ハブ ア ナイス doi!

もう桜もないねえ。
ても気持ちいい季節。
いよいよ本格的に春の遊びの季節やね〜

四国巡礼二十五番津照寺

2017年04月27日 22時10分08秒 | ウォーキング

一艘の船がある突然の嵐に
巻き込まれたときだ。
もうこれは港にも帰れないし、
このまま転覆するしかない
と思った時に、突然現れたある男の人が
急に船の楫をとりはじめたんだそうだ。

そしたら何とか岸までたどり着き
難を逃れたそうだ。
ではあの楫取りをしたやつは誰なんだ
と上陸して去って行こうとする
男の後を追っていくと、
そのひとはこの津照寺に入っていき、
本尊に入っていったそうだ。

あとを追った人間が
本尊に入っていくと、
その本尊にいた地蔵が
海水に濡れてぼとぼとになっていたそうだ。

本尊さんがやってきて
船の楫を撮ってくれたわけですね。
なので、以後この地蔵は
「楫取地蔵」と呼ばれて
信仰を集めたそうだ。



この嵐にあった人というのが、
あの山内一豊だったそうです。

漁民の信仰を集めた話は
もう一つあって、
ここの港が完全に完成するまでには、
じつの多くの人が携わったそうなのだ。
しかし港の入口にある、
でっかい「お釜岩」という
港をふさぐ岩を取り除かないと
港としては完成しないといことがわかり、
それを除かなければ
といろいろとやってみたが
除くことができなかったそうだ。

でかかった岩なんですね。
なのでお釜岩なんですかいね。

そこでゲイバーに通うある技術者が、
じゃなかった
ある大工の技術者が
自分の命と引き換えに
この岩をどけてみると、
やった所、なんとかどけることが
できたのだそうだ。

なのでその人が約束通り自刃したので、
そのお参りをこの寺でやっている
というのもまた信仰を
集めているというお話なんだそうだ。

というわけで、この
25番「津照寺」のお寺の本尊は
楫取地蔵菩薩
まあつまり地蔵菩薩なわけですね。



真言は
「おん かかかび さんまえい そわか」
と唱えましょう。

ここの絵はやはり長い階段と、
その上にある竜宮城のような
鐘楼門にしておきましょう。



やはり階段の絵がかなり面倒だったので、
周りの景色から先に描いてゆき、
最後に階段を描きました。



せっかく書いた景色の絵を
無駄にしたらあかんと、
頑張ってフリーハンドで
描いたのですが、
その辺のちょっとした緊張感が、
まあそれらしく描かしてくれたなあ
と思っています。



