11月12日、仙台の中心部で「仙台ゴスペルフェスティバル」が行なわれていた。
11月の仙台は寒い。みな毛糸のマフラーをしていた。
私は「キリスト教」と「合唱」のどちらにもアレルギーを持っているので、このイベントを大の苦手としている。
「宗教臭のある歌は聞きたくないけど、しかし一番町で外せない用事がある」人のため、ゴスペルは是非どこか屋内でやってもらいたい。
私のキリスト教嫌いは幼時体験にルーツがある。それはこのブログのあちこちに書いてある。
合唱のとき、人はどうしてあれほど引き攣って笑い、自己陶酔した顔になるのだろう。
楽器の演奏のときにはそうじゃないのに。
聴衆を感動させているのは(別に感動していないけど)楽器じゃなくて「自分の声」=自分、という錯覚が陶酔を産むのだろうか。
私はその陶酔が気持ち悪くて、恥ずかしくて、また「手を引っ張られる」気がして、下を向き小走りで通り過ぎる。
この写真は走りながらやっとの思いで盗った、いや撮った。