五色の風

北国に生きるオーバーフォーティーの気まぐれ日記 
(C)ナナマガラー All Rights Reserved.

百貨店の歴史

2017-05-18 19:47:54 | 函館



函館駅前にある「棒二森屋百貨店」
私も、函館に住んでからはもとより、観光客として来ていた頃から、何度となく利用させてもらっています。

さて、唐突ですが、ここで一つ問題。


「函館駅前の『棒二森屋百貨店』と、有名な観光スポットである『金森赤レンガ倉庫』とは、何の関係もない。○か×か?」


失礼しました。
これは、答えを○にしようと思ってもなかなかできない問題です。
「何の関係もない」と言い切るからには、ありとあらゆる角度から気が遠くなるような検証を重ね、それを積み上げていく必要がありますが、場合によっては、表に出てこない奥深い部分で僅かながら関わりがあるということだって考えられるから、そういうことまで調べ上げて答えを○にするというのは、もはや不可能と言ってもいいのです。

ということで、正解は「×」なんだけど、では一体どういう関わりがあるのでしょうか?






先日紹介した、「市立函館博物館郷土資料館」。
これを紹介した際、この建物の歴史として、1869年に「洋服店金森森屋商店」として開業したと書きましたが、この「森屋」というのが、そのまま、現在の「棒二森屋」に繋がっているのです。

ざっと書くと、こんな具合になります。



1880年  前年の大火で「金森森屋商店」が焼失した後、「金森洋物店」が新装開店。

1925年  「金森洋物店」が、業態を百貨店として、「森屋百貨店」と改められ、通り向かいに移築。

1937年  その「森屋百貨店」が、「棒二荻野呉服店」と合併し、「棒二森屋百貨店」として、函館駅前に進出。





現在は観光地となっている金森赤レンガ倉庫は、洋物店開業以降業種を拡大していった渡邉熊四郎が、既存の建物を買い取って営業倉庫業に乗り出したのが始まりとされ、海運の活況により、荷物の取扱量が年々増加していったため、倉庫の増築で営業規模を拡大していったものです。

もうおわかりと思いますが、現在の「棒二森屋百貨店」と「金森赤レンガ倉庫」は、共に、1869年に開業した「洋服店金森森屋商店」がルーツになっているということなのです。
(「金森赤レンガ倉庫」のルーツはこちらを)








1925年に「森屋百貨店」と改められた際に移築された建物というのが、現在のこの建物。
現在、海側はホテルとして、電車通り側は、知内町出身で函館ともゆかりの深い、北島三郎さんの記念館として活用されています。

さて、ここで次の課題。
「金森」はわかったけど、合併の片割れ、「棒二」ってどういうルーツがあるんだろう?
さらっと調べてみたが、「棒二荻野呉服店」は、函館では、滋賀県出身の創始者が、現在の北斗市である「戸切地(へきりじ)」という場所で創業したらしい。
そうか、じゃあ北斗市の歴史を調べる必要があるわけか・・・。よし、調べてみよう。
ジャンル:
ウェブログ
コメント (2)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 今よりも昔 | トップ | 身近な観点から »
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
なかなか良い記事です。 (のりQ)
2017-05-18 20:01:12
面白い。最近聞かない良い記事です。古ぼけた私のような生粋の函館っ子なら知っていますが、最近では知らない人のほうが多いかもしれませんね。
有難うございます (ナナマガラー)
2017-05-19 20:34:46
のりQ様

はじめまして。御来訪&コメント有難うございます。
函館の方でいらっしゃるのですね。
私は元来函館の人間ではありませんが、どうぞ宜しくお願い致します。

この話は、職場の朝礼でもネタとして使ってみたのですが、やはり皆知らなかったようでした。
でも、驚きというか発見というような印象は与えられた気がするので、話してよかったと思っています。
今後とも、身近な場面での情報発信をしていきたいと思っています。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む