しかしこの階段も実際上がるのは大変でしたねえ。
doironはまあ何とか
上がっていくかもしれませんが、
高齢者の人なんかは大変でしたね。

交通安全の神様ですが、
道でへたり込んで地蔵さんに
遭遇するやもしれませんな。

さて、ではあと今回は2寺です。

次はいよいよこの四国お遍路に
回り始めたときに、
ずっと行きたかったお寺です。

24番最御崎寺。

室戸岬の先端にあるお寺で、
空海はこのお寺の近くの
御蔵洞で修行をし、
お経を唱える彼の口に
明星が飛び込んだというところだ。

それまで教海と名乗っていた
18歳の青年僧は、
このお堂から見える景色が
空と海だけだったところから
「空海」という名前にした
というところなのだ。

アコウやビロウなどが生い茂る
南国地で彼は目覚めたわけですね。

この室戸岬にはdoironは
一度来たことがあります。
チビもつれて家族三人で
旅行をしに来ました。

その時に泊まったのは、
日和佐で室戸にはついでに
車で行ってみようと思い
来たところです。

長い海岸線をずっと運転し、
何とかやってきたという
印象があります。

もういまから25年前のことです。

そのころは室戸といえば、
浮かんでくるのは「室戸台風」
くらいでしたかね。

岬の先端にお寺があることなど
まったく気にもならなかったし、
空海が修行をしたという
洞の横も通っているはずなのに
記憶が全然ありません。

まあ空海といっても、
字の上手な人くらいの
印象しかなかったしね。

そんな室戸岬ですから、
今回はきちんとその背景を
理解したうえであの昔の時とは違って、
お寺もしっかり訪ねようと
ずっと思っていたわけです。

つづく

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四国巡礼二十六番金剛頂寺

2017年04月26日 20時59分58秒 | ウォーキング

さて二日目です。

今日は4寺をまわる予定で出かけます。
まず最初は、26番金剛頂寺です。

24番の最御崎寺が「東寺」と呼ばれ、
この金剛頂寺は「西寺」と言われているそうです。
名前もいいですねえ。
金剛山の頂みたいなお寺ですやん。
大阪人には親近感がわきます。

薬師如来を本尊とする、
寺行き3万3000㎡という
このお寺から打ち始めていきましょう。

海沿いの道を走り、
駐車場につくと、
隅っこに真っ黒けのコンテナが
置かれてあります。
そこが物産販売と喫茶を
兼ねていましたね。

四国お遍路は、いろんなとこで
お接待されたりしますが、
一方で四国の人々をたくさん支えていますね。

だいたいお遍路のお寺なんかには
何人くらい人が集まるのでしょう。
ツアーを見ていますと、
同じ晩数のお寺を打つツアーなんか
月に50近くありますから、
それだけで2000人。

一つの会社でこれですから、
一般の遍路客なんかも入れたら
倍は軽くあるでしょうな。

すると月に4000人余りが
やってくるんですね。
すると、ノートへの納経帳だけで
120万円の収入です。
後、掛軸とかも入れたら、
軽くても月200万円以上の
収入があるやろねえ。
また檀家のお寺まいりなんかも入れると、
お寺にはかなりの金額の
お布施が入ってくるのでしょうねえ。

寺内もきれいに
整備されておりますのもよくわかります。

では、我々も祈りとお布施をしに
そこから階段を上がっていきましょう。

ここは結構急な階段です。



足の悪い人なんかはお参りできないのかなあ。
ちょっとでも若いうちに、
こういうお遍路旅は
来といたほうがいいかもしれませんね。

近頃は険しいお寺に行くたびに、
そんなことを考えてしまいます。

大きなわらじのある山門を
超えていきます。



まあ、だいたいどこのお寺も
こういうわらじは置かれていますねえ。

参道のこういう地蔵なんかを
眺めながら進んでいきますと、



弘法大師の像が現れます。

ああそう考えたら、
どこのお寺にもこういう
弘法大師の僧がいますねえ。
どれもみなしっかりと体格の良い
大師の姿になっていたりします。

さてでは本殿と大師堂で
お参りを進めていきましょう。

ここも静かなお寺です。
絵を何にしましょうか。

事前の調べでは「一粒万倍の窯」が
ここにはあるということなので、
それを絵にしようかと思っていたのですが、
実際に見てみますと
でっかくて錆の浮いた窯なので、
どうも絵にしにくい感じです。

