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納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 646 週間リポート ①

2020年07月29日 | 1976 年 



阪急ブレーブス:果たして " レフト・長池 " は?
「四番・レフト・長池」と4日の日ハム戦(後楽園)で場内放送アナウンスされた。DH専門の長池選手が守備に就くということは当然、DH制のない日本シリーズを想定してのリハーサルだ。「外野はウイリアムス(右)、福本(中)、大熊(左)で万全だが、攻撃面を重視すると長池の打棒に託す場面がきっとある。その場合に備えて長池に守備の練習もさせておかないと」と上田監督。相手は巨人か阪神か今は未だ分からないが、仮に巨人なら舞台となる後楽園球場に慣れさすには絶好の日ハム戦。「後楽園の人工芝もシーズン当初よりもだいぶ摩耗している。球の切れ具合も変わってきたし改めて検証する必要がある」と久々の後楽園球場での試合に上田監督は注意を払う。

肝心の長池はというと、やはりモタついた。4回裏、ウイリアムス選手が放ったレフト線への打球のクッションボール処理を誤った。記録上は三塁打だが、実際は二塁打に失策が重なり三塁進塁を許してしまった。「やっぱりカンが鈍っているんやな。練習せな皆に迷惑をかけてしまう」と長池は反省しきり。首脳陣の不安が的中しただけに長池本人は意気消沈したが、上田監督は「悪い所がハッキリして良かった。今から修正すれば日本シリーズには十分間に合う」と安堵の表情を見せた。もし長池をベンチに置くとすれば四番打者抜きで戦わなくてはならず、日本シリーズまでに守備の不安を解消しなければならない。

その日本シリーズに向けて今もっとも忙しいのが八田スコアラーだ。ペナントレース中は先乗りスコアラーとしてパ・リーグの5球団の情報収集に全力を注ぐ八田スコアラーの次なる仕事はセ・リーグ覇者の分析だ。9月30日、西京極球場で後期優勝を果たし上田監督が宙に舞った前後から活動を開始し、今日は後楽園球場、明日は甲子園球場と八面六臂の忙しさで巨人と阪神の戦力分析に余念がない。「八っちゃんの情報は正確無比。リーグでもナンバーワンの分析力」と上田監督も全幅の信頼を寄せている。「2年連続日本一達成の為に役に立てれば嬉しい(八田)」と今日も走り回っている。


南海ホークス:過去の実績が何になるんや
8月24日、西宮球場での対阪急6回戦で野村選手は足立投手から左前安打を放ち通算5000塁打を記録した。昭和31年にプロ初安打を打って以来、21年間という歳月をかけて築き上げた金字塔なのだが野村本人は「これも栄光というのかな…」と今一つ素直に喜べないように見えた。「プロ野球に栄光など存在しない。過去の実績が何になる(野村)」と記録達成に興奮や感激は皆無なのだ。最近の野村は記録に無関心になっている。これまでのプロ生活で記録した数々の栄光にもさして執着心を感じさせないのだ。

以前は違った。積み重ねられていく数字に自らの尻を叩かれ、目標達成のために意欲を燃やしたものだった。その結果として三冠王、600本塁打などの大記録を達成して、その都度新たな感激を味わってきた。「なるほどプロ野球選手にとって実績は財産みたいなものや。しかしその実績が何になるんや、過去の記録は単なる数字に過ぎないのではないか(野村)」と。そんな野村の気持ちに追い打ちをかけたのがモントリオール五輪から帰国し、引退を表明した水泳の田口選手を追いかけたテレビ番組だった。過去三度の五輪出場で金メダルも取った田口だけにその引退声明はさぞかし感激的なものかと思われたが「水泳をやめる虚しさだけが残った(田口)」と意外なものだった。

