父親が他界した。
年齢から言えば長寿を全うしたと言えるのだろうが、家族にとってみれば死はいつも唐突に訪れる。
つい先週には普通に話をしていた人間が、今日は物言わぬ人となって横たわっている。
商社マンの祖父を持つ父は幼少のころは海外で過ごしていた。 青島で生まれ、ブエノスアイレス、カルカッタと移り、祖父が風土病で帰らぬひととなって、インドから一家で引き揚げてきた。
神戸一高時代に終戦を迎え、6人家族の長男として苦労したようだ。 経済的な問題で晩婚であったが、母と出会い兄と私が生まれて間もなく住み慣れた大阪から横浜へと越してきた。
世は高度成長の真っただ中。 宅地というかニュータウン開発の仕事に没頭し、ゴルフやマージャン華やかな、サラリーマンがもっとも輝いていた時期だった。
平日はほとんど顔を合わせた記憶はないが、日曜日はときどき遊びに連れて行ってくれた。
夜遅くよく、会社の部下を狭い社宅に連れてきて呑んでいたことを覚えている。
会社が良い意味でのムラ社会で、助け合って、励ましあって生きていた。
そんな時代だったと思う。
その後胃がんを患い「余命半年」と宣告されたにもかかわらず、その後36年も生き永らえたのは長寿の家系ならではなのかもしれない。
母に先立たれて10年目。 そろそろ呼ばれたのだろうか。 さほど苦しまず、騒がず、あっという間に逝ってしまった。 その死に様はまさに飄々としてマイペースな父の生き様そのもの。
自分はどんな生き様を残せるのだろうか。
明日は納棺、そして明後日には灰になるのだが、すでに御霊は肉体にはないのだから、あまり感傷的にはならない。
静かに在りし日の父を偲ぼうと思う。