う~ん、ではどうしようかと
頭の片隅に抱きながら
お参りを進めていきますと、
ふと洞の横に

「がん封じの椿御霊木」

というのがありました。
ちょっと普通の仏像ではない、
奇妙な形の木が3本並んでいます。

「ああ、ここの絵はこれやなあ」

と思いながら写真を撮って帰ってきて、
描いた絵がこれ。



う~ん、なかなかのものでした。

お参りを終えて
さあでは帰りましょうと
階段を下っていくと、
途中にあった「接待所」に
大勢の人が集まっています。



「御接待してますよ。
焼き芋があるので
食べて行ってください」

と案内されましので、
よしよしでは寄っていきましょう。

もらった御接待が、これ。



甘くておいしい芋でした。
ああ、そうかあ四国のこちら側は
「さつま芋」もたくさん
とれているんですねえ。

さあ、お腹も膨れたところで
次のお寺である
25番の津照寺へと
向かっていきましょう。

バスですぐのお寺です。
ここがその津照寺の入口ですね。



大きな石が置かれていますねえ。
あれ?寺の名前が違いますよ。

そうここの津照寺は
地元の漁民の信仰があつく、
「津寺」と言われているそうです。

ではなぜ、漁民の信仰が強いのか
それにはこういう話が残っているそうです。

続く

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四国巡礼二十七番神峯寺

2017年04月25日 21時38分44秒 | ウォーキング

室戸岬をはさんで移動する
国道55号を南下していきます。

この辺りは海沿いの気持ちのいい道ですね。

この辺は生まれて初めて
走るコースです。
土佐湾を眺めながら、
やたら墓の多い道を走っていきます。

またここは鉄道も走ってます。
土佐くろしお鉄道
ごめん・なはり線ですね。

~クイズ~

いつも謝ってばかりいる駅が
ありますなんて言う駅でしょうか

こたえは
「ごめん」ですねえ。

その駅から始まる鉄道です。
国鉄が開通させようとしていた線が
工事中止で止まっていたのだが、
高知県と沿線の自治体が
大きな株主になって開通させた線だ。

全快は2002年。
大半が高架道路なので
土佐湾の見晴らしがよく、
観光乗車の人も多いそうだ。

その線に沿って道路を進んでいくと
目的の27番神峯寺の
中継地にやってくる。

中継地というのは
観光バスはここまでしか行けない
という地点だ。
そこにはマイクロバスの
タクシーが多く泊まっており、
それに乗り換えることになっている。

この時に、以前からこのツアーで
顔を合わせたことのある人で、
何度か話をする人と
相乗りになったので
いろいろと話を聞いたら、
その人は来月はひとりで
マイカー参りをするんだそうだ。

ツアーの休みと仕事の休みが
合わなかったので、
土日でツアーをするとのこと。

そうやねえ、僕らは年中休みだから、
いつでも行けるけど
働いている人はなかなかそうは
いかないよねえ。

「まあ、つらいけど
桜のきれいな季節に行きますわ」
とのこと。

あ、そうかあ、そういう意味では
いいお参りができるかもねえ。

後日
「もともと方向音痴で、
ナビも古いから苦労しましたが
満開の桜の中、
気持ちよくお参りしてきた」
との連絡がありました。

なんとこの人、来月も
一人周りするそうです。

まあ、いろんな人が
お参りをされているものですな。

マイクロバスは狭い山道を
上がっていきます。

途中すれ違いがあったりすると
大変なので、上と下で
無線でやり取りしつつ
動き回っているようですな。

で、ようやくついた山道を
のぼって行きますと、
この寺はきれいに
整備されていますねえ。

まるで、doiron家の庭のようです。

これも嘘ですがーーー

しかし、桜は全くないのですが
桃の花がきれいです。



もうちょうど満開のようですから、
せっかくなのでここはこれを
絵にしてみることにしました。

桃の花をバックに景色かあ。

難しいなあ。
色の塗り方や塗る順番なんかも難しいです。

ちょっとだけ、別の
練習用スケッチブックで、
あーしようか、こーしようかと
いろいろやったうえで、
描いた絵がこれ。



う~んもう少しきれいに
書きたかったなあ。

またこの辺も今後の
練習課題にいたしましょうか。

さらに階段を上がっていきますと、
ああ~こんな太い木を切るのは
大変だったでしょうねえ。



そしてあちこちに
こういう肖像も置かれている、
きれいなお寺でした。



一生懸命お参りしていきましょう。





さあ、これで本当に初日の
お詣りは終わりです。
また50kmほど戻って、
高知市内の宿に向かいましょう。

意外にやはりこういう都市の周辺は
道が混みますねえ。
渋滞の中ゆっくり走って
6時半くらいにようやく
宿に到着しました。

途中、はりまや橋や高知城の
近くも通ってきて、
時間があれば観光もいいなあ
と思ったのですが、
風呂に入って飯を食ったら
もうなんか出かけることもできずに、
部屋でビールを飲んで
たらたら過ごしてしまいました。

