ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

うまい丘陵の公園で2

2018年05月31日 21時15分34秒 | ウォーキング

歩いていると、様々な鳥が鳴いています。
でもカラスがやっぱり多いかなあ。

あのさあ、カラスって
いつも思うんやけど
10羽以上いたら必ず中に1羽くらいは
「志村けん」風の鳴き声がいるよなあ。

この時も一羽がバカ殿のように
「ほへ~」と鳴いていましたね。

道はずっと続いて行きますが、
前の方から多くの人たちが
歩いてきます。

たぶん、北の駐車場でバスを降りて
公園内を歩き、回っておいた
バスで帰るというような
感じにしているようですねえ。

あ、見えてきましたよ。
これが以前から一度見てみたかった古墳、
ナガレヤマ古墳です。



南向きの2段築成の前方後円墳で、
全長103メートル、
後円部径64メートル、
前方部幅70メートルを測る
比較的大形の古墳で、
奈良盆地の西を限る馬見丘陵の
東支丘上に位置し、
著名な馬見古墳群の中央部に
所在する特別史跡です。

ここは何が特徴かというと、
採掘時に出てきた円筒埴輪なんかが
復元されて、周りにずらりと
並べられてあります。



被葬者の発掘等はまだ
行われていないようですが、
まあたいてい古墳といって
ここまでどんどん入っていくのは
珍しいですねえ。

それにしてもこんなに多くの
埴輪なんかが一緒に
埋められているんですねえ。



中をのぞいてみると円筒形で、
中には花が咲いているものもありましたよ。



ずっと進んでいくと、
ここが前方部分のてっぺんで、



なかなか遠くも眺められて
気持ちがいいですね。



そしてここからに見下ろした
後円部分のてっぺん近くには、



こんな区分けも書かれています。



死者を葬る昔の人々の
なんか熱い想いを感じますねえ。

この時、墓の上から見てると
大勢の若い人が、
古墳の周りでスマホを
いじくりまわしています。

中にはiPadを触っている女の人も。

どうもこの公園はポケモンゴーの
絶好地になっているようですねえ。



そういう人たちも集まっているようでした。

いやあ、観光地なども
こんな風にしたら
ほんとに人が集まるんですねえ。

もうこの辺は商売っぽくなっているのかなあ。

うちの観光地にレアーな
怪物出してくれ~みたいな
そんな依頼があったりするのかね。

ではこの古墳からも離れていきましょう。
道沿いには結構こんなあずまやも



たくさんありましたねえ。



そして、やはり花々は多いですね。

途中にあった
「佐味田石塚古墳群」のあたりの



池の中には、ヒツジグサも咲いていましたし、



ハルジョオンやネモフィラなども満開です。

あ、前方に何かモニュメントが
見えてきましたよ。



ああ、ここが「公園館」ですねえ。

周りにはけっこうたくさんの人がいますが、
う~ん日本人と外国人が半々くらいですねえ。

でもこんな公園なら
外国の方がもっと広大やのになあ、
なんて思ってしまいますねえ。

中に入っていきますと、
まずは公園の全体の案内です。



実はこの公園に来て友達にメール連絡しつつ、
「ここはええとこやなあ」と描いたら、
な、なんとその友達の会社が
ここの計画設計をしたそうです。

ウヒャー驚きですなあ。

公園館の中には古代の古墳に関する話や、



生き物なんかの話が展示されていました。



古墳の案内なんか見てると、
最近は前方後円墳でも
くびれのところに造り出しというのが
よく出てくるし、ここでも説明されている。

先日「もっともっと田原本」で歩いた
川西町の「島の内古墳」もそうだったなあ。



ここの前方後円墳の案内にも
しっかりと作られてありました。

ウヒャー、模型の蛇に指を
かまれてしまいましたあ。



前方後円墳の造り出しや
野鳥や鳥に興味を持ったり
していると思えば、
模型の蛇に指をかまれているなんて
演技をしたりして、
もう全くようわからんおっさんを
演じておるdoironなのでした。

続く


うまい丘陵の公園で1

2018年05月30日 20時51分45秒 | ウォーキング

奈良の公園で一番大きいのは
やはり奈良公園ですね。



では二番目は?

