ひまわり博士のウンチク

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西岡由香『夏の残像』

2009年09月07日 | 本と雑誌
Natsu_no_zanzo
 
 こうの史代の2作品をこのブログで紹介したら、若い人にはこちらを推薦したいとある人が言ってきた。
 そこで、さっそく読んでみた。
 このところ多忙でブログの更新もままならず、時間的にもマンガを読むのが精一杯なので、ちょうど良いということもあった。
 我々の業界(出版界)は忙しいとなるとトイレに行く時間もなくなる。
 
 これは大げさではなく事実だ。
 
 しかし、出版不況は相変わらずなので、依頼があるものはすべてやっておかないと、「閑」の字を冠に付けた恐怖の魔王が突然がやってくる。
 
 それはともかく、この本とこうの作品、どちらがいいと比較するものではない、というのが率直な感想だ。
 総合的には、両方ともいいところあり、足りないところあり、というところだ。
 しかし、ともに読んでおいて損はない。
 
 まず、コンセプトが異なる。
 こうの作品はともに特定の環境下における庶民の日常である。
 だから、登場人物は出来事に対して受動的だ。本人の意図にかかわらず直面する出来事へのリアクションを通じて、そこから作者の意図を導き出そうとしている。
 そこには積極的かつ強制的な反戦思想はない。ただ「ね、みなさんそうでしょう」という同意を求め、ついてくる人はついてくるし、ついてこない人はそれでいい、という読者の自己選択にまかせた作品である。

 『夏の残像』のほうは、反戦反核の意図が明確である。
 主人公は積極的かつ行動的だ。
 原爆を開発し、使用したアメリカに対する批判、原爆を開発しようとしていたナチスドイツの話。
 朝鮮人被爆者のもとへ、主人公が韓国まで訪ねていって、朝鮮半島を分断する38度線を体験する。
 原爆と戦争が残した「残像」の一部を知るには、原爆問題入門編としての材料は一通り揃っている。
 そのために、内容を欲張り過ぎて、ストーリー性が希薄になってしまった感がある。
 
 エンディングは核兵器廃絶運動をする高校生と行動をともにさせるところまで持っていく。
 ここまでくると、印象に強制を感じざるを得ない。いささか前時代的な作者の自己満足の香りがする。
 ほかの「終わらせ方」は考えられなかったのだろうか。

 しかし、平和運動の最前線にいる立場からは、この作品は実に小気味よい。
 我々のような全共闘世代にとってはなおさらだ。
 
 ところがここに落とし穴がある。
 残念なことに、『夏の残像』の読者の多くは、おそらくこの本を「読む必要のない」人々だ。
 分かりやすく言うと、このコミックに食らいつくのは、この分野での知識をすでに持っていて、ある程度でき上がっている読者なのだ。
 知識のない読者には、いきなりオッペンハイマーが出て来ても、韓国人被爆者が登場しても、理解できないと思う。
 つまり、「面白くない」のである。
 まして、原爆資料を冷凍保存しているなど、フィクションを紛れ込ませているのは、読者を混乱させるので良くない。すべて事実で構成されるべきだ。
 
 コミック作品の役割は、普段本を読まない人にきっかけを与えられるところにある。ところが、そういう人の多くは、あまり意図が明確に現れた内容にはアレルギー反応を起こす。
 理由は、押し付け的な「上から目線」を感じてしまうのだ。
 人に「意識」を持たせるには、「上から目線」は大敵である。必ず同じ高さの視線まで膝をかがめなければならない。
 もっとも、こういう言い方がそもそも「上から目線」だと指摘されるのだが。
 
 余談だが、活動家が路上で呼びかけたり、集会などでの発言には、一般庶民と乖離した雰囲気があって、人々は避けて通る。
 機関銃のように攻撃一本やりで、聴衆がそれにどう反応しているかなど無頓着だ。
 ところがそうした事実には気づかず、人々と視線を同じくして対話することがなかなか出来ない。
 あげくは振り向いてくれない人を批判したりする。
 どうもその傾向は、第一線で活動している人程強く現れる。
 
 話を戻す。
 最初に言ったように、つまり、こうの作品と西岡作品では、おのずとターゲットもコンセプトも異なる。
 だから比較対照にはならないのである。
 
 で、内容ではなく、作品としての質という点からこの二人の作家を評価すると、表現力、脚色、ともにこうの史代が上である。
 西岡由香は構成もストーリー展開もまとまりがない。
 その点は、どうひいき目に見てもいかんともしがたい。
 結論として、推薦してくれた某氏には申し訳ないが、基礎知識のない若者にこれはすすめられない。
 
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