あ、食事はこれ。



ふむふむ、今回は悪くないですねえ。
カツオのたたきもありますし、
結構いろんなメニューが
少しずつそろっていて、
食べごたえがありました。

ツアー終了時のアンケートでは
ほめといてあげましょう。

でもねえせっかく初めての
町に行ったのにねえ。
また四国は別の機会に
観光で訪れようか
というところが増えましたねえ。

続く

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四国巡礼二十八番大日寺

2017年04月24日 21時17分38秒 | ウォーキング

首Dさんにとって写経は
生まれて初めてだったそうです。
古い筆ペンだったので炭の出が悪く、
きつく抑えたらジワーと出たりして、
何枚かをダメにしたそうです。

「苦労したよ~」
と言ってはりましたねえ。

まあそれでも頑張って書いたのを
持ってきて納経していくんだ
といってはりました。

もちろんdoironも
写経をしてきております。

前回、空海が中国で
修業をしたのと同じ名前の寺に
一部おさめてきましたね。

今回は室戸岬のお寺に
これをおさめるつもりです。

この写経は「般若波羅蜜多心経」を
書くわけですが、
これがねえ意外に漢字も
微妙に入り組んでいて
難しいんだよねえ。



などと思いながら書いていたら、
簡単な字を書き損ねそうになりました。

これがその写経。



見たらわかりますよねえ。
右から6行目、うえから8つ目の
「中」という漢字が変になりそう
だったのでなぞってみたら、
浮いてしまいましたねえ。

ちょっとおかしなことをしたら、
すぐに目立ってしまうんですねえ、
意外に面白いです。
人生も一緒?

そんな写経をおさめたい
と思っている室戸岬のお寺は
もう少し先の24番です。
今回はこのお寺に行くのが
一つの楽しみでしたが、
まあとりあえず29番国分寺を打って、
次の28番大日寺に向かいましょう。

バスツアーなので
移動の楽しみはほとんどありません。
景色見たり本を読んだり
タラ~っと過ごしていきます。

この28番のお寺は、
事前に見ていた資料では、
派手な装飾もない静かな札所
だと書かれてありますね。

駐車場から静かな山道を上がっていきますと、



こんな山門に出ます。
おお~この山門の様子から見ても
静かなお寺という雰囲気が漂いますねえ。

ここではこれを絵にしておきましょう。



しかしねえ、四国をまわっていて
しみじみ感じるのは、
お寺ってどうしてこんな
山の上とかに多いんでしょうねえ。

建てるのに昔は車もなかっただろうから
資材運びに費用がかかるやろうにねえ。

まあ、山岳修行の聖地であった
というのなら仕方ないやろけどねえ。
そうでなければ、
いろんな自然災害から逃れているから、
古い寺社も残っている
ということなんでしょうかねえ。

石門を上がっていきますと、
確かに本殿も大師堂も
静かに置かれてあります。



こういう静かなところで、
みんなで声をあげて
勤行するのはなんか神秘的で
効き目がありそうな気がしますねえ。
本堂と太子堂の前で般若心経を唱えます。

あっ、春ですねえ
「般若波羅蜜多~」と唱えたら
「ほーほけきょ」と
鳥が返してきましたよ。

しかしこの10回目くらいになると、
かなりの人が本を持たずに
お経を唱えてはりますねえ。

doironも般若心経以外は
全部だいたい覚えましたがねえ。

しっかりとお参りをした後には、
先達さんがいろんな説明を
してくれます。

ここはこういうお願いが
いいんですよと言われます。

ここの大日寺は首から上の
病気がいいんだと説明してはりました。

そしてこんな銅像を見ながら、



仏さんの手の組み方なんかも



説明してくれはりましたが、
まあそこまで完全に
覚えておくことはできませんでしたな。

一寺一寺少しずつのことを
覚えていきましょう。

さあ、これで今回の初日の
お参りはここで終わりの予定でしたが、
でも実際にはみんな手際よく
動いたのと、納経もスムーズだったので
時間の余裕ができましたので、
せっかくだから、
明日一番に回る予定だった
27番神峯寺にも行っておこう
ということになりました。

前日に一寺でも余分に回っておくと、
二日目のお参りが早く終わって、
帰宅が早くなりますので
みんな大賛成です。

ただねえ、この日の宿は
高知市内なんです。
なので、今回のように
先の部分のお寺を一寺余分に
回っておくだけで、
バスの走行距離が100kmほど
長くなるんです。

