シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

約束~名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯

2016-10-12 | シネマ や行

このブログでも取り上げた「平成ジレンマ」「死刑弁護人」を製作した齊藤潤一(監督・脚本)、阿武野勝彦(プロデューサー)が手掛けた東海テレビのドキュメンタリー。彼らは非常に質の高いドキュメンタリーを製作していてこの作品も公開の時に見たかったのだけど、見逃してしまい、ケーブルテレビで放映されたのでついに見ることができました。

昭和36年「名張毒ぶどう酒事件」は起きた。三重県名張の小さな村の寄合でぶどう酒を飲んだ女性たちが苦しみだし、そのうち5人が死亡した。逮捕された奥西勝氏は自らの妻もこの事件で亡くしたが、妻とその中にいた愛人との関係を清算するためにぶどう酒に毒を仕込んだとし逮捕・起訴された。当時は自白し、テレビのインタビューで反省の念まで口にしていた奥西氏だったが、のちに自白は強制されたものとして無実を訴えるが、1審の無罪判決が2審でひっくり返り死刑判決。昭和47年最高裁で死刑が確定する。その後7回以上もの再審請求も却下され続けたまま、2015年奥西氏は獄中で亡くなってしまった。

ドキュメンタリー部分とドラマ部分の構成でできた作品。ドラマ部分は当時の奥西氏を山本太郎が、現代の奥西氏を仲代達矢が演じ、奥西氏の年老いた母を樹木希林が演じている。ドラマ部分の母と子の手紙のやりとりは涙なしでは見られない。年老いた母が見えづらくなった目で一所懸命に獄中の息子に手紙を書き、弱くなった足腰で拘置所に面会に来る。息子は息子で拘置所内の作業で得る貴重なお金を少額ながら母に送る。引き裂かれた親子は二度と青空の下手を取り合うことはなく今はもう2人とも亡くなってしまった。

日本の実際にあった冤罪についての作品は、見るようにしているのでいままで何本か見てきました。結局結論はどれも同じ。警察による自白の強制に始まり、証拠の捏造、捏造とまではいかなくとも証拠の都合の良い解釈、証拠の紛失、そして、再審請求に関しては裁判所のシステム上先輩裁判官が出した結論に反対すれば地方に飛ばされてしまうため、前の結論をひっくり返そうとはしない裁判官たち…という日本の腐りきった司法システムのせいで無実の人が犠牲になっているのです。

ドキュメンタリー部分では、当時関わった人権団体の方、弁護士団の方たちの取材に加え、村人へのインタビューも交えて構成されている。弁護士たちが調べていくにつれ奥西氏を犯人に仕立て上げるために村人の証言までもが、最初の証言から一変していることが明らかになる。すべての証拠が奥西氏犯人説にベクトルが向くように変節しているのだ。それについて村人にはっきりと質問して切り込んで行っているところがすごい。しかし、村人たちは「嘘の証言をしました」などと言うわけはなく、「時間的なことははっきり覚えていない」とか曖昧なことを言うばかりだ。人間の集まりの中では1人を悪者に決めつけて、あとは何事もなかったかのようにやり過ごすほうを選んでしまうものなのだろう。自分も犯人を知っているわけではない中でこれ以上波風を立てるのはイヤだという心理ほうが真犯人を突き止めるということや無罪の人を犠牲にしているということよりも重きを置かれてしまうという恐ろしい心理状態を検察はとことん利用する。

「徳島ラジオ商事件」という別の冤罪事件で再審開始の決定を下した当時の裁判官秋山賢三氏へのインタビューが非常に印象的だった。「冤罪の判決を受け再審請求を繰り返す人はどんなに栽培所に裏切られても裏切られても最後まで裁判所を信じ続けるんです」と涙ながらに語られました。どの権力からも独立し公正な判断を下すはずの裁判所が実はエリートコースを歩みたい裁判官たちの出世レースの場となっていて、昼ご飯もエレベーターに乗るのも序列順という彼らが先輩の出した結論を翻すことができるはずがないということを堂々と指摘してみせる秋山氏が冤罪をかけられた人たちの身になって涙を流す姿に心が震えました。現に秋山氏は民事に回されたあと裁判官を辞めておられるし、奥西氏の再審の決定をした裁判官は辞職され、その再審決定を覆した裁判官は東京に栄転しているという恐ろしい現実があるのです。はっきり言えば良心のある人は裁判所の中で出世はできないということになるだろう。

ハリウッド映画のように無罪の証拠や証人が新たに登場し、公正な裁判官が再審を決定し、裁判で逆転無罪を勝ち取るなんてことはこの国では起こりえないような気がする。もし起こったとしても最後まで行くには何十年もの年月がかかり、その間ずっと拘置所や刑務所で人生を過ごすことになる。裁判所はまるで冤罪で捕らえた人たちが死ぬのを待っているかのようだ。「疑わしきは被告人の利益に」そんな言葉はこの国では空虚な絵空事だ。このシステムが続く限り小さなものから大きなものまでこの国の冤罪事件はこれからも果てしなく続くことになりそうだ。



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