五輪といえば世界最高峰のスポーツの祭典である。そこで金メダルでも取ろうものなら日本中の英雄である。だが野村には引退した田口には英雄どころか社会人として第一歩から出直す苦しさしか感じられなかったという。「世界を相手に金メダルを取っても選手を引退した後の生活に何の影響もない。ましてやたかが日本国内のプロ野球記録に誰が注目するのか。一時の栄光でメシは喰えん。単なる自己満足だけで終わってしまうのではないか(野村)」とテレビ番組を見た野村は田口の姿に自分を置き換えて侘しさに襲われたという。こうした例は一般社会でも見受けられることだが、確かに日本のスポーツ界では過去の実績・栄光に支えられることは少ない。

ところが海の向こうの野球の本場である大リーグでは本塁打記録を塗り替えたハンク・アーロン氏は将来を保証されていると聞いている。また五輪でも諸外国、特に社会主義圏では金メダル1つで社会的地位が国家により保証されている。それぞれの国によってスポーツに対する理解の差があるとはいえ、選手の意欲を左右することは確かである。翻って日本のプロ野球界にはアメリカほどの歴史はなく、功労者への保証は手厚くないがこんなことで失望せずにノムさんにはこれからも頑張ってもらいたいものである。


ロッテオリオンズ:毒蝮!ワシの球を打ってみい
日本球界で前人未到の400勝をマークしたカネやんが「プロの投手の球でも打ってみせる!」と豪語するタレントや歌手などの有名人と対決するテレビ番組があった。これはTBSテレビが企画した『みんなで金田正一に挑戦』で、収録が去る25日に川崎球場で行われた。主審には「私がルールブックだ」でお馴染みの二出川延明氏が13年ぶりに務め、捕手はカネやんが国鉄時代にバッテリーを組んだ根来コーチで、カネやんにとって現役時代を彷彿させる布陣を敷いた。

対する有名人も錚々たる野球狂がズラリ。一番・山田太郎、二番・黒沢久雄、三番・勝呂誉、四番・毒蝮三太夫、五番・水島新司、六番・本郷直樹、七番・サンダー杉山、八番・青空球児好児、九番・野村真樹。そして解説者には水原茂と豪華メンバーが顔を揃えた。これらの挑戦者の中でカネやんが「ちょっと油断のならぬ相手だぞ」とマークしたのは熱狂的な巨人ファンの毒蝮三太夫と漫画家の水島新司の四番・五番コンビ。なにしろ毒蝮は高輪商時代は強打の三塁手として鳴らし甲子園を目指していた。その夢は予選で早実に敗れて達成できなかったが実力は折り紙付き。いざ勝負!・・結果は空振り三振でカネやんに軍配が上がった。

「あいつに打たれたら1年中、テレビ・ラジオで全国放送されるから絶対に抑えてやると気合が入った。三振が取れて良かった」と息つく暇もなく続く水島新司と対戦した。南海ファンの水島は草野球を今でも年間40試合以上するとあってカネやん自慢のカーブを見事に中前にクリーンヒット。これにはカネやんも「ワシのカーブをちゃんとミートできるとはたいしたもんや」と脱帽。南海球団からプレゼントされたホークスのユニフォーム姿で現れた水島は「これで格好がつきましたわ」とご機嫌だった。

一方のカネやんは元気いっぱいで口の方も負けていない。内角低目ギリギリの球をボールと判定されると二出川氏に噛みついた。「おいアンパイア、あれがボールに見えるようじゃ目が悪くなったんとちゃうか」と毒つくカネやんに二出川氏は「ピッチャーは余分な口をきくもんじゃないです。黙々と一所懸命に投げてこそ名投手ですよ」とまたもや鮮やかな名文句でカネやんをヒラリとかわした。これには解説の水原氏も「カネやんの負けや」と大笑い。このユーモラスな対決でカネやんは被安打3に抑え、とりあえずはプロの面目を守った。現役を引退して7年、43歳のカネやんは「ワンポイントならまだまだ現役で通用するでぇ」と終始ご満悦だった。

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