というとまあ皆さんあまり知らないでしょう。

香芝市の東側にあって
広陵町から河合町にかけて広がる

「馬見丘陵公園」

という公園です。
馬見古墳群の保全と活用を図るために
県が開発した都市公園ですな。

ネットで見る限りでは、
東西3km、南北7kmにおよぶ広い公園です。
ここの特徴は、園内にある多くの
古墳群と植えられ整備されている
多くの植物が有名です。

以前には一度行ってみたいなあ
と思っていたところだったのですが、
ちょっとメモにも入れずに
忘れてしまっていました。

ところが先日テレビでここにある
古墳のことが紹介されたんです。



多くの埴輪のようなものが
並んでいる古墳としてね。

それを見て、ああと思い出した次第で、
こりゃせっかくだから出かけてみよう
と思い立ち、先日天気の良い日に
プラっと出かけていくことにしました。

馬見丘陵はうまい丘陵だったのか。
確かめに行きましょう。

ここは駐車場も無料のようですので
車を転がしていってみます。

阪和道から西名阪に入り、
法隆寺で降りて一般道を走って行きます。
土地的にいうと先日歩いた
田原本町にも近いところって感じですな。

途中のコンビニで昼食のおにぎりを買い
公園の一番南の駐車場に入りました。



以前、ここに行きたいなあと思った時には、
なぜかその南の駐車場を
考えていたので無意識に
そこへと向かいました。
何か事情があったのでしょうが
もう忘れています。

とりあえずは以前に考えた通りに
行くことにしましょう。

公園の一番南には竹取公園があります。
そこに車を止めていきましょう。



竹取公園と名がついているということは、
そうこの辺りはあの
「竹取物語」の故郷の地域
と呼ばれています。

実はこういう地域は日本の各地にあります。

静岡県の富士市、京都の向日市、
鹿児島のさつま町など
10以上の場所があるそうです。

ここでは古事記の書かれた
古文書の中の神社名などから、
我こそが竹取物語の故郷だ、
と位置付けているようですね。

それにしてもこの物語、
ちゃんと読むと最後に
富士山が出てきたり
するんですねえ。

物語の名前から、この公園外でも
竹林がたくさんありますが、
どれも孟宗竹です。

物語の書かれたのが奈良や平安時代なら、
実はまだ孟宗竹は中国から
来ていない時代であり
ストーリー的にはなんかちょっと、
という感じですな。

でもまあ、こうして地域は
いろいろと頑張っておられるわけです。

道沿いに物語のストーリーが
順番に貼ってありました。
少女漫画風なのには
どうかって感じですがね。



ああ、そういえばこのシートの
周りには孟宗竹ではない
こんな竹も生えているようですから、
若干考えてもおられるようですな。



それにしても図鑑で調べてみると、
「竹」といってもびっくりするくらい
種類があるのにはちょっと驚きでした。

おっ、湖の中に龍がいますよ。



ん~っと、竹取物語に
こんなシーンはありましたっけ?
何となく神秘的な飾りかなあ。



面白い趣向ではありますね。

そしてその横にはこんな大きな
竹の飾りが・・・と思っていたら、



これはトイレでした。



さあ、ではこんな高架道路で



一般道を超えて公園の
南エリアの方に入っていきましょう。



公園内の通路はきれいに
整備されていて
あちこちにこんな
花壇も作られています。

いやあ結構メンテに経費が
かかっているんでしょうねえ。

公園内には結構人がいますねえ。
だいたいが高齢者&主婦グループ
のような人が多いのですが、
若い人もたまに混ざっており
その人たちは日本語ではなかったですね。

散歩道を北の方に向いて
歩いていきます。



看板には「公園館」というのが
書かれてあったのでそこへ行って、
地図等をいただきに行きましょう。

続く


再び広報で何やかや

2018年05月29日 20時59分00秒 | 仕事


自分で判断して
記事を削除しました。
悪しからず

ーーーーー

地元でこうして遊びながら、
楽しく原稿書いたりできるので、
楽しくていい仕事ですねえ。

ぼちぼちと正確にあってるのかもしれません。

昔のことを思いだしたりしながら、
それなりに頑張っていきましょうかねえ。

ああ、またやることが一つ増えましたなあ。


泉南信長道を行く4

2018年05月28日 21時16分29秒 | ウォーキング

なかなかこの辺の街中の道はいいですねえ。
ずっと続いているようなら
ランニングでも走りやすい道ですねえ。



特に道標なんかもありませんが、
なんかとってもいい雰囲気の道です。

家も古くて風情を醸し出しています。

あ、これはだんじり小屋?