燃料消費量やバスの運ちゃんの
疲労度が違いますが、
ツアーとしては許容範囲内なんですね。

続く

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四国巡礼二十九番国分寺

2017年04月23日 21時36分35秒 | ウォーキング

一番最初についたのは、
四国巡礼三十番の善楽寺です。

この三十番は実は平成5年までには
「善楽寺」と「安楽寺」の二カ所があったそうです。
納経帳や掛軸はどうなっていたのかなあ。

しかし平成5年10月1日以降は、
善楽寺が三十番札所で
安楽寺が善楽寺の奥の院
ということになったらしい。

いやあ、お寺どうしいろいろと
論争があったそうなのだが、
まあ一カ所に落ち着いて
お遍路さんたちはホッとしたことでしょう。

本尊は阿弥陀如来なので、
御真言は
「おん あみりた ていぜい からうん」
と唱えましょう。



このお寺の絵については、
いろいろと考えてみたのですが、
なかなかこれというのがなく
立ったままの11面観世音菩薩の
像があるので、それにしようか
と思っていたのですが、



奥の方に「梅見地蔵」というのが
座っていました。



からだ中にカビがはえた
古い石像だったので、
ここではこれを描いて
おくことにしました。

首から上の病気に御利益がある
ということで、皆さんに
愛されているようです。

doironも顔の良さは
もう問題ないのですが、
脳梗塞をはじめ脳が弱ってきていることや、
目が疲れやすくなっていること
なんかも含めて描いておきました。

いやあ、石像にカビが生えているのって
書くのんが難しいねえ。

なんかごちゃごちゃになってしまいました。

まあ、仕方ないですねえ。
これも絵の勉強です。
顔の右側面が壊れているのが
ちょっと痛々しかったですけどね。

まっさらな赤い帽子や
前掛けを付けていましたので、
そこはしっかりと描きました。

でも前掛けは影が難しいですねえ。
光もあれば影もあるのを
きちんと描きたいのですが、
全然まだまだ修行が足りません。

さあ、では次のお寺
二十九番国分寺を目指しましょう。

国分寺というのは前も書きましたが、
四国に4寺あります。



讃岐、伊予、土佐、阿波のお寺ですね。

で、この二十九番は
土佐の国分寺ですね。

聖武天皇の時代に各地に建てられたお寺です。

七堂伽藍も整備されていたようです。

ここも長い歴史の中で
寂れたり再興されたり
しながらも今の形で残ってきました。

まあ、今となっては文化財的な
保護価値はあるのでしょうが、
経費をかけて維持していくのは
きっと大変なんでしょうね。

あ、でも四国のお遍路対象であれば
お参りの人も多く、
資金的には楽なのかなあ。

駐車場から山門を超えて
中に入っていきます。
森は結構森閑としており、
本殿へとつながる道は
静かでなかなかのものです。

このシーンを絵にして残しておきましょう。



参道の突き当りにあるのが本堂です。
ここのお寺の人は昔、
土佐日記を記した紀貫之と
深い関係を持ちます。

彼が京都へ行ったりするときには、
いつもこのお寺の住職が
港まで一緒に行って
別れを惜しんだそうです。

土佐日記は土佐の国司であった
紀貫之が京へ帰る際の物語を
虚構を交えて日記風にえがいた作品です。

途中大阪南部も通っており、
阪南から堺にかけての物語もあり
doironの住んでいる泉O津市でも
市内の墓の歴史絵巻にも
その姿が登場しています。

結構冗談や虚構も入った
面白いものだと聞きますが、
果たしてどうなのか。
doironはまだ読んでいません。

この国分寺の本尊は
「千手観音」です。



千の手を持ち、あっちをいじったり、
こっちをくすぐったりしながら
願いをかなえて行ってくれるんですね。

しっかりとお参りしておきましょう。

真言は

「おん ばざら たらま きりく」

そうそう実は首Dさんも
今回は写経をしてきてはります。
頑張って何枚か書いたのを
持ってきたので、
今回おさめて帰ります。

といってはりました。

続く

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