玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

ハーマン・メルヴィル『乙女たちの地獄』(1)

2015年07月06日 | ゴシック論

「アメリカ文学に深入りしていると、いっこうに先に進まない」と書いたばかりだが、どうにも気になる作家がひとりいる。『白鯨』を書いたハーマン・メルヴィルがその人である。
『白鯨』は若い時に夢中になって読んだし、短編も何作か読んでいるが、いずれもゴシック的な小説という印象をもっている。例によって国書刊行会から「ゴシック叢書」の24巻、25巻の2巻本としてメルヴィルの中短編集『乙女たちの地獄』が出ているので、手に入れて読んだ(タイトルは「独身男たちの楽園と乙女たちの地獄」という作品名からつけられている)。
 読んでみると間違いなくメルヴィルがゴシック的な作家であったことが理解される。『白鯨』にしたところが、白いマッコウクジラに脚を食いちぎられたエイハブ船長が、鯨を追い求め、復讐を果たそうとするというような途方もないストーリーであり、十二分にゴシック的であったことを思い出させられる。
『乙女たちの地獄』の中でもっともゴシック的な作品は「鐘塔」という作品であり、これはもうヨーロッパのゴシック小説とほとんど見分けがつかない。舞台はヨーロッパ南部、時代もヨーロッパの暗黒時代からほど遠からぬ時代に設定されている。
 建築師バンナドンナは己の芸術的野心に駆られて、地上三百フィートの高さの鐘塔を建て、そこに精巧な仕掛けで打ち鳴らされる鐘をしつらえるのだが、鐘の鋳造中に作業に怯える職人を殴り殺してしまい、その死体が鐘の中に鋳込まれてしまう。
 そのために、鐘に刻まれた十二人の乙女の像のうちひとりの表情に不備が発生し、それを直そうとしているうちに自らの仕掛けによって、バンナドンナは頭蓋を打ち砕かれてしまう。鐘は地に落ち、後に塔も崩壊してしまう。
 かなり時代がかった文体とストーリー展開、そしてパラノイアックな主人公の性格設定はヨーロッパのゴシック小説に共通するし、何よりもヨーロッパのゴシック小説に多大な影響を受けたポオの作品に共通する。
 この作品は」ポオの「黒猫」にも似ているし、「アッシャー家の崩壊」にも似ている。アメリカの作家もまた、舞台をヨーロッパに設定することで、充分にヨーロッパ的なゴシック小説を書くことができたのである。

ハーマン・メルヴィル『乙女たちの地獄』(1983,国書刊行会「ゴシック叢書」第24・25巻)杉浦銀策訳

 

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