と思ったらこのへんは
やぐらだそうです。
しかもここの黒田のやぐらは
なんと100歳。
こんな看板が立てられて
お祝いの雰囲気です。



そういえば、doironとこのだんじりも、
平成10年に新調しましたが、



それまでは105年間も
曳行を続けてきただんじりでした。



最後の頃はだんじりの彫り物に
入れられたガラスの目も取れてしまい、
ビー玉を割ってみんなで
はめ込んだ記憶があります。

クリスマスのキラキラの飾りを
足元にまいていたなんて記憶もあるし、
doironは大太鼓をたたいたりも
していましたねえ。

今は尼崎方面で地域の形に
改造されてリニューアルされ
活躍しているようです。

ここの黒田のやぐらを
ネットの写真で見てみると
結構きれいにされているようですねえ。



一度見てみたい気もしますが、
まあたぶん無理でしょう。

どこの地域も同じ時期に祭りなので、
一つの祭りにかかわっていると、
他の祭りなんか見ることないもんねえ。

景色もかなり田舎の雰囲気です。



あ、向こうに南海電車が
走っているのも見えてきましたねえ。



そろそろコースも今日の目標を
終えることになります。

最後に踏切を渡って



鳥取ノ荘駅前あたりを
少し歩いてみましょう。

かなり旧家が多いですねえ。



道も狭いし、昔からの町ですねえ。



あ、ここにもやぐらの小屋が
ありますねえ。



そしてやがて遠くのほうには
海も見えてきています。



ここは鳥取ノ荘といわれる地域でしたが
ではなぜ「鳥取」なんでしょう。



これはねえ古く日本書紀の
記述に寄ります。

天皇の息子が30歳になっても
しゃべらなかったのですが、
ある時急に空を飛ぶ鳥を見て
「あれはなにか」と初めて
しゃべったそうです。

それを聞いた天皇があの白鳥を
捕まえてこさせ、それと
遊ぶようになった息子が
しゃべれるようになった
という話があり、それに基づいて
鳥取という名前ができたとのこと。

