北の風に吹かれて~独り漫遊記~

町歩きを中心に、日々の出来事を綴ります。 
(C)ナナマガラー All Rights Reserved.

校歌の色

2020-09-30 18:23:54 | 懐かしの思い出

今週はプライベートではなく仕事での帰省で、仕事の荷物もそれなりにあるので、本は文庫本1冊しか持って来ていないのだけど、そうなると、必然的に手が向くのが、自宅に置いてある、例えばこういう本。

 

 

昭和62年(1987年)の、「第7回高校生クイズ」の本。

当時中学2年生だった私が、二年後の出場を決意し、熱心に何度も繰り返し見ていた、思い入れの強い回です。

 

で、今日の話題は、この回の北海道大会の第1問。

 

「全道338校(当時)の高校の校歌に一番多く出てくる色は、゛青春真っ只中!゛の『青』である(YESorNO)。」

 

正解はNOで、一番多いのは「緑」なんだそうなんだけど、ならば私の母校はどうだろうと思って思い出してみたところ、確かに、二番の歌詞に、「緑」がありました。

で、「青」は確かなかったなあと思ったのだけど、念のため卒業アルバムを開いてみたら、ありました。それも、ズバリ「青春」という表記が。

なんで最初に思い出せなかったかというと、表記は「青春」でも、読み方が「せいしゅん」ではないから。

それも、一番が「ろまん」、二番が、「青春き」と書いて「わかき」、そして三番は「とも」。

いかに卒業から30年とはいえ、そりゃ思い出せませんわ。

 

他に面白いと思ったのが、「紫」があったこと。

「紫雲」という単語なんだけど、「紫」はなかなかないかもですね。

因みに、中学の校歌には、もっとレアではと思われる、「紺」がありました(「紺碧」という単語)。

色々あって面白いです。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ラッシュを回避

2020-09-29 20:40:07 | 日々のもろもろ

今日から金曜日まではJRでの通勤。

通勤ラッシュ凄いかなと思ったけど、まだ8時前だったので、そうでもなかったです。

帰りも、17時台なので、札幌駅もそれほど行列ができてなく、ゆったりでした。

行きも帰りも、もう少し後なら、大変なことになってたのかもと思います。

 

 

18時ちょい前の琴似某所。

暗くなるのが早くなりました。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

検札がない

2020-09-28 21:01:36 | 日々のもろもろ

 

コロナ禍になってから初めてJRで帰省したけど、感染防止策の一環として、車掌さんによる車内検札がなくなってたんですね。

別に、だから何ってわけでもないのだけど、色々な所に影響が出てるんだなあと思って。

 

今日は札幌入りしただけで、用務は明日からです。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

西和田駅

2020-09-27 16:28:14 | 釧路&釧根地方

一週間前の花咲線駅探訪はこれが最後。

昆布盛駅の次のこの駅です。

 

 

これまた「ダルマ駅」の「西和田」駅。

「ダルマ駅」ってどういう意味があるんだろうと思ってちょこっと調べてみたところ、車輪や台車などの足回りが取り外されたその姿が、身動きが出来なくなったダルマのようだということで、いつしか鉄道ファンがそのように呼ぶようになったんだそうです。なるほどね。

 

 

内部はこんな感じです。

 

 

根室方面の列車が少ないなと思いますが、ここを通過する列車があるんだそうです。

小規模とはいえ集落なんですけどね・・・。

 

 

これは多分、アイヌ語由来ではなさそうだなと思っていましたが、実際そのとおりで、この地名は、明治17年(1884年)に配備された屯田兵の部隊長、「和田正苗」の名前を取って、同19年(1886年)に「根室国和田村」が発足したことに端を発するそうです。

和田正苗は、この辺りの根室郡外九郡の長だった人物で、それが、この辺りに配備された屯田兵の部隊長となり、その部隊が、隊長の名前を取って「和田屯田兵」と呼ばれるようになったのを経て、地名にも「和田」が冠せられるようになったとのことです。

 

 

 

 

駅舎内には、旅のノートの他に、こんな可愛らしい物が置かれていました。

地域の方の手作りでしょうかね。

 

 

さて、この次の「東根室」駅は、昨年紹介しているので、根室市内の花咲線の駅で紹介していないのは、終点の「根室」駅のみとなりましたが、それはまた後日、10月末か11月頭に、列車に乗る形で紹介しようと思っていますので、それまでお待ちいただければと思います。

明日から札幌出張で一週間PCを使えませんが、来週以降は、厚床駅から釧路方面の、浜中町の駅を紹介を始めます。

向こう一週間、フォロワーさんのブログにもお邪魔できないかもしれませんが、ご理解のほどお願い致します。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

昆布盛と昆布森

2020-09-26 18:14:03 | 釧路&釧根地方

今日は、風雨のためどこにも外出せず、気温も低くて、朝からずっとストーブを点けてました。

夕食は土鍋でうどんを食べたけど、寒くなってくると、昆布で出汁をとった鍋料理なんかもいいですね・・・。

 

 

唐突に話題は変わるけど、花咲線の駅紹介の続きです。

次に紹介するのは、「ダルマ駅」とも違う小屋風の駅舎ですが、駅名の表示がありませんね・・・。

 

 

中はこんな状態。

「駅舎」ではなく「待合室」と紹介されているサイトを見ましたが、なるほどなと思います。

 

 

 

冒頭に書いたこととは何の関係もありませんが、「昆布盛(こんぶもり)」という駅です。

幹線道路沿いではありますが、ちょっと目立たないようにも思います。

 

 

 

片側にしかホームのない単線の駅で、秘境駅という雰囲気が出ているなと思います。

 

 

この建物だけ見ると、倉庫か何かかと思ってしまいますね。

せめて駅名が表示されているといいのにと思います。

 

 

「あれっ、前回の記事までは地名の由来を書いてたけど、今回は書かないの?」と思われた方もいらっしゃるかと思いますが、この記事はまだ続きがあります。

 

 

ん?「昆布森」?「昆布盛」じゃなくて?

いえいえ、この写真の場所は「昆布森」でいいんです。

駅があるのは根室市ですが、写真の場所は釧路町ですから。

そうなんです、釧路根室管内には、「こんぶもり」という読みで表記の違う集落が二つ存在するのです。

どう違うのかなと思って調べてみたところ、地名の由来は、どちらも、アイヌ語の「コンプモイ(若しくはコンブムイ)(昆布の入江)」ということだそうです。

釧路町昆布森の方は、明治2年(1869年)に釧路国釧路郡に属し、同5年(1872年)は「昆布森村」となり、昭和30年(1955年)に当時の釧路村と合併して釧路町なるという歴史を辿っており、他方、根室市昆布盛の方は、同じく明治5年に「釧路国厚岸郡コンブモリ村」となったのが村としての最初ですが、漢字で「昆布盛」と表記されたのは、それから三年後の同8年(1875年)だそうです。

同じ由来を持つ二つの村ですが、いかに明治初期とはいえ、漢字表記まで同じというのは避けようと考えたのでしょうかね。その辺の経緯は、釧路町史にも根室市史にも書かれていませんでしたが。

なかなか興味深いところです。

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする