福井 学の低温研便り

北海道大学 低温科学研究所 微生物生態学分野
大学院:環境科学院 生物圏科学専攻 分子生物学コース

再会、そして帰心

2007-03-22 19:49:30 | 旅行記

当初の予定を遥かに上回る収穫と大きな悲しみ。ほんの3泊の短いブレーメンの滞在で、確実に次の展開への糧を得る。

07032201今日は最後の日。旅立ちの日は何かと慌ただしいもの。9時半から、朝食会に参加。こうした会はもう何年ぶりだろうか。若い人たちが多く集い、ちょっぴりジェネレーションギャップを感じる。ここは国際的な研究機関。様々な国から研究者がここに集まっている。アジアからの留学生ともお話しすることができた。

07032202その後、古くからの友人達に院生を紹介、と同時に近い将来の再会の約束。

フォルカーは、電気系のテクニシャン。研究所設立当時(1992)からのメンバー。装置の電気系のトラブルが生じた時は、彼に相談すると、すぐに直してくれる。「お互いに老けたね」と、言い合いながら、記念写真を院生から撮影していただく。そういえば、彼の結婚式は傑作で、地元のテレビでも紹介されたことがある。それも、12年前のこと。

07032203毎回そうだが、ブレーメンを去る時は、辛い。ブレーメンに来ると言うことは、ある種の帰郷だと思う。

が、しかし、帰国しなければならない。本務地は札幌。いろいろな方々や事々が待っている、低温研に、さあ、帰ろう!


幽(かそけ)き野辺(2)

2007-03-22 14:07:59 | 旅行記

昨日の続きです

アルバース夫人宅で下宿生活を終えてから、12年が経つ。今、ブレーメンのカフェでアルバース夫人とは異なる味のロテ・グリュッツェを口に入れている。今回のブレーメン滞在は3泊。実質2日間しかない。そうだ、アルバース夫人に会いにいこう。

はやる気持ちを抑えながら、バスを乗り換えて、懐かしい、あの場所へ。気温5℃。札幌に比べて暖かいが、雲行きが怪しい。

降りたバス停から下宿までは徒歩6分。5回道を折れて、かの通りにさしかかる。アルバース夫人、お元気だろうか? もう、75歳を越えただろうか?

閑静な住宅街に建つ一軒家。表札には、確かにアルバース夫人の名前がある。電話連絡せずに、やって来たのだから、きっと驚くに違いない。本当は、事前に電話連絡しようかと思ったが、アドレス帳を忘れて来てしまった。だから、今回は夫人に会うのをよそうと、諦めかけていたのだ。

ベルを押す。ピンポーン。返答無し。どこかへお出かけだろうか? いや、オシャレな夫人のことだから、玄関に出る前に身なりを整えているのかもしれない。もう少し、待とう。

もう一度ベルを鳴らす。すると、勝手口からゴソゴソと物音がし、やつれた長男が顔を出す。

Manabuだよ。どっか、具合が悪いの?」と、私。
ああ、病気なんだ。ひどい格好してるだろう」と、長男。
大丈夫かい?
今日は寒いし、あまり良くないんだ
ところで、お母さんは、どこかへお出かけかい?

少し間を置いて、長男が重い口を開く。
母さん、2年前に死んだよ。循環器系の病気でね。突然、血管が破裂しちゃってねえ。大変だったよ

こみ上げてくるものを抑えられず、だらしない体をさらす。長男にどんな言葉をかけたら良いだろう? 適切なドイツ語の単語を探せど、見つからず。いや、言葉なんていらないのだ。私の姿を見ていれば、英語のできない長男にも、気持ちは十分伝わっているに違いない。

ここを立ち去る前に、お母さんの自慢の庭を見ていっていいかい?」と私。
いいよ」と長男。

庭は私の下宿部屋と隣接し、窓越しに、良く手入れされた庭がよく見えていた。さらに、庭の向こうには、牧草地が広がり、ホルスタイン牛を放牧していた。庭と牧草地の間には小さな水路があるのだが、その水路際まで牛が良く集まって来ていた。日曜日の朝などは、JAKOBSコーヒーをすすりながら、下宿部屋から牛を眺めて時を過ごしていた。時々、牛と目が合うこともあった。当時、日本からの情報は短波ラジオに頼っていて、日曜の朝はNHKのラジオジャパンの時間。ある朝、美空ひばりの『愛燦々』がラジオから流れて来て、激しい郷愁にかられたこともある。

アルバース夫人は、この庭をこよなく愛し、手入れをかかさなかった。おそるおそ07032105る、その庭へ行ってみると、荒れ放題だ。しばらく手入れをした形跡がない。アルバース夫人は当時、長男の行く末を案じていた。そんな時彼女は、「古い考えかしらね?」と私に尋ねたもの。それに対して、「親の子を思う気持ちは、人種が違っても、いつの時代でも同じなんだと思いますよ」と答えたことを今でも思い出す。

荒れた庭を見ていたら、長男の行く末が心配になって来たのだが、願わくば、幸せに暮らして欲しい。

0703210307032106あの水路際に立つと、懐かしい牧草地が今でも広がっている。ふと足下に目をやると、アルバース夫人の好きだった花が咲いていた。幽き野辺の花。アルバース夫人の「おもい」が、その花に見てとれた。

もう、ここへ来ることもないだろう。長男に別れを告げ、バス停に向かう。雨が降りはじめ、典型的なブレーメンの鈍色の空となってしまった。