今は全国に7カ所以上も
この鳥取という地名があるそうです。

やがて道は南海の鳥取ノ荘の駅に着き、
信長道はいったん終了です。

この後、別の道で砂川へ向かう
信長道もあるそうなので、
また別の機会に出かけましょう。

この日はこんなコースでした。



ではここから駐車場の砂川に
向かいましょう。
まあ、まずは砂川に一番近い
樽井まで2駅戻りましょう。



そこで駅前を見てみると、
あとわずかで砂川行の
コミュニティバスが来そうですので、
それに乗ることに決めました。

バスに乗ってしばらく行くと
泉南市役所にさしかかります。

バスはここから大きく
遠回りしていくので
ここで下車し、残りを
歩くことにしました。

え~っとここが泉南市役所ですねえ。



高校の同級生も
ここで働いていましたねえ。

もう今は定年してるんでしょうねえ。
これがコミュニティバスです。



熊寺郎の絵が描かれていますねえ。
そうそう熊寺郎の持ってる刀は、
実は太刀魚のようです。

このへんで多く取れるんでしょうねえ。
バスに描かれた熊寺郎は
その刀と話をしているようです。

まあまあいろいろと考えるようです。

今回はやく9キロでした。



距離は短いので食事をしていません。
砂川の駅で食べていきましょう。

以前、熊野街道歩きの時に行った
キッチンで今回はハンバーグカレーです。
いやあ、歩いたからね。
ダイエットも忘れて豪華食事ですなあ。



そのあと車に乗って帰宅し、
ジムに行き大汗かいて運動。
いやあ今日もいい一日でした。

おしまい


泉南信長道を行く3

2018年05月27日 21時05分30秒 | ウォーキング

この地方は弥生時代から
いくつもの集落が存在していた
といわれます。

其のうちの一つとして
大きな遺跡だったのが

「男里遺跡」です。

今は男里と書いていますが、
呼唹里とも書かれていました。

男里川が流れるこの地域に
その川の痕跡といわれる
双子池が今も残っています。

これ。



池の真ん中に信長道が通っています。
池の周りを見ていると、
こんな石碑があったり、



池の周りにはフェンスが
張られたりしています。



で、よく見るとこの池では
大阪府の特産品である
カワチブナの養殖をしているようです。



カワチブナとは
「ゲンゴロウブナ」の体高が高い
突然変異体で、
大阪のため池なんかでよく
養殖されたのでこういう
名前がついています。

昔doironの家の近所でも
ため池がよくありました。

そこでやる遊びはあぶなくて
大人によく怒られましたが、
ヒシ取り、カラス貝取りや
エビカニ釣り手作りボートを
浮かべた原始的アウトドア
遊びなんかもやりました。

そしてなかには大人の真似をして
鯉釣りなんかもしたなあ、
うどんをエサにつってたなあ。

あの時につってたのは、
こういうヘラブナだったのかもしれません。

ここではこういうヘラブナの
養殖をやっているようで、
周りのフェンスに
「ブラックバス」や「ブルーギル」の
放流を禁止していることが
しっかり書かれてありましたね。

そんな双子池のそばにあったのが、
この地域のでかい集落
「男里遺跡」です。

大きな竪穴が30数個も
見つかっているそうです。
その集落の中にあった大きな森が、
いまも残っています。

道を歩いていくと
大きな鳥居が目に入ってくる
「男神社」です。



豊かな緑を誇るこの神社は、
神武天皇が御東征のみぎり、
傷を負った皇兄である
五瀬命(いつせのみこと)が
雄たけびをあげたことから、
「おたけびの宮」とも呼ばれており、
いまは大阪府緑の百選にも選ばれています。

いずれにしても古い歴史を持つ
この神社の周りで、双子池の水を
使った農作業なんかが
行われていたのでしょうねえ。

戦国旗を掲げ、争いに向かう人々を
どんな気持ちで見送ったのでしょうかねえ。

双子池からこんな古い感じの
家が並ぶ道を進んでいくと、
小学校のすぐ横にこんな
男神社の鳥居があります。



ああ、見慣れた道標です。



大阪緑の百選の森ですねえ。
こんなクスノキや



府内最大の
むくろじの木もあります。



そしてこれが本殿。



それにしてもこの神社の
名前は何ともいえませんね。

男神社にお参りに行ってきてね
とかいうと、男だったら
「男として強くなれますように」とか
女だったら
「立派な旦那さんが見つかりますように」
なあんてお祈りしてきたのか
と思われそうです。

あ、もしかしたらどこかに
「女神社」なんてのもあるかもねえ。

神社を出ますと近くに
川が流れています。



これが男里川ですね。
この前の台風で氾濫し、
南海本線の線路橋をぶち曲げた
川ですねえ。



この日は静かに流れていたのにねえ。

自然災害は恐ろしいものですねえ。
この川を男里川橋で渡ると、
信長道はすぐに海岸線の方に
曲がっていきます。

マンふたを見ると、
ああもうここは阪南市ですねえ。



市の木マツと市の花サツキが
大阪湾の波の下に刻まれていますねえ。

あっなんとこの辺の工事会社は
「安土建設」ですか。



安土城を持っていた
信長道沿いになんとふさわしい会社名か。
選んで作ったんだったらすごいなあ。

道はまた村中の狭い道になってきました。



この辺りは、尾崎の駅に
近くなってきましたねえ。
家も多くなってきて道端にある
地蔵さんもしっかり置かれていますし、



こんな虫籠窓のあるような
古い家も並び道も以外に
まっすぐついています。



あと南海電車で一駅分の距離です。
頑張りましょう。

続く


泉南信長道を行く2

2018年05月26日 22時53分34秒 | ウォーキング

熊野街道を右折して北向きに入っていきます。

そこにあるのがこの街道の
始まり地点である「市場稲荷神社」です。



むかしこの辺りの正月の市場で
にぎわっていたあたりですね。



ここの神社に兵士を集めて

「さあ出陣じゃ!」

とかいいながら出発していったのかなあ。

立木の陰から
「あなた、頑張って来てね!」
とかいいながら見送ったり
したんでしょうかねえ。



doironも警備員に見送られながら



進んでいきます。

地図は大まかなものしか
ありませんでしたので、
自分で市販地図をコピーし、
それに経路を予測しつつ
書き込んでおきました。

市場稲荷神社から国道26号の
方へと北上していきます。

市場稲荷という名の交差点で



国道を渡り、一本海側の道を
西へと進んでいきます。



信長道とこういう名前がついていますが、
この辺から見ていても
あまり気持ちよく歩けるような
そんな環境にはなっていません。

狭い歩道が申し訳程度に
つけられている感じで、
車の量はかなり多いですから
注意して歩かないといけません。

ただ、かなり今の海岸線に
平行につけられた道路群から見て、
すこし斜めについているのが、
何となく古い道らしくて
面白いなあと思います。



あ、ここに変わったマンふたが
ありますよ。



「大阪府水道 あんしん給水栓」
と書いてあります。

大阪府の大口水道管に接続されていて、
地震等の災害時、飲料水・医療用水・
消火用水といった人々の生命と
生活を守るために必要な水を
確保できる応急給水施設です。

この泉南市には約10カ所に
この水道栓があるようです。

この水道管が地震等に強い
という特性を持っている
ことによる災害対策ですねえ。

わが市にも2カ所の設置が
可能とされており、
もうつけられているか
どうかはわかりません。

その道を進んでいくと、
地図作成時に「岡前神社」
というのがあるようなので
チェックしておきました。
そこに行ってみましょう。

図書館の横を抜け、





森のような感じになっているのが
神社です。



ここの祭神は「牛頭天皇」と
書かれた石ですねえ。



あまり歴史的な記述等も見つかりません。
そもそも牛頭天皇は農業に携わる
人の神様みたいなものですから、
地元の百姓たちでこの神社を信仰し、
守ってきたんでしょうねえ。



