットの刻印が異なる程度)を、先発医薬品の特許が切れる半年前から、他のジェネリックに先駆けて独占販売することができるためAGメーカーにとって有利であることは勿論ですが、特許が切れた後もロイヤリティを期待できることから、先発品メーカーにとっても、一粒で二度おいしい、極めて戦略的価値の高い商品になり得るものです。

サノフィ社の抗アレルギー剤「アレグラ」や第一三共の抗菌剤「クラビット」のAGは、ジェネリックとはいえ、先発品と「全く同じ」という安心感を、消費者に与えています。

一方で、データねつ造・利益相反で刑事事件となったノバルティス社の降圧剤「ディオバン」は、東京地検がノバルティス元社員を薬事法の誇大広告違反で逮捕した2014年6月、ノバルティス社のジェネリック医薬品事業部門である「サンド」社から、AG「バルサルタン」を発売しました。名前を代えての新たな船出とも言えるでしょう。

また、武田の降圧剤「ブロプレス」は、データねつ造の不正が発覚した直後の2014年9月、関連会社のあすか製薬が、プロプレスのAG「カンデサルタン」を発売しました。

先発医薬品メーカーは、何段階にも特許を分けて取得し、特許リンケージによって保護され、場合によっては戦略的に「オーソライズド・ジェネリック(AG)」を販売することによって、利益を追求しています。

しかし、国民・消費者の立場に立てば、我が国の青天井の医療費を抑制していくための方策の一つとして、ジェネリック医薬品の更なる普及は欠かせません。

かつて日本では、医療従事者らは「ゾロ」と呼び、後発医薬品を蔑んでいました。先発品と比べ明らかに効き目が劣るなど、品質の信頼性に欠けることから、後発医薬品の普及は遅々として進みませんでした。ところが、厚生労働省が一般名を表す「ジェネリック」という表現を積極的に用いるようになり、徐々に、ゾロならぬジェネリック医薬品は、認知されるようになりました。

特許リンケージについて、「国境なき医師団(MSF)」などは、新興国でのジェネリック医薬品の製造販売の大きな制約となる可能性があるとして、強く反対しています。

トランプ次期大統領のTPP離脱宣言で、日本は、成長市場であるアジアを中心とするRCEP(東アジア地域経済連携協=ASEAN+6)を、参加国winwinの関係で発展させる方向に舵を切るべき時がきています。中国も含めて、経済連携と地域的集団安全保障の枠組みを構築して、中国がルール違反をすれば経済制裁を受ける仕組みをつくるのです。

多国籍メジャーの利益のための協定であるTPPは断固反対すべきですが、RCEPも反対という議論は行き過ぎです。ASEAN+6はそもそも日本の提案ですし、それぞれの国がwinwinとなり、同時に市民・消費者の利益に資するような議論を日本が提案し、まとめていく必要があると思います。

RCEPはインドを含みます。インドでは、特有の不特許事由が存在し、日本で行われているような特許取得はできません。低所得者層の医薬品アクセスの確保を目的とした政府の政策的観点、と考えられています。不特許事由が存在する模倣品大国・インドを含むRCEPでは、特許リンケージは新たな議論の一つになるでしょう。偽薬は排除しなければなりませんが、winwinの関係をつくるために慎重な議論が必要です。

 

●内閣官房 TPP「Q&A」(全体版)~Q.14(特許リンケージについて)

●平成21年6月5日・厚生労働省医政局経済課長・医薬食品局審査管理課長通知
「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱について」
こちら

●特許庁技術懇話会HPより
インドにおける医薬分野の特許の審査について

 

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