ではまたもとの道に戻りましょう。

しばらく歩いていくと、
前方に緑が見えてきました。



地図でじっくり見てみると、
あの緑は和泉山脈が
平地に出てくる先端部分。

あの山をずっと上部に
たどっていけば、
砂川の林昌寺の方へと
つながっていきますね。

山が何に使われているのか、
今も何なのかよくわかりませんが、
地名が「馬場」なのは、
馬なんかが置かれていた
ところかもしれませんね。

その山の末端部分にあるのが
泉南の千体地蔵です。

道がY字に分かれていくところに、
たくさんの地蔵があります。



実際見てみるとかなり古いものもあり、
昔戦で亡くなった人の
供養なんかもあったのかなあ。





山の斜面に散らばっていた
地蔵たちをここに集めてきたもので、
月に一回地元の人たちによる
御詠歌があげられるそうです。

実際のたくさんの地蔵が
上がっていますが、
近づいてよく見てみると、
段の裏側にもかなり古い石が
並べられていました。



doironが住む町にも地蔵があり、
年に一回きれいに掃除したりするのですが、
まあこれだけあったら
手入れもさぞや大変なんでしょうねえ。

こんなにきれいに祀られている
のを見たら、地元の人たちの苦労が
とてもよくわかりますね。

その先では道は川に沿って
くねくね曲がっています。
これはもう昔の道のつくり方ですねえ。

これに沿ってあと半分くらいでしょうか。
この辺は車も少なく快適です。
頑張って歩いていきましょう。

続く


泉南信長道を行く1

2018年05月25日 21時15分34秒 | ウォーキング

九州から帰ってきました。
あ~楽しかったなあ。
この記事はまた順番に報告していきましょう。
今日から少し前の話に戻ります。

ーーーーーーー

この春は泉南の方によく行った。
日根野、泉佐野そして和泉砂川方面
なんかをウロウロと歩いてきたのだ。

特に砂川を歩いたのは
マンホールカードのことも
勉強したいい歩きだったな。



そしてもう一つほかにも
学んだことがあった。

それが「信長道」だ。

紀州雑賀との争いの中で
信長が整備した道だそうです。

砂川の信達牧野から男里を通り
鳥取ノ荘へとつながっていく軍用道です。



ふ~ん、こんな道は初めて知りましたねえ。

これは是非一度歩いてみる
必要があるでしょうと思い立ち、
砂川の野田藤の咲いている季節に
その見学も兼ねて出かけて
いくことにしたのです。

車で出かけてまた市内循環バス等で
鳥取ノ荘から車へ帰ってくる
という方法で行くことにしました。

ではまず和泉砂川に向かいましょう。

国道26号をどんどん南下していき、
泉南市役所前を左折して
砂川駅前の駐車場へと向かって行きます。



車で走っていると、
藤観賞の案内が各地に出ています。



土日なんかは人がいっぱいなんでしょうねえ。
幸い駅前の方の駐車場は
混雑なく入ることができます。

さあ、では駐車場から歩きを始めましょう。

まずは観光案内所に行って、
先日親切にしていただいた
お礼を言っておき、
ついでにマンホールカードも
追加でいただきました。

信達牧野の交差点から
熊野古道を右折して歩いていきますと、
ああちょっと人がいるのが見えてきました。

あそこが泉南の藤まつりの会場です。

2008年に亡くなった人が
丹精込めて育ててきた藤だそうです。



ひとつの藤の木に約40000の
花房がつくそうです。

これが入り口周辺で、



これが中の様子です。



もうあふれんばかりの藤の花が
見事に咲いています。

藤って本当に妖艶な感じがしますねえ。

写真を数枚とって観賞しました。



そしてこの日が砂川の本陣も
無料開放しているので
のぞいていきましょう。

藤を出てすぐ隣の家が、
四国八十八カ所で知り合いになった
女性の家です。

フリーマーケットと



カフェを
してはりましたねえ。



残念ながらこの日は店には
出ていないとのことなので、
入りませんでしたねえ。

残念でした。

あとでエイに行ったときに
仁Oさんに聞いたら、
彼女夫婦も藤を見に行き、
ここのカフェに偶然入ったようです。

説明してたらその女性が
いてはったみたいですねえ。

そんなカフェから少し行くと
本陣があります。



中に入ってみましょう。



中に入るとすぐに関係者が現れ
説明が始まります。

「え~っと、本陣というのは
どういうところかわかりますか」

「ああ、殿様やえらいさんが
泊まるところですねえ」

まあ、こんなことはもう各地で
聞き及んでいます。

doironが住む市にも
公開されていないけど
本陣がありますねえ。

えらいさんが泊まるので、
通常は一般人をとめたりするような
ところじゃないですねえ。
解説にていねいにお礼を言って
中に行きましょう。

中の庭も立派に整備されています。



玄関を入ると、すぐ横に
駕籠が止められています。



そしてここには葵の御紋の
重箱があったりします。



そしてここには3枚の掛け軸が
かかっています。



え~っと、ではこれを鑑定してみましょう。

う~ん、どうも線の太さがまちまちです。

なあんちゃって。

まあdoironにはよくわかりません。
でもまあ第一高額な金額になりそうなものは、
こんなにも無防備に
飾られていることはないでしょうしね。

この本陣の中には様々な
書き物もあるようですが、

これは勝海舟の書だそうです。



奥の方にある庭もきれいに
整備されていましたね。



普段100円のところを今日は無料と、
とてもいい取り組みでした。

さあ、ではここからまた少しもどって、
こんな常夜灯の交差点までもどってきて、



さあ、ではここから信長道が始まります。

続く


あいがとさげもした、鹿児島

2018年05月24日 23時48分45秒 | 最近の出来事

指宿から各地を回り
霧島に行きました。

いやあ、いいところでした
三日間、精一杯の予定を組んで
しっかり”西郷どん”してきましたよ。

もう今夜は砂風呂ではなく
家風呂に入って休憩です。

明日からまたブログで信長道が始まるし
まだまだ各地の歩き情報が
始まりますから、また読んでね

今日はもう寝ます
お疲れさまでしたあ

あ、タイトルのこんな言葉は
正しいのかどうかわかりましぇん


桜島から指宿へ

2018年05月23日 18時25分52秒 | 最近の出来事

今日は旅行の中の一日で
レンタカーでかなり回りました。

なんか薩摩の人々の
優しさをしっかり感じた一日でしたね

そして夜は指宿で砂風呂
&薩摩の豪華料理です。

ああ、もう幸せです~
こっちに1年くらい住もうかなあ
って感じですねえ。

明日は、知覧を訪ね、霧島の火山の雰囲気を味わいつつ
飛行機で帰阪です。

さあ、焼酎飲んで宴会だあ


ちぇすとー、きばれー、鹿児島

2018年05月22日 18時02分08秒 | 最近の出来事

ついにやってきました、鹿児島です

往復約12000円で鹿児島までの
飛行機の便をdoironが取り
首Dさんが、宿、レンタカーを
押さえてこちらに到着しました。

まあ、”西郷どん”と鹿児島をじっくり楽しんで
みようという企画ですな。

コースはかなり考えましたよ
エイの故郷、頴娃にも行きます

今日は桜島で一泊ですねえ
さつま揚げを食べて
芋焼酎で乾杯が待っています。

あと2日間、しっかり楽しんできます。
内容は後日に紹介しましょう。

あ、タイトルの言葉は
西郷どん終了時の西田